暗闇から見えるもの
空に懸かる大きな月も満天の星も、季節ごとに移り変わる美しい花々も、自然が作り出した様々な風景も、未知の世界を経験させてくれる数々の書物や映画も、すべてはこの目があってこそ見ることができる。人間が持つ五感の中で最も情報を多く取れるのは、この視覚であり、この視覚が無かりせば、これらのものすべて感じることができないのに、私たちはそれが無い世界を想像することすらしない。しかし、そんな暗闇の世界を昨日体験することができた。扉の向こうは完全なる漆黒の闇で、目を閉じても開いても何ら変わらず、頼りになるのは手元の杖と、全盲の女性の導きと、行動をともにする少数の見知らぬ人々のみ。そんな人々と助け合いながら、道を歩き、橋を渡り、風を感じ、水の音を聴き、視覚以外の感覚を研ぎすませていく。途中、ボール遊びをすれば声が聴こえる方にちゃんと球は届き、休憩のときに冷たいビールをいただけば、味覚が鋭くなっていることに驚き、見知らぬ者同士があたかも旧知の友のように語らいが弾み、何よりも闇がしだいに怖くなくなっていく。1時間程度の闇の旅を終えて、再び薄暗い灯りのある部屋にたどり着いたときの安心感は一入で、参加した仲間と、導いてくれた全盲の女性と語らいを通じて、目が見えることの有り難さを再認識させてもらえるとともに、私たちには一時的な冒険であっても、導いてくれた女性にとっては永遠である暗闇。それでもその明るさと優しさに、私たちが決して知ることの無い環境の中で豊かな感性を育んできたことの凄さを感じるばかり。源氏物語や万葉集の頃は、夜はもっと暗く、漆黒の闇は夜の部屋のどこにでもあったはず。人々は暗闇に対して恐怖とともに神や魔物が宿る場所として敬い、共存をすることで深い感性も育んだのではないだろうか。暗闇の中で握り合う手と手はあたたかく、掛け合う声はやさしい。Dialog in the dark二回目の体験でしたが、感動の深さは変わらず。