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迦陵頻伽─ことだまのこゑ─

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2026.05.05
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カテゴリ:七代目嵐徳三郎
お食事会


国立劇場の職員食堂にも、師匠との思い出がある。
葉村屋一門四人がそろって、よく食事をしたところだからである。

平成九年十二月の「楊貴妃」以降、師匠は国立劇場に出演する機会が多くなった。

つまり、嵐徳三郎の東京での歌舞伎出演が増えたということである。

順に追っていくと、翌十年十二月には「沓手鳥孤城落月」の“大蔵の局”、十一年四月の「十六夜清心」通し上演で“白蓮女房お藤”、そしてその年の十一月、「本朝廿四孝  筍堀り」において三婆のうちのひとつ、“老女越路”という大役へとつながって行くのである。

この老女越路で師匠が国立劇場最優秀賞を受賞したことは、結果的にこれが師匠最後の国立劇場出演、そして東京の舞台にあがった最後となったことを考えると、なんともいえない思いである。

関西での活動が中心であった師匠だが、国立劇場との縁(つながり)もけっこう深い。

特に大谷ひと江時代の昭和四十年代には、開場間もない国立劇場によく出演している。

「女殺油地獄」のお吉で、東京の芝居通を唸らせたのも、また自主公演「日桜会(ひざくらかい)」で次々と大役に挑んでいったのも、すべてこの劇場においてだ。

また、ある御曹子たちの勉強会で上演された「菅原伝授手習鑑」で師匠は“松王女房千代”をつとめ、その舞台を観た当時の国立劇場理事長が大谷ひと江に注目し、のちに本公演に一枚看板で呼んだこともあったそうだ。

つまり国立劇場は、若き日の師匠の修業の場であり、また終生冷めることのなかった芝居への情熱をぶつける、青春の場でもあったのだ。

それから昭和四十三年十一月の「三姉妹」を最後に長く御無沙汰していた国立劇場だが(※そこには東京役者たちによる魑魅魍魎に翻弄された事情も絡んでいる。嵐悳江 註)、平成という新しい時代に入ってから九年目に、師匠は再びこの懐かしい青春の場に帰って来たのである。かつて大谷ひと江の舞台を観てファンになった人々は、そのことを喜んだようだ。

急逝するまでの約二年間に、四度も国立劇場に出演し、その最後に優秀賞に輝いたことを現在(いま)になって考えると、若い時にいろいろとお世話になった国立劇場への恩返し、“有終の美”だったのかな、などとも思ってしまう。

ちなみに、この四度の出演のうち、初めの「楊貴妃」を除いた三度は、私が弟子入りした後の仕事である。

師匠が国立劇場で舞台への青春を燃やしていた時期と、歌舞伎俳優研修生の制度が始まった時期とはほぼ一致している。その研修生から、未来に自分のもとへ弟子入りを強く希望する若造が現れようとは、当時の師匠はまさか思いもしなかったろう。

さて話しを本題に戻し、若き日の師匠はこの国立劇場の職員食堂や、楽屋食堂をよく利用したという。

特にここの醤油ラーメンが好物で、実際に当時は美味しくて有名だったらしい。

ちなみに私も、ここの醤油ラーメンがやや塩気は強かったが好きだった。

時代は平成となり、総勢四名となった嵐徳三郎一門は、国立劇場に出演するとそろってここの職員食堂や楽屋食堂を利用した。

注文は食券制で、師匠はだいたい定食ものを選んでいた。

私はいつも麺類だったが、ある時に玉子丼を注文したところ、向かい側に座った師匠が丼を覗いて、

「あ、それおいしそうやな」

と言ったことは、なぜかよく憶えている。

おしゃべり好きな師匠はこの食堂で、陽気にいろいろな話しを聞かせてくれた。

やはり師匠は、若い頃の芝居の話しをしている時がもっとも楽しそうで、私もその話しにもっとも興味があった。

当時の識者が大絶賛した師匠である、大手柄もあったはずだが、師匠は決して自分のことは話さない。

師弟四人が食堂のひとつのテーブルを囲んで、それぞれに食べたいものを注文して食べる、それが嵐徳三郎一門の“お食事会”の形式だった。

なかには、「なんだそれ」と嘲る他人(ひと)もいる。

しかし私には、一門四人がそろって食事をした、楽しい思い出なのである。

以来、あのとき以上の美味しい会食には出会っていない。

それは、これからも。





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最終更新日  2026.05.05 03:00:05



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