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第7官界彷徨

第7官界彷徨

源氏物語ー柏木

 頭中将の息子柏木は、源氏の本妻、女三の宮に恋をして、とうとう思いを遂げてしまいます。罪の重さに憔悴する柏木の苦悩と、若き日の過ちの結果なのかと源氏は悩みます。


2006年1月
。昨日は今年はじめての源氏の会がありました。私たちはいつもはなびら餅を食べて、みやびな気分に浸って1年のはじまりとします。近くに上手な和菓子屋さんがあるんです。

 はなびら餅は白いぎゅうひに、ピンクのぎゅうひと、味噌餡をのせ、なかにごぼうを甘く煮たものを1本入れて、半分に折ったものです。私は味噌餡が大好き。

 3年くらい前まではおうすを立てていましたが、今は煎茶。昨日は気に入りの九谷焼のさび朱の地にピンクと金の椿の花が描いてあるお茶碗を持って行きました。(私は意外と派手好き、へへ)

 先生はまず虚子の「去年今年」の句について話されました。先生はロックシンガーで作家でもある、山川健一の高校時代の先生です。

 それからまじめに時間いっぱい源氏。今は「柏木」をやっています。不義の子を生んだ女三の宮が、心労から身体も弱り出家したがっているところに、すでに出家している朱雀院が訪れます。出家した人としてしてはならないことをしなければならなかった朱雀院の姫を思う気持ちが胸を打ちます。

 次は女三の宮が出家をします。

 源氏側の感想からすると、若くてたよりない姫ですが、出家をしたいと思い詰める様子は、結構成長したな、と共感が持てます。

 女三の宮には二の宮という姉がいるのですが、この人は柏木の妻なんですね。母の出が悪いので、大事にされない人です。柏木は死ぬ時に夕霧に女二の宮のことを頼んでいくのですが、夕霧と女二の宮は愛しあうようになるんです。

 もう始めて260回になります。人の動作や気持ちなど、事細かに書かれていて、紫式部は大したもんだと思います。



2006年2月
=女三の宮の出家=
 今日は源氏の日でした。柏木との不義の子を出産した女三の宮は、尼になります。

 その時、六条の御息所の死霊が現われ「それごらん、紫の上は取り戻されたが、この宮のまわりに日頃おつきしていたのだ、目的をはたしたので、もう帰ろう」と笑って去って行きました。

 柏木は女三の宮の出家のことを聞き、心労でいよいよ重体となり、心残りは妻の女二の宮のこと。落ち葉の宮ともいう女二の宮は、三の宮の姉君ですが、母の出自がそう高くはないために、重く見られていないのです。

 しかし、源氏に嫁いだ三の宮よりも幸せになるだろうと、父の太政大臣も思っていたことを考えると、柏木は残して行く女二の宮のことが心配でなりません。

 本日は、こんなところでした。柏木が自分の命が短いと悟り、女二の宮に死ぬ前にもう一度会いたい、ここへ来ていただくのは無理、父大臣も母北の方も自分につききりでいるのだし、と思い悩むところは文章が妙な書き方。このあたりは紫式部の屈折した頭の中が表れているところだそうです。スト-リイが頭の中で泉のように湧き出てきてしまうんでしょうか。
 先生は、現代語訳では決して味わえない、紫式部の心の動きに自分の心を重ねて読むのも、原文で読む事の愉しみの一つです。と言われました。今日の源氏は式部の筆がおおいに走っているところでした。

 さて、先週、教え子たちが先生のお宅に集まったとのことですが、その中の、ある国立大学の文学部長をしている一人が言ったそうです。
 「先生、国立大学から文学部はなくなるかもしれませんよ」と。

 それは、もう国立大学は国立ではなくて「財団法人?国立○○大学」というのだそうです。経営も自分達でするので、もうかる医学部や研究する理学部などは利益が出ますが、文学部はもうからないので、切り捨てられる可能性があるのだそうです。小泉さん、国家予算の配分、間違えていませんか?

 先生は大いに嘆いておいででした。「何でもお金で価値を決める世の中はおかしい。昔、自分が文学部に入ったときに、近所のおじさんから「それは残念なことをした。法科か経済だったらよかったのに」と言われたが、大学での学部長の入学時の祝辞は「法でも経済でもない、文学を選んだ君たちはえらい」というものだった。そのことに誇りをもってきたのに、今の風潮はなんだ」ということ。

 *国立大学だからこそ、本当の学問の府であってほしいですよね。ちなみに私の名前は死んだおとんが「学問は絶対人をうらぎらない。学問の○○を追求する人間になってほしい」という願いでつけたんだそうよ。17歳の頃に遊びすぎて早めに挫折、願いどおりの娘にはならなかったわん。



2006年2月
=紫式部の筆が滑って今日も柏木=
 今日は源氏の日でした。柏木との不義の子を出産した女三の宮は、尼になります。

 その時、六条の御息所の死霊が現われ「それごらん、紫の上は取り戻されたが、この宮のまわりに日頃おつきしていたのだ、目的をはたしたので、もう帰ろう」と笑って去って行きました。

 柏木は女三の宮の出家のことを聞き、心労でいよいよ重体となり、心残りは妻の女二の宮のこと。落ち葉の宮ともいう女二の宮は、三の宮の姉君ですが、母の出自がそう高くはないために、重く見られていないのです。

 しかし、源氏に嫁いだ三の宮よりも幸せになるだろうと、父の太政大臣も思っていたことを考えると、柏木は残して行く女二の宮のことが心配でなりません。

 本日は、こんなところでした。柏木が自分の命が短いと悟り、女二の宮に死ぬ前にもう一度会いたい、ここへ来ていただくのは無理、父大臣も母北の方も自分につききりでいるのだし、と思い悩むところは文章が妙な書き方。このあたりは紫式部の屈折した頭の中が表れているところだそうです。スト-リイが頭の中で泉のように湧き出てきてしまうんでしょうか。
 先生は、現代語訳では決して味わえない、紫式部の心の動きに自分の心を重ねて読むのも、原文で読む事の愉しみの一つです。と言われました。今日の源氏は式部の筆がおおいに走っているところでした。

 さて、先週、教え子たちが先生のお宅に集まったとのことですが、その中の、ある国立大学の文学部長をしている一人が言ったそうです。
 「先生、国立大学から文学部はなくなるかもしれませんよ」と。

 それは、もう国立大学は国立ではなくて「財団法人?国立○○大学」というのだそうです。経営も自分達でするので、もうかる医学部や研究する理学部などは利益が出ますが、文学部はもうからないので、切り捨てられる可能性があるのだそうです。小泉さん、国家予算の配分、間違えていませんか?

 先生は大いに嘆いておいででした。「何でもお金で価値を決める世の中はおかしい。昔、自分が文学部に入ったときに、近所のおじさんから「それは残念なことをした。法科か経済だったらよかったのに」と言われたが、大学での学部長の入学時の祝辞は「法でも経済でもない、文学を選んだ君たちはえらい」というものだった。そのことに誇りをもってきたのに、今の風潮はなんだ」ということ。
*国立大学だからこそ、本当の学問の府であってほしいですよね。

2006/3月
 今日は源氏の日でした。若き日に源氏の遊び仲間だった頭中将の息子柏木は、源氏の妻の女三の宮と過ちを起こし、罪の呵責に耐えかねて、32才で死んでしまいました。

 生まれた若君は、大変きれいな子どもで、帝の子よりも目もとがほんのりして美しいんですね。ここで、第三部の主人公、薫の君が、赤ちゃんの時から人より優れていたと紫式部は布石を置いているんですね。

 源氏は、48歳、自分の子どもではないと知っているのに、「ああ、残りの命も少ない私の晩年に、育っていく人なのだね」と感慨しきりです。そして源氏はその子に「父の(柏木)の轍を踏むのではない」と言い聞かせるのでした。

 源氏と葵の上の息子の夕霧は、紫の上が危篤のときにも源氏が出家を許さなかったのに、女三の宮の出家を許した事に疑問を持ち、蹴鞠の行事の時以来柏木の女三の宮への思いを気付いていたために、もしかして2人の間にあやまちがあったのではと疑問を持ち始めました。

 夕霧は精神的に健康で健全な人間なので、踏みとどまれない柏木の気持ちが理解できないのです。夕霧は柏木のことをこう思います。
「真面目人間で、折り目正しく、一緒にいると気詰まりなほどだったが、少し情におぼれるところがあって、優しすぎたためにこんなことになってしまったのだ。どんなに切なくても、道に外れた恋に心を苦しめて、このように相手も自分も苦しめて、命にかえてしまってよいことだろうか」そして夕霧は自分のその思いを父の源氏に話してみて、その反応を見てみたいとも思うのでした。

 *きょうはここまででした。源氏の第一部は、若き貴公子光源氏の順調な浅い世界です。今、晩年を迎えた源氏は、順調に行かない人生の嘆きに満ち満ちています。これから、夕霧が柏木の未亡人となった女二の宮(落葉の宮)に惹かれていき、愛妻雲居の雁の嘆きを引き起こします。
 第三部の宇治十帖は、宗教性をおびてくるのだそうです。

*前に宇治に行きましたよ。駅前でうなぎを買いました。白焼き。関東と違って蒸さないでそのまま焼くので少し骨が固かったです。宇治は、平安貴族の避暑地だったそうです。




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