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ロマンチック中年男の独り言 DVDレビュー、収集物、趣味全般、日々想うこと

2007年09月09日
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テーマ:たわごと(22719)
タイトルは本多勝一氏の殺す側の論理のもじりです。最近頂いたコメントで感じた事を書きます。

世の中で一番の悪は何かと言ったら、人が人を殺すことだと思います。たぶんこれに異論を挟む人はまずいないと思います。戦争に反対する人も、戦争により財産が奪われる点よりも、戦争の犠牲になって人が死ぬことに反対しているはずです。

人の死は、その人が経験したであろう、誰もが経験するであろう生活と同様の生活を奪うことです。そしてその死によって、その人の記憶が永遠に失われることです。その人の記憶の中で生き続けていた人を殺すことでもあります。さらに残された人の悲しみです。生前に関わりを持った多くの人を悲しませることです。

死刑廃止論も、人が人を裁き、死による罰を与えることの矛盾が根底にあるように想います。私は近親者が犯罪の犠牲になったことがないので、殺人事件の被害者親族の本当の悲しみは分かりません。それを承知の上で死刑には反対します。また一瞬で終わる死刑より、無期懲役刑のほうが犯罪者に与える罰は長く重いものだと思います。

たとえどんなに憎い相手でも、その相手の生命を奪う権利は誰にもないはずです。私は何度も憎い相手を殺してやりたいと想ったことがあります。幸い実行したことはありませんが、もし怒りに狂って、人を殺してしまった時には、いさぎよく罰を受けたいと思います。

法律は正当防衛(緊急避難)という考え方を認めていますが、それは自分の命が危険にさらされた時に、相手の命を犠牲にしても、自分の命を優先していいということです。まずは自分と相手の両者が助かる方法を模索すべきで、どうしようもなく共倒れになる場合に自分の命を優先するという考え方だと想います。
カルネアデスの舟板 ウィキペディア

さらに言えば、自分の安全が確保されたら、相手を積極的に助けることが本来の考え方だと想います。たとえ悪意を持った相手に攻撃されても、相手の攻撃力を奪ったあとは、相手を積極的に助けるべきで、それ以上に攻撃することは、過剰防衛として、刑事罰の対象となります。

テレビゲームのロールプレイングゲームの多くは、敵を殺しまくることで経験値を上げ(=成長する)、ゴールを目指すゲームですが、友人が「殺しまくりゲーム」と言ったことが忘れられません。幼い頃からこの手のゲームに慣れた子供は、敵と認識した相手を殺す事に、全く躊躇しない現実感のない人間になると。

最近の少年犯罪のニュースを目にするたびに、この友人の言葉を思い出します。もちろん犯罪を起こした少年すべてが、テレビゲームのマニアだとは想いませんが、その傾向はあると思います。

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最終更新日  2007年09月09日 20時00分18秒
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