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トンイ長いあらすじ(小説風)完全版一覧1~60話 byちょびかじり コピペ厳禁よ

2019年06月09日
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粛宗7年 (1681年)

絶壁の黒い陰の向こうに川が広がり、さらにずっと奥には山々が連なっている。一帯と水面は藤色のもやに包まれていた。

闇の中に子船が一隻浮かんでいる。先尾の竿に引っかけた盆ちょうちんが水面に映って赤く揺れた。

空気が冷たく気持ちがいい。まもなく夜が明ける頃である。

オールとカゴを足元に置いて、船の老人は竹竿をひゅんと放った。釣り糸の行方を追う彼の目つきは、へびのように鋭い。
糸は線のしぶきをかいて、水面に輪をはった。


彼は司憲府の(役人の違法行為を監督する官庁)の長官である。名をチャン・イッコンという。

彼は先程から一隻の船がゆっくりとこちらの方へ近づきつつあることに、すでに気づいていた。

その船にはやはり男が一人で乗っている。人目を忍んで暗めの服装だが、明け方の光が笠帽子を白く照らし出していた。

イッコンはかじかんだ手を丸めて、ふぅーと温かい息を吹き入れた。子船が背中から忍び寄ってくる間、釣り糸をじっと見つめたきりでいた。

やがて怪しい小船はランタンを揺らして、広い川のイッコンの後ろにわざわざぴたりと止まった。

「漁師かね? 朝早くから御苦労だな。私はもう帰るからここでやりなさい。ここは随分あたりがいい」

イッコンは振り向かずに声をかけた。

「それは御親切に。ありがとうございます。大司憲様……」

「……私を知っているのか?」

「はい……」

帽子の影の赤い唇が答えた。鼻筋からして、わりと若そうな男だ。

次の瞬間、男は高く舞い上がった。

イッコンの目が思わず頭上をあおぐ……と同時に男がイッコンの船へと素早く飛び移ってきた。

ぶすり…

イッコンの背中へ容赦なく剣が突き刺され、内臓から血が逆上した。さらに口から吹き出るまで、ぐいぐい奥深くまで差し込み、力づくで剣を引き抜いた。
うめき声をあげ、よろけるイッコンの死にざまを、男は見届けようとした。
しかしその間、凄まじいまでの執念が、イッコンの体の中で沸き起こったのだった。
意識を失い、川へ落ちる寸前、イッコンは反射的に刺客の腰から身分札をもぎ取ったのであった。





貧しい村の子供たちは、リレーの結果にブーイングを起こして、親指を逆さに振った。

この騒ぎを収拾しようと、えびす顔の役人がドラの音を一つたたいて、城壁前に集まった観客の注意を向けた。

トンイはついさっきアンカーで、ゴールのテープを切ったのだ。なのに一位がどうして自分たちじゃないのかさっぱりわからなかった。

結果がひるがえった理由は、トンイらが貧しい賎民村の子供たちだということにあるようだった。

トンイらに猛抗議された役人は、フラッグをあおいで追っ払おうとするばかりだ。

一番仲のいいケドラが、賞品のお菓子を食べられずに、ガッカリしているのが、とてもかわいそうだった。

トンイはいいことを思いついて、賞品台へ忍びよった。赤い布が掛けてある盆を盗み見ると、花型の黄色い薬菓が小判のように積まれて、目に眩いばかりだった。
赤い実を花弁にみたてて葉っぱの飾りが添えてある。トンイはそれを全部引っつかむや、代わりに石ころをのせて元通りそっと布を掛けておいた。

お役人が気付いたときには、もう後のまつりだった。

トンイの鶴の一声で、薬菓を一つずつつまんだ子供らが、皆クモの子を散らして逃げていった。


トンイは、ほとぼりのさめた橋の辺りまで逃げきると、ドミノのように岩が倒れている川まで下りていった。

川はごく浅く、泥水が流れていた。

橋のたもとに何かあると思ったら、なんと死体のようだ。

いや。目は天を見上げ、こと切れた表情をしているが、まだ脈はある。

どうやら半日かけて、死体同然に水中をさまよってきたらしい。


トンイは誰かの助けを呼ぼうと思って、すぐにも橋の上へ戻りかけた。

そのとき厚みのある手が、がしりとトンイをとらえたのだった。

男が唇を動かして必死に何かを伝えようとしている。だが限界を悟ったのだろう。代わりに血まみれの指をトンイに向けた。

最初は握りこぶしを作り、親指と人指を鍵の形に広げ、またこぶしにし、最後は手のひらを開いた。

「おじさん動かないで! じっとしてなきゃ。待っててね。誰か呼んでくる。動いちゃダメだから!」

哀れな男は走り去るトンイの後ろ姿を、蛇のような目つきで未練がましく見守るしかなかった。

その後、役人と一緒にトンイが橋のたもとへ戻ってきたときには、すでに死体となっていたのだ。



その日、トンイは庭に食卓を出して家族で夕飯をとった。

ドンジェ兄さんとトンイとは年が随分と離れていた。宮廷の音楽を担当する部署“掌楽院“に所属する若い楽師だった。父さんは知らない人が見たら、きっとトンイのことを孫と思うだろう。それくらい苦労と穏やかな人柄が顔からにじみでていた。

トンイが包紙を広げて四個の薬菓を見せると、父さんは少し大げさなくらいに驚いてみせ、せっかくだから端の方をかじって喜んだ。余った二個は夜眠りについたのを見計らって、兄さんがサンタみたいにトンイの枕元へ置いといてくれた。

その晩、父さんは捕盗庁の隊長であるヨンギ従事官に久々に呼ばれた。

オジャギンとは遺体調査人の仕事だった。父さんをわざわざ呼び出したのは、ヨンギの部下の誰一人として遺体の殺害場所を特定することができなかったからだ。

殺されたのは大司憲チャン・イッコン……

南人派の長老である。

父さんが小屋に入ってきたのを見て、鼻の頭の赤い小さな軍官と、昼に川で現場を視察してきた男が、いかにもうさん臭そうに見回した。

「お言葉ですけど川を流れて来た者が、どこで殺されたなどわかりようがないじゃないですか? しかもオジャギンなどに!」

しかしヨンギは部下の言葉など全く構わず、トンイの父さんに意見を迫った。

「どこで殺されたか言ってみろ。すでにわかっているのだろう? 違うのか」

トンイの父さんは、ためらいがちに目をふせた。それでも一応調べて思った通りのことを正直に答えた。

「だんなさま。凶器はもろ刃作りの剣です。場所は恐らくサムバンの渡し場…。大司憲様は朝早くから釣りをなさいました。ワカサギが釣れるのは十箇所足らず。死体の手にウロコがあります。これほどの深手を負って冬の川に落ちれば、流される前に死んでいたはず。でも息があったということは川の水が温かかったのです。今日は東の風で川の南側は春の陽気。川の流れの速さを考えると、たどりつく先は、サムバンの渡し場でございます…」

その分析はヨンギの想像以上に的確なものだった。
賎民の男をヨンギが師匠とまで崇める理由は、まさにこの検死の才能にあったことは言うまでもない。

検死が終わるとヨンギは、イッコンと同じ南人派のオ・テソクの屋敷を訪問した。

その理由はこれが南人を狙った連続殺人事件だったからである。
これまですでに南人の指導者ばかり三名の命が奪われた。次なるターゲットはオ・テソクだと推理したのだ。

ところがテソクはヨンギの忠告に対し、どうも自分が狙われるとは、ピンと来てないようであった。彼はありがちな意見を返したに過ぎなかった。

「南人派と敵対する西人のしわざでは……?」

「いえ、そうではありません。コムゲのことをご存じでしょうか?」

このときオ・テソクはヨンギの捜査の目が、対立派閥の西人でなくコムゲに向けられていることを知った。

コムゲとは都の賎民たちが作った秘密組織である。
彼らの主な活動は奴婢の逃亡の手助けだった。ヨンギは渡し場近くでコムゲが兵たちを襲ったとの情報をつかみ、南人殺害にも関与したのではと考えたようだった。

その後、ヨンギの指示でコムゲの洗い出しが徹底して行われた。

何か賎民の村に変化が起きていることは、幼いトンイにもわかった。

何の罪もない村の人たちが、コムゲの疑いをかけられて次々に兵士に連れ去られていくのだ……

貧しい者の味方であるはずのコムゲ…。それが人を殺すはずがないと父さんは言う。

その一方で、最近兄さんの様子が少し変わってきたのがトンイは気がかりだった。

と言うのも夜にこっそり家を出て行くことがあったからだ。家族同然のチョンス兄さんと会っているらしいが、村人らも交えて何か秘密に動いている感じなのだ。

でも昼間はいつも通り、楽師として宮中へ出勤する優しい兄さんに戻る。

兄さんの担当は弦楽器だった。糸巻きのネジ部分で留めた弦が、下のミニ太鼓のようなところまで張ってあり、指で弦を押さえたまま弓で音を鳴らすのだ。

大妃様が開いた宴へ、ちょうど兄さんの演奏を見物に来ていたトンイは、そのとき兵士らが会場内に乱入する現場を目撃したのだった。

楽師や宮中の者のなかに、コムゲのメンバーが潜んでいるとの情報が入ったらしかった。

見物客らは怖がって逃げ出し、城内の広場はたちまちアリがうごめくような大騒ぎとなった。


楽師らが兵士に連れ去られるのを、ぼうぜんと眺めていたトンイの口を背後から何者かがふさいだ。

兄さんだった。
兄さんはシィーッと唇に指をたててみせた。








最終更新日  2022年05月18日 17時01分58秒



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