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ママのつぶやき

2008.12.16
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カテゴリ:ママのつぶやき
先週の木曜日から風邪による高熱で寝込んでいたリューリューだが、抗生物質も飲んでいたせいか、すこし便が緩くなってしまった。

寝ている間にパンツの中にウンチをしてしまった…泣

その対処にワラワラとしていた私たち夫婦だったのだが…

寝ていたはずのスーリン、しっかり見ていたか聞いていたらしい…

そんなこんなで今日の夕食時のこと、

スーリンが
「今日、保育園でK君に、リューリューちゃん、パンツの中でウンチしたって言ったらK君が『赤ちゃんみたいだね』って言った~}

シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン

パパと二人で思わず絶句。

そのあと、おもむろに私が
「スーリンちゃん、保育園のお友達にリューリューちゃんのそのことしゃべったの?誰に?」と聞くと、
「K君」
とのこと。

それで、怒るよりも少しとまどってしまい
「スーリンちゃん、リューリューちゃんの失敗したことやできないことをリューリューちゃんのことあんまり知らないお友達に話したら、リューリューちゃんは悲しいよ。リューリューちゃんは怒らないけど、ママは悲しい。スーリンだって、スーリンができないことや怒られたことを違うクラスの子に何か言われたらどんな気持ち?」

と言ってみた。

たぶん、スーリンは事実を言っただけ、そしてそれを聞いたお友達もそういうことから
単純に赤ちゃんみたいだと連想していっただけだと思うけど…

これから先、娘の認知がどんどんあがってくるまでに、こういうこと少なからず起こりそうです…

まだ年齢も低く、兄に関しても悪意や他意は全くないんだけど、親とすると、複雑なものがあります。

そして私はババやジジによくおしゃべりもする娘に釘をさしました。

「リューリューちゃんのできないことや失敗することを簡単に人にしゃべってはいけないよ。リューリューちゃんができるようになるため毎日たくさんのお勉強をしていることはジジもババもお友達もみんなよくわからないんだよ。
リューリューちゃんが一生けん命やっていることはパパとママとスーリンちゃんが一番わかっているんだから…リューリューちゃん頑張っているのに、もしかしたら馬鹿なんじゃないの?とか頑張ってないね~とか思われたり言われたりしたら、可哀そうじゃない?スーリンもそう思わない?」

スーリンは、唇かみしめて、涙をぼろぼろ流してだま~って泣いていました。
ずーっとずーっと泣いていました。

いつもなら、ワーワーと大袈裟に泣くのに、だま~って下を向いたまま、ただ涙をぽろぽろとこぼして泣いていました。

その隣でリューリューはニコニコと笑って見ていました。

本当に親としてこんな対応でいいのかわかりませんが…

娘は今日のことに関しては、理屈はわからなくとも親の真意は少しだけわかってくれたような気もします。
でも、こういうことがあったとき、その場合、場合によって、また娘の成長につれて、言い方や対処に悩むんだろうなあ…と思います。







Last updated  2008.12.16 23:53:35
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2008.12.05
カテゴリ:ママのつぶやき
ふとテレビをみていたら、中国で赤ちゃんの取り違えがあり、なんと21年後に発覚してお互いの親子が出会うことになったという…

実の子ではない子供だった、実の親でなかった、親子ともなんともいえない気持ちになったことだろう…
それでも結果的にやっぱりそれまでの家庭の形でそれぞれ暮らし、双方、親戚のような付き合いをして仲良くしているらしい…

もし…と、パパに聞いてみた。

もし、リューリューがそういうことであったとして、パパならどう思う。と。

「障害があってもなくても、もうこれまで育てたことを思うと、実の親であっても引き渡せないなぁ…リューリューはそんなことわかんなくて、にこにこして引き取られちゃうかもしれないけど…」

そんなことないよ、絶対に、リューリューだって私たちと離れることになったら悲しんでくれるよ…

つい、大人げなく大声で言ってしまった…

リューリュー知能も言語能力も低いからうまく表現できないけど、絶対に感情は伝わっているし、伝えてくれるはず…

私たちはなにがあっても、たとえ血がつながってなくても(そんなことありません、念のため…)リューリューとは親子なんだよっ。

と鼻息荒くパパと話してしまった…

親子って、血もそうなのかもしれないけど、育ててきた育てられたという愛情の絆が一番大事なのだと思う。

育ててきたなんておこがましいかな…
かなり未熟な私という人間を親として育ててくれているのが子供という存在なのかな…
子供がうまれおちた瞬間から、母親、父親になるわけだけど、それは名ばかりで肩書が変わっただけのこと。

その日からその子との一日一日過ごすことで愛とか絆とか何ものにも変えがたいものが育っていくのかなと思う。
それなしに血がつながっているという事実だけで親子をいきなりつきつけられても…

なんかテレビの話題にふと熱くなり、
思いっきり子供たちを失いたくないと思ってしまった。
テレビにのめり込みすぎだっつーの。苦笑。






Last updated  2008.12.05 23:27:10
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2008.11.02
カテゴリ:ママのつぶやき
最近、就学問題などでいろんな資料や著作を読んだりしながら考えることがあります。

息子の将来について、私なりにひそかに考えている何本かのレールがありますが、願わくば、そのすべてにおいて、息子が息子なりの意思表示をして
「それはしたくない。」とか
「そうしたくない」とか
「そんなのはいやだ」とか

逆に

「それをしたいんだ。もっとこういう協力してくれ」とか
「それがいい。」とか

息子の気持ちがきちんとこちらに伝わる日がくるといいなあと思っている。
今の息子の言語・認知状態では、やっぱりどうもそこらへんがつかめないけど、少しずつそういうことがきちんと伝えられるようになればいいなあと希望をもって日々生活しているところだ。


では、私が持っているリューリューへのレールとは何か?
と申しますと…


小学生時代は、基本は友達と遊び、友達という存在をひとりでも多く持てるような学生生活を送る。

自立して学校生活をすごせること。
大人の介助が常に必要な生活でなく、友達や先生たちのちょっとした手助けや声掛け、模倣でもってある程度、自力で過ごせる力をつくること。


中学にむけては、小学の上にたってのことなのであるが、できれば地元中学校の心障学級にかよわせてもらうことが望み。
勉強のフォローは家庭でもしっかり行うにせよ、できるできないは努力した末であるなら、あまり問題視しない。だが最低限の読み書きと計算は身につけさせる。

高校については、地元にある二つの通信制の高校が無理なく通えるかなあ…と思っていたりする。

小学生以上の上の学校については、本人の希望があれば他県にある学校でも可能であれば叶えたい。
親としては、やっぱり高校生くらまでは地元で生活してほしいが…

高校でストップか自然学園大学部のようなさらに上に行くか、ここらへんはまったくわからないが、本人が行くとみこして準備はしておきます。

いよいよ就労ですが…

親的には、作業所では生きるだけの糧がはいらないので、やはり、ここは田んぼと畑仕事もしてもらえれば…食べてはいけます。現実的な食の問題もともかくとして、いくらかは真面目な話現金収入になるからです。

それから、私の実家が今、知的障害施設に出している仕事があるのですが、(お菓子を入れる菓子箱をたたんで仕上げるというものです)そういう外注的な仕事を出してもらって外からも少しでも現金収入がある形を持ちます。

できたらパートでも嘱託でもいいから、社会的に会社員という肩書をもたせてもらえたらありがたいと思っています。

これは、実家が会社を経営しているから、そしてこちらの家のほうで田や畑があるからこそ描ける就労スタイルです。

あくまでもこれは親が準備してやれるであろう就職スタイルです。

もちろんこれは、私の一方的な息子の人生の担保的設計で今の私たち夫婦が準備していけるであろう確実な環境設定です。

なので、私はひそかに息子が

「ママの取り越し苦労だったね。俺にはこんな準備なんか必要なかったね♪」なんて言ってくれることをとてもとても期待しています。
そういういみでこちらの期待を裏切ってくれちゃって、
「おれはこういう学校にすすみたい」とか
「こういう仕事をしてみたい」とか
言ってすべての私の青写真を破ってくれることを楽しみにしています。

ですが、彼が彼なりにこの地域で生きていくことで
「もっと大規模に田んぼやりたい」とか
「もっとこんな仕事をママ実家の会社でやってみたい」とかそういう希望であっても
彼が彼の意思でもって伝えてくれたら、それはそれでまたうれしいことです。

頭をさげてでも、うちの田んぼ以外のところを探したり、仕事についてチャレンジさせてみてくれと頼んでみたいと思います。

こういう設計をもっていることは、私の単なる息子の将来に対する漠然とした不安感を解消するためで、精神安定剤のようなものでしかありません。
こんなこと一方的に思われている息子はさぞや窮屈でしょうが、笑、まあ、息子の将来を悲観し続けているよりはマシだと思ってしばらく我慢してもらいましょう。
息子には話すこともない話です。笑。
親が決めた通りの人生を送る必要はないのですから…
ただ、彼が自分でいかんともしがたく決定できないような状態であるならば、親として必要最小限の成人男性として地域で生活していく手筈は整えておかねばならないと思っています。

これは、そのためのプランです。
これからもっと改善するかもしれないし、まったく違うプランにすり替わる可能性もありますが…
田んぼも畑も将来、夫が継ぐべきものですが、やりたくないと荒らしたり、売ったらヤバイので、釘さしのため夫には話しておりますが…笑。

息子はどんどん変わりますし、今の状態の息子を想定して私が勝手につくりあげたプランですから、当然無理もあります。

年々刻々と私のプランは変わるでしょうし、息子もきちんとした意思をもってくれるのではないかと希望もしております。

私がこの話をすると、実家の母などは、
「そんなこと徒労に終わるわよ~~」などと言って笑いますが…
そうであってほしいと心底思うこのごろです。笑。









Last updated  2008.11.02 23:43:06
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2008.10.18
カテゴリ:ママのつぶやき
ABAのコンサルがあったり知能検査の結果を聞きに上京したり、違う治療院に行ってみたり、学校に出向いて就学の話し合いをしたり、STに行ったり、週末は定期訓練といつもの治療院二件と、挙句ハードな登山したり、ということとか。
上京したついでに、大学時代の友達の家に二時間(爆(笑))息子と立ち寄ったり、ABAの新しいエージェントの事務所に寄ったり、友達と食事まで楽しんだ挙句、飲んだりなんかもしちゃったり。
この一週間余り、地獄のように忙しく動き回った。それで疲れ果ててブログもなかなか書けず。
そんななかで、いろいろと考えた、いや考えさせられたことを今日はまとめて書いておこうと思う。
ABAのコンサルで
「長文の課題で教材をもっとリューリューちゃんに適したものにすること。この年頃の男の子が使いそうな言いそうなことを題材にする。それをおぼえたほうが彼が社会で即使える」

私なんかがつくると、とかく、「こんなことは覚えてほしい」「これくらいは知識として蓄えてほしい」というのが考えの主体になってしまっている。
 つまり、長文の題材でいうと「花が咲いている」「火が燃えている」とか…
でも、こんなこと、今のリューリューの生活では表現する出番がなかったり、あっても少なかったり、男の子より女の子の話題で使う会話だったりするわけで…
「たとえば、ヤッターマンがこうした~怪獣が現れた~的な、もののほうがリューリューちゃんが保育園でお友達と過ごしている日常、すぐ使えることをまずおしえてあげていかないと。」とおっしゃる。
リューリューは相変わらず知能指数的には変わらず、中度のまま。
療育先の先生からも「非常にゆっくりした成長度合。でも伸びてないわけではない。伸びているが、急激な値ではない。年月かけたわりに、これだけか…というくらいわずかずつの伸びだけど、どの値も確実に伸びている。
きっと、数値よりはできているお子さんなんだろうけど、検査ですくいきれない部分で(たとえば課題よりも人に注目しすぎて、課題に集中しずらいなど)問題がまだあるということでもある。
ただ、人が好きだし、人に興味もある。人にかかわるのが好きという気持ちが強い。それは
とてもいいこと。
知能的言語的に問題はあっても、もし専門の補助(ABAのシャドー)がつくというのであれば、普通級のお友達の中で過ごしてみても…お子さんの経過を一か月、一学期というかんじで細かくみてそのつど学校側と相談しながらすすめていけばいいんでしゃないですか。」

と言われたのだが…
自分の中では、どうしても知能的、言語的にハンディのある分、なんとか一つでも多くの知識を入れ込んであげたい!!という気持ちに追いまくられてしまいなんだか息子に対して厳しすぎるような気がするこの頃…。

そんな中、コンサルでも注意されたことは、「課題で使う教材は機能的にする」ということ。

位置などの課題にしても、私などは前後の違いがはっきりしていればいいや♪くらいの気持ちで時計を選び、置くものもコインとかつみきなんかにしてしまう…

でも、それを機能的にするということは、
たとえば
家のミニチュアの前に車を置く。
後ろだったら、人間のミニチュアを並べて、後ろに並んで~で後ろに置く。
そういう意味合いがある行動にしてあげると、リューリューの反応がとてもよくなるのだ。
やっても楽しいらしい。

もうひとつ。
今、地元の病院のSTにかかっているんですが、この先生のいうことがいちいちもっともで、かつABAでのコンサルで言われていることと合致するんですね…

15日の訓練のときに言われたのは、
「抽象的なことの理解が弱い。でも、色、形、大小、長短、位置。いろいろあるけど、彼が小学校に行ったら一番知ってて便利なのは、位置と同じ違うだと思う。確かに、色も形も大事だけど、位置というのは、学校生活での指示や集団で動く時、道具の置き場所などで頻繁に生活で出てくるであろう言葉。
また同じにする、違うのどれ。というのを知っているととても便利で使いやすい。
不特定多数の中から抽出するのは苦手だけど、人からどっち?と聞かれたらこっちとこたえられるようにしておく。
すべて彼が学校で使うであろうものから教えてあげる。
もちろん知識はたくさんあるに越したことはないが、限りある時間で就学までにこれだけは…というものを先に身につけさせてあげると、彼が学校で暮らしやすい。

彼は、言葉を知らないのではなく、どうも知っているようだが、実際使う動作語は限られている。動作語を使った表出、それと、人への依頼、人への報告これも生活の中で行動モデルを示しながら、いちいち、はっきりこちらが言って聞かせ確認させること。

なによりも彼が生活しやすくなる、コミニュケーションで使える、というものを教えてあげる」

私がマズイのは、誰のためにやっているのか、なんのためにやっているのか、がズレやすく、ともすれば、親の自己満足にしかすぎないような課題をやらせていることが多いと思います。
きっと、リューリューにとって何が使えることで、便利になったり生活しやすくなったり、友達と遊びやすくなったり、自分でひとりで有意義にすごせたり…そんなことを親身に考えていないんだと思います。
療育が親の自己満足であってはならないと、強く戒めているつもりでも、真に子供のためになっているかどうか…周りからの指導で気づかされる毎日。

 私は子供を知的や言語面で完璧にするつもりはありません。
 彼の伸びる力を無視して伸ばさないと言っているのではありません。

私の希望はシャドー付きの普通級在籍ですが、それは彼が知能に問題がないから、それを希望しているわけではないのは誰にも明らかなことです。
彼は、人がとても好きです。人にかかわってもらうこと命!の子です。
友達も彼を好きです。彼が適切な反応(言葉とか行動)がなくても、ずーっと継続してちょっかいだしてくれています。

この町は、保育園から中学生までずーーっと同じ友達で育ちます。
私が彼に望むことは、一人で学校に行き、朝の会から帰りの会まで時間割にそって過ごし帰ってくること。学校で休み時間に友達とふざけあえるような時がもてること。
そんな人間関係、社会生活をしてもらいたい。
14日に学校側と話し合いをしました。就学相談ではありません。
親の意向というか、リューリューのことを理解してもらうためにすべての資料をもっていきました。
教育委員会の次長と委員の方、校長、教頭、そして私です。

今までやってきたすべての療育のこと、最近でた知能検査の結果、診断書、ABAのこと、シャドーのこと。
今のリューリューの着席での課題の様子は、ビデオを持参してセラピーの様子をみてもらいました。

かなり好意的にとらえてもらえたようですが、問題は、今までにこういうケースでの就学がなく、はっきりいって初めてのケースだということ。
公的な補助でなく、私的にシャドーをつけること。
などなかなか一筋縄では理解できないことかもしれません。

私なりに就学児検診とか就学児知能検査とか、就学前相談とか調べました。
子供を観察し、検査をしたうえで、どのような進路をとるべきか悩む親子にたいして指導する、的なことを言っていますが、
どうも、知能検査の数値とか生活スキルの度合なんか、あと、観察した専門家この専門家レベルも自治体によるとトンデモもいるらしいし…のコメントで、こう。と結論付けられると、ほとんどそちらサイドの主張はかわらないらしい…決めつけてしまうと、あとはお役所感覚でそっちいって、あっちいってで…

これは本当に自治体によって差がかなりあるらしいので、親の意向を最終的に組み入れてくれるところもあれば、絶対的な措置になってしまい、そういう依怙地な自治体相手だと、行政不服申し立てで争うか、裁判になるか、個別に粘り強く交渉するかで勝ち取るみたいだが、子供の就学にも支障をきたしますし、なかなか難しいです。
わが町はわりと親の希望が通るらしいが、どうなのかな~

「判定が出た後で、また話し合いということで」と次長に言われたが、判定を受けるも何も、そっちで調べたい旨の情報を提出しているのだからして…
ようは、こちらの支援形態を現場である学校側が受け入れるか否かだけが問題のような気がする。
ので、週明けに、町の教委にまたまたアピールしてみるつもり。
だって、これ以上ない専門機関から診断や検査結果を出してもらっているのに、その手の検査や調査はもはや必要ないと思うし、しいていえば、保育園の生活ぶりを見学するっていうのは、アリとしても、知能検査は必要ないと思うな~九月に受けたばかりで今月やっても差がないよ~
うちのように、もう堂々と障害児宣言して、診断書から最近の知能検査の結果から、家庭での様子から療育内容、療育・病院機関のことなどはっきりしていて、今後の進路もはっきりしているようなものには、必要ないんじゃないの?と思いました。

基本的に、自治体には、この手の実施の義務はあるが、子供とその親にはうけなきゃいけない義務はないという…まか不思議なシステム。
就学相談自体を撤廃している自治体も出てきているから…

また学級支援員というものがおりますが、今回の法律改正で一校につき120万円ほどが交付税としてつくらしいですが、学校がその用途を違うことに使っちゃったりするなんてひどいところもあるらしく…
まあ120万使えるとしまして、でも一か月10万の人件費でどれだけ人を雇って個別につけられるかといったら、もう…
うちの町にはすでに二名いらっしゃるようで、それも、町からはもうこれ以上つけられない。といわれたらしいです。
わが県は35人学級が上限なのですが、30~35人までの学級の場合、2クラスにつき一人の割合で学習習慣形成支援がつきます。これは県から予算がつくようです。
本来、二クラスの児童の生活習慣や学習指導、給食指導などをする人なのですが、その手も障害児のほうにまわっている場合があります…
そんな風に対応しているとしても、公的な人員がそれぞれの障害児に十分につきそって交流というのはかなり無理です。
私は、基本的にシャドーは完全にぬけなきゃいけないものだと思っています。
どうしても大人の手がぬけない状態というのは子供が子供の世界で生きていく中で異質なものにならざるを得ないと思う。大人つきで生きていくのってどんなだ?と思うんです。
高学年になる前にシャドーの手は段階的に部分的にドンドンぬいていきます。
そう伝えると、なんか教委の方も、学校の先生もホッとした顔をした。

やっぱり子供の世界なのに、ひとりの子供に大人がつききっきりっていうのは、かなり異質な感じを与えているんだなあ~と思った。
それはたぶん、子供たちがわからみてもそうだろうな~と思う。
歳があがるにつれ、大人がいつもそばにいる子供というのは煙ったいし、自分たちの世界のことが大人に常に聞かれているのはウザイ(笑)だろう。
そうなれば、必然的に自分の子供とかかわってくれることが少なくなってしまう…

なので一応、息子がとりあえず一人で生活し通せる力をつくることに重点をおいてシャドーをつけるし、療育も日々の訓練もとりくんでいくつもり。
知能的な問題にももちろん取り組むし、勉強だってもちろん一緒にやっていくけど、
怒られそうだが、勉強なんかできなくたっていい。
私たちが目指しているのは70点80点をとれるけど大人付きで生活している息子ではなく、
10点20点しかとれないクラスで一番ドベな成績であっても、学校で友達と楽しく遊び一人で生活してくる息子である。
勉強の出来が究極の目標でないけど、学校は勉学をするところでもあるから、一生懸命息子と勉強はしていく。彼がさぼったりしていないかぎり、やった上でできなくてもそれは仕方ないこととして、でも勉強は続けるだろう…そうしながらも、彼ができること、彼が得意なことを伸ばしていこうと思う。







Last updated  2008.10.19 01:07:55
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2008.09.22
カテゴリ:ママのつぶやき
さきほど、福岡小1男児殺害事件の犯人が母親との衝撃的なニュースをみたばかりで…

なぜ…?と思いながらインターネット配信ニュースで最新版によると…
男の子の発達障害で悩んでいたとのこと…

同じ障害の息子、しかもたった一つ違いだけ、を持つ母親として暗澹たる気持になりました。

自分も病気、将来を悲観して…というコメントにどうも解せないものがあったのですが、子供が発達障害ということも発作的な要因だったのかもしれません…

どんな障害であろうと難病であろうと、自分が病気だろうが金がなかろうが、罪のない子供を殺してしまっていいわけはありません。

この人には誰が支えてくれる肉親や友や公的・私的機関はひとつもなかったのか?ということ。あったのに感じとれなかったのか??

それはわかりません。

でも、本当にそういう人たちがいたら、こんな狂気には陥らなかったのではないかと思うのです。

以前、見たテレビ番組で母子心中事件を調べたら、実は子供が発達障害児だった。とかいうのにもショックを受けました。
それがニュースには、育児ノイローゼとか育児不安とかで書かれていると…

いわゆるうちの息子は高低でいえば、低機能です。
本当になにもかも教え込むのは大変…
数回、数十回どころかものによると数百回教えないとできるようになりません。

気の遠くなるような作業の果てに必ずしもできるとは限りません。

親としてはときどき心が折れてしまうようなひどいことも平気で言われることもあります。

そんなこんなでかかる重圧、ストレスは心臓にきました。
幸い、大事にいたってませんが、体や精神力に多少、自信があった私でもホトホト参ることだらけです。

障害児との暮らしは不幸ではありません。
私たちは、本当に幸せに楽しく暮らしています。
でも楽ではない。山あり谷ありです。
肉親とも子供ともぶつかりあいながら、いろんな人たち、機関に理解をもとめながら、なんとかかんとかやってきた、この三年間です。

それでも私にはたくさん支えてくれ励ましてくれた人たちがいた。
その人たちのおかげで今日までやってこれた。
障害のある息子を本当に愛おしくかわいがってくれる人たちがいる。
その人たちの言葉が私の目をハッと覚まさせてくれる。
そういう意味では私は発達障害児の親として恵まれていると思います。

当たり前のように吸収していく下の娘と比べると、息子との学習は何もかも手の込んだ作業の連続です。
簡単なことではありませんし、息子のできなさにイライラしたり、このお母さんのように息子の将来を不安に思うこともあります。

こんなことばかりにとらわれる毎日も確かにありました。
ですが、母親がこういう気持ちで過ごしていると、家庭も親子も夫婦もギスギスしてしまって全然楽しくない生活になってしまいました。

どうせ生きるなら、明るく前向きな気持ちで生きていこう。泣くも一生、笑うも一生なら、笑って暮らしたい。
そう思って、気持ちを切り替えるようにしました。
なかなか難しいことですが、それでも無理やりにでも自分の気持ちを切り替えて生きようと思いました。
できないのを当たり前に思い、息子ができるようになったら『なんてすごい奇跡なんだ、なんて幸せなんだ』と思うようにしました。

少しずつですが、我が家も変わっていきました…


このお母さんにどんな心の闇が巣くってしまったのか、私には知る由もありません。
ですが、どんな理由だろうが、やはり子供を殺してしまったことは許せないことです。
母親に手をかけられたその瞬間まで疑いのなかった息子さんのことを思うと、心が押しつぶされそうに悲しくなります。

子供はなんの疑いももたないのですから…
子供はなんの抵抗もしないのですから…
相手が母親であればこそ…



この親子だけの問題だけではなく、障害児、難病をかかえた家族はある程度のところまで腹をくくって生きていけるまでは、苦しんだり悲しんだりすることも多いのです。
そんなときに、どれだけ救いがあるのでしょうか。
自分が素直に人に救いをもとめ、恥も外聞もなく声をあげることができるでしょうか。

我慢して我慢して不安にかられた挙句、子供を殺す親が、もうこれ以上出ることのありませんように…
あの小さなお子さんは、今、この世の喧噪も知らずにきっと天国なのでしょう…。
心からご冥福をお祈りいたします…






Last updated  2008.09.22 15:54:22
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2008.09.11
カテゴリ:ママのつぶやき
今日は、午前中の二時間、セラピストさんたちとCAFEに行きました。

すっごくコーヒーが美味しかった、ざっくりしたくるみ入りのパンもおいしい♪

セラピー大宮通学のころ、リューリューと自宅に帰る途中、毎晩、このCAFEのやわらかい明かりをみながら通り過ぎておりました。
なんともいえない柔らかい雰囲気を醸し出していた民家、それがcafeだったのです。

当時
『いつか、あんなCAFEでゆっくりのんびりできたらいいな~~♪』
と思っていて、
『そんな日がくるなんて夢の叉夢だな~………(溜息)』
という毎日だったのです。

喫茶店で子供ぬきでお茶なんて、療育にあけくれる私にはとんでもないこと…と思っていたし。
自分だけがリラックスする時間を持つとか余暇を楽しむとか、そんなことに対してすごく罪悪感があったりして、一人だけでは本当にどこにも行けませんでした…


毎日毎日夜七時ころ、このCAFEの横を通り過ぎました。通り過ぎる刹那にチラッとみえる店内の様子…
コーヒーをいれているような人影…
毎晩、見ているだけでホンワリと満足しました。
ちょうど、cafe近くに信号があるので、運よく((笑)) 赤だったりすると、じっくりとお店の様子をうかがうことができて、中のランプの様子とか、カウンター付近の様子なんかが遠目にもわかったりして、
それだけでなんとなく行っている気持ちになれました♪

『いつか…』

と思っていました。
そのいつかが、今日行くことになって、ちょっとワクワクとした気持ちで行きました。
道からちょっと奥まったところにあって、本当にひっそり佇んでいるという感じがピッタリのお店です。

とある方のブログに素晴らしくわかりやすい写真がテンコ盛りですので、どうか店内やメニューのものを見てください。

シンプルだけど丁寧、そして懐かしいものたちに囲まれてあっという間の喫茶時間でした。

今度、友達がきたら一緒に行きたいお気に入りの場所。YUSHI cafe

こんな場所を地元に住んでいながら、二年以上も指をくわえて眺めて通り過ぎいていたなんてバカですね~笑。

私もやっと、少しは息抜きしてもいいのかな?と思うようになりました。

またすぐ、ひとりでも行ってしまうことでしょう。爆。







Last updated  2008.09.12 00:05:02
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2008.08.18
カテゴリ:ママのつぶやき
昨日はめちゃくちゃ愚痴りまして…

そういうことになったのは、やっぱり非日常の疲れですかね…

やっぱりお盆とか年末年始は、親戚とかがきて何日もとまっていくのでなんとなく疲れます。
いや、どっぷりか…笑。

うちの中に四六時中、パパの弟がいてゴロゴロしているのも、前はどうってことなかったのですが、リューリューの障害がわかってからは、日々が忙しい分、こういう休みのときくらい、家族だけでリラックスした~いってな気持ちでイライラしていたのかもしれません。


肉体的、精神的にいろいろと煮詰まるんですわ、この時期は…笑。


となると、やっぱり何事もないいつもの日常が一番ですね…


昨日で親戚も帰り、今日からリューリュー、スーリンも保育園。パパも仕事。
いつものスケジュールで一日が始まりました。

なんだか心底ホッとしています。(笑)。















Last updated  2008.08.18 14:40:26
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2008.08.17
カテゴリ:ママのつぶやき
リューリューは見事16日にはプール遊びに復帰して楽しそうに歓声をあげながら、オットセイバタ足をし、うしろむきになったり、走りまわったり…
にこにこと楽しそうだった。
七月初めのリューリューにもどったことにみんなで拍手して喜んだものだ。

そして、今日。

N県盆がすぎると寒い。

昨日とはうって変ってものすごく寒くなってしまった。

そんな日にプール遊び。スーリンとリューリューのお友達はとても果敢にチャレンジ。
リューリューはもうやる気がなく、泣きながらはいっていた。

こんなにまでしてリューリュー参加させなくてもよかったな…

このごろ、リューリューのがんばれる範囲を超えて自分ひとりが暴走しているような気がしてならない。

私はどこをみているのかな…
上をみすぎて、リューリューを無理無理その場所にいれようとしているだけなのかな…

本当は、もっと毎日ただただひたすらリューリューのがんばりを認めたいだけなのに……
どうして怒って追いたてるようなことばかりしているのかな…

できないことってできないままじゃだめなのかな…

身辺自立はもちろん大事。だからやらせる。
生活力はつけないと…

でも、たとえば自転車がうまくこげないとか
プールでうまく泳げないとか
絵がかけないとか
折り紙がおれないとか
歌がうたえないとか
踊りができないとか
おしゃべりができないとか

そういうこと全部ができるようになれば絶対にい・い・こ・と!なのかもしれないけど

勉強も

数字や
ひらがなや
カタカナや
漢字や

そういうことが理解できて問題がスラスラとければい・い・こ・と!なのかもしれないけど


私はそれをリューリューに獲得させる各々の段階で何か大事なものを忘れてやしないかな…

今日は、リューリューと物の特徴をやりとりする復習の中で、わからないことをなんでも「ニャーニャー」と済ませるリューリューにゲンナリして、すごくしつこく練習させてしまった…

お風呂の中で、リューリューは大粒の涙をぽろぽろ流して、一生懸命練習した。

こんなとき…

犬の鳴き声がわからないから「ニャーニャー」でごまかしちゃう。牛の鳴き声が忘れちゃったらまた「ニャーニャー」という。

それでもいいじゃん♪

で受け流してもいいのに。
そういう日があったっていいのに。

私の変な完璧主義は息子にだけ牙をむいている感じがして、絶対に許さない。

そんな私に泣くだけでしか抵抗できない息子が本当に可哀そうで仕方ない。
そんな息子をもう一人の自分が、ヨシヨシってすぐ慰めてあげたいと思いつつ、イライラと息子のできなさをなじっているだけの自分…


一人になると、自分のそういうところにものすごく凹む…

私は本当に何をみて息子を育てているんだろう。
どっかの誰かのような…ではなく、リューリューがリューリューとして生き生きといきられるサポートができないのかな…

息子の大事なキラキラした何かを、私が関わるたびに無くしてやいないかな…

泣いていた息子、ひとりでパジャマを着て、「おいで」の声に、やってきた。
ギュッと抱きしめてやったら、
にこにこって笑ってくれた。

その瞬間に私のダメダメちゃんなところは許してもらえている…

だけど、私は息子に何を返してやれているのかな…

息子からもらっているだけでいいのかな…

息子は私を癒しながら「ママ、ドンマイ」ってな感じで時折、私を見る。
その表情には恨みも怒りも怒りもないけど…

でもきっと心の中にチクチクとした痛みはあったはず…

ごめんね…

私はどこに息子をつれて行こうとしているのかな…

彼がのびやかに生きる輝ける場所が用意されているのに、私はそこからはずれたところに連れて行きはしないだろうか…
私が行って欲しい場所と彼が行きたい場所が違っていたらと思うとゾッとする…

彼の笑顔にあぐらをかいて、私は彼をいいように引きずりまわしているのかな…

私はリューリューをとても愛しているけど、やっていることは自己都合なだけかもしれない…

息子は悲しんではいまいか…苦しんでいまいか…

そんなことが気に病んでしまう、こんな夜は、ここでちょこっと愚痴らせてください…






Last updated  2008.08.17 23:30:03
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2008.08.07
カテゴリ:ママのつぶやき
とあるブログを発見しまして…

高機能の療育ママさんのブログなんですが、偶然ネットサーフィンでぶつかったんですけど、いろいろ勉強させてもらっています。

その中で
「親が子供の教育のために経済的な負担を被ろうが労力をかけようが、時間をかけようがそんなことは当たり前。親が子供の成長のため(障害児の療育)なすであろう努力を特別なこととして頑張っているなどとは思わない。」
と書いてらっしゃいました。

目から鱗落ちまくり~びっくり

そっか当たり前なんだ。


私のやっていることなど、親として当たり前のことだったんですね。
だって親なんだもんね…
障害児だろうが健常児だろうが、その子の親として私も生まれてきたんだから、私は親として努力するのは当たり前、骨身を削ることをしても、当たり前なんだよね…
さもさも頑張っていると自分を持ち上げることだけは慎もう…

いい勉強になりました…

そして、私はなんのために療育しているんだろう…と思ったわけです。
最初は、とにかく普通の子のようになってほしい…でした。

でも、今日、この夜、ふっと思ったんです。

いつか私がリューリューに
リューリューのこと大好きだよ。愛しているよ…

と言った時に、リューリューが本当にうれしそうに喜んで「ぼくもママ大好きだよ。愛しているよ」と言ってくれる。

そんなことを自然と伝えてくれる子供に育てたい…
誰かを愛していることを実感して、自分も誰かに愛されていることを実感できる子になっていってほしい。

だって彼はこんなにもたくさんの人たちから無償ともいえるほどの絶対的な愛情をうけているから。

ママはちょっと毎日、怒りすぎだよね…ごめんね。

ちょっと怒りすぎちゃった日には、寝るときに私が彼の耳元で「リューリューのことママ大好きだよ。」と言う。
リューリューは黒眼がちな目で私をみつめて「大好き~」とエコーのみでにこにこ。
「リューリューママのこと好き?嫌い?」と聞くと
「嫌い」
「リューリューママのこと嫌い?好き?」と聞くと
「好き」
っていうようなエコー。

それでも、今はいいやハート
リューリューの顔みていると気持ちは伝わるからね…

でも、きっと彼は心の奥底で思ってくれていることがたくさんあるはず…

私のことを怖くて厳しいママだけどきっと好きでいてくれているはずなんだ…

だから、私はいつまでも彼の成長を待って、きっと私の言葉の「好きだよ」「愛しているよ」の意味をわかってもらえると信じている。


私の言葉が彼の心の底に届くまで、私は絶対にあきらめないんだ。
算数ができなくても、国語ができなくても、かけっこが遅くても、友達とうまく遊べなくても、なにかができなくても、私の言葉が伝わるまでは絶対にあきらめないんだ。

療育は、リューリューのこの世的なスキル向上ってことでもあるけど、私とリューリューの親子の絆確認でもあるわけなんだね…







Last updated  2008.08.08 00:08:52
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2008.06.26
カテゴリ:ママのつぶやき
リューリューの障害が発覚してから、ABAを始めようとしていたころ、療育先輩ママさんからのアドバイスで日常の様子や家庭でのセラピーの様子などを録画していたのだけど。

今日2006年1月か2月ころのリューリューとスーリンの様子のビデオをみていていろいろ考えることが…

リューリューの療育のためという名目だから、スーリンの映っている度合が少ないのは、その当時としては仕方なかったのかもしれない。

タイムマシーンに乗ってみているかのように今の、自分の視点でみてみると、本当にいろんなことに気づかされる。

リューリューの行動を撮影するのに一生懸命になりすぎて、そばで何度も「ママ」「ママ」と私を呼んでアピールしているスーリンの相手をしてあげてない。泣。

リューリューの世話を焼きすぎて、スーリンは「待っててね」ばっかり…

このころのスーリンにもう一度出会って、思いきり抱きしめたり、応えてあげたりしたい…

少ない注目を精一杯喜んで、満面の笑顔をむけているスーリン…
かわいくていじらしくて涙が出そうになった…

どーしてもっと目をむけてあげなかったんだろう…泣

そして、リューリュー。

当時、特定の言葉については特定の絵本を指さして単語を発音できていた。
自己刺激もある程度、抑制がつけられていたようで、みかんの皮で遊んでいても
「リューリュー、ごみ箱にちゃんとすててきて」
と言われて、きちんと何往復もして皮を捨てに行っている。
スーリンにみていた絵本を引っ張りとられそうになって、泣き、さらには持っているせんべいをスーリンにとられそうになり、
ママの
「スーリンちゃん、せんべい欲しいんだって」に、
リューリュー
「いやな~(いやだ~)せんべ、いやな~(いやだせんべいあげたくない)」と泣いている。

交代で椅子に上ってジャンプという遊びをしていたふたりでは、リューリューが順番を守っていても、スーリンがグズグズしているのにしびれを切らして、スーリンをひきずりおろしてしまい、スーリンを泣かせたりとか…

スーリンへの愛情不足、リューリューへの過不足な手の出し方

今の私がみたら、
「ああ、こりゃ~まずいわ…」と思えることのオンパレードなんですね…

でも、当時の私は、年子のふたりを抱え、周りからは子育て育児の仕方のせいとか言われ、夫とも喧嘩ばかりで、たぶんいっぱいいっぱいで頑張っていたつもりだったんだと思う。


それを努力不足とか非難されれば確かにそうでそれだけのことなんだけど…

だけど、当時のリューリューの言語・社会が26なんていうレベルの本当の意味もわからず、田舎で孤立無援のまま、時には避難されたりもしていた中で、とりあえず、絶望しつづけた生活でなかったのだけはビデオから垣間見えた。

自分の記憶では責められて辛かった、離婚したかった、こんな体に生んだのは私のせいだとか、暗いことばかり考えていたような気がするが、
ビデオ何本かの生活では、子供たちふたりと笑ったりふざけたりしている様子が明るくて、
意外にも明るく生きていたのね…なんて思ったり。

療育のスタートは確かに遅かった。
それは、はじめての自分の子が障害児と診断されるのがものすごく恐ろしかったということもあって、病院に行くのをグズグズしていたからだし、遅いだけで障害なんて有り得ないと思いこんでいたから。

診断されて療育しなきゃ、
と、療育する道をいくつか見出したものの、やりかたが全くわからず、手当たり次第に情報や本を読んでいたころのこのビデオには、
今の私からみると、療育としての駄目だしや母親という立場からの駄目だしはありまくりだけど、暗さがなかった。

それだけが救いかな…

もし、今の私がその当時にもどれたら…もう少し、リューリューは伸びていたんじゃないか…って思う。今の私がそのころの私のお助けマンになれたらどんなにかよかっただろう…

たぶん、そういうお助けマンが必要な母親ってすごくいると思う…

でも、現実は母親がゼロから積み上げていくしかないんだけど。
そういうことが得意な人もいるし、積み上げる努力が速くてガッチリできる人もいる。
だけど、できない人だって絶対にいる。
私なんてできなかった部類の人間だし…

たとえば、病気や障害の回復が母親の能力に左右されているのってどんなだろう…って思ったりもする。

子供って親の与える環境とか手のかけ具合でもちろん変わるもんだけど、発達障害児は、その度合いがとても大きい。
だからこそ親ががんばらなきゃならないんだけど、他の兄弟がいたり、親の介護している人だったり、外に出て働かなきゃならなかったり、自分が心身の病気だったり、シングルマザーだったり、配偶者が働けない状態だったり…
そんな事情の母親だっていると思う。

親が優秀で頑張り屋で子供を的確に伸ばしていける能力のある人で、さらにそれができる環境を積極的に整え、それを挫けず何年もかけて継続する…結果、子供が伸びる。


たぶん、特別な事情をもっていない普通のお母さんの中でもそういうことのできる母親ってものすごく少数派なんじゃないかと思う。

再三再四、言うように、私はセラピストとして自分の子供を教えるのが下手だった。どうしても感情にまけて、先生と生徒である前に、親と子としてセラピーしてしまい冷静でないことが多々あった。

だからAPのスタッフにセラピーはお願いして、自分は、セラピーに張り付き客観的に勉強させてもらって毎日、復習課題を持ち帰って練習させる、ということに専念していた。
新幹線の中でも、お風呂の中でも、車の中でも、ちょこっとずつ時間を使ってやるのが精一杯だったけど、課題のことをAPにまかせられた分、自分がイライラすることがなく、純粋にレッスンできたような気がします。

当初の話題からずいぶんズレましたが、
今の、私がこのままの情報や体験や知識をもって当時の私と接点がもてたら、きっと、子供をもっと伸ばせたなあ~
というのと、スーリンへの愛情不足がはっきりみてとれて、
彼女も保育園でいろいろと不安定になった時期があったけど、さもあらん!
と思った次第…

なかなか母親満点というわけにはいかないにしろ、当時、三歳、二歳の子供たちにもっともっと甘えさせてあげることができなかったのか!!お前は~!!
と自分に突っ込みをいれながらみたのでした…









Last updated  2008.06.26 12:02:31
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