癖?
その人は、チャイを両の手の中に包み込んでいた私に向かって、何かを言っていた。あまりに自分が静かなところにいたので、何を言われたのかわからず「ん?」と返し、また同じことを言ってくれたのだけれど、また何を言われたのかわからず…いや、聞こえていたのだろうけれどピンとこず、また「ん?」と返してしまった。そして、それから確認できた声は「ストロー貰う?」だった。チャイは氷こそ入っていないけれど、冷たいもので…ストローを使うほど、大きなグラスではなかったから、手の中のチャイとストローの関係が私の中で結びつかず、言葉が届かなかったのかもしれない。ぼーとしてしまうことが、よくある。誰といても、突然一人に入ってしまう時がよくある。昔からの、小さい頃からの癖のようなもので、「ちゃんと聞いてる?」と言われることもある。半分は無視をしているのだけれどf(^^;) ぽわっとしていると見る人もいれば、せっかちと見る人もいる。一度植えつけられたイメージを、見る人はそうやすやすと変えたがらないものだ。そんな私を「1人でコツコツ作り上げるのが好きな子だから…」と、母親が自慢気に話しているのを背中で聞き、「ほ~、そういう風に思っていたのか・・・」と微妙な感じを受けたことがある。母さま、私は努力がきらい…というかできない奴なのですよ、実は _(._.)_ 努力を通しての自分の欲望に恐れをなしてしまっていたのです。そして回りは更なる努力を強要するように感じられ、その回りからくる欲望も恐ろしかったのです。まるでエリザベス・テーラーの「ある夏の日の出来事」(だったと思う)のように・・・もし、教育熱心な家に生まれていたら、この頃起きている現象や事件はけして他人事とは思えず、当事者になる可能性があったかもしれないなぁ・・・と思うのです。私が努力をすることで勝ち得たものが、誰かから奪ってのことになるのなら、そんな結果は欲しいものではなかったのでした。それがやる気がないということならば、そうなのかもしれないとしか言いようが無く・・・適当なところで生きるしかなく・・・なんだかいろいろな癖を身につけてきてしまった気がして・・・自分自身が扱いにくいこと然り。ときどき窓ガラスの世界に映る、自分のいるテーブルに気づき、自分の顔に気づく・・・変な言い方だけど、その窓ガラスに映っている顔と自分が結びつかない時があるのだ。「あん? 誰? あぁ、こういう顔だったんだ・・・」となる。「いけない、いけない、戻らなければ・・・」となる。そして、さも「聞いてたよ」という顔つきで頷き始める・・・変な癖。 皆の会話がつまらないわけでは無いと思うのだけれど・・・時々ふっといなくなる。そうでない時は、逆に隅々まで気が回る。なんだかな・・・自分ではわからないことがまだまだいっぱいで・・・無意識から意識的になることだとは言うけれど・・・ん~~~ん~~ん~全てを見回していたい自分にとって、ひとつのことに傾倒していくことほど怖いものは無い。盲目的になってしまう自分が一番怖い。そして例え傾倒していったものが心地よいとしても、それで満足しきれるほどの大人しい自分でもないのはわかってしまっている。常に足は地に着けていたいし、手はまっすぐ上に伸ばしていたい。せっかく地に足が着いているのだから・・・何もしなくても全て見ることはできる気がするよ。風が止まってしまっては、生きる術が無い。水が淀んでしまえば、生きることは無い。囲いが見えるのに中に入る勇気はまだ無い。例えそれがプロセスの一環だとしても。