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わたしの足跡

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2007.10.28
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なぜこのサイトに出会ったのか覚えていないのですが・・・まだこの数ヶ月の事ですのに。

そのサイトとは、明治生まれの方々のインタビュー記事なのです。

すべての記事が素晴らしく、時々なぜか読み返したくなります。

先日、武者小路実篤の真理先生の“当たり前・・・”の事を書きましたが、この明治生まれの方々がおっしゃっています事も“当たり前”の事なのです。

なのに、忘れ去られたり、わざわざ勉強しなければ身につかない状況である事が寂しいですね。
かくいう私も例に漏れないのが悲しいのですが・・・

少々長いですが、是非読んでみて下さいね!

こちら

最近は情が薄くて、親しみがない。友達や、て言うて遊びに来ても、酒だけ飲んでさっさと帰ってしまう。そのくせ、飲みたくなったらまた友達やと言うて寄ってくる。若い連中だけやと意気投合して話してるけど、年寄りの話は聞きたくないんだろう。まあ、聞く耳は持たんわなぁ。道徳心がなくなってきてる。昔は勉強せいやとは怒られることはあっても、親が子供を殴り殺したりすることはなかった。昔のほうが情が厚いと思うわ。学校の先生からして違う。明治の時代は、勉強を教えるのは給料をもらっているから、なんて考えの先生はひとりもおらんかった。今はどうだ。おまえら勝手にやっとけ、てなもんだろう。道徳教育がなくなってしまってから、世の中がらっと変わってしまったように思う。だから親子が殺しあったり、夫婦が金を目道(目的)に保険金かけて殺したり…。最近は日常茶飯事になってしまった。国を挙げて、何とかしてもらわんと直らんのじゃないか?なかなか難しいじゃろうな。どうやったら世の中を直せるか、考えていかないと。

私ら宗教者から言わせると、人様に喜んでいただくこと、ためになることをさせていただく。徳を積むことで、大難を小難、小難を無難に通らせていただき、陽気ぐらしの道に進ませていただくことが大事だと思うわな。 今の世の中でそんなことは言うてはいられない、と。年寄りそのものが変わってきているように思う。政治でも宗教でも、何でもいいから今の世の中を変えていかないと、喜び溢れる平和な世界に連れて行ってもらうのは難しいんじゃないだろうか?時代は確かに変わったが、ランプと電気、その明かりの先にあるものは何も変わらないのじゃないかな?

中略

私は旭川中学に通っていた。英語もしゃべれた。当時は試験は厳しく、実力がなければ入れなかった。そのまま北海道大学に行くという道もあったけれど、行っていたら戦争に召集されて死んでたかもしれないなぁ。天理大学を受けようと天理に出てきたが、教会の「ひのきしん」(いわゆるボランティアのこと)ばかりやらされた。そして明日が試験という日に、教会のとある人から3日間説教された。『外国語(学部)だったら海外に行かないといけなくなるかもしれないぞ!男一人なのに家を絶やす気か!』と怒られて、やめてしまった。凄く悔しかった。勉強は好きではなかったけれど、しゃべるのが好きだった。英会話が好きだったなぁ。

学校を出てからはずっと天理教のお助け(=人助け)に歩いていた。毎日片道12キロの距離を歩いて困っている人のところに行き、朝づとめと夕づとめも欠かさなかった。しなかったらご飯が当たらなかった。真面目だったなぁ。人が信仰するのに聞きたければ来い、と言うのと、こちらから長い距離を出向いてお話しさせていただくのと、神様はどちらを受け取ってくださるか?と言うことだ。お助けの後、電灯もないあぜ道を、提灯をぶら下げて帰ってくるのは辛かったなぁ。戦争に召集されたのは32歳くらい。もし外語学部に行ってたら、シベリアに一人で暗号通信指令部に生かされるところだった。が、私はずっと軍の事務局みたいなとアろで、軍隊手帳を書く役目をしていた。四部隊の二中隊にいた。昔は飛行機が無かったから、北海道から鈍行電車で片道3日かかった。

心定め(=決心のこと)をしてから本部(奈良県天理市)や上級の教会(滋賀県岩根村)のお参りを、62年間一度も欠かさず続けてきた。

中略

ある時、うちの信者さんが相談に見えた。高校二年生の男の子が、医学部に行きたいというのだけれど、先生に言うと今の成績じゃ無理だといわれた。それでも行きたい、と言うてきたので、それならば心定めをしてみろ、と言うと、それから一日も休まず神殿掃除に来た。60畳の一般礼拝場と15畳の中殿と神殿に、毎朝通ってきよった。そして、2学期の終わり頃になって先生から呼ばれると成績がグンと上がった。これならいけると、更に3学期も続けた。私らはお授けしかないから、そうしてみろと言うしかなかったのだが…。結果、見事に一回で医大へ受かった。天理の病院「憩いの家」へ研修医に行った後、アメリカへ行き、帰って来てから36歳と言う若さで医学博士、助教授になったんだわ。

お授けの利とはたいしたもんだ。親様が言うたもんだ。病助けはほんの細道、身上、事情を聞いて助けるものだ。だから神様の道というのは本当にありがたい。ここはこの世の極楽やわしも早くに参りたい、蒔いたる種は皆生える、肥えをおかずに作り採り、と「みかぐらうた」におっしゃっているのは断じて嘘はないということだ。若い人は何か事が起こって、壁にぶち当たらないと分からんもんさ。面白おかしく行けばいいというものでもないんだ。外食をするのを一回辞めて、その分を神様にお供えする。そういうちょっとしたことが大切だ。結婚しているなら夫を立てる。今時の家事分担とかそういうのは全然駄目だ。してやっているというのでは駄目。させていただいているという気持ちでないと。子供は親の後姿を見て育つ。けれども、見せつけるのでは駄目。口でも言わん、そこを姿で見せていく。神様に今日一日の無事を感謝で通らせてもらっていたら、絶対に子供はついてくる。間違いない。陰徳を積むということだな。 口で言うたっていかん。世の中は何と言うたって実行ひとつだ。実行がなけりゃいかん。それが一番大事だ。


 



『クリックで救える命があります。』
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最終更新日  2007.10.28 17:09:15
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