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ロマンチック中年男の独り言 DVDレビュー、収集物、趣味全般、日々想うこと

2011年03月28日
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オッサンのタワゴトです。

今次震災で何度もテレビで見た津波の猛威は、まさにゆっくりした恐怖でした。

津波というと映画などの影響で、サーファーが喜びそうな荒々しく巨大な波を連想しがちでしたが、「急激な潮位の上昇」というのをテレビで見て実感しました。
津波 ウィキペディア

さっきまで足下だった海が急に自分の背丈より高くなってそれが押し寄せてくる。だから海抜数メートル程度の場所は海水に浸食されて海になってしまい、車や木造建築のように大きなモノでも海水にさらわれてしまう。


テレビや映画の作り物の死はある瞬間に突然訪れますが、実際の死は徐々に訪れるのだと思います。英語で「死にそう」はdieの進行形dyingであり、死が徐々に進行していく様子を的確に表していると思います。

拳銃で頭を撃ち抜かれた人がまるで糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちる映像にショックを受けた覚えがありますが、そうでなければ「即死」という言葉から連想するような、生が瞬時に途切れるような死は、まずないのだと思います。

「即死」と言われる死も実は徐々に意識が薄れて死に至る場合が多いのではないか、と思います。拳銃で撃たれても頭を撃たれたり、出血性ショックで突然意識が無くならない限り、死を意識しながら、亡くなっていくケースが大半だと思います。

「即死だったから苦しまずに死んだ」なんて言葉は生きている人のための慰めです。死が苦しくないはずがない。


「地震で倒れた家屋に押しつぶされて即死した人が何人…」などという報道を耳にすることがありますが、実際には柱や家具で押しつぶされた体のあちらこちらの痛みに悶絶しながら、なんとか助かろうと苦しみもだえながら、そして最後にはもう助からないと絶望して、死んでいった人がほとんどだと思います。

そんなリアルな想像をすべきではないのかも知れません。しかし「即死」などというありきたりな通り一遍な言葉で、多くの人の死をかたづけてしまうほうが残酷なのかもしれません。

多くの人が苦しみもがいて死んでいったという想像をするのはつらいし、心が引き裂かれることです。しかしそうして心に刻み込まれた傷は、死んでいった人たちの消えない記憶になります。

親しい人を亡くした方には残酷なことかも知れませんが、「人は忘れ去られたときに本当に死ぬ」というのは正しいと思います。

その人をいつまでも忘れずに、そして生き残った人は亡くなった方たちを思うことで、今生きていることの幸運に感謝するのだと思います。


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最終更新日  2011年03月28日 22時57分00秒
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