新撰組筆頭局長 芹沢鴨
先日、所有マンションの管理の為、潮来まで行ってきました。その帰途に行方玉造の芹沢を通りかかったので久々に新撰組筆頭局長だった芹沢鴨の生家とされる跡地に立ち寄ってみました😀幕末の頃、水戸藩の各郷校では尊皇攘夷思想が説かれ玉造や潮来の郷士達もやがては天狗党と呼ばれる攘夷組織の構成員となって行きます。芹沢や平間は天狗党の前に清川八郎の浪士組に参加、後に京都で近藤勇や土方歳三らと共に新撰組を結成します。芹沢はその初代筆頭局長でした。芹沢鴨は試衛館派の近藤達と対立し暗殺されてしまいます。歴史小説やドラマなどでは芹沢は悪役とされ数々の乱暴狼藉がことさら強調されがちですが、新撰組の生き残りで後に新撰組の著書を書き残した永倉新八などからは人物思想ともに高く評価されていたという側面もあったようです😊