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アピログ(ジムニーから食べ物までアピオ社長のつれづれブログ)

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なるほど!ザ・タクラマカン号

2012.01.16
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タクラマカン地図
画像は「レイドトレックタクラマカン2012」ルートプランダソウデス
本日の週刊「なるほど!ザ・タクラマカン号」テーマは音楽。
考えてみると音楽ほど人間の感情に直接的に語りかけて
感情をゆさぶるものは存在しないのではないかと思う。
感情の振幅にはその旋律となる音階とその調べに同調増幅するかのような歌詞が
あるだけで泣けてくる。

個人差はあるだろうがその水面下に潜む
想いや歴史を想像するだけで涙腺がゆるみそうな経験ってありませんか?

タクラマカンといえば壮大なイメージとその歴史
そしてなつかしき喜多郎のシンセサイザー音楽。
実際に現地で他の誰かが持ってきていた喜多郎の遙かなるタクラマカンを
聞いたりすると意外と当時の北京ジープ(見た目はチェロキー)の
音質のひどさも手伝ってあと一歩でしたが
きっと天空のさらに奥深くまで星降るタクラマカンで聞くと
また違うのではないかと思うこの頃であります。

この週刊「なるほど!ザ・タクラマカン号」の話題に最初から
登場する石原さんが最初に「なるほどザ、ワールド号」説明に来た時に
聞いた話題の中に音楽の話題がありました。

4WDフリーク

画像中央がユーミンマリクレール号。左端が山本昌美さん、パジェロ横に立っているグリーンのベレー帽姿がユーミン。その横の帽子姿が石原さん

それはユーミンマリクレール号が出場する前の年のラリーでのでき事。
その体験を山本昌美さんが、ユーミンに話をしたところその内容に
インスピレーションを受けて作詞、作曲した歌の話でした。

その時は石原さんにメロディだけをハミングで歌ってくださいと
頼んだのですが、さっぱりわからず。(笑)

あとでわかった歌の名前は、
1986年アルバム 【 ALARM a la mode 】 収録曲、
B面の1曲目 ホライズンを追いかけて~L'aventure au d?sert

だったわけです。

おわかりのとおりこの時代はB面ですよ。
最近は死語ですね。
B面に裏返して。というセリフも。

ちなみにこのアルバム
1987年の年間アルバム売り上げ第2位にランクインしたそうです。

隠れユーミンファンだった私はもちろんその歌を知っていましたが
まさかパリダカでのある物語についてインスピレーションを受けて
作った歌とは知らずにびっくり仰天した次第です。

歌って本当にいいですね~♪(水野晴郎風←っていまの若い人は知らないかっ?)

ということで
「レイドトレックタクラマカン2012」公式サイトオープンしています。
資料請求や参加に関する質問はこちら↓
http://www.sser.org/raidtrektaklamakan2012/







Last updated  2012.01.16 19:04:35
2012.01.08
毎週月曜日にお届け予定の「なるほど!ザ・タクラマカン号」
明日はJCJ神奈川恒例のもちつきイベントでもありますので
予定を繰り上げて本日お届け。
しかし、実際にタクラマカンに行くのは10月。
ジムニーにしても特別な装備で行くわけでもないので
それまで週刊ネタが尽きないのか?
という一抹の不安もかかえつつ、まあなんとかなる。

パリダカ雑誌

まずこの画像は昨年「なるほど・ザ・ワールド」の話で石原孝仁さんが、
いろいろ説明してくれた資料をみながら、
あ、この雑誌2冊あるから河野さんにあげるよ。
と言っていただいたパリダカの雑誌。
ラッキー!いいでしょ?三角さん。

表紙はラダニーバ。そして右上にはホンダのXL500Rだ。

ラダニーバはカッコイイ。欲しい。乗りたい。
デザインがイタリアでクルマはロシア製。
ある意味、地上最強。

そしてホンダ
私がまだ10代の頃、ホンダのXL125パリダカールというオートバイを
最初に買おうと思ったぐらいなので、
この頃のトリコロールカラーのホンダ車には思い入れが強い。

まさかこの頃穴があくほど観ていたカタログの砂漠の風景が
菅原さんが実際にパリダカをオートバイでレースの最中に
撮影したものだと知ったのはつい最近の2008年
菅原さんとお話しをしていた時だった。

2008年のアピログ
ホンダXL125Rパリダカと菅原義正さん

さて話は戻って石原さんこと石原孝仁さん。
昨年、そして今年もTEAM APIOラリーモンゴリアに
尾上号のコ・ドライバー(ナビ役)で出場する石原さんは
毎週語るようだが、かつてのフジTV「なるほど・ザ・ワールド」のディレクターとして、
世界の辺境の地専門?さすらいのテレビマン。

当時は世界中に日本人や現地コーディネーターがいる時代ではなく、
1度海外へ取材に行くと次々と日本から取材の仕事がやってきて
なかなか日本に帰れない時代だったとか。

ラリードライバーとしては、80年初 頭から90年代にかけて活躍。
「パリ・ダカール・ラリー」に、日本人初として出場した
「teamACP」のメンバーで、同ラリーには15年間にわたり出場 。

「なるほど・ザ・ワールド号」で出場した際は、「改造車ディーゼル部門で優勝」
という快挙を成し遂げ、番組は3週続けて32% という驚異的な視聴率。

4WDフリーク

この雑誌は4WDフリーク
1987年の第9回パリダカールラリー特集号
倉敷の実家に眠っていた。
私が二十歳前後に買った雑誌だ。

このページにも石原さんの「なるほど・ザ・ワールド号」や
菅原さんのチーム子連れ狼FOP号が飲料水までもラジエターに注いで見事完走した記事が登場。

石原孝仁さんといえば私と同じ「仁」という文字。
今まさにダカールラリーを激走中で、チーム子連れ狼の子であった
菅原照仁選手もこの「仁」つながり。

とやや強引な話の展開ですが、そんなことを思っていると
なぜかこんな本が売っているではないか。

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さてその菅原照仁選手がステアリングを握る日野レンジャーは
南米のダカールラリーを現在クラストップを維持して快走中。

テレビ画面

そしてこの画像は新年彼が現地で観たテレビ画面。

元旦のテレビ、しかも4も5も7も8もどこのチャンネルでもダカールやってますよ!
との事です。
いかに南米で、世界で、ダカールラリーが注目度高いか
日本にいてはわからないことが多すぎる。

日本でいえば紅白や行く年来る年の時間にクルマが写るようなものなので
宣伝効果たるやものすごい。

まあだからこそレッドブルなどの企業は軒並みトップクラスのスポンサーを
しているわけで、
これこそ日本の自動車メーカーやオートバイメーカーは
日野さんやトヨタさんを見習って
再び力を入れて欲しいわけですが。

次週につづく。








Last updated  2012.01.08 15:55:48
2011.12.26
石原さん2

週刊「なるほど!ザ・タクラマカン号」を作る。
と書くと創刊号は特別価格980円な感じがするが
そうではない。

SSER・raidtrektaklamakan2012
をイメージする冒険番組製作スタッフカー的な
1/1スケールジムニーを作るのがこの物語である。

事のはじまりはなにげない言葉
「なるほど!ザ・ワールド」みたいなジムニーと一言
デイトナ編集長との対談で話してみたら
びっくりする刺さり具合だったので調子に乗ってプロジェクトがスタート。

そうそう何事も調子に乗ってノリノリな感じがいいんです。
日本中にいる数千人はいるはずのカーデザイナーや
プロダクトデザイナー。もっとノリノリでイケイケな雰囲気に
盛り上げると数百倍の能力発揮ですが、いまは意気消沈なのと
あまりにクダラナイ制約が多すぎなんです。

石原さん

さて話がそれた。
画像は「なるほど!ザ・ワールド」テレビディレクターだった石原さん
一昨年のチョモランマでの画像。
画像提供はSSERさん(というか拝借)

いいですね。この雄大な風景。
要するにこういう事なんです(え?さっぱりわからん)


たとえばフェラーリやポルシェを、
あるいはアルファロメオ8Cを買ったとしよう。

走る走らないは別として、本来のステージである
サーキット走行をしたいと思うに違いない。
あるいは自分でステアリングを握って
モナコのあの市街地を走ってみたいと思うだろう。


これがジムニーの場合どうだろうか?
ジムニーすなわち四輪駆動車の本分はクロスカントリーだ。
地平線にむかって走り続けるジムニー。

そして突如として現れる道なき道もジムニーなら本領発揮だ。
小さなジムニーだがその実力を発揮するにはより大きなスケールで
味わうに限る。

まるで大海に浮かぶ小舟のようなジムニーだが
実はその秘めたる機動力と信頼性の高さは世界の一級品だ。

気が付くと毎日がジムニーの仕事。
どうしてだろう。

想いは子供の頃に戻る。

子供の頃、ブラウン管を通してみた世界。
世界の果てというべき広大な風景。

雲ひとつない砂漠の中をひたすら土煙をあげて走る
オートバイや四輪駆動車。

日本人が初めてこの地に入るというテレビクルーと
その番組を支えるディレクターやカメラマン。

そしてその寡黙なプロフェショナル達を乗せた四輪駆動車が
川を越え、時には砂漠でスタックしながら進むその光景その世界観に憧れた。

大好きな片思いの女の子にふられようとも
あるいはクリスマスイブの夜、大阪市内のラーメン屋でバイク野郎数人で
ラーメンすすっていたら店主に、じぶんらーイブの夜にさみすぎるやん、ケーキでもくいやー
と同情されて、さらに寂しさがパワーアップしようとも
パリダカの映像を観たりあるいは、世界の果てを行く冒険番組を観ると
とてもスケールの大きなエネルギーを吸収して
とても些細な事に感じて明日にむかって前進できた。


ふと気が付くとテレビ番組は予算もないのか?
スケール感に乏しい番組ばかり。

そして街には走る白物電化製品のようなクルマばかり。
今の時代に生まれていたら大人になって四駆に乗りたい
あるいはスポーツカーに乗りたいとは思わないだろうな。
というクルマがあふれている。

ならばその現状を嘆いてもなにも前進しないので
私が子供ならば憧れるような冒険の香りがするジムニーで
憧れるような風景の中を実際に走ってみるのがいい。







Last updated  2011.12.26 20:37:08
2011.12.19
石原さんの写真
先週はなぜ「なるほど!ザ・タクラマカン号」という名前をつけたのか?
その背景を語ったが、さらに今週もそのあたり詳しく述べてゆきたい。

高視聴率だったという、テレビ番組「なるほど!ザ・ワールド」の
当時テレビディレクターだった石原さんに、昔話をうかがった際に
みせてもらったのが上の写真。

「なるほど!ザ・ワールド号」へのオマージュ。
あるいは「おはよう700」(セブンオーオーと読む)のテレビクルーたちが乗っていたようなイメージが
コンセプトのアイコンとして口から出た言葉だったが、
実際にはそれほどテレビにクルマが登場していたわけでなかった。
それにおはよう700は、現在45才のおっさん(私のことね)が幼少の
時期の番組なので私より少し若いだけでもほとんど知らないそうなので
比較的最近の人もなんとなく知っている「なるほど!ザ・ワールド号」が
「なるほど!ザ・タクラマカン号」のコンセプトワードとなった。
まず驚いたのは「なるほど!ザ・ワールド号」は実はいろいろな四駆を
使っていたという事。ランクルはもちろん日産テラノまであったらしい。

カラーリングやステッカーも時代によってばらつきがあり、
いろいろなのですべてが「へー」を連発しながら話をした。

一番驚いたのは当時パリダカなどでもプレスカーのステアリングを
握るドライバーは有名なプロドライバーであることが多く
クルマの性能差もない時代、メインのクルマより取材カーの方が
速かったことなども初めて聞いた。

石原さんがパリダカスタート前のコンコルド広場をガムを噛みながら
写っていた映像を克明に覚えていたのでその話をしたら
当時はよくガムを噛んでいたとの事だった。

菅原さんにしても篠塚さんにしても、そしてこの石原さんもそうだけど、
当時テレビ番組やニュースの中でブラウン管を通じて(液晶ではない)
観ていた方々とこうして30年以上を経てお話しするというのは
いつもながら感慨深い。

石原さんとランクル

当時の写真や雑誌をみていて思ったのはパイオニアが冠スポンサーだった
事もあるし、石原さんの写っている隣のクルマにはSHARPのロゴも見える。

この時代はこうした日本の企業のスポンサーもあったことが盛り上がった
要因を構成していた。

だからこそ当時のカメラやテレビのカタログの写真では華やかで
ダイナミックな画像が多かったのだろう。

最近いろいろなメディアや広告関連の仕事をしている人と
話をしているとよく耳にするフレーズが気になった。

それは大メーカーの広報担当者がよく口にするらしいが
「宣伝しなくても売れる」というセリフだ。

言葉通り、ある一定売れているものに対してはそれ以上宣伝広告費を
かけなくても売れるという意味らしい。

「宣伝しなくても売れる」は言い換えると
「宣伝すればもっと売れる」と思うのだが。

特にジムニーは今のモデルがデビューして13年以上経過しているが
ある一定の数量は売れている。

知っている人にとっては知っているが知らない人は知らない。
当然のことだが、この事を深く考えている人がほとんどいない。

ジムニーに関してはほとんどの小さなディーラーでは現車がないばかりか
試乗車が置いてあるケースは希。

特に今アピオには2台のJB43シエラがある。試乗も可能でこのシエラにいたっては
ほとんどのスズキディーラーには置いてあるケースが希であるらしい。

3年も経てば3年前によかった方法が今通じるかどうかはわからない。
今だからこそロングセーラーで高性能なジムニーをもっとメーカーで
アピールすればさらにジムニーの良さが多くの方に伝わると思うのだが。

話がそれたが、パリダカを走る荷物を満載したラダニーバ。
スペアタイヤを積んだランクル。
ゴール後にボンネットや屋根の上にのっての記念写真。

気が付くと昔はよく見かけたこれらの四駆のある風景を久しくみなくなった。
パジェロもランクルもこの当時のようなワイルド差はなく
より乗用車な乗りごごちや街でも似合う?とかいうフレーズの元に
個人的には実にどうでもいいルックスを持つクルマになってしまった。

だいたいSUVだのRVだのと言いだした頃からスタイリングが
乗用車のようになり、いわゆるトラックぽさ、いい意味での武骨さがなくなった。

石原さんとラダニーバ

ダカールラリーを走るラリーカーは今も昔もそれぞれ魅力的でカッコイイ。
ただ違うのはこのラダニーバやランクル40が走っていた時代のラリーカーの
格好良さとはまた違う種類の格好良さなのだ。

プロトタイプや砂漠のF-1化していく正統進化のレーシングカーとしての
マシンと、当時のパリダカがレースではなくまだ冒険の香りが色濃く残っていた時代の
四駆では似ているが違う。

唯一カミオンクラスはそのベース車がトラックなので当時と今もさほど
外観的な違いは少ないが、ランクルクラスには当時の雰囲気は少なくなり
プライベーターが参加することでさえも大冒険だった時代の名残はビジュアル的にも激減した。

三菱のパジェロ人気も自分と同じカタチをした市販車改造クラスでも
そしてプロトタイプでも双方で成績のよかった頃は、たとえオフロードを走らなかったとしても
その車の持つ性能とその物語のクルマを乗っている満足があった。

オフロードカーはその文字の通り、道路から外れること。すなわち道なき道を行くクルマである。
実際に潜水することができないダイバーズウォッチを作らないように
実際にオフロードを走れないオフロード四駆を自動車メーカーは作ってはだめな気がするが
なぜか実際には、まともにオフロードを走る事ができるクルマがない。

昔のパリダカに出場していた四駆のカッコよさはこうしたいい意味の
武骨で古くさいと90年代にいわれはじめたクルマだ。

そんな中、唯一ジムニーは当時のよさを継承、いや幸い13年前の外観クルマなので
販売されている状態で当時のよさを残しているし、
そこそこ走れてさらに手を加えると恐ろしく走破性の高いクルマになるのである。
大切なのはラダーフレームにより手を加えることができる余裕が残っていることも重要だ。


子供の頃に四駆に憧れた理由のひとつに冒険の香りのする人々。
たとえば動物写真家であったり山岳カメラマンであったり。
そんなプロのフォトグラファーの多くが紹介されている記事を見るのが好きだった。

そこにはカールコードにつながった大型バッテリーパックや
大型のペリカンケース
そして観音扉を開けてサンニッパやゴーヨンゴのレンズを交換している絵。
その四駆は着飾っていないけど黒いリアラダーに黒いルーフレールが装着されていた。

そんな脇役ではあるけれど辺境の地で実に頼りになる男の道具感が
満ちあふれていたからこそそのギャップが都会でも新鮮に映ったはずだ。

そんな想いもあって「なるほど!ザ・タクラマカン号」
自動車でのキャラバン隊には欠かせないアイコンなのだ。

もちろんカラーリングも欠かせない。
話が支離滅裂ではあるがなんとなく求めている全体像は理解いただけただろうか?

長くなったので次号に続く。






Last updated  2011.12.19 18:44:22
2011.12.12
毎週月曜日はなるほどザ・タクラマカン物語本日はその第1話

石原さんとなるほどザワールドな写真

画像は、SSERさんのプレゼンテーション2012会場で石原さんになるほどザ・ワールド号の質問をしたら

早速アピオにやってきて当時のなるほどザ・ワールド号の写真やエピソードを語ってくれた次第。

まず「なるほど!ザ・タクラマカン号」命名の理由。

それには四駆ジムニーの「選択」
それはどこに原点があるのか私の記憶を遡るところから語るとしよう。

子供の頃にラットパトロールという連続テレビドラマを毎週観ていた。
スタートは四駆の原点でもあるJEEPだ。

そのカタチもそして砂丘をジャンプする映像に魅了された。
同じ頃に今ではあまりみなくなったテレビのブラウン管を通しての世界がいくつかあった。

1970年代後半の「おはよう720」「おはよう700」もそうであったし、
また、なるほど!ザ・ワールド号などもそうだった。

まだインターネットのない時代世界の辺境の地をブラウン管に映し出す
あまりに広い風景とその道なき道をキャリアに荷物とカメラクルーを乗せて
奥地へ分け入る姿は男の子ならば本能的に血が踊る映像だった。

テレビ番組にとっては主役ではないかもしれないその四駆に
潜在的に魅せられていた私は迷うことなく最初のクルマにランドクルーザーを選んだ。
いや正確に正直に書くとJA71だったのだが女性に振られてあぶく銭じゃ!と
勢いでランクル70を新車で買ったのだ。

話がよからぬ方向へ行きそうなのでまた元に戻そう。
2010年のラリーモンゴリア参戦TEAM APIOのナビゲーター(コ・ドライバー)はあの石原さんだ。
そう、当時なるほどテレビ番組なるほど!ザ・ワールド号のテレビディレクターであり
パリダカールラリーでクラス優勝を果たした、なるほど!ザ・ワールド号のドライバーでもあった。

デイトナ対談記事

そんな矢先、3年間のジムニー連載を終えた雑誌DAYTONAの編集長との対談の中で、こんな質問を受けた。
今JB43に力を注いでいるそうですが、どんなテーマですか?と
そこで私はカタチやイメージではなくリアルな四駆を創りたい。

まあ一言でいえば「なるほど!ザ・ワールド号」ですかね。
と話すと、普段はクールでシャイで割と無反応な編集長がびっくりするほど反応
頭をクラクラさせながら、それはすごい!その発想はすごい!と連呼するので、
その気になった私がさらに説明を加えると、

それはカラーリングとかがどうこうではなく、あくまでもあの時代に
確かにあったはずの冒険心や世界への関心。

実際に大人になったらあそこに行ってみたいという憧れ。
それを実現するための道具が四輪駆動車であって、その哲学が残るクルマがジムニーだと。


さらにそのジムニーで実際に世界の辺境の地を走れると、よりリアリティが増す。
ならば今年開催予定だったタクラマカンへ行かぬ手はない。
そこからジムニーの名前を「なるほど!ザ・タクラマカン号」に命名。

遙かなるタクラマカン砂漠といえば喜多郎。
そうNHKのシルクロード特集。
そして石坂浩二さんのナレーション。

子供の頃に実際に喜多郎のシンセサイザーコンサートも行った。

考えてみると、今スーパーカーを長年の夢を叶えて買った友人が何人かいる。
いずれも子供の頃に、当時夢のまた夢だったスーパーカーを本当に夢見て、実現したのだろう。


たかがクルマ、されどクルマである。

私が子供の頃に、テレビで世界の辺境の地を力強く走る地味だけど頼れる四輪駆動車に憧れたように、
脇役かもしれないけどもルーフには天幕や荷台にはカメラ機材を満載し、

昔のプロ用カメラ機材が放っていたような道具としての格好良さがジムニーには残っている。


残念ながら中途半端なSUVだのというアルファベットのクルマには興味がない。
やはり漢字で四輪駆動車と呼べる日本のジムニーを世界の子供に見てもらうために。
そして10才の少年が10年後20年後にジムニーを手にいれて海外を走りたいと思えるために
「なるほど!ザ・タクラマカン号」という言葉が出てきたのだ。


次週第2話につづく








Last updated  2011.12.12 20:24:24

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