メヒコ「メヒコ」-プロローグ- 小さな時から「鬼の子」と呼ばれていた。 母は誰とも夫婦の契りを交わさないままに僕を産んだ。 母が16歳の時のことだった。 僕の父親がどんな人だったのか、誰だったのかを母は僕に教えてはくれなかった。 だから、僕はいまだに父親を知らない。 物心付いた時には、他人には見えないものが見えていた。 「おかぁちゃん、あの人の後ろになんかいる」 そういうと、必ず母は僕をたしなめた。 だから僕は、僕の見えたものを母以外に言ったことはなかった。 その母はもういない。 5歳になったばかりの春、母は流行り病でこの世を去った。 不思議と悲しくはなかった。 母の身体から、母の形をした幻のようなものが抜け出たのが見えた。 僕の視線に気づくと、幻のような母の影は僕を抱きしめた。 しかし、すぐに霧のように溶け消えてしまった。 それ以来、僕は祖父母の家で暮らしていた。 優しい祖母と、無口な祖父。 普通の両親以上の愛情を僕に与えてくれた。 その祖父母も、相次いでこの世を去った。 母と同じように最後に僕を抱きしめてから・・・。 -露見- 祖父母が亡くなってから、一人だった。 隣の家のおばさんが、食事を運んでくれた。 その家には僕と同い年の「かよちゃん」という女の子がいた。 おかっぱで日本人形みたいな子だった。 僕はおばさんとその子が好きだった。 ある日、遊びに出かけるかよちゃんを見かけた。 日差しの強い夏の日だった。 かよちゃんの肩の上に黒い影が載っていた。 僕は知っていた。 あの影に魅入られた人は必ずその日のうちに死んでしまうことを。 僕は慌てた。 おばさんに知らせようとかよちゃんの家に行った。 「おばさん、かよちゃんが、かよちゃんが・・・」 僕が言えたのはそこまでだった。 それ以上何をどう説明していいのか分らなかった。 おばさんの怪訝な目線に、僕は走って家に帰った。 それからなにをしたか僕は覚えていない。 ただ、はるかに長く感じられた時間の末に、耳にした記憶。 慌しい人の足音。騒然としたざわめき。 そして、おばさんの泣き叫ぶような声だった。 その夜、遅くおばさんはいつものように食事を運んできてくれた。 それまで騒然としていたかよちゃんの家は、しいんと静かになっていた。 おばさんの目は真っ赤だった。 僕は胸が締め付けられた。 かよちゃんとおばさんに謝りたかった。 僕がご飯を食べる間、おばさんは僕の隣にいた。 暗がりの中、おばさんの後ろに何かの気配を感じた。 おばさんの後ろにあの影がいた。 僕は息が止まった。 「おばさんも・・・死んじゃう・・・」 とりあえず今日はここまで・・・。 |