138001 ランダム
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ふらっと

離   脱

ヤマト・コバヤシはリゲルグ・シルエットのパイロットシートに座り、前面にメインカメラとファンネル・フラワー各機の捕らえた映像をマルチ画面で監視している。
 メインカメラは、遭難状態にある目前の輸送船ブリッジを、ファンネルには輸送船が得体の知れない空間に飲み込まれていく様子を担当させ、その速度解析をコンピュータに求め、この宙域に留まっていられるタイムリミットを割り出させていた。
 モビルスーツに搭載されているコンピュータのシステムが、民間にも行き渡っている汎用型であったことは幸いしていた。宇宙へ出ようとするまでの彼は、どこにでもいるパソコン少年であった。これも思いがけない対応の資質となった。
 だが、コンピュータがはじき出したタイムリミットは、最大で8分。ブリッジ部分が異常空間に捕らえられるまでは、さらに3分は縮められてしまう。「プルさん、聞こえますか。あと5分で艦橋が飲み込まれます。急いでくださいっ」
 ブリッジに赤いノーマルスーツが現れたのを確認し、ヤマトは残り時間を伝えた。映像の中のプルは倒れている乗組員の状態を確かめ、2人とも息があるということを知らせるために、リゲルグ・シルエットに向かって両腕で大きなマルを作った。
「けど・・・2人も連れ出す時間があるのか」
 プルが進入した艦橋直下のエアロックは健在だが、ここはすでに自動余圧されており、再び船外に出る手順としてエア抜きと減圧を待たなければならない。艦橋から乗組員2人を連れていく手間と、エアロックでの待機時間で5分などすぐに経ってしまうだろう。
 ヤマトはキャプテン・トドロキの命令を思い出した。
 やはり直接艦橋に穴をあけて、中の3人を救出するしかない。船の乗組員がはじめからノーマルスーツを着用しているのは助かるが、問題は彼らまでをリゲルグ・シルエットのコクピットに収容することができない点だ。
 リゲルグ・シルエットの両手の平に包み込んで連れ帰るとなれば、艦橋を殴りつけてマニピュレーター・ハンドを壊すこともできない。
 ファンネルをぶつけるにしても、角度と勢いの加減を計算しなければならない。中途半端なやり方では、艦橋に当たって跳ね返るだけだし、強すぎれば艦橋自体を吹き飛ばしかねない。それならばファンネルの推力を使って当てるよりも、リゲルグ・シルエットに持たせて殴りつけた方が確実だと、ヤマトは考えた。
「待てよ・・・それなら何もファンネルじゃなくても」
 ヤマトはコンソールの武器系統管理システムを操作し、ライトブレードのリンケージを開いた。
 腕に装備されているボックスは、オリジナルリゲルグではグレネードランチャーであったが、この機体はライトブレードの格納ボックスに改修されている。このボックス内でブレードを固定しているラッチがロック解除され、同時にオートマチックでリゲルグの右腕が動き、左腕のボックスから半分せり出してきたブレードのグリップを掴むと、手の平とグリップと双方のコネクターが接続される。
 コンソールパネルにはライトブレードの使用準備が完了したサインが点灯する。しかしヤマトはブレードの発光スイッチは入れず、これを逆手に持ち替えさせるコマンドを打ち込んだ。
 リゲルグ・シルエットの手は一度開いてブレードのグリップを離すが、グリップはコネクターで接続されているため手から飛び出すことはない。コマンドを認識した手の平の動きに合わせて、コネクターの基部が回転し、わずかな時間の間にグリップは逆手に持ち替えられた。
 GMでの実機訓練時に覚えさせられた、モビルスーツ用ヒートナイフのアクションの一つだ。基礎中の基礎ではあったが、ヤマトは訓練で得た技術を初めて実践したことになる。
「プルさん、そちらの状況はどうですか」
『2人のノーマルスーツのチェックはOKよ。今ヘルメットを被せたところだけど、1人は左足骨折、もう1人も息はあるけど意識が戻らない』
「もう時間がありません。今からブリッジの強化ガラスを破りますから、艦橋入り口のドアの向こうに避難してください」
『君にできるの?』
「やるしかないです。それから、ブリッジ内に急激な気圧変化が起きると、たぶんドアがロックされると思いますから、閉じこめられないようにあらかじめロックを壊しといてください。通信終了からテンカウントで実行します」
『わかったわ。あてにしてるからね』
「了解しました。通信終了します」
 ヤマトは決意を固めた。コネクターの接続を解除し、リゲルグ・シルエットの手首へのダメージ要素を少しでも減らそうとする一方、機体のバランスを安定させながら、ブリッジのどの部分にグリップをぶつけるかを判断していく。
 彼は艦橋の左舷側サイドウインドゥにねらいを定め、リゲルグ・シルエットの左腕で艦橋にとりつき、窓枠を兼ねるフレームを掴んで、サイドウインドゥへの差し渡し距離を測定した。コクピットフレームの振動が激しくなり、このねらいを定める作業は困難かと思われた。しかし・・・
「いけるっ」
 そう直感できた。根拠などない。ヤマトは操縦桿を左右独立させながら、右腕単独の水平運動と、腰部のひねり込みの連動をレバー操作した。リゲルグ・シルエットは各部のモーターを順序立てて作動させ、ヤマトがイメージしたとおりにゆっくりと動作を開始し、さらに運動速度を加える。
 どかっ、という衝撃と騒音が機体を通じてコクピットに伝わってきた。ヤマトはモニターを凝視するが、艦橋の窓に使われている強化ガラス、正確には高密度プラスチックは、一度では砕けなかった。代わりにリゲルグ・シルエットの右手に生じたセンサー類のトラブルを知らせる警報が鳴り響く。
 艦橋のフレーム部分をつかんでいる左手にも反動が伝わり、異常な力が加えられたという警報が鳴り出した。リゲルグ・シルエットの右半身の各部スラスターがコンマ何秒かの推進剤噴射を行い、機体のバランス保たせる。
 警報がどんどん増え始めるが、ヤマトはかまわず、パワーゲージを少し上げつつ、2度目のヒットをリピートさせる。
 初回の攻撃で亀裂の入っていたサイドウインドゥは、今度は衝撃とともに艦橋の内側にめり込み、続いてブリッジ内の圧力によって外側へ吹き飛ばされた。ブリッジ内に急激な嵐が巻き起こり、紙片や小物など固定されていないあらゆる物が渦に巻き込まれて舞い上がり、そのまま砕かれた窓の穴から宇宙空間に放り出されていく。
 ライトブレードも完全に破壊されて使い物にならなくなってしまった。ただそれを放棄していいかどうかはヤマトには決めることができなかった。
 こんなときにそこまで気を回すこともないのだが、全損したグリップをラッチに戻してブリッジ内の様子を確かめると、ヤマトはもう一度通信回路を開く。
「プルさん、やりましたっ。ブリッジ内はゼロ気圧になったはずです。左舷の窓に穴をあけたので、そこから脱出してください」
『了解、こっちはまだ気圧があるけど、すぐに動くわ』
 プルの無事な声が聞こえ、ヤマトは安堵した。だが輸送船を飲み込む謎の空間は船体の前半分を完全に消し去り、船体中央部にそびえる艦橋の根本まで上がってきている。空間自体が引力を有しているのか、浮遊岩礁も次々と引き寄せられ、これをよける行動も必要になってきた。
 リゲルグ・シルエットの右手は破損こそしなかったが、やはり親指が動かなくなり、手首のアクチュエーターにも動作不良が起きていた。
 やがてブリッジ出入り口のドアがスライドし、わずかに残った圧力差と艦内の空気に押し出されて、両脇に乗組員を抱えたプルの姿がブリッジ内に現れた。彼女はブリッジ正面の窓を蹴って慣性方向を変え、リゲルグ・シルエットがあけた穴に移動する。ヤマトは穴から出てきたプルたちをリゲルグ・シルエットの両手で包み込み、姿勢制御用のスラスターを使って輸送船に対して上昇するようにその場を離れる。
『ありがとうヤマト君、なかなかやるじゃない』
 手の平の中からプルが通信してきた。声の様子からみて、彼女は怪我などはしていないようだ。
「ひやひやものですよ。すみませんがもう右手の方が動かないんで、このままグリフォンに戻っていいでしょうか」
『任せるけど・・・着艦はできないでしょ』
 あ、しまったとヤマトは思った。
 モビルスーツの手足を動かせたからといって、それくらいで揚陸艦のデッキに着艦できると思うほど、ヤマトは世の中を甘く見たりはしていない。どこか安全圏に退いて、プルに操縦を返さなくてはならない。
『お前ら怪我はないか! レーザーサーチャーの有効範囲に入ってるはずだ。ビーコンに乗ってフルオートで戻ってこい』
 かなり鮮明なエディの声だ。グリフォンが到着したようだ。
 ヤマトはレーザーサーチャーの同調方法をグリフォンにたずね、後退を開始する。ナビゲーションシステムの作動によって、グリフォンの位置までは機体が連れ帰ってくれる。 だが、浮遊し、飛来する隕石片を回避するのはヤマト自身の操縦に託されている。
『ファンネルは何機だめになったの?』
「飛ばした6機の半分が、あの空間に飲み込まれました。通常の電波誘導では反応がありません」
 ヤマトは残ったファンネル・フラワーの回収作業を急いだ。そのコマンドをコンピュータに打ち込みながら、輸送船の様子をあらためて観察する。
 想像を絶する光景であった。
 船が、宇宙に飲み込まれる。爆発も閃光もなく、ただじわじわと、巨大な船体が消えていくのだ。
 ヤマトは科学雑誌で見たブラックホールを思い浮かべた。イメージは似ていた。しかしブラックホールについての解説文とは異なり、消えていく船体は重力によって押しつぶされることもない。リゲルグ・シルエットのセンサー類も、この宙域に大規模な重力異変など起きていないと知らせる。
 試してみたいとは思わないが、見ただけの印象では、その空間に触れ続けると消滅するとか、そこを通過しようとすると何者かに飲み込まれるといった雰囲気なのだ。
 いずれにしても、自分の専門分野ではないと、ヤマトは感じた。それに今は、リゲルグ・シルエットの手に乗せているプルや輸送船のクルーの安否のほうが気になる。

「いったい何だというんだ?」
 揚陸艦ユニコーンのブリッジでも、リゲルグ・シルエットから中継された異常現象をモニターしていたスタッフたちが口々に疑問を唱えた。
 船長、アラン・フロイトは、このような状況下で他人と異なる判断力を発揮する。彼はグリフォンがディナーツアーどころではなくなったことを考慮し、第1ヒートの乗客をユニコーンに呼び戻し、ユニコーン内のレストランを提供するシフトを採った。
 ユニコーンのレストラン設備でもグリフォンに引けを取らない接待はできるが、料理の仕込みが行われていない。ならば料理とシェフも、そっくり持ってきてしまえという提案だった。
「あっちのことはあっちに任せろ。とにかくお客の安全と快適さを最優先だ。受け入れ準備を急げ。内火艇はこっちから出せ。往きは最大戦速で迎えにいけ!」
「アラン、キャプテン・トドロキから連絡が入ってるぞ!!」 
 珍しく大声で指示を飛ばすキャプテン・フロイトに負けない勢いで、副長のニキ・ルウダが怒鳴った。
「わかった・・・フロイトだ。またフロントミッションをお前に持って行かれたな」
『冗談じゃねえよ。それより乗客の方はよろしく頼む。あんたでないとこういう機転は利かないな』
「絶妙のコンビネーションさ。で・・・何が起きてる?」
『皆目見当がつかん。まるで宇宙が船を食っちまったみたいだ。少し周辺捜索をしてみるが・・・何もわからんだろうな』
「厄介なことになるな。第一級遭難事故として軍が介入してくる。我々は目撃者として軍の管理下に置かれるだろう」
『ああ・・・商売には悪い影響しかでないぞ。この宙域も封鎖されるだろうしな』
「それについては総支配人の手腕に期待しよう。怖いのは軍の管理よりも、あれがこの宙域に突発した、たった一度の現象なのか、それとも」
「居座るってか? ま、どっちにしても現象のメカニズムもわかっちゃいないんだ。あとで対策を検討しよう。営業停止になったらなったで、D3が何か考えるだろう』
「そうだな・・・それじゃあ気をつけてやってくれ。ああ、それからシンよ」
『なんだ?』
「その海賊姿は今日は必要ないだろう。あっちこっちの連絡に、その格好のままで出るなよ」



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