戯作「影櫻抄(かけら)」 3
アパートに引っ越してさらに一年が経った春の一日、アパート裏の石垣の上に鎮座する神社で、春季例大祭が行なわれた。私はちょうどこの日が休みだったので、暇つぶしに出かけてみることにした。境内では、地域の人たちによる食べ物や生活リサイクル品の露店があったり、満開の桜の下で野点(のだて)が行われるなど、賑やかさと雅びやかさが一体となった、楽しい空間が広がっていた。そんな一角に、古い写真をパネル展示したテントがあり、私は興味を覚えて覗いてみた。それは地元の写真愛好者団体のブースで、この町の昔懐かしい風景を展示したものだった。しかし、引っ越してまだ一年、アパートから駅までの道だけでしかこの町を知らない私には、セピアやモノクロで写る昔日の町風景が、現在のどの場所にあたるのか、正直なところ解説を見てもわからなかった。が、一枚だけピンとくるモノクロ風景があった。それは、つい「あっ!」と声を上げそうになったほどの景色だった。高い石垣を背景にした広い草地に、一本の見事な桜が、満開の花を咲かせていた。その桜の下には、一人の少女が愛くるしい笑顔で、こちらを見つめて立っていた。年の頃は七、八歳、髪が肩までかかったおかっぱ頭に色白の綺麗な顔立ち、そして白いワンピース姿──これは……!私をいつも冷たい瞳で刺してくるあの少女が、そのまま昔の写真のなかにいる!しかも、私に対してとは打って変わった、愛くるしい笑顔で……!「これはね、この神社の石垣の下、いまは新しいアパートが建っている場所で、わたしが撮ったものですよ」そばで老人の声がして、私は我に返った。出展者許可証を首から下げた白髪の老人が、今から六十年前に撮ったものだと、嬉しそうな表情(かお)で言った。どうやら自分の作品の出来映えに、私が感服していると見えたようだ。これ幸いと、自分は去年からそのアパートに住んでいる者だと話した。そして少女のことは言わずに、背景の石垣がアパートの裏手にあるそれとよく似ているので、ちょっと気になったと続けた。老人は、私がそこのアパートの住人と知って眩しそうな顔をした。そして、あそこはもともとこのあたりの地主の屋敷があった場所で、写真に写っている桜の大木が、かつて庭だった名残りと話した。「その空き地が私たちの格好の遊び場で、この桜にもよく登って遊んだもんです……」 撮影者の老人は、私の横に立って自分の作品に見入った。「春になると、それは花が見事でしてね、地元ではちょっとした名所だったんですが……」いまのアパートを建てる際に無情にも伐られたと、さも残念そうに続けてから、そのアパートの住人が前にいることに気付いて失礼、と苦笑して付け加えた。私もただ苦笑で返すほかなく、その気まずさを半ば隠すように、再び写真を見た。あのアパートが建つ以前には、こんな立派な桜があったのか──モノクロ風景のなかで、白く盛り上がるよう咲いた花々は、色彩のある世界で見たならば、さらに美しかったことだろう。老人の残念がるのが、よくわかる気がした。その桜がアパートを建てるために伐られたことを、私は我が事のように残念に、申し訳なく思った。しかしそれ以上に知りたいのは、一緒に写っているこの少女だ。なぜ、あの少女が六十年も昔の写真に、そのままの姿で写っているのか……。「この女の子は、近所の子ですか……?」私が訊ねると、 「ええ、この子は私の同級生のいちばん下の妹さんでね、この空き地の真向かいの家に住んでいたんですよ」空き地の真向かい──つまり現在も残る、あの木々に囲まれた陰鬱な日本家屋……。「この子はこの桜が、大のお気に入りでね、よく友達と一緒に登って遊んだりと、それは活発な子でしたよ」老人は過去の話しをしているが、私はこの少女に現在会っている。老人と私と、この少女に関する時空が、まったく噛み合っていない。「この写真は、私が学生時代に趣味でカメラを始めて、すぐの頃に撮ったんです。本当はこの子が友達と遊んでいるところを撮りたかったんですが、友達はみんな照れて逃げてしまったんで、仕方なくクミちゃん……、この子の名前ですがね、クミちゃんだけを撮ったんです」では、私が会ったあの少女は、その“クミちゃん”の孫かなにかなのだろうか……。しかしその疑問を、このアマチュア写真家にぶつけなくて良かった。「この時にクミちゃんを撮ったのが、まあ、ムシが知らせたんですかねぇ。それから一年後、死んでしまったのですから……」えっ?、と私は老人を見た。老人は、私があまりにも驚いることに、驚いた。もちろん、その理由を知る由もない。この年の秋に支那で発生して、瞬く間に世界中で大流行した新種のインフルエンザに一家全員で感染して、そのままみんな、亡くなったのですよ──アマチュア写真家は沈痛な表情を浮かべた。私もその新種インフルエンザの世界的大流行(パンデミック)については、学生時代に日本史の授業で少し習った記憶がある。たしか、この年に日本では世論の猛反対を押し切ってオリンピックを強行開催した結果、日本国民の九割が感染して重症化し、世界中で“ニッポン滅亡”が本気で囁かれた──そのために日本は新種インフルエンザの終熄と経済復興に二十年の歳月を要し、しかも日本人の男女の九割が後遺症の薄毛に苦しめられ──外国人が内々で日本人をジェスチャーで表現するとき、頭をつるつると撫でる仕草をするのも、これから始まったと云う……。それはさておき、私はこの古写真に写っている少女とその家族が、六十年ほど昔に亡くなっていること、そして私はその写真の少女に“実際に”会っていると云う事実を、すぐに理解し整理することが出来なかった。とりあえず私は、アマチュア写真家に礼を言ってこの場を離れた。この町に引っ越してから一年あまり、向かいの家の門口からいつも私に冷たい目で刺してくる、あの白いワンピースにおかっぱ頭の少女──“クミちゃん”と云うらしいその少女は、もしかした大好きな桜を伐られた怒りを、その後に建てられたアパートへ越してきた私に、示していたのではないか……。それがあの少女の、精一杯の抗議だったのではないか……。ところが実際には“クミちゃん”は、六十年も昔に新種のインフルエンザに罹って、家族と共に死んでいると云う。「そういえば……」私はあの向かいの日本家屋に住む家族を、一度も見たことがない。いつも門口に“クミちゃん”が立っているのを見るばかりだ。これは一体……?六十年前に死んでいるはずの少女が、私の前に現れる……。頭のなかで、ようやく何かが朧(おぼろ)に姿を見せ始めたとき、私は自分が住むアパートの前まで来た。そして、向かいの光景に思わず息を呑んで立ち止まった。数時間前に出かけた時には確かに存在していた古い日本家屋と、敷地を鬱蒼と取り囲んでいた樹木が、きれいさっぱり姿を消していた。そしてその跡には、たった今そうしたかのように、真っ白な砂利が敷き詰められていた。〈完〉