199391 ランダム
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ふらっと

ふらっと

激突の宇宙

 人が宇宙という活動空間を手に入れ、宇宙世紀を呼称してから100年余りが過ぎ、活動の空間であった生命維持度ゼロの宇宙は、スペースコロニーという人工の大地の中において、生活・居住の世界となった。
 スペースコロニー群、「サイド」は、おおむね月の周回軌道上に連なる宇宙都市であるが、隣接するコロニー同士は10数キロ、サイド同士は10数万キロの距離を、漆黒の宇宙に抱かれ、そして遮られた“孤立したお隣さん”のようなものだ。
 さらに、サイドと、人類を生み出した生命圏の核たる地球とは、地球自身が有する大気と重力の堅固な障壁に阻まれ、より遠い故郷となって久しい。
 人と人のコミュニケーションは、通信技術の発達によって、モニター越しの対話は可能だ。そこに皮膚感覚が欠如するものの、少なくともサイド間の交流には不自由はしないし、限られた資源を有効に循環活用しなくてはならないという思想を持つコロニー生活にあっても、昔ながらの手紙やビデオ・カードのようなやりとりも続いている。
 人同士の交流にとって、最も厄介な障害となるのは、ジオン独立戦争時代のような、イデオロギーの差異による市民権行使の抑制とシビリアンコントロールだ。ジオン公国と地球連邦政府との衝突がもたらしたこの傷跡は、宇宙に住む人々と、地上の住民との間では、まだ完全に癒えたわけではない。
「でもね、月にいる友達に、自分の気持ちを聞いてほしいと思ったとき、相手の友達と心が通じ合っていたら、すてきなことでしょう? ほんとうに意志の通じ合う人たちには、国家間の争いごとなんか無意味なことだし、だれもがそういう間柄になれれば、宇宙と地球に分かれて暮らしていても寂しくはないわ」
 ノア夫人が、母を訪ねてきたときに、ヤマト・コバヤシに話してくれた。3年前のことだ。
 彼女は夫と息子を宇宙へ送り出し、娘と2人きりで地球に暮らしている。夫が職業軍人であることから、もう20年近く、留守宅を預かる生活が続いているという。
「そんな話を大人の男がすると、いつの間にか人の革新論だとか、ニュータイプ能力だとか言い出して、戦争の道具にされるんだわ」
 ヤマトの母は、寂しそうな笑顔で答えていた。ノア夫人は、母を元気づけるように言っていたように覚えている。
「だからこんな話をするのは“陸”の女に任せておけばいいのよ。そのほうがウソが紛れ込まないものね」
 それでもノア夫人は、息子ハサウェイとの意志の疎通が少なくなってきたことには、寂しさを感じると言った。今度は母が、夫人をなぐさめる。
「それは親離れなのでしょ? 母親に知られたくない秘密の一つや二つができなくちゃ、男の子は大人にはなれないから」
「そうね。あなたはあたしより“お母さんの先輩”だものね。でもあの子は、感受性の強さが裏目に出ているような気がして、それが心配なの。もう少しねぇ、私くらいのんびり屋に育ってくれた方が大物になれると思うのよね」
 ヤマトはこのときの母たちの対話で、ニュータイプと呼ばれる人々の本当の姿を想像することができた。
 コロニーの壁や真空の宇宙、大気の層に覆われた地球というそれぞれ隔絶された生活の場に生きる人たちが、遠く離れていても心を通わせることができたら、確かにすばらしいことだと感じた。
「国家観の争いや民族紛争が地上から絶えることがないのは、実は地球という環境だけが、重力に縛られた特殊な生存圏でな。意識の拡大ってのは、人が宇宙に乗り出して無重力の環境に身を置いたときに、初めて可能になった能力なんだってよ」
 これは、父の戦友であったフリージャーナリストが、宇宙へ出たがろうとしていたヤマトに話してくれたことだ。
 もちろんその男は、自身の体験から来る辛辣な感想も付け加えていた。
「そんなものは、人間の身体機能の一部が広がった事象に過ぎない。それをニュータイプ能力と呼ぶのは勝手だが、それで世の中を変えていこうなんて魂胆が、そもそも間違いのもとなんだよ。どんなに志が高くたってさ、ニュータイプ論を政治の道具に使ったジオン・ダイクンだって、連邦と同じ穴の狢さ。だからザビ家なんぞに付け入られて、ニュータイプは戦争の道具に置き換えられた。2代目のシャアだって地上をぶっつぶすことしにか解決策を見いだせなかった」
 シャアが真のニュータイプだなどと、片腹痛くて理性が切れるとまで、男は言ったものだ。
 では人は、宇宙という環境の中で何を見つけ、どこを目指せばいいのだろうか?
 ヤマトはずっと、そのことを考えてきた。
 もともと、地球人口の爆発的な増加に対処するための宇宙移民。その移民先に植民地政策を植え付け、圧制を敷いたがために反旗を翻された連邦政府。この四半世紀は、これらの衝突を根にした泥沼の時間だけが過ぎ去っていたわけだが、人類の宇宙進出その黎明期は、人々の意識はもっとひとつのものであったのではないだろうか?
 これが、幼いながらもヤマトの理想論が導き出した“仮定”であった。
 本当は、地球という大地に生まれた人類という種が、より広い世界へ巣立つための宇宙進出。そのとき、同じ大地から生まれたものたちとしての心のつながりを残していくための、ニュータイプとしての進化と可能性。そこから、宇宙という環境に挑み、乗り越えていく新しい人々が生まれていくはずなのだと。
 その領域へたどり着くまでに、人類は自らの紛争を乗り越えなくてはならないということが、人類に与えられた試練なのか、不幸なのかはヤマトには分からない。ただひとつだけ、宇宙という環境と空間が、人類を待っていてくれないことも起こりうるという事実を、ヤマトは身をもって知ることとなった。

 まったく唐突に、母たちの対話を思い出した。
 その意味するところを考えるよりも、今は目の前の計器とモニターを監視して、その変化を大声で報告することの方が大事だった。
 宇宙は、実は意外と粗野で雑な仕事場でいいのだ。
 これがヤマトの想像をうち砕く、グリフォンの船内シフトであった。
「第三デッキハッチ開きます! 油圧正常値に20%不足。これ、閉じなくなる恐れがありますね」
「第三デッキのセフティが生きてるなら、スプリガンが出たあとにバックアップにまわしとけ。副長、スプリガン出ます」
 ロイ機関士が言うやいなや、船体前部中央からかなり大きな振動が生じ、いつもなら絶対に見られない勢いで、白い内火艇が飛び出していった。
『てめえっ、キャプテンっ!、それでおっ死んできたらただじゃおかねえからなあっ』
 いきなりアントン艇長の罵声がオープン回線で飛び込んできて、ブリッジの面々も瞬時、沈黙して顔を見合わせた。
「・・・まさか?」
「第三デッキ、エバーツだ。なにをやっている?」
『キ、キースだ。キャプテンとコウが艇長と俺を引きずり降ろして、スプリガンで出ちまった!』
 スプリガンのコ・パイロットであるチッャク・キースが甲高い声で返してきた。
「あーあ、やっぱり・・・」
 ヒトミが呆れた顔になる。
「冗談じゃないぞ。重大な服務規程違反だ。いったいデッキ要員は何をやっていたんだ」
『いや、それなんだが・・・実は艇長は、さっきの軍艦との接触騒ぎの時に鎖骨を折ってる』
『キースっ、余計なこと言うんじゃねえ』
 キースとアントンの押し問答が始まるが、副長はそういうことかと、このシフト変更を黙認することにした。どうせ艇長がぴんぴんしていようとも、土壇場でチェンジという線もあったかもしれない。
「敵影、真正面に出ます! 距離・・・測定不能っ」
「もういい、連中次第だ」
 副長はブリッジのフロントグラス越しに、一直線に遠ざかるスプリガンの影を追いかけた。
 その前方の雲のような陰影の中から、何かが姿を浮かび上がらせてくるのが見えた。
「ビーム火線を確認、スプリガン・・・回避しました」
 すごい・・・と、ヤマトは思った。が、次の瞬間、後頭部から眉間を貫く鋭い感覚に、驚いて振り返る。
「い、今のは?・・・・」

 スプリガンは加速中の攻撃を想定していたように、絶妙の呼吸で制動をかけ、タイミングをずらして再度フルブーストをかけていた。これは可変モビルスーツの操縦経験者ならではのテクニックのひとつだ。キャプテン・トドロキが乗っていたZplusの場合で言えば、高速移動・大気圏突入形態のウエーブライダーから、モビルスーツへの可変によって、推進軸や慣性モーメントが瞬間的に変わる。それをコントロールしつつ、変形させた形態に応じた操縦に、すみやかに移行しなければならない。
 しかも戦闘中にあっては、この可変行動の瞬間こそが無防備となるのだ。センサーが索敵警報を鳴らしてから反応しているようでは、命はないと言っていい。
「やはりコンピューターの照準だ。正確すぎて撃ち込んでくるのも見え見えなんだよっ」
 旧ジオンのビグロ型によく似ているなと、キャプテンは目視で確認した。両腕に相当する巨大なアームハンドが、モビルアーマー自身の腹部というのか、機体の底部方向に折り畳まれている。そこに何かが掴まれているようにも見えたが、次の行動に移るために、これ以上観察する余力はない。
『こっちだってここから先は機械任せだ。相手をバカにしてると命を落とすぞ』
「了解、これからそっちに移動する。おそらくビーム3発は保つまい。飛び出す呼吸は任せる」
 後部格納庫のボールに待機しているウラキ料理長と短い交信を済ませ、キャプテンは艇を最大加速と自動制御に切り替え、コクピットをあとにした。12秒で、ボールのハッチに飛び込む。料理長は操縦席から既に格納庫ハッチを開くコマンドを送り出していた。
「狭いな」
「自分で言いだしたんだ。文句を言うな。あと8秒で接触するぞ」
「んじゃよろしくっ」
「おう、カウント無しで行く」
 その最中に、スプリガンは最大加速に入った。キャプテンは衝撃で操縦席の後ろに転がってしまう。
 スプリガンはさらにビームの直撃を受け、誘爆しながらも、敵を至近距離に捕らえていた。もはや敵が高機動性能を持つモビルアーマーであろうと、回避できない。スプリガンのコクピットから、敵の機体の鼻面に衝突し、艇はひしゃげ、爆発しながら破壊されていく。破片が四方に飛散し、艇の一部は確実にモビルアーマーの機首部分にめり込んだ。
 その唯一でしかないタイミングを逃さず、ウラキ料理長の操るボールは後部ハッチから飛び出し、爆圧をも利用して、敵の真上に滑り込んでいった。悲惨なのは、身体を固定していないキャプテンの方だ。上下左右に揺さぶられ、ヘルメット越しであっても頭蓋をしたたかに打つ。
「獲ったっ」
「ま・・・マニピュレータの死角に入れ、あれでぶん殴られたらひとたまりもないぞ」
「こいつの方がオリジナルよりはるかにでかいが、ビグロの進化系かね・・・右手にMSらしいものを掴んでるようだが・・・ありゃあうちのお嬢ちゃんの機体じゃないのか?」
 料理長に言われてキャプテンはぎょっとした。モビルアーマーへ突入する際、全体のディティールは把握していたつもりだったが、腕に相当するブロックを確認はしたものの、モビルアーマーが何を抱え込んでいるかまでは見極められなかった。
 キャプテンは自分のうかつさを呪ったが、それで状況が好転するわけではない。
「今は攻撃力をそぎ落とす方が先だ。ビームライフルか、発射管をぶっつぶせ」
「了解、メインカメラからつぶしにかかる」
 料理長はボールに取り付けられたアームを操作し、モビルアーマーの背中に突き出ているカメラアイブロックを握りつぶす。ビーム砲は、スプリガンを犠牲にして主力のメガ粒子砲から破壊したつもりだったが、
激突の瞬間にメガ粒子砲も発射されていたらしく、機首の開閉機構をもぎ取っただけで、主砲を破壊するには至らなかった。もっとも背中にいる以上は、メガ粒子砲に撃たれる心配はない。
 恐ろしいのは、このモビルアーマーの武装にファンネルのような遠隔操縦攻撃機が搭載されている可能性だ。これまでグリフォンを射撃していたのは、補助的に装備されているビームライフル級の小型メガ粒子砲2門であることが判明した。主砲を撃たなかったのは、おそらくこのモビルアーマーも、状況分析を主として稼働中なのであろう。闇雲に主砲を撃ち続けることがエネルギーの浪費につながるのを危険視していたに違いない。
 キャプテンと料理長は、底部に捕獲されているモビルスーツが、プルの機体であることを確認したかったが、それ以上に、目視確認では前部に3系統のビーム武装しか持たないこのモビルアーマーの武装確認を優先しなければならなかった。
 ビグロと呼ばれている旧ジオン公国軍のモビルアーマーは全長24m。この機体は、ビグロタイプをより扁平にし、ジオンの海軍が運用していた水中用グラブロのフォルムも取り入れた、エイのようなシルエットで、全長は40mに達するだろう。これだけの機体に、機銃やミサイルも含め、オールレンジ攻撃をある意味防御にも回すべき遠隔誘導攻撃機の存在は「有り」と見なくてはならない。
 一方、彼らが操るボールは、モビルアーマーどころかモビルスーツ以前のシロモノで、完全武装すれば頭部にキャノン、機体各所にロケットランチャーを取り付けることはできるが、もとは宇宙作業用のポッドにすぎず、文字通り作業ポッドとしての装備しか持たない有様だ。
 グリフォンのメカニック達は、この作業用ボールに考えられるだけの“使えそうな武器”を装着してくれた。マニピュレーターハンドは左右一対だが、その左外側に、レーザートーチを専用で振るえるアームを一基追加するとともに、コクピットの窓周辺にはオプションのグリルガードを取り付け、これをステーとして大型のワイヤウインチと、パイプを即席で加工した銛をワイヤー先端に溶接してくくりつけている。
 外観は頼もしげな、格闘戦のひとつもできそうな、ボールというより“ウニ”に近い機体となったが、これらの増加武装のコントロール基盤はめちゃくちゃな作りで、はい回してきたケーブルを無造作に束ねて、操作盤につなげている。操作盤は、これも誰かが機転を効かしたのだろうが、食事を載せるトレーを裏返しにして適当に穴をあけ、その辺にあったスイッチ類を無理矢理貼り付けて、必要なものについては操作用のダイヤルも一応つけたという出来栄えだ。
 どれが何を起動させるかについては、スイッチの下にマジックで殴り書きしてある。
 当然、管制システムにリンクさせるような暇はなく、全て道具と直結した操作盤だ。狙いのつけようがないため、ボールそのもののサブカメラ用モニターをひとつあけてもらい、パイロットの料理長がおおよそのポイントを映し出してやるという2人羽織状態となってしまった。
 これでも、モビルアーマーに取り付いてからミサイルハッチやビームランチャーをつぶすために、船体破損に対して応急修理で用いるウォールフィルムの発射ガンが威力を発揮した。これはもとから、ボールの右腕に装備されているものだったが、フィルム用の特殊樹脂液のタンクを通常の二機分に増加し、ガンの口径を大型化してある。
「とりあえず、らしい場所はあらかたコーキングしたが・・・こいつは有人なんだろうか?」
 キャプテンは操作トレイをガムテープでコクピット内に貼り付け、一息入れたいと思った。
「ロボット機体じゃないのか? パイロットが乗ってたら、ここまでやられて沈黙してるってことはないだろう。あんまり突拍子もない反撃をされて、中のコンピュータは計算に集中しているとみた」
 料理長は、モビルアーマーの背後に移動して、レーザートーチで推進ブロックのここぞと思われる場所に穴を開け始めた。これにはさすがに危険を察知したのか、モビルアーマーはひときわ大きく身震いすると、腹部にたたんでいた巨大なアームを展開し、ボールを振り払おうとアームを振りかざしてきた。
「こなくそっ!」
 料理長はとっさに作業を中断してスラスターに火を入れ、モビルアーマーとの相対速度を維持しつつ、アームの旋回半径から離脱する。
「あれはっ!!」
 キャプテンがモニターに映り込んだモビルアーマーの片方のアームを目視して叫んだ。肩の装甲板を破損し欠損しているものの、そのピンクの機体は間違いなくリゲルグ・シルエットだったのだ。
「プルっ」
 トラップ空間内にもミノフスキー粒子が散乱しているのか、無線を使うことができない。リゲルグ・シルエットの損傷は両肩と左腕をもぎ取られているが、コクピット周辺には異常はないようだ。なぜこのモビルアーマーがリゲルグ・シルエットを捕獲したまま漂流しているのかは不明だ。それでもキャプテン達にとっては、プルの安否を確認し、救助しうるまたとないチャンスでもあった。
「ちくしょう、リゲルグを棍棒代わりに振り回しやがって」
「無駄かもしれんが、やってみるっ」
 料理長は旋回するアームの至近距離までボールを跳ねさせ、モビルアーマーが両方のアームを近づけさせた瞬間を狙って、ワイヤー銛を撃ち出した。ワイヤを巻いていたウインチ側のドラムはニュートラル状態のため、慣性飛行する銛に引っ張られてワイヤを伸ばし続ける。アームに引っかかった銛をテンションで確認すると、料理長はアームの周りを旋回しながらワイヤを掛けていき、モビルアーマーの両腕を縛り上げてしまう。ワイヤの延長は100mしかないため、途中でベッドごとウインチを切り離し、ボールがアームに激突するのは回避した。
「もう手持ちのエモノがないぞ」
「上等だ。俺が外へ出てプルを助け出す」
「危険だ。そこまでは面倒見きれない」
「だがトーチで焼き切れるほどヤワなアームじゃない。ワイヤだって長くは保たんだろうっ」
「しょうがねえ。できるだけリゲルグに近づけるが、リゲルグのハッチ開放作業はこいつのマニュピレータでやるぞ」
 しかし料理長が言うほど簡単なことではない。両腕を封じたといっても、モビルアーマーはまだ、アームの基部を回転させることは可能だ。アームは前後にのみなら振り回せるということなのだ。その行為自体は余計な慣性モーメントを生むため、姿勢制御が困難になることから、モビルアーマーも思い切り振り回すわけにはいかなかったが、漂流する互いの相対速度を合わせながら、さらにアームの動きに追随していくというのは、もはや神業に等しい。
 ウラキ料理長は、顔をゆがませながらもこれをこなしていった。
 やれと指示しておいて感服するキャプテンも人が悪いと言えば悪いが、キャプテン自身が、鋼の料理人だとコウ・ウラキのことを思った。過去にもボールでモビルスーツと格闘戦を挑み、勝利したパイロットは存在するが、ウラキは初めてボールを操作する。
 過去の経歴を抹消されている男だが、第三者が無責任な武勇伝として伝える「試作機のガンダムを陸戦型から空間戦型まで使いこなした」という実力は、伊達ではない。
 だが・・・
 モビルアーマーの背部装甲板が一部、小規模の爆発とともに剥離された。キャプテンが怪しいとにらみ、真っ先にウォールフィルムで封じ込めたファンネルハッチと見られる場所だ。
「いかんっ、来るぞっ」
 キャプテンはその様子を目視したわけではない。背後でものすごい殺気が沸き立つのを感じただけだ。ウラキ料理長も同じ殺気を感じており、キャプテンが怒鳴り散らす間にレバーをひねり、ペダルを蹴飛ばして離脱行動をとった。
 ブンっという音のような間隔が、彼らの脳裏をよぎる。それは再び発せられたビームの火線となって、ボールの数メートル横をかすめていく。有線型の誘導攻撃機であった。が、おそらくケーブルを切り離し、遠隔操作も可能なユニットだろう。いずれにしても、モビルアーマーは3カ所の装甲板を自ら破棄し、ユニットを打ち出すための血路を開いたのだ。
「こなくそーっ」
 ウラキはボールの左マニピュレータをリゲルグ・シルエットの大腿部に打ち込み、突き刺すことで、目標にとりついた。アームの関節を巧みにねじりながら、機体の前面をリゲルグ・シルエットのコクピットハッチに近づける。ばきんっ、とマニピュレータのアームが折れてしまう。そのおかげでボールの機体には自由度が戻り、狙った位地までずり上がることとなる。
「行くぞキャプテン、ワンチャンスだ!」
「おうよ! 開けろっ」
 残されたみぎりマニピュレータ・ハンドから、さらにツールが突き出され、コクピットハッチの開放レバーを引っかけ、ロックを解除する。同時にボール側のハッチが開かれ、命綱を繋いだキャプテンが身を乗り出す。すぐ目の前で、リゲルグ・シルエットの腹部が小爆発し、ハッチが吹き飛んだ。
 「どぉりゃあああっ」
 キャプテンはワイヤーガンを打ち出しながら、リゲルグ・シルエットに飛び移り、コクピットに身体を突っ込む。リニアシートで気を失っているプルの腹部でロックされているシートベルトを解除した彼は、プルの上半身を小脇に抱えて引きずり出す。
 腹の下の方で何かが振動した。モビルアーマーが、リゲルグ・シルエットの脚部を砲撃し、吹き飛ばしたのだ。リゲルグ・シルエットの身体が「く」の字形に折り曲がった状態であったことが、彼等に直接爆圧を与えることはなかったが、次は直撃が来るだろう。キャプテンは引きずり出したプルをボールに押し込み、彼女のノーマルスーツ越しのお尻を蹴飛ばしながら自分も機内に滑り込んだ。
「もう限界だ。脱出してグリフォンに回収を頼むぞ」
「よーし! 一目散に逃げ出すぞ!」
 プルを機内に固定している余裕はない。キャプテンはプルの身体を背後から抱きかかえ、自らは内壁に背中を押しつけ、操縦席の基部に両足を当てて踏ん張る。
 ウラキはボール全ての即席武装をパージし、被弾したと見せかけて離脱しながら、待機位置に距離を置いているグリフォンの方向を目指して最後のスラスター噴射をかけた。
「グリフォン、拾ってくれよっ」
 同時に、モビルアーマーからの攻撃が再開された。幾筋もの火線がボールを襲う・・・
「だあっ、何しに出てきたんだ俺たちゃあ」
「わめいてないでよけろよっ。 グリフォンがIフィールドを安定させるくらいの時間は稼げたっ」
「ありゃ・・・ビームが跳ね返されてるぞっ?」
 ウラキが不思議なことを口走った。キャプテンも逆さまになりながらモニターをのぞき込む。
「フィンファンネルか?」
 ボールとビームの間に、正三角形のビームフィールドが展開されている。3方向から張り巡らされたフィールドによって、モビルアーマーのビームはことごとくはじかれているのだ。
 RX-93式、νガンダムのフル装備時に搭載される遠隔誘導攻撃装置の防御機能だ。
「確かテネレから量産型の94式が出ていたな」
「しかし、フィンファンネルの誘導距離圏なんてたいした長さじゃないぞ。どこに隠れていたんだ?」
「なんだっていいや、全速で逃げるぞ!」
 ボールが姿勢制御をしている間に、フィンファンネルらしき攻撃機は防御モードを解除し、個々にモビルアーマーへの攻撃を展開した。コの字型をしたそれらは、モビルアーマーが有線式の攻撃機を切り離したのを察知し、それぞれが攻撃機同士のドッグファイトに移る。
 ところが驚くべきことが起こった。
 モビルアーマー側の攻撃機は、ケーブルから切り離された直後、すべてコントロールを失い迷走したかと思うと、フィンファンネルの動きと同調して、母機であるはずのモビルアーマーを攻撃し始めたのだ。
 モビルアーマーの指令系統がパニックに陥ったかどうかは定かでないが、モビルアーマーも再びいくつかの装甲板を爆破、引き剥がし、迎撃ミサイルを発射する。だがこれも全弾、あらぬ方向に散開して、モビルアーマーめがけて戻ってきた。
 フィンファンネルはモビルアーマーの攻撃機も従え圧倒的な優位に立っていたが、ミサイルの着弾と同時にモビルアーマーの頭上を飛び越え、とどめを刺すことなくボールとは反対方向の空間に飛び去っていく。
 モビルアーマーにわずかな混乱の様子が見られたが、やがて健在なスラスターが方向転換のために点火され、飛び去ったフィンファンネルを追うようにしてその場を離脱していった。
「・・・なにが・・・どうなってるんだ?」
「それよりこっちも加速しすぎた。グリフォンとのランデブーポイントには到達できるが、着艦までの減速がまにあわん」
「なんだとぉ? 分かったなんとかする。操縦を代わろう」
 2人は狭いコクピット内をはいつくばるようにして、ポジションを入れ替わる。操縦席に座ったキャプテンは大きく溜息をつくと、気合いを入れ直して操縦桿を握りしめる。今度はウラキが、プルの身体をかばって防御態勢をとった。
「グリフォン、グリフォン聞こえたら応答しろ」
『こち・・・フォン、無事で・・・』
 ノイズがひどかったが、ヒトミ・イオギの声がなんとか聞き取れる。キャプテンはグリフォン側の受信状態のことなど構わず、まくし立てた。
「俺だ、ボールの減速が間に合いそうもない。120秒程度でそこへ到達するが、飛び越してどこかへ行っちまいそうだ。艦底のネットキャッチャーを用意しろ、そこへ突っ込む」
『ネッ・・・です・・・だいじ』
「あー、うっとおしい、聞こえなかったら適当なところにぶつけるからな。行くぞっ」
「おいおい・・・これだからZ乗りは・・・」
「ウラキ料理長、対衝撃姿勢だけとっててくれ。必ず生かして連れて帰る」
「俺たちは生鮮食料品かよ」
 料理長のぼやきなど、キャプテンは耳に入れなかった。三次元の座標軸をモニターに投影し、移動中の自機とグリフォンのポイントを確認すると、11時の方向に舵を取る必要があった。
 姿勢制御用の推進剤は・・・既に使い切っている。
「ちっ」
 キャプテンは仕方なく、右アームに装備されたまま残されていたレーザートーチを動かし、自機の左サイドにある酸素タンクブロックを打ち抜いた。
 ぐわんっ、という大音響と衝撃がコクピット内を襲い、同時にけたたましいアラームが鳴り出す。
「なんてことをするっ?」
「この速度で進路を変えるにゃこれしかないっ いいからかがんでろっ」
 酸素タンクの誘爆で、コクピット内にも火花とスパークが飛び散り、機体が分解するのではないかというほどの振動が続いた。だがすぐに料理長が内壁に押しやられ、キャプテン自身も横Gを受けた。急激な横方向のモーメントを発生させたボールの機体が回転し始め、軌道をずらしたのだ。
「よおし、次はっ」
 キャプテンはアームを前方に伸ばして、連動させながら操縦桿を左にひねり、一気に左へなぎ払う。時計回りに異常回転している機体に、反時計回りのモーメントを与え、力を相殺させるつもりだったが、そう都合良くは行かず、アームの方がねじ曲がってしまった。だが折れてもぎ取れなかったことは、このあとの3人にとっては幸いした。
 狙い通りにとまでは行かなかったが、右方向への回転は幾分緩和され、軌道のずれも許容範囲で収まりそうだ。はっきり言って、料理長の見立ては、当てずっぽうの出たとこ勝負である。しかし、それを確実な機体運動に帰結させていくのもまた、Z乗りの適性なのだ。
 ウラキ料理長は、量産型とはいえ、Zガンダムと同系機に乗っていたキャプテンの腕前を初めて目の当たりにするが、同じガンダムの名を冠したモビルスーツで戦ったことのある身として、こんな男を敵にしていなくて良かったと心底感じた。

 かすかに届いていたプルの吐息は、ボールとモビルアーマーの激突が開始されてから、キャプテン・トドロキの雄叫びのような意識の津波にかき消されてしまった。謎のモビルアーマーが、リゲルグ・シルエットを捕獲したまま消え去ってしまったこともあるが、今、ヤマト・コバヤシの頭の中には、一連のキャプテンと料理長の激しいやりとりが、次々と突き刺さってくる。無線を通すよりも鮮明、ということもないが、ノイズが入らない分、ボールで何が起きているかは手に取るように分かった。
 ヤマトに“ニュータイプ能力”や“宇宙でしばしば生じる火事場のなんとやら”という雑学的な知識がなかったら、発狂していたかもしれない。他人の意識や声が脳裏を駆けめぐるというのは、言葉で表すほどなまやさしいものではないのだ。
 自分の意識が、外側へ向けて拡大しているという感覚を味わう余裕もない。脳裏の騒ぎに混じって、何か得体の知れない、数えきれないほど沢山の悲鳴や叫びも飛び込んでくるし、その怒りや憎しみや哀れみの感情の渦を突き破って、ブリッジで繰り広げられる肉声の指示応答や、パネルのどこからか響きわたる警報と雑音が、ひとまとめにしてなだれ込んでくる。
 トラップの空間に漂う何かの力のせいだと、ヤマトは思っていた。他のみんなもこれと同じ状況の中で、傷ついたグリフォンを操艦しているのだろうか? もしそうだとしたら、それはすごいことだと感じる。
「ヤマトっ、操作盤3段目の緑のボタンだ。押しながらその隣のダイヤルを70度にセットしろ!」
 副長の指示は、かろうじて聞き取れた。何も言われていないが、それが艦底のネットキャッチャーをマニュアル起動するスイッチだと、ヤマトには分かった。
 ネットキャッチャーは、グリフォンが軍艦であった時代からの標準装備である。宇宙空間でのモビルスーツや、コアブロックシステムの脱出カプセルでもあるコアファイターなどが着艦する際、各機は母艦の後方から接近して艦底部に相対速度を合わせて潜り込み、機体からフックを飛び出させて着艦バーにひっかけ停止する。これを母艦側が汎用クレーンで掴み上げるのだが、ごく稀に、相対速度を相殺できずに飛び込む非常事態も起こりうる。
 この場合は、高強度繊維で製作されたネットを展開し、突っ込んでくる機体を受け止める。ネットはモビルスーツを受け止められる大きさで展開し、常に第1、第2キャッチャーの二重装備で起動する。
「第1キャッチャーが展開しません。回線の欠損と確認、第2は展開完了しました」
「非常用の第3キャッチャーを開け!」
「今コード入れました・・・オッケーです。第3キャッチャー起動、展開」
 その間に、ワイン・バードナー操舵手は、ボールが飛び込んでくる軸線と角度に合わせて、グリフォンの後部をスライドさせている。
「ロイ、こっちで相対速度を調節してやれ。両舷、第2戦速へ」
「よーそろっ」
「副長、ボールをモニターで確認。軸線に乗りました。約30秒でネットに接触」
「全艦に対衝撃シフト、第3デッキ、ボールの緊急回収と消火作業用意っ。パイロットと“ガンナー”に負傷の可能性が高い。救護班待機しているな!!」
 副長は、さも当然という口調で回収機が復座であるように告げる。
 ヒトミのカウントダウンが始まり、グリフォンが加速した分だけの10秒いくらかの誤差で、黒煙を上げながら突入してきたボールが、第2キャッチャーのネットを突き破り、第3キャッチャーのネットを大きく押し込み、慣性を吸収して跳ね返った。偶然の角度が幸いして、再び第2キャッチャーに当たったボールのひしゃげたアームがネットに絡まり、慣性エネルギーはようやく消滅する。すぐさま化学消火の噴射が行われ、機体の黒煙と火花はかき消され、デッキブロック後方の艦底ハッチから伸びてきたクレーンアームが機体の牽引フックをつかみ上げた。
「酸素タンクをぶち抜いてるんだ。中でもメットはつけてる。気圧差だけ注意してすぐにハッチを強制開放しろ!」
 エディがヘルメット越しに怒鳴り散らす。バシュッ、という炸薬の破裂する振動が機体の前面に生じ、丸い窓を持つ六角形のハッチブロックが吹き飛んだ。メカニック達が一斉に取り付いて中をのぞき込むと、キャプテン・トドロキの青いノーマルスーツが、疲れたという意志表示を込めたVサインを出していた。
 エディのヘルメット内に、どよめきと共に、わあっと歓声が伝わる。 
『料理長が打撲している。ストレッチャー持ってこい。俺は大丈夫だ』
 キャプテンはそう言いながら料理長を振り返る。ネットへの激突の際、反動で身体をはねとばされ、プルをかばいながら右肩から操作盤に衝突した料理長は、荒い息をしている。
「すまん、よくつき合ってくれた」
「なに・・・昔を思い出したよ。“あのとき”に比べりゃ・・・悪くない気分だ」
 料理長は痛みをこらえながら、にやりと笑った。




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