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そー・らぶりー

裁判記録。

こういう事務的なことがとても苦手な私。

ざっと回想(今までの調停記録見るのも嫌です)

えっと

平成18年確か、4月第一回調停

この時は旦那、私にも帰ってきて欲しいらしく

暴力を認めたりしてた。

平成18年確か、6月第2回調停

この時私のあまりの固い決意にだんだんと気がついてきたらしく、

あることないこと(私がアル中だとか、金の亡者だったとか)

周りにプロバカンダしまくり、きっと地元の皆さんおよび関係者方々、洗脳され始めた頃。



その後、調停は不成立に終わり、

私側の弁護士が産休に入って

新しい弁護士を紹介してもらうも、あまりの忙しさ(弁護士先生が)

に、少し、この話は休憩。

私も旦那への憎しみを忘れて、ヒートダウンするいい時間だったと思う。


年末になってこれじゃあ少し遅すぎると思い

弁護士に催促するも

弁護士まだまだ大忙し。

まあゆっくりでいいやと思う。


年あけて、引っ越しをしたりで、ばたばたしていたけれど

もう一度催促をすることにして、いよいよ訴状請求を家裁に提出。


下見した訴状には、今までの結婚生活の破綻原因と、暴力の詳細、そして慰謝料300万の請求と、養育費月6万円。

しかし、年度末が近いこともあり、なかなか裁判所からの裁判日の通達が来ない。。。。


3月初め頃(確か??)

4月第一回裁判の日を記載した通達書類が弁護人を介して届く。


しかし、旦那側が弁護士を変えたこともあって、またまたのび~~る。

第一回の裁判は6月5日に決まる。



平成19年5月24日

弁護士を介して相手方の弁護士から家裁への準備書面が送られてくる


この内容は私の提出した書類がほとんど嘘だと言う物。


私(以下原告)が家を出た原因は彼(以下被告)の暴力や暴言ではなかったそうだ。(彼の書面上)

被告はたまに酒を飲むことがあっても特に乱暴になると言うことはなく

暴言暴力はなかった。

被告が浪費したと言うことはない。

むしろ、原告が浪費していたそうで、被告が結婚してからの大きな買い物と言えば50万ぐらいのネックレスだった。

平成15年2月頃、原告が子供達を連れて一旦実家に戻ったことは認める、ただし暴力暴言が原因であるとの点は否認する。

被告が原告に手を出したことはあるが、いつも原告から被告に対して暴力が加えられ事故を守るためにやむを得ず反撃するという内容であった。


平成15年5月頃、被告が原告の顔面を殴打し、救急車で運ばれると言うことはあったが、一方的な物ではない。夜帰ると子供達のことを放置した上で泥酔しており被告が苦言を呈すると原告の方が殴りかかってきて、つい手が出てしまったのである。


まあこのような文章が並べ連ねてあります。


この文面を見た私は情けないやら腹が立つやら。。。

許してはおけないと一時的に感情に支配されました。

けれどどう考えても、矛盾していることの多い文面なので、振り回される必要もないと今現在は思っています。


私側の弁護士は彼の様子出方を見て、話し合える物であればそこで打ち切ると。

私は一年間の子供達の扶養実績があるので親権、監護権は問題ないだろうとのこと。

彼の文章が虚偽であることは今の私の生活を見れば分かることなので、その辺は裁判官も問題視しないでしょうとのことでした。

私の場合の離婚裁判とは、どっちが正しいかを争う場所ではなくて、

子供達が成長する過程において健康で健全な生活ができる事が目的。






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