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ロマンチック中年男の独り言 DVDレビュー、収集物、趣味全般、日々想うこと

出口のない海のツッコミどころと参考資料

ツッコみどころ
潜水艦の内部は特に軍事秘密として、残存する写真も少ないため、セットではそれなりにリアルにみえるように再現していたが、映画の中のイ36の外観ならびに行動は、現実に存在したイ36とは食い違う点が多い。

1.士官室
寝台のある区画(士官室)がまるで、JRの寝台車のようなつくりだった。Uボートほどでなくとも狭い艦内を有効活用するために、士官室とはいえ広すぎると思われる。また回天隊員ばかりがたむろしていたが、他にも士官はいたはず。

2.機関停止
第二次大戦当時の潜水艦は、潜行時は内燃機関が使えないため(シュノーケル装備艦は別)、バッテリーにより航行する。開始早々に敵の駆逐艦の攻撃を避けるために、機関(電気モーター)を停止し、酸素濃度がさがると言う場面があったが、おかしい。

現代の原子力潜水艦は核動力稼働時に、水を酸素と水素に分解して、艦内の酸素供給をするが、第二次大戦中の潜水艦にそんな施設があるはずもなく、酸素ボンベを装備するのが通常だったと想われる。機関停止と酸素濃度の低下は無関係。
(3/26修正)伊号潜水艦には空気清浄装置が設置されており、電源供給が停止すれば当然空気清浄蔵置も停止する。空気清浄機は二酸化炭素濃度を低下させるモノで酸素濃度を間接的に上げる意味では正しいが、酸素の供給自体は酸素ボンベによるものと思われる。また現実には会敵中はその騒音を察知されるを恐れて使用されなかった模様、また機関停止と空気清浄装置の停止は直接関係ない。
また戦争後期には薬品をしみこませた空気清浄剤を床にまく方法もとられたそうで、その場合騒音問題は解決されており、当時としては理想的な方法と言える。
真実一路サイトの帝国海軍潜水艦伝習所を参考にさせて頂きました。

3.木材
士官室が顕著でまるでホテルのようだが、潜水艦の材料に木を使いすぎる。軍艦では火災防止のためあまり木材は使われないはず。

4.大和との邂逅
大和の水上特攻は4月6日徳山沖を出撃して、7日11時41分以降九州南方で米艦上機の大編隊の数次の攻撃を受け、大和以下4艦が沈没している。
イ36の4月6日および7日の行動の記録がなく、4月12日に出撃した記録がある。回天6基搭載の改造がその前に行われており、大和の水上特攻時はドック入りしていたものと想われる。水上特攻に向かう大和とすれ違ったというシーンはありえない。

5.回天の搭載方法
映画中のイ36は常に回天4基搭載の状態だった。また前後甲板にそれぞれ2基づつ搭載しているが、前甲板に搭載できるのは6基搭載に改修した後であり、改修後は常に6基搭載していた。
また後部甲板には後甲板艦橋付近に3基、尾部に近い後甲板に1基を搭載していたと想われる(同型艦のイ58の搭載方法)。

6.ラスト並木の状態(ネタバレ)
事故は2回目の出撃前の訓練時に起こっている。敗戦後に台風の影響で浮上したらしいが、それなら数ヶ月が経過しており、ついさっき死んだかのような見た目がおかしい。腐敗がない理由がいくつか考えられるが…。
(ただし映画的な配慮であると言ってしまえばそれまでだが)

a)酸素が無くなったため
しかし人間が酸欠で死ぬ場合、空気中の酸素濃度は0になるずっと前で、酸素欠乏症は空気中の酸素濃度16%から始まり、10%程度で意識不明、6%で死亡する。
b)海洋深層水
海の200m以下は太陽光がほとんど届かず、海水温も非常に低い。このため低温状態(つまり冷蔵庫の中と同じ)で保存された。
しかし回天の安全深度は80mで、200mの海底に激突した時点で圧壊されると考えるのが普通。ただ海底面がクッションになったと考えれば一応スジが通る。

以下イ36に関する情報

参考資料
サンケイ大戦ブックス67 伊号潜水艦
丸スペシャル31 日本の潜水艦1、1979/9

イ36の回天の搭載数
回天搭載を計画した当初は4基を搭載しており、19年11月の初陣ウルシー泊地攻撃の時の回天搭載数は4基であった。
20年4月以降は回天6基を搭載しており、その際に前甲板の航空施設は撤去された。

イ36について
伊号潜水艦(日本海軍では1000トン以上の一等潜水艦を伊号、1000トン以下の二等潜水艦を呂号、500トン以下の三等潜水艦を波号と呼んだ)で乙型(S37)に分類される。基準排水量2198トン、水中排水量3654トン(同型イ15のデータ)
航空施設(射出機並びに格納筒)を前部甲板に備えており、水偵1機搭載可能。
乙型は全29隻竣工したが、イ36は初期型に属する。また終戦時乙型で残存したのはイ36の他はイ58のみ。

略歴
17年9月30日 横須賀工廠で竣工。呉鎮守府籍に編入
17年12月5日 第6艦隊 第1潜水戦隊第15潜水隊に編入
17年12月18日 呉出港、ラバウルを基地として輸送任務に従事
18年3月7日 横須賀入港、
18年4月6日 横須賀出港、アリューシャン方面で行動
18年8月10日 横須賀入港、
18年9月8日 横須賀出港、ハワイ方面行動
18年10月17日 ハワイパールハーバー偵察、
水偵は母艦を危険にさらすのを避けて、燃料切れも覚悟の上で、洋上発進した(通常は島づたいに発進するが、島に設置された敵レーダーによる発見を避けて)。
燃料切れ直前に水偵より「戦艦4、空母4、巡洋艦5、駆逐艦17」の報告を受け偵察任務を完遂した。水偵の収納はできなかったが、両飛行兵曹長の命を賭しての偵察行動はその功績抜群として、のちに連合艦隊司令長官から感情を授与。
18年11月1日 カントン島砲撃、
18年11月12日 トラック島着
18年12月21日 トラック出港、輸送任務に従事
19年1月16日 佐世保入港、修理
19年3月26日 呉出港、マーシャル方面行動
19年6月19日 呉出港、トラックへの輸送任務に従事
19年9月1日 回天搭載艦として訓練に従事
以下回天戦歴の項

回天戦歴
以下回天の戦歴を紹介するが、戦果は日本側のみの記録による。
実際の戦果は意外に少ない。「回天の戦果」を参照の事。

回天の初陣
「回天」特別攻撃隊「菊水隊」(19年11月)
イ36(艦長寺本巌少佐)、搭乗員は吉本健太郎中尉以下4名
イ37(艦長神本信雄中佐)、搭乗員は上別府宣紀大尉以下4名
イ47(艦長折田善次小佐)、搭乗員は仁科関夫中尉以下4名
イ36とイ47がウルシー、イ37はコッソル水道を目標として11月20日に決行を予定。
11月8日、4基の回天を後甲板に搭載した3隻の潜水艦が出撃。
予定通り11月20日黎明にウルシーに対する攻撃が実施されるが、
イ47からは4基の回天が発進するも、イ36からは故障で1基のみが発進。
戦果は油槽艦「ミシシネワ」1万1316トンのみだが、米軍に与えた影響は大きく、泊地でも油断できないと米兵たちを震撼させた。
コッソル水道に向かったイ37は米駆逐艦の攻撃を受け、沈没する。

「回天」特別攻撃隊「天武隊」(20年4月)
イ36とイ47で編成。
4月12日イ36出撃、4月20日イ47出撃。
イ36は沖縄とサイパンの中間付近
イ47は沖縄とウルシー間
イ36は4月27日早朝、約30隻の船団を発見して、回天4基を発進、敵駆逐艦の接近を察知して深深度潜行に移るが、爆発音4を聴取、全基とも輸送船に体当たりしたと認める。
イ47は24日頃、大東島南東80キロ付近に達する。27日魚雷攻撃で艦種不詳2隻を撃沈。
5月2日には、沖大東島の南南西260キロで回天で大型駆逐艦と輸送船各1隻を、
7日には沖大東島の南方で回天攻撃で特設空母(または重巡)1隻を撃沈した(不確実)
イ36は5月1日に呉に帰投
イ47は12日に呉に帰投

回天隊の編成(1945年沖縄戦後)

「回天」特別攻撃隊「振武隊」(20年5月)
5月上旬 イ366とイ367で編成。ただし出撃当日にイ366が触雷のため「振武隊」はイ367のみになる。
5月5日、イ367は大津島を出撃、27日に回天2基を発進、艦種不詳2隻を撃沈(不確実)、6月4日呉に帰還。

「回天」特別攻撃隊「轟隊」(20年5月)
5月下旬 イ361とイ363で編成。23日イ361、28日イ363瀬戸内海西部を出撃。
沖縄東方640キロで沖縄に対する補給路の艦船攻撃に任じる。
6月4日イ36、6月15日イ165が増派。
イ361は出撃後まもなく連絡なく未帰還。
イ363は6月15日に輸送船1隻を撃沈、6月28日に瀬戸内海西部に帰投。
イ36はマリアナ、マーシャルの中間海域に向かい、21日トラック島の北東640キロで輸送船1隻に魚雷2本を命中させる。
28日に輸送船団に回天2基を発進、爆発音1を聴取する。7月6日瀬戸内海西部に帰投。
イ165は7月上旬以降連絡なく、未帰投。

最後の「回天」特別攻撃隊「多聞隊」(20年7月)
7月上旬 潜水艦6隻で編成。
イ47は沖縄の東方640キロ付近で作戦、会敵の機会なく、8月11日瀬戸内海西部に帰投。
イ53は7月14日出撃、バシー海峡東方640キロ付近を行動。24日敵の船団に回天2基を発進、
8月4日に敵哨戒艇に回天2基を発進していずれも爆発音を聴取、8月12日に瀬戸内海西部に帰投。
イ58は7月18日に出撃、パラオ北方840キロ付近に進出。28日敵油槽船と駆逐艦に回天2基を発進して撃沈。
29日重巡インディアナポリスを雷撃、撃沈。
8月10日船団に回天2基、12日水上機母艦に1基を発進、共に撃沈と報告。8月14日帰投。
イ367は7月19日出撃、会敵の機会なく、8月16日帰投。
イ366は8月1日出撃、パラオ800キロ付近で北西に向かう大船団を発見、回天3基を発進し、爆発音3を聴取、
8月18日帰投
イ363は8月8日、沖縄東方海面に向け出撃するが、ソ連の参戦で日本海に変更される。8月下旬帰投。

640キロ=350カイリ
840キロ=450カイリ

終戦時 イ36は第6艦隊 第15潜水隊に所属

回天の戦果(米側の被害と照らし合わせた結果)
1944年11月20日 ウルシー泊地で油槽艦「ミシシネワ」撃沈
5月27日のイ367の護衛駆逐艦撃破
7月21日の輸送船撃破(イ47またはイ367によると思われる)
7月24日のイ53の護衛駆逐艦撃沈
7月27日のイ53の駆逐艦撃破

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