天国のぬくもり 前編「天国のぬくもり」真っ暗な闇の中で、1組の男女が向かい合っている。 2人の他には何も見えない。何も無い。 ただ、暗闇の中に2人が居るだけ。 2人にとっては、相手が自分の全て、自分が相手の全て・・・。 「何?それ。」 私がそう聞くと、あなたは私に腕枕をしたままで答えた。 「天国のイメージ。」 「天国?真っ暗闇が?」 あなたが急に天国なんて言うから、私は驚いた。天国と言えば、もしも天国が存在するとしたらだけど、きっと明るくて幸せなところだろう。 「僕は、天国でも地獄でも、死んだら真っ暗闇なんじゃないかと思ってさ。地獄はきっと自分以外何もないただの闇なんだ。いつまでもいつまでも永遠に闇の中で漂っている。何も見えなくて、何も感じなくて・・・それが地獄。」 私はそんな地獄を想像しようとした。何も見えず何も感じない、真っ暗闇。けれど上手く想像できなかった。ただ、きっと辛いだろうって事はわかった。きっと想像も出来ないくらい辛いだろう。 「地獄って怖いね。」 私は素直につぶやいた。 「そう、きっと地獄は辛いよ。でも、天国では同じ暗闇でも、目の前に愛する人が居るんだ。そして、愛する人の存在だけを感じる。愛する人のぬくもりだけを感じる。」 あなたは、じっと天井を見ながらそう言った。 豆電球だけを灯した部屋で薄暗く照らされているあなたの横顔は、本当に天国を見ているかのように幸せそうだった。 「・・天国と、地獄か。・・変わったイメージだね。」 私は今まで天国や地獄の存在を真剣に考えたことが無かった。 子供の頃はなんとなくイメージしていただろうけれど、今では、天国も地獄も無いと思っている。死んだらきっと、それで終わりで後には何も無い。だから私は幽霊などの類も信じてはいなかった。 あなたの横顔を見ながらそんなことを考えていると、天井を見ていたあなたがふと私に目を向けて言った。 「僕が死んだら、目の前にはキミが居るよ。」 そしてあなたは、腕枕していた手で私の肩を抱くように引き寄せた。 私はあなたの胸に顔をうずめながら言った。 「・・ありがとう。」 そして、心の中で続ける。でも、ごめんね、と。 もしもあなたのイメージ通りなら、私はきっと天国には行けないや。私が死んでも、私の目の前にあなたは居ない。 飲み会で隣に座ったのが、そこそこイイ男だった。 それなりに意気投合し、二次会が終わったところで男が誘ってきたのでついていった。 相手が誰であろうとも、抱かれればぬくもりを感じる。どんな男も体温を持った哺乳類なのだから。 極端に言うと、私はただそんなぬくもりが欲しかっただけだった。 だから私は、少なくとも一緒に居て嫌な気がしない相手であれば、とりあえず隣に居る男で満足してしまう。 その日もそんな気持ちだった。 だから私はそれで終わりで良いと思っていたし、そうやって一日限りで終わった相手はそれまでにもたくさんいた。 しかし、予想外にも次の日にその相手から連絡が来た。 まあ特に悪い気もしなかったのでまた会う事にした。そうして何度か会っているうちに、私はあなたの恋人になった。 そうやって、私とあなたとの関係は始まった。 「昨日はキミと会えなかったから寂しかったよ。」 あなたは私を可愛がってくれた。 「僕の実家では、今ごろはもう桜が咲いているかな。きれいなんだ。いつか一緒に見に行こうよ。」 愛の言葉もたくさんもらったし、いつも優しかった。 「キミと出会えたのは、きっと運命だったんだと思う。こんなに好きになれたんだから。」 あなたは、飲み会でたまたま隣に座った私のことを、本当に愛してくれた。それは本当に嬉しかった。 けれど私の方は、その居心地のよさに甘えてあなたと一緒にいた。ちょっと申し訳ないと思いながら。 あなたは、ぬくもりに加えて愛情も私に与えてくれる。けれど、だからといって私があなたを愛することは無かった。私にとってあなたは、とりあえず隣に居る男でしかなかったのだから。 私にとってあなたとの関係は、そういうものだった。 私にとってあなたとの関係は、そういうもののはずだった。 あなたから別れを切り出されたのは、私たちが住んでいる街にも桜が咲いていた頃だった。 次 短編のページにもどる ジャンル別一覧
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