2008/05/12(月)05:19
収心
本日も快晴・・・
日本は母の日ですね。こちらは確か再来週だったかと思います。
時差がありますので、こちらの夜中(日本の11日朝)に電話しまして、ゆっくりと話しました。
直接、改めていろいろなお礼をいいますのは、やはりなかなか難しいですね。
さて、母との会話・・・
現在日本で小麦粉などの不足問題が話されている事において・・・
母は「土地は沢山あるし、小麦粉はお米と違ってお水もいらないのに・・・」と。
それから母は小麦粉の作り方を説明してくれましたが、実際作った事がない母にも細かいところは解らない事があるようでした。
戦前生まれの母達の時代だからこそ、自給自足出来るものが足りなくて困るという言葉に違和感を持つようです。
このような話から、最近の凶悪な事件の話になり・・・
道徳の授業がない事への不満を話しましたら・・・
母達の時代の道徳の授業は『収心』と言ったそうです。
その時代の「収心」は、どのような事をもって収心と言っていたのか気になりました。
そして、WEB上で、調べてみましたら、同じ時代かどうか解りませんが、面白い記事に発見しました。
其処には・・・
『収心』は、「心は一身の主、百神の統率者であり、静ならば智慧が生まれ、道ならば昏乱が生じる」
きっとまさしくこのような事を習っていたのではないかと?勝手ながら思ったわけです。
この“昏乱”という字が“混乱”ではない所が、より道徳心の教育のように感じます。
これは、“道”のつくもののの教えとも同じですね。といいますと禅道、道教なのでしょう。
常に静であるようになりたいものです。
と母の日の電話がから逸れましたが、また一つ勉強させてもらいました。
『クリックで救える命があります。』
この世に一つでも多くの笑顔を!一日一膳!