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天国のぬくもり 後編

「他に好きな子ができたんだ」
「・・・そう。」
「だから、別れてほしい。」

 話があると言って自分の部屋に呼び出したあなたは、そう切り出した。あんなに愛していると言っていたのに、よくこんな簡単に別れてほしいなんて言えるものだ。

「その人となら、天国に行けそう?」
「ん?」
「あの、天国では真っ暗な中に愛してる人だけが居るって話」
「ああ、あれか。そんなことも言ったっけね。忘れてた。その時思いつきで言っただけだから。」

 あなたはそう言って、なぜか照れるようにはにかんだ。その笑顔が、私をバカにしているような気がして癇に障った。

「その人とはどこで知り合ったの?」
「・・その・・大学の、サークルで。」

 サークルの新入生歓迎コンパがあると、数日前にあなたが言っていたことを思い出した。

「あの、この間の飲み会で知り合ったの?」
「・・・うん、そうだけど。」

 なぜか内から湧いてくる怒りを抑えることができなかった私は、皮肉たっぷりに言った。

「飲み会でたまたま隣に座ったから、好きになっちゃった?」
「・・・・それで好きになったってわけじゃないけど。」

 やっぱり、その人もたまたま隣に座った人なのだ。

「あの日隣に座ったのが私じゃなくても一緒だったんでしょ?隣に座った女だったら誰でもよかったんでしょ!?だったら気安く愛してるなんて言わないでよ!」

 私はとうとう爆発してしまった。私が、あなたとの別れにそんなに感情的になるなんて、自分でも驚きだった。
 散々あなたを罵った後、私はあなたの家を飛び出した。

 そうして、私はあなたと別れた。
 あなたと別れて、部屋に帰ってから思わず泣き出してしまった。あなたを失ったことをそんなに悲しんでいる自分が意外だった。

 だが、それはきっとお気に入りのぬいぐるみを失った悲しさのようなものだろうと思った。だから、また新しいぬいぐるみを探せば良い。


 私はまた、友達と一緒に飲み会に行った。
 今日は新しいぬいぐるみを見つけることが出来るかしら。なんて思いながら、私はいつもより少し浮かれていた。
 そしてまた、飲み会でたまたま隣に座った男と、それなりに意気投合して、そして二次会が終わったところで、その男が私を誘ってきた。

 私は、待っていましたとばかりにその男の誘いに乗った。いつものように、ただぬくもりを求めて、私は男についていった。

 男の部屋に入ったとたん、男が私を抱きしめた。私は哺乳類のぬくもりを感じる。しかし、私はそのぬくもりに違和感を感じた。

 久しぶりに別の男の人に抱きしめられたせいだろうか。それなら、まあ、そのうち慣れるだろうと思ったが、そんな私の考えは間違っていた。
 その男が私にキスをしようとした時、私は思わず男を突き放してしまった。

 私は、明らかな嫌悪感を抱いていた。
 私は、急に突き放されて呆気に取られている男を置いて、逃げるように男の部屋を出た。

 なぜだろう、こんな嫌悪感を抱くなんて。前までならきっと何でも無かったのだろうけれど、今日始めて会った男とキスすることが嫌で嫌で仕方がなかった。

 男からキスされそうになった時、私の頭の中にあなたが現れた。私を愛していると言った時の、あなたの優しい表情が。

 どうしてだろう。あなただって、たまたま隣に座った男だったのに。
 そのはずなのに、私にとって、あなたはたまたま隣に座っただけでは無くなっていた。あなたと知り合ってからのいろいろな事が、湧き上がるように次々と思い起こされた。
 そして、次から次から思い出すあなたの言葉や仕草を、私はとても愛しく感じていることに気が付いた。

 こんなことに今さら気がついても仕方ないのに・・。

 あなたと私は、たまたま隣に座っただけの関係。だから、私は、深入りし過ぎないように自分から壁を作っていたのだ。だから、あなたと一緒にいる時には、これほどあなたを好きだということに気がつかなかった。
 もしも、もっと素直に自分の気持ちに気づいていたなら・・・。私は、そんな強い後悔の思いに苦しめられた。

 苦しんで、苦しんで、そして私は、あなたを思って泣きながら眠った。


 ・・・夢を見た。
 私は、あなたと天国にいる夢を見た。

 真っ暗で周りには何も見えない。けれど、私の目の前にはあなたが居た。
 あなたと見つめ合っているだけで、私はあなたのぬくもりを感じていた。そこはとても暖かく、幸せだった。

 私はあなたに触れようとして手を伸ばした。

 ・・そこで、私は目を覚ました。

 私は、目の前にある薄暗い天井を見つめながら、いつまでも泣きつづけた。


おわり

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