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2015.12.29
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<中国側の茶葉流通の仕組みが変わった>

日本における第二次ブームの発生には、中国国内において、お茶の流通の仕組みが変わったことも一因にあると思います。

新中国になってから、茶業は国内向けにはあまり推進されて来ませんでしたし、文革期など喫茶が歓迎されない時代もありました。
茶産地などごく一部を除けば、庶民がお茶を気軽に飲むような環境ではなかったのです。

転機となったのは、1970年代後半。
農村改革(生産責任制の導入、人民公社の解体など)が始まると、農村の収入拡大策が地方政府の大きなテーマとなります。

その際、農村にとっての貴重な現金収入源として見直されたのが、経済作物としてのお茶でした。
1980年代になると、生産が途絶えていた歴史的名茶の復興が各地で行われるなど、茶業に力を入れ始めるようになります。
#このころに復興された名茶が多いのは、そうした理由からです。

1978年には26.8万トンだった中国の茶葉生産量は、1990年には54万トンと2倍以上に飛躍的に増加します。
ところが当時の国際市場にはコスト競争力のある産地が増えていたため、コスト競争力に劣る中国茶は輸出だけでは消化しきれず、茶葉が余るようになってきます。

これを国内で捌かなければいけないのですが、文革の影響で、国内にはお茶を流通させる仕組みがほとんどありません。
国内で茶葉を売りさばく場所を急ピッチで整備する必要に迫られました。

そうした経緯で、各地にお茶の流通拠点として作られていったのが、茶城(茶葉市場)です。
茶城では、茶産地の農家やその関係者などが小さな店を構え、産地直送のお茶を直接販売するようになりました。いわば茶葉専門の自由市場(農貿市場)ですね。
有名どころでは広州の芳村茶葉市場、北京の馬連道茶城のほか、1996年には上海初の茶城・大統路茶葉市場がオープンしました。

茶城の様子


茶城では、小口の購入であっても市中より割安な卸売価格で販売してもらえますし、多くは一般人でも購入ができます。
国営企業とまとまったロットで取引しなければならなかった時代と比べれば、現地買い付けのハードルはグッと低くなりました。

売り手側も農家や民営企業など、いわば社会主義市場経済の申し子たちなので、(それまでの中国スタンダードに比べれば)販売に積極的な姿勢を持つ人もいました。
多少は中国語が話せるor言葉は話せないけど熱意と度胸?はある人なら、直接、中国から仕入れられる環境が揃ったのです。
もちろん、日本での輸入通関手続きは、これまで同様の基準で必要になるわけですが。

こうした中国側の茶葉流通事情の変化も、日本の中国茶専門店開店ラッシュを後押ししたのだろうと思います。


<国内で学んだ人が新しいお店をオープン>

再び、日本に目を戻します。

日本では、知識を伝えていくことの必要性から、中国茶教室が開かれていました。

そこで学んでいた方の中には、「自分でお店を始めたい」という方も出てきます。
お茶の魅力に気づいてしまうと、「こんな良いものであれば、是非自分の手で地元に広めたい」と考えるのは自然な流れでした。

こうした声に応えるために、一部のお店や教室では、中国茶に関する独自の資格なども発行されるようになりました。
資格を取得された後に、ご自身でお店を始めるというケースも多かったようです。

こうして、日本で中国茶を学んだ方のお店が、全国各地にオープンしていきます。


<蘊蓄主体のプログラムの限界>

ただ、この当時に教えられていたお茶の知識というのは、今から見れば、あくまでも表面的なものだったように感じます。

よくあるカリキュラムとしては、様々なお茶を飲みながら紹介し、お茶に関する蘊蓄(お茶の名前の由来だったり、歴史・伝説の類い)を学び、お茶の淹れ方を教える、というものでした。

多くの場合において、それらの指導根拠は、当時刊行されていたお茶の本からの知識であったり、現地のお茶屋さんの話などがベースにもなっていました。

ところが当時刊行されていた本の多くは、いわゆる”お茶の専門家”が書いた本では無く、本を書くことや茶文化の専門家の方が書いた本です。
茶に関しての植物的・科学的な見識を持っている方が書いたわけではありません。

ゆえに今読み返してみると、似非科学に類するような科学的根拠のまるで無いことが、さも事実であるかのように語られています(たとえば、大紅袍の○代目とか。植物の繁殖についての基礎的な素養があれば引っかからないレベルの話です)。
また、論拠が十分に示されておらず、「○○らしい」「○○と言われている」「○○かもしれない」というような記述も多くあります。が、「本に書かれている」ということだけで、それが事実であるかのように一人歩きしてしまうのです。


残念ながら、蘊蓄を積み重ねたところで、お茶の本質には行き当たりません。
これらの知識だけでは現地での仕入れでは、かなりの確率で紛い物をつかまされると思います。
骨董も中途半端に知識のある人が一番騙されるといいますが、生兵法は怪我のもとです(←体験談)。


さらに、中国茶の知識が蘊蓄の積み重ねであるのならば、お店を切り盛りするのに忙しい中国茶専門店のオーナーよりも、時間を十分に有するお茶マニアの方が詳しくなったりします。
一部のマニアの方の中には、学んだ知識(というより蘊蓄)を”店主に議論を吹っかけ、散々にやり込める”ことで吐き出すケースもあったようです。

そもそも、日本には高級なお茶を飲む市場がありませんでしたから、お店の経営だけでも大変なのに、そんな被害にも遭うわけです。
結果、お茶を好きで店を始めた方が、最後にはお茶を嫌いになって店を閉めた、という悲しい話も耳にしました。


蘊蓄偏重な中国茶の世界は、余計に新しい方の入りにくさを感じさせる要因にもなり、非常に風通しの悪い印象になっていました。
私も初期の頃、色んな人に議論をふっかけられました。非常に嫌な思いもたくさんしました。


当時は中国側でもお茶の知識について整理が付いていなかったので、仕方の無い面はありました。

みんなが与えられた条件の中でベストを尽くしていたので、誰が悪いというわけでも無く、これも時代だったのだと思います。

とはいえ、香港返還を契機にせっかく盛り上がった中国茶セカンドウェーブの波も、後に続く有力なお店がなかなか現れないことから、徐々に弱まっていきました。


続く。


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Last updated  2015.12.29 20:05:25
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