|
テーマ:美術館・博物館(1682)
カテゴリ:浮世見聞記
埼玉縣の岩槻人形博物館で、企画展「マジカル人形ワールド」を觀る。
![]() かつて日光御成道の宿場がおかれてゐた岩槻は人形づくりの町であり、私がふた昔近く前に旧街道探訪で岩槻を通った際には、人形店をまだいくらか見かけたものだった。 その人形は、古への日本では呪(まじな)ひなどに用ゐる祭祀の道具であり、木や紙、藁などで人の姿を象ったヒトガタがその原形と考へられる云々。 さうした依り代としての人形などから昔の日本人の民俗信仰を見る内容で、今回の目玉のやうな藁人形は、もともとは村に疫病などの災ひが入り込まぬやう、または送り出すやう村の境界におく魔除けであり、 ![]() (※展示室内フラッシュなしで撮影可) 丑の刻詣りの主役になるのは江戸中期から云々、その移り變はりの解説もほしかった。 祭祀のなかで用ゐられた假面は、顔を隠すことで超越した力を持つことを期待したもので、これが藝能化した末端にゐるのが私であるだけに、やはりじっくり觀る。 ![]() 嵯峨紙を幾重にも張り固めて作った嵯峨面は、嵯峨野清涼寺の嵯峨大念佛狂言で使用する面を模したのが始まり云々、のちに絶えたのを昭和になってから京都の民藝品として復活させたものが今日に見るそれで、以前に都内忘所の骨董市でいくつか出てゐるのを、手に取ってみたことがある。 状態もよくさほど高額でもなかったと記憶してゐるが、手猿樂では使ひにくいかなと戻したことを、今になってせめて一つくらゐは……、と少し後悔。 価値(もの)を知らないことは、人生の幅において損をする教訓(おしへ)なるか。 令和現在でも充分に使へる古への習俗は福岡縣の「もま笛」で、フクロウを象ったそれは、高齢者が食べ物を喉に詰まらせないやう食前に吹いた云々、おそらくは息を吸って吐くことで、ノドの氣道を廣げる理だったのかもしれない。 ![]() 食品會社がどれほど工夫しても或る時期の“風物詩”となるこの手の事故、その原因は商品ばかりではなく、なんでも誰かのせいにしたがる時世への皮肉とは穿ちすぎにせよ、暗に示したやうな面白さを私は見る。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026.08.20 23:34:20
[浮世見聞記] カテゴリの最新記事
|