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カテゴリ:浮世見聞記
永青文庫の夏季展「えいえいやっとな!蔵出し!細川家の狂言・装束」展を觀る。
![]() 肥後熊本藩細川家の初代である細川幽齋が始めた猿樂道樂により當地では金春座の櫻間家、喜多流の友枝家が繁榮し、近代になり華族様となったのちも東京の細川邸内には能舞臺が設けられ、時の當主が自前の装束をつけて“わわしい女”となって畏まる冩眞を殘す。 ![]() (※案内チラシより 以下同) さうした幽齋以来、演じるために蒐集された猿樂道具のうち狂言に焦點を當て、その現物の數々を和泉流野村万作家三代からの寸評も添へて虫干ししたもので、親と子はそれなりの鑑賞眼だが孫はまだ表面上だけでしか物を見られないらしいところが、まァ若者らしい。 自分の活動において、装束については自分で作れさうなものは手縫ひするので、展示された現物はやはり仕立て具合のはうに目がいく。 ![]() 半袴の脇あきは古物ほど切れ込みが深く、現代で用 ゐれてゐる同物とは様子が違ふやうで、そのうちに演能會で改めてよく見比べてみやうと、今さらながらの宿題をつくる。 ![]() 肩衣は背面を表にしてゐるので一枚の麻布を二枚繋げて幅をつくってゐることがよく分かるが、裾を小さく折り返してほつれ止めしてゐる物もあれば、斷ち放しで糸がほつれてゐる物もあり、この違ひは何なのだらうと思ふ。 面の數もなかなかで、武惡は三面が展示されてゐるが、三者とも容貌が異なり、 ![]() 演じる役に合わせて使い分けてゐたことを知ると同時に、人間が自分の手で作ったものはその一つ一つが貴重な“一點物”であることを知る。 同じ展示室の冒頭には、奈良興福寺にまだ南大門があった時代の薪御能を描いた繪巻物が部分展示され、僧兵が厳めしく演能を眺めてゐる様子より、鳥居外で一人の物賣りが露店を開いてゐる姿に當時の生活感が窺へて、興味を覺ゆ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2026.09.03 20:22:15
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