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ロマンチック中年男の独り言 DVDレビュー、収集物、趣味全般、日々想うこと

2007年06月20日
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テーマ:京都。(5783)
カテゴリ:旅行 地方の思い出
テーマの京都ではなく奈良ですが、京都駅から1時間程度のなので、仲間に入れてください。

学生の頃2年間近鉄西大寺のすぐそばに済んでいました(西大寺の白土塀は道を隔てた隣でした)。

で西大寺と東大寺の間(西大寺より)に平城京址とその中に平城宮址(平城京図)がありました。平城遷都1300年記念事業で今は大極殿や朱雀門などが再現されているようですが、当時は柱あとの丸い穴か、太極殿あとの土台程度しかありませんでした。

このとき友達(日本史専攻でした)が太極殿は「天子南面ス」で南向きだと説明してくれましたが、確かに常に南向きなら太陽の光が前から当たるので、臣下や下々の者にもそのご尊顔がよく見えたでしょうね(笑:今ならさしずめ写真が逆光にならずに良く写る)。

京都市内のど真ん中にある京都御苑程度の広さが、県庁所在地の奈良市の位置的に中心部である場所に、平城京址としてただの原っぱとして存在する様子は、大都市の県庁所在地ばかり見てきた目には異様でもありました。平城京址には近鉄の線路や生活道路があり、バイクで何度か通りました。

奈良県 第一次大極殿正殿の復原整備
奈良県 平常遷都1300年記念事業

でタイトルの秋篠寺ですが、西大寺から近鉄の線路をまたいですぐ北側にあります。友達といった時に秋篠寺のおばさん(おばあさん?)が寺の由来やら伎芸天立像のことを立て板に水のようにまくし立てるように説明してくれたのを覚えています(おかげで話の内容はほぼ覚えていません、苦笑)

当時の礼宮(あやのみや:不遜ですが私はあやくんと呼んでいました)が紀子様と結婚(平成2年)して、秋篠宮家を創設した時にずいぶん賑わったそうです。
秋篠宮文仁親王 ウィキペディア:天皇家の家系図もあります


一時期騒がれた女性天皇ですが、第3子長男悠仁親王誕生からぱったりと聞かれなくなったので、悠仁親王が皇位継承第3位として固定しそうですね(雅子様の第2子出産はなさそうですから)。

しかし今、皇太子が47才で秋篠宮が41才ですから、今上天皇が崩御される頃にはひょっとすると皇室の男系は悠仁親王一人になっているかもしれませんね。

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最終更新日  2007年06月20日 13時45分21秒
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