ディズニーは古いアメリカ人種差別の縮図?
休みの日に娘の為に買った「ディズニーの三銃士」というDVDを見ていました。皆さんご存知の「One for All,All for One」の三銃士です。なんとなくそのミッキーの三銃士を見ていて感じたことがあります。簡単に内容を説明すると、ミッキーを中心にドナルドダックとグーフィーが三銃士をかわいく演じているというものですが、この映画は最後に当然ハッピーエンドになるのですが、最終的にはネズミはネズミと結ばれて、アヒルはアヒルと結ばれてという感じで、同じ動物同士が必ずカップルになるというものです。「ぼ~」とこれを見ていて「なんだかとっても古いアメリカ」の人種差別を感じずには入られませんでした。1980年代以降、数は少ないですがコケージョンと呼ばれる白人とニグロと呼ばれる黒人の男女がハッピーエンド結ばれる映画がたまにあるのですが、ミッキーたちをみていると1960年代くらいまでの人種差別がはっきりしていた時代のアメリカの映画を見ているような気がしてきました。ミッキーたち自身が、人間で言う人種の違いに見えてしまったからです。ディズニーには、人種を超えた愛は「人類愛」として描かれていて違う動物同士の「異性愛」としての愛が存在しないことに気がついてしまったのです。つまりドナルドダックがミニーちゃんと付き合いことは絶対にないでしょ!?だって人種が違うのだから。本来プロテスタントに発するアメリカのキリスト教の保守派は、相変わらず「人間愛」は提唱しますが、異人種間、異宗教間の「愛」は認めていません。現在のブッシュ大統領の最大の支持基盤であるキリスト教団体も正にそう言った保守色の強い支持団体であるとマスコミに言われています。現代的な昼メロのストーリーなら、さながら夫(ミッキー)の浮気に絶えかねたミニーが家を飛び出して、素敵なドナルドに出合って恋をしたってストーリーになるかも(笑)絶対、ありえないでしょう!そういえば、この間もアメリカのプロレスをケーブルテレビで見ていたらコケージョンの孤高のアメリカ人レスラーがアラビア人風の兄弟に滅多打ちにされて、一人でリベンジマッチを挑もうとするのだけれど、一人ではダメだとコミッショナーに言われ「タッグマッチ」の許可を得て、誰をタッグの相棒に選ぶかをマイクを持って観客の前で独り言のように悩んで見せるのだけれど。そこでいっていた事が「How mach love this country,I am…」、だって俺の兄貴はベトナム戦争で自由を守るために戦って、弟は湾岸戦争に志願したって言いながら、最後にプロレスの殿堂入りを果たした愛国心という言葉から「ハルク・ホーガン」の名を囁き、「One last mach」とつぶやくと観衆が、「One last mach」の大合唱になり、スターズ&ストライプ(星条旗)風の衣装に身をまとったハルクが入場するのです。やっぱりここでも悪役は異教徒であり、異人種なのです…アメリカの社会は宗教と深く係わりがあるのです。それは政治やコミュニテイに多大なる影響を与えています。なんとなくミッキーもそんな目で見てしまうと、そんなプロパガンダに見えてしまうのがちょっぴり悲しいかな…おいら、大人のクセにディズニー好きですから(笑)でも、やっぱりミッキーはかわいくていい奴っぽいしハルクは最高だったね(爆)おいら、異人種、異教徒のクセにかぶれてるな…(アメリカの大学での経験がアメリカかぶれにしてるのかも…)でも、いいことにしても悪い事にしてもアメリカは日本の10年くらい先を進んでいる事には間違いないかも…皆さん、どう思われますか?