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月のハープ

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蒼夕顔

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Aug 4, 2010
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5月の末の日曜日、カフェに行ったときのことだ。
いつものように私はアイスコーヒーを頼み、ランニング雑誌を読んでいた。
席を立ち、春香さんに帰るという合図を送った。
すると春香さんが紙袋を持って近寄ってきた。
春香さんは紙袋を私に差し出した。
「ネックレスのお返しです」
私は戸惑いつつ紙袋を開けてみた。

アディダスの紺色のキャップだった。
実は先日妻から全く同じものをもらっていた。
私の表情が瞬時にこわばったのを春香さんは見逃さなかった。
「迷惑だった?」
春香さんの目に怯えが浮かんでいる。
「ありがとう。実はね、先日似たような帽子を買ったばかりなんだ」
春香さんの顔がみるみる後悔の色に染まっていくのが分かった。
「ごめんなさい。私余計なことをしちゃった」
しゅんとなっている春香さんを見て、私は自分がひどく春香さんを傷つけてしまったことを悟った。
「でも、こちらの方がグレードが高いと思う。僕が買ったのはバーゲン品だもの。春香さんありがとう」
春香さんが弱々しく笑った。
「これは特別だから、特別なときに被るよ。
せっかく春香さんからもらったんだ。長く使いたいし」
春香さんはだんだんいつもの元気そうな様子になってきた。
「神崎さん、うれしい?」
「ん?プレゼントかい?もちろんうれしいよ」
春香さんは何か言いたげだったが、店内が混雑していることを察知して営業スマイルに戻った。
「大事に使ってくださいね!ありがとうございました」

道すがら、私は自分の不甲斐なさにいらいらした。
「『妻』に同じ帽子を買ってもらった」とはっきり言った方が良かったのだ。
いや、そんなことを言ったら春香さんはひどく傷つく。
ひどいことを言って、思い切り幻滅された方がいいのだ。
傷つけたくない、愛想をつかれたい、そばにいたい、距離を置きたい。
私は常に宙ぶらりんだった。
自分がキャスティングボードを握るのは嫌だった。
離れていくのも傍にいるのも春香さんが決めることだ。
我ながらずるいと思ったが、これ以外の手段はないようにも思えた。
帰宅すると、妻はショコラと一緒にソファで寝ていた。
床に落ちていたブランケットを妻とショコラにかけてやった。
私はそっと自室に入り、クローゼットの奥にあるトランクに紙袋を入れた。
そしてロックをかけた。









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Last updated  Aug 4, 2010 02:10:41 PM
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