年下×年上
「ねえ、今、生きてて楽しい?」風呂から上がると、先月から一緒に暮らしている夕さんが、呟く様な声で問うてきた。顔は反対側の方を向いていて表情は解らないけれど、濡れた髪の間から見える耳朶の赤さで、少し酔っているのだろうと思う。「…夕さんは?」質問に質問で返すと、夕さんは横目で俺を睨む。吊り目がちのその目は、普段なら冷たさしか残さないが、今はアルコールで目尻が仄かに赤く染まっている所為で余り怖くは無い。手に持っていたビールをぶしゅりと開ける。一口だけ飲むと麦芽の苦味が広がり、炭酸が弾けた。はあ、と言いながら肩に掛けていた生乾きのタオルで髪の毛を拭いていると、睨んでいたその目を細め、白い歯を見せながら、その人は笑った。「なあんか、おっさん臭いよねえ。まだピチピチのハタチなのにねえ」「…そういう夕さんは、とても23歳には見えませんよ。10代で通用するんじゃないですか?」彼女の気にしている事を、多少の嫌味を込めて言う。彼女は童顔という事を気にしていた。自分からしてみれば、睫毛の長いそのぱっちりとした目や、程よく通った鼻は年齢を感じさせずに、とても可愛らしいと思うのだが、夕さんはそれが余り、好きでは無いらしい。案の定、うっさいわねえ、と言いながら、ずずっと不貞腐れた様にビールを啜る。「…ガキ臭いこんな顔、嫌よ」「可愛いと思うんだけどなあ」「馬鹿にしてんのか。それよか、質問」夕さんはアルコールで桃色に染まった頬を膨らませ、質問の答えを急かす。そんな仕草が幼さを感じさせているとは、本人はまるで気付いていない。多分気付いたら彼女は直そうとしてしまうだろう。そんな勿体無い事はしてはいけないので、言わない事にしておく。「結構、今は楽しいですよ。生きてるの。昔は糞くらえと思ってましたけどね。人生なんて」「…だからこんな、性格捻くれちゃったんだ」ふーん、と言いながら、夕さんがビールを啜る。全くその通りなので、軽く笑っておいた。彼女のさばさばした性格は、嫌いじゃあ無かった。真似する様に自分もビールを啜る。「…でも、私は嫌いじゃないよ。そういうの。寧ろ、好き。」夕さんはふわりと笑い、撫で付ける様に頭を撫でた。思わず飲んでいたビールを噴出しそうになった。