☆.井 戸 の 底 ☆.:*゜☆.。.:*
カテゴリ未分類216
医療404
映画58
映像138
演劇・その他舞台162
音楽241
買い物196
食物290
生物・動物・植物208
多種多様25
美容80
本255
ファッション115
テスト・メモ26
Ballet114
Cottidie411
Chronicle 推理小説年代記93
fragrantia16
I T・その他 機器・システム・コンテンツ230
L’E'cume des jours145
Marginalia134
Marginem399
Mystery742
NEWS113
Scientia38
sopranista20
sport43
virtuoso49
Game135
Wardrobe125
全255件 (255件中 1-50件目)
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電子版で読んだ分と合わせて、10年分の空白が僅かの余白は残っているけど埋まったかな。私としてはダンスシーン多めが好みだけど、どうしてもW主人公の心情描写に寄るのはまあ仕方がない。その二人の信也の心情はじれったい。恋情ではなく妄念なんじゃないの?。だとしたら二人のDANCEへの情熱も一途であればあるだけ妄執なのではないかと思わせるほどに。時間芸術してのDANCEと移ろう同性間の恋情のシンクロナイズこれらの感想は、すべてほめことばだ。一瞬ごとの感情の描写は明瞭なのに空間の書き分けは曖昧に感じる。杉木がイギリスへ渡ったエピソードも特段に英国の風物は背景は詳らかに描写されていない。時間的表現としての心理描写の優位なストーリーを読んでいるうちに春日井建の歌を想起した。★今に今を重ねるほかの生を知らず今わが視野の潮(うしほ)しろがね生は性でもある。
2025.12.30
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楽市買い漁り 買い回りで最新特装版注文。早速到着、楽天ブックス仕事がはやーい。いつもは文句たれてるくせに。夢中で、じゃなくてさらっと読みましたよ。いただきまーす。シュークリームでかすぎ?うーーむむ、男女でも男男でも身体の関係できてしまうと、あとの展開は.......ありきたりになるのかな。いやいや、鈴木の感情の発露が意外にもストレートでノーマルに思えるのに比べて杉木のツンデレっぷりのイケずなこと。この先、いい意味予想を裏切る展開が持ち受けているのか。そちらを望むけど。ずっと、電子版で追い付いてきたのだが、紙本で揃えたほうがいいかしら。いや、映像を看てからそれは考えよう。ディスってるようだけど、絵ウマだから刺激を受けてこっちも久しぶりで季節はずれに薔薇のイラストとか描きたくなった。はい、どうせ季が違っております。
2025.12.11
映画が話題なので、遅ればせながら読んでみた。基本、どんなダンスも興味があって、踊りを見るのが好きだから。特に社交ダンスは身近なところでスタジオの先輩が助教資格を持っていたり、花柳流の名取の知人がハマって今や上級技術者(プロとデモに参加するほど)だったりと、あながち別世界の存在ではない。決して、あちらの方が目的ではありません。むしろ、ストーリー知ったときえーーーまたBLものなのーーーと、ちょっと引け腰になったくらい。でも、しっかり読んでるんじゃない!!とか自分に突っ込みつつ読んだら、画が巧い、ダンサーの身体が描けてる。てかどちらかと言えば私の好きな絵柄。男同士云々抜きにしても成立するストーリー作りで、これも引き込まれる。ソシアルダンスの知識の記載も楽しく読める。決して、決して801ではなく、ヤマもオチも意味もあるあくまで、優れたダンス漫画としての構造を持っている・:*+.\(( °ω° ))/.:+。バンザーイ紆余曲折を経て、2011年から現在までの長きにわたって、絶賛連載中。書籍として8巻まで出ているので、映画公開までに原作の本読みを追いつきたいな。はい、もちろん映画は視ますよ。
2025.12.08
中学と大学の先輩、後輩同士の江戸川乱歩と杉原千畝。探偵小説作家と外交官、すれ違うこともないはずの二人が、もし出会っていたら。数奇な運命を生きた実在の人物を虚実綯交ぜに描いた歴史フィクション。大正8年、早稲田大学近くの蕎麦屋で偶然知り合った24歳の平井太郎(後の江戸川乱歩)と19歳の杉原千畝。やがて起こる世界大戦に巻き込まれながらも、かたや小説家、かたや外交官として波乱に満ちた生涯を歩んでゆく二人が、人生の最後にたどり着いたのは.......本作は第173回直木賞候補作となった。ーーーーーーーーーーーーーーーミステリー作家である作者が、ユニークな着想と歴史考察をわかりやすい文体で描いた時代小説。ミステリを期待して手に取ったはずが、事件が起きるでなし、謎解きのロジックが披露されるでなしで、その点期待外れだったが、歴史小説としてとても面白く読んだ。いや、第二次世界大戦という大事件が、乱歩視点、千畝視点で記述されているわけだが。深刻なテーマをさらりと描いているのが良いと思ったが、これは軽く扱いすぎとして意見のわかれるところかもしれない。横溝正史、山田風太郎、鮎川哲也、松本清張まで登場してかつてのミステリー界事情に言及してくれているのもミステリーオタとしては嬉しかった。杉原千畝に関しては、本作をきっかけに資料になった本を読もうという気になった。
2025.08.25
ミステリーを書くハウツー本ではない。何処に合理性があるのか、さっぱりわからない。筆者のトンデモに過ぎる言い分と創作法を述べているだけ。なるほど、合理性を超える即ち非合理の領域、と解釈すれば納得も行くが。ミステリを創作するためには「常識と普通の思考能力さえあればいい」と宣うが原稿の推敲はしないとか、トイレは一日一回とか言う話には、激しく引いた。これぞ非常識の極み。こんなやり方で、ミステリらしきものを量産しているそうだが、このマニュアルを真似るミステリ作家志望はいないことを祈る。この作家のミステリを今後読むかどうか......であるが怖いもの見たさで手に取ってしまうような気がする。
2025.08.12
列車に乗っている(はずの)語り手「私」が、いつの間にか廃墟建築家たちとともに蒸気船の中の人になっている。そこで登場する人物たちの夢物語がさらに次々と紡がれ......夢から覚めて、また別の夢に迷い込むような浮遊感、各挿話に流れる虚無感。廃墟建築とは、終末に人々が逃れる葉巻型のシェルターを指すらしいが、建物のイメージが湧かない。ここらへんは、カフカの小説を読んだ時の感覚に似た覚束なさ。カストラートの音楽談義、枠物語として挟まれる寸劇と、エピソードは華やかだ。すべて信用ならない語り手が、終わりのない列車旅行で描いた妄念かもと思っていたら列車は何処かの駅に到着した。それが物語の幕引きで、幕開けの部分と取り合えず整合する。語り手は夢に取り込まれ、読み手は物語に取り込まれる、そんな多層的(多奏的?)世界。物語世界の始まりと終わりを整合させることで、返って虚実の境界が不可分になった心持ちのうちに本を閉じた。
2025.06.06
特にクリスティファンではないが、彼女の物語作りの上手さ、登場人物の設定と描写の妙には感心させられていいる。日本推理作家協会賞候補作とあって手に取った一冊。惜しくも賞を逃したが、クリステミステリーの魅力を、初心者にもわかりやすく語って秀逸な解説書だった。初心者のみならず、ミステリーオタにも目から鱗が落ちるような鋭い考察も述べれられていて、私んも未読作品を読まずにおけない気持ちにあらためてさせられた。解説、評論の内容が優れているだけでなく、長大冗長を避けた章立てで、編集に纏まりがあるのも読みやすさの理由。クリスティの創作の特性、各作品の読みどころが簡潔で親しみやすいい文章で伝わってきて心地よかった。クリスティ未読の方のみならず、ミステリー初心者が読んでもミステリの面白さに開眼すると思われる。表紙絵も黒猫が素敵で気が利いてる =^_^=♪
2025.05.25
本棚整理をしていたら「日出処の天子」の第6巻を買いそびれていたことに気付く。遅ればせにもほどがある。何年放置よ。早速楽市で購入。これで全7巻揃い踏み(*´ω`)ホッあーだった、こーだったと読み返しながら此度、新作能狂言の舞台となる「日出処の天子」に思いをはせる。もちろん観たい、見るつもりだけどチケットがとれるかどうか。まずそれが第一関門だわ。むかーーし、それなりに観能したり、狂言を鑑賞したりしていたんだけどその当時も誰かさんの公演のチケット取るの、たいへんだったのよね。チケット取り情報交換のサイトなんて、大そうな賑わい。思い出すわ。などなど、それは、また別の話。
2025.05.22
化学同人は学術研究書以外の娯楽性の高い本も出版するのか。検死のプロ、解剖病理技師が法科学の視点からクリスティのミステリーを考察する。訳文は素人にも親しみやすいが、毒物、血痕、筆蹟、病理学、弾道学、その他諸々、法医学や犯罪学の専門的な知識の網羅と、散漫にクリスティー作品の引用がされるので、集中して読むのはちょっと苦痛。だからネタバレなしなので、クリスティーの原作未読の人におすすめできるかといえば微妙。作品ごとに論じる構成だったら、読みやすく、クリスティファンにはより楽しめたのでは。私はクリスティファンではないけど。
2025.04.27
本が届いた。今日はいい日だ。中井英夫生誕100年特集号。あまりにも遅く発刊から2年余を経て井戸の底に漂着。図書館にあるかと思いきや、猫街図書館には置いてない?古書で探しても在庫切れ??Amazonにたった一冊残った新刊を注文したの。ハネギウス一世の未発表原稿が載っている。タイトルも「星の追跡」記憶の星屑を集めるようにして読みたい。と、井戸の底の壁には書いておこう。
2024.12.21
昨日は隣の区の中央図書館に初めて行ってみた。原宿駅について、竹下通りの混雑にうんざり。想定はしていたけど、やっぱり人混みはイヤだ。外国人旅行者も多し。この場所の何が彼らにとって魅力なのか、こちらにはさっぱり。と、人の波に遮られたためか、徒歩6分のはずが10分はかかって図書館に到着。図書館は、わが猫街中央図書館より新しいだけあって立派。開架蔵書数も多いので読みたい本をすぐ手に取ることが可能。だけど、なにげに検索機能や、自動貸出システム使いづらいなあ本の分類表示も判りにくい気がした。せっかく来たんだから、読書予定の10年以上前のミステリーを一冊だけ借りてさようなら。帰り途はいくらか通りが空いていたので助かった。原宿に出たついでに何か美味しいものでも買いたいなーーくらいは思ったけど、めぼしいものが見つからず。はい、だからバースデーケーキは無しで過ごしました。そして昨日の今日、一番近い猫街S図書館へ予約本を取りに行った。この図書館がこじんまりしていて落ち着けることも一番。 ☆綺想宮殺人事件 ☆伯爵と三つの棺 ☆殺人は有礼拝の前に三冊借りて今月中に読了する予定。
2024.11.10
猫は9つの生を生きる。かつて漱石に飼われていた黒猫が、生まれ変わって古書店を営む魔女に出会う。古書店「北斗堂」の飼い猫になり、他の猫たちと暮らし始めるのだがこの魔女の正体は何と.....日本ファンタジーノベル大賞2024受賞作ーーーーーーーーーーーーーーーーーー猫には作家と古本屋が良く似合う♪黒猫を視点人物に据えたファンタジーときて、「牡猫ムルの人生観」のようなテイストの幻想譚を期待したがそんな此方の勝手な希望的観測ははずれ。池波正太郎と稲垣足穂の飼い猫の生まれ変わりのエピソードが出てくる中盤あたりまではよかった。それじゃ、三島由紀夫の元飼い猫や内田百閒の元飼い猫も登場するかなと、勝手な妄想。当然そんな妄念邪想は露と消えその後、小説家志望の女子高生が絡み、書物の神降臨とくる終章に至っては、ストーリー展開に無理筋を感じ、世界観に入り込めなかった。単に好みの作風でないというだけだろうけど。
2024.10.24
ドラマ最終回前に一足お先に読了。当然ながら原作はストーリー展開の時系列、登場人物の設定その他、ドラマとかなり違っているが、そのことにはだらだら言及はせず、ちょっとネタバレ。:::清家一郎、鈴木俊哉、道上香苗、の各視点から物語は進行し、読みやすい文章であるにも関わらずドラマで描きえない人間関係の複雑さを深堀り。清家一郎を操っているのは誰かを追求するストーリー展開。語りの視点が清家自身だったり、鈴木だったり、その他人物側の多視点へと、二転三転して徐々に真相が見えてくる....と思いきやラストに至っても清家の正体そのものは謎のまま。伏線の回収はあっても.謎解きはないことへの、のぼんやりした不全感と不満を残して読み手は本を閉じる。鈴木、清家の両者とも信用ならない語り手の可能性があることに、注意しながら読んだがそれもわからずじまい。ある殺人の犯人 に関しても詳細な検証は明らかにしてはいない。清家というマトリョーシカは、自らの内部で空っぽの分身を増殖しつづける永久機械でもあったのだろうか。操っている人間は、一人の黒幕ではなく、彼に関わった怪しい奴ら「全員」とも言え、何やら「全員が犯人」のミステリーめいている。しかし、操ろうとしたした者たちは、結局清家によって手痛いしっぺ返しをくらう。操りたいという欲求を誘う人格の持ち主清家こそ、その特異なキャラによって他人を操っていたことになるのではないか。操る者たちよりも、操られる者のほうがはるかに恐ろしい。リアルでもそんな事例事象があるような。
2024.08.28
古典研究者による、ネタバレだらけの、ミステリー解説書とも評論集とも言い難い、私にとってはジャンル不明の一冊。筆者はミステリの評論をしたかったのではなく、ミステリに託つけて昭和と平成の各時代の抱える問題を批判をしたかっただけではないのか。戦後生まれを意識した筆者のバイアスがかかった視点でミステリを読んでいるためか、取り上げたミステリの何処が面白く、作品として優れているのか伝わってこない。どんな読み方しようと、どんな解釈しようと、たとえ誤読であってさえ、個人の自由ではあるけれど。それこそ本書の筆者が問題視している、現代の多様性 ですので。そんなことはどうでも良い此方にとってはネタバレを避けて面白そうなミステリを本書の文脈から拾うのは困難な作業だった。それでも「テロリストのパラソル」くらいは読もうか。
2024.07.20
遅ればせながら2024年度のミステリベストテンを調べている。資料は「ミステリが読みたい! 2024年版 ハヤカワミステリマガジン 」早川書房「本格ミステリ・ベスト10 2024」探偵小説研究会それから去年のミステリだけではない「本格ミステリ・エターナル300」探偵小説研究会これは300冊と多すぎるので脳内の引き出しからあふれてとっ散らかりそう。「このミステリーがすごい! 2024年版」はまだ読んでいない。この本、編集方針にあまり期待できないけど、とりあえず目を通すつもり。去年2023年は、ベストテン発表を待つまでもなく、面白そうなミステリを自己判断で選んで読んだら、かなりかぶっているものあるのに気が付く。と同時に、ランク入りしていても、読んで期待外れなミステリもあった。年度末決算期?にあって、今年の読書計画をどう立てようか。
2024.03.07
学生時代、物理のセミナーで超伝導リニアモーターカーマグレブに少し触れる機会があって、その時はふーんそうなのー程度の認識しかなかった。そんな具合に物理学がわからない人にも、政治経済に疎い私にでも、わかりやすく読みやすく超伝導リニア計画への問題提起をしてくれた一冊。本書を読んで、そんな乗り物いらない、というよりこんなわけのわからない重厚長大計画はいらない!!!と思わされた。ついでにこんな計画を思いついたり推し進めたりする政治家もいらないわ。さすがは山本先生、蒙を啓いてくれて多謝。
2023.12.16
今はもうない 第二回創元ファンタジィ新人賞受賞作 を読んでみたチラ裏。書くべき褒め言葉が出てこない。死と再生の神話的テーマの縦糸に、音楽と絵画と舞踊の横糸が絡む壮麗な100年の絵巻。を、描いているつもりかもしれないが、冗長で説明的な文体、不要に多い登場人物が右往左往して、無駄な科白を喋る、過去と現在の時空の交差が混沌ならぬ交雑する展開は、判読しづらく、いっこうに美しいビジョンが浮かばない。洗練や明晰といった点に書き手の美意識はないのだろうか。美辞麗句を並べ立てようと、思いつきのイメージを継ぎ接ぎ細工しようと、夢幻境へ読み手を誘うことは出来ない。多すぎる付け焼き刃はいずれ剥がれて無惨な姿を晒す。長すぎる夢は飽きられて、むしろ見る者の心を白々しく醒ます。自分の幻想(妄想)に酔うあまり、筆が止まらず長大な語りになった原稿なら同人誌か投稿サイトに掲載しておけば良い。あーでもない、こーでもないと、身勝手な感想が去来しながらも、370ページ2段組の大長編に耐えた。(途中で読むのやめない自分がヴァカよね)選考委員選評にも、応募作品の無駄な長さや、余計な説明を嘆ずる向き、削ぎ落とし修正した稿を出版する手段もあったのではないか。その選評を読む限り、他応募作に面白そうな作品があったような。そちらを、読むかどうかはさて?書名は記載しないし、書影の掲載しないけどこれだけヒントがあれば誰にでもどの本わかるはず。
2023.08.12
山崎努氏のファンだ。と言っても、その演技をドラマや映画で知っているだけ。観ることのかなわなかった、この俳優の舞台への憧れ。「建築家とアッシリアの皇帝」や、岸田今日子と共演した「冬のライオン」、三島由紀夫が関わった若き日の文学座の公演などなど。それら貴重な過去の舞台の記憶や記録が詳らかに著されていることを期待していたので、その点はちょっと期待外れ。舞台写真の掲載とかもまるでなし。前著「俳優のノート」はもっと、つっこんだ公演の舞台裏の話が多かったような。伊丹十三映画作品への言及があったのは幸いだが、それならドラマの名作、かつ山崎氏の代表作の「飢餓海峡」の撮影時のエピソードも載せてほしかった。本人のそこらへんの過去の記憶自体おぼろになっているのだろうか、残念。演劇オタク向けではなく一般向けに書かれたエッセイ(自伝?)なのでやむを得ないのか。読みやすく、肩ひじを張らず淡々たる文体で山崎氏の演劇観や俳優論が伝わってくるのは嬉しかったけれど。「実人生と俳優業の原理は似ている」「人は皆、あたえられた役柄の中で生きている」という言葉が何故かしら腑に落ちた。人間山崎努は俳優山崎努を60年余り演じて来たのだろう。読書記録「柔らかな犀の角」も時間が許せば読んでみたい。
2023.06.25
山田風太郎の小説は好きだけれど、その私生活や私信にはさしたる興味はない。にも関わらず、この本を繙いたのは、中井英夫から山田風太郎への手紙が収録されていたから。それだけのこと。たった三通。そのうち世田谷区羽根木に住んでいた頃の手紙は二通。風太郎が中井に返信したかどうかは知らず。(風太郎から中井への手紙は載っていない)その他の誰か知らない「その人々」へ配達された手紙は何処へ消えたのだろうか。中井英夫全集にも書簡集はない。通りすがりの光景。午後鍼灸院へ行くため私鉄に乗ったら、プラットホームでツインテールでミニスカのJKらしき子がしゃがみ込んで、スマホで誰かと泣きながら話しているのを目撃した。異様というより、妙な不思議な絵のように映った。彼女の流した涙は日々の泡ならぬ日常の泥流に流れ去るだけなのだろうか。それより異様なのは急に昨日のアクセス数が上がったこと。いつもの3倍?4倍?これはマジ、不思議でなくて不気味な怪現象。
2023.04.08
★ Setzen wir Poesie zusammen詩作だけでなく様々な散文、翻訳、書簡、日記にまで収録した完全版といっていい一冊。詩集を超えて、これは一冊の美しい奇書かつ稀書だ。そし内容の充実度と重厚感に比して、3000円以下という驚くほど兼価。かつて「中井英夫全集」が買い易いようにとの配慮か、文庫で刊行されたことを思い出したりした。何より侃侃諤諤書房さんの他社にはまね出来ない業績に多謝。刊行から半年の後。ようやく手元で少しずつ読んでいる。ページをめくる毎に異界に一歩降り立つ楽しみ。暗い空や荒れた海辺に流れる奇異で美しい生命のリズム。絶望を謳っても、奇観で構築されてもなお彼女の世界は美しい。唯一無二の美が拡がる詩的世界。けれどその世界で時は24年間で絶えた。失われた時は何処へ。Setzen wir Poesie zusammenと問いかけても、旅立った詩人は遠すぎて応えは届かない。亡くした、失くした、それらを探して「その人びと」はこの一冊の書を求めるのではないか。見つかった 何が? 永遠がElle est retrouvée.Quoi? — L'Éternité.とランボーの詩にあるような 永遠に紡がれる言葉がこの本から見つかることを期待する。
2022.12.17
3月10日パリ発ニューヨーク行きエールフランス機に同乗した7人。殺し屋ブレイク、小説家ミゲル、映像編集者リュシー、末期膵臓癌患者デイヴィッド、七歳の少女ソフィア、女性弁護士ジョアンナ、ミュージシャンスリムボーイ。機体は乱気流に巻き込まれるも無事ニューヨークに到着する。6月24日、全く同一の7人を乗せた同一の航空機がやはりニューヨークに到着する。ドッペンゲルガーは現実に存在したとは?この不可解な現象を解明するための調査と、検証、科学的考察や宗教的議論が繰り広げられる。何よりも当事者であるドッペンゲルガー(ダブル)たちは如何にして自らの運命に対峙していくのだろうか。2022年 ゴンクール賞受賞作。--------------------「その女アレックス」のピエール・ル・メートルも、そういえばゴンクール賞受賞していたんだ。この小説もミステリー要素と、SF(空想科学小説)の世界観で描かれたロマンらしい、そんな予想をして本を開いた。開巻早々、ミゼルの箴言めいた修辞が章の冒頭に上がるので、もしかして叙述トリック?と勘ぐってしまった。つまりこの小説がミゼルの著した一冊の著書であったという趣向だとか。メタフィクションあるいはメタミステリーの入れ子細工の構造を持っているとか。はい、そんな私の妄想的期待は外れ。この小説をSFあるいはミステリーと捉えるか、あるいは奇想を主題に描かれた物語の一編と捉えるかは読み手の主観によって異なると思う。SFとしては、ドッペンゲルーがーの出現が、時空の歪みによるのか、反粒子や反世界の存在に起因するのかの論理的(科学的)仮説の証明は曖昧。ミステリーとしては、殺し屋によるドッペンゲルガー殺害だけで、その他の殺人事件が起こるでなし、したがって事件のロジカルな謎解きも描かれない、描きようがない。マーダー(殺人事件)ではなく、ドッペンゲルガーの存在が事件であり謎であるのだから、これはファンタジー(幻想)の領域で描かれることではないか。SFのF(エフ)はファンタジーのF(エフ)か。だから、mysteryカテゴリ には入れず、本カテゴリ とした。ミステリはお好き?とミステリーファンに推奨するものとも言いかねる。斜め上の視点と世界観で描かれたストーリーは、井戸の底で斜め下からその世界線を見上げて観想するばかりだ。ちなみに私が一番面白く読んだのは、空想科学理論ならぬ、キリスト教、イスラム教、仏教、各宗教家による宗教論争の鳩首会議を描いた章だった。 宗教家 他宗をみまわし さてと言いなんて、へそ曲がりなことを思いながらも、興味深く読み終えた。へそ曲がりついでに、私見を述べればこれをミステリーの傑作と持ち上げる意見には同意しかねる。誰にでも面白さを保証するエンターティメントではない。読み手を選ぶといっても、晦渋難解な純文学や一昔以上フランスの潮流だったヌーヴォー・ロマンではさらさらにない。本作が如何なる文学の領域か、あるいはどの領域にも属さないかの判断と評価は、読み手に任されている。この小説の主要人物7人が七者七様の運命を選択したように。
2022.11.27
小学生の頃から、偕成社のホームズ全集とポプラ社のルパン全集にはまったほど、翻案物大歓迎、パスティーシュ大好き、とキッチュ好みなので、ましてやあの「新宿鮫」の作者の手になるとは読まずにおくべきか。と読んでみたんだけど、今ひとつ関心しなかった。原作で描ききれなかったと思われる部分を補足しただけ?無理ムラ、無駄のない文章で読みやすく仕上がっているのは、さすがで子供が読むにはいいのだろうけど。一方で描写が説明的のためか登場人物の描写に原典よりも魅力が感じられなかった。翻案は補綴にあらず、ましてや解説文でもない。ミステリーずれした大人が読むにはもっと鋭く突っ込んだ創意工夫が見られなくては物足りないかと。とかなんとか言って、同じシリーズの「逢坂剛の奇巌城」が気になる、読みたくなるfrauleinneinであった。「ホームズ」も「ルパン」も旧版は絶版。それから児童書の乱歩にしても、原作とは別物として、子供心を踊らせていた夢中になっていた。そこから一気にエラリー・クイーンに飛んだ(クリスティーは抜かして)のだから、われながら奇妙なミステリーはじめだった気がする。ホームズとかルパンとか一般教養?それとも娯楽として読まれすぎているので、ミステリではなく本のカテゴリーで。
2022.10.29
「忌名の如く贄るもの」を読了したものの、結構が気に入らず、チラ裏を書くのが気が重い。もうこのパターンはケッコウですではシャレにもならんが、読んでしまったものはどうしようもない。後顧の憂いにとらわれてないで、読書予定の駒を進めること。もうすでに次に読む本は手許にある・・・・・・のだがこんな気になるミステリを見つけてしまった。ミステリ専門図書館を舞台にした殺人事件。初版本が絡んで、サビ猫がキャストだなんて私の好物ばっかり。読まずば二度死にそう。欲を言えば、初版でなくて絶版本、(ΦωΦ)もできれば灰猫か白黒ニャン........えーと、読まないうちから何いってんだかなーーーーーー
2022.08.29
自家製ケーキを作るときに参考にしたい本。井戸の底では本家より砂糖や小麦粉、油脂類はぐっと少なく作るから、少ない材料で、最低限の道具で、簡単に作れるのが何より。絶版本で図書館にも置いてないので、此の度古書サイトからお迎えした。写真が美味しそうなのが楽しく、何よりもトシコ・ムトーの挿絵の素晴らしいこと。「小さな恋人 タローと花子」ってチッチとサリーの原型みたいな.....4コママンガも良いけど、この本に描かれた動物、植物、食物の絵の可愛らしさと美しさ。文字通り一冊で3倍美味しいケーキ本になっている。あっ、眺めているだけで満足してお腹いっぱいになってないで作らなきゃダメよ。で、応用編は此方。frauleineinの卵一個で作るバナナケーキ。
2022.08.26
一昨日井戸の底に漂着した歌集。たいていの歌集がそうであるように、本書も書影が美しい。信長に嫁した「濃姫」を主題にした一連の作歌は、綺想とそれでいて格調高い音律に満ちた世界が広がっている。典雅豪奢な琳派の屏風絵を観るが如し。と、これは第一章を四曲一双屏風に擬えた作者の企図に読み手が見事に嵌った、ということだろう。他にも史実の人物に材を取材った歌。ハドリアヌスを選ぶのは特に珍しくもないと思うが、徽宗皇帝を歌う着想は私には斬新かつ清新ですらあった。中国の歴史文学にさして興味がなくそちらの知識も乏しい私は遅ればせながら、この宋代の皇帝について調べたり。過去へ時間旅行すれば、いつか、どこかでデカダン皇帝の帝国の跡が発掘されるものだ。本書を読み終えて、あるいは読み返して不満を覚えるとしたら帰蝶(濃姫)を読んだ歌が美濃攻めの時間で止まってしまっていること。姫が「帰らざる蝶」となったこの先、本能寺の変まで姫の生涯を詠い継いでほしかった。いやいずれの日にかその歌の詠われることを望む。
2022.08.07
探偵小説論ではなく、精神疾患論でもなく、探偵小説において描かれた狂気について論じた一冊。学術論文の集成らしいが、作者が何を意図してこのテーマを取り上げたのか判り難い読みづらさだった。どこかで聞いたようなあるいは未知の、精神医学の知識と専門用語、既読のあるいは未読の探偵小説のネタバレを含む内容の羅列が延々。私の関心の範疇外の探偵小説が研究対象になっていることもあって、読書意欲がそそられなかった。僅かに好きな乱歩の「緑衣の鬼」の論考と式場隆三郎の人名が興味を引いた。ミステリ専門の研究家でなく、ましてや精神医学専攻の人でもなく、簡単なことを難しく論じ、面白いことをつまらなく説明する学者の弊の典型例。そんな感じ方、読み方しか出来ない。此方が誤読しているだけだと返されればそれだけだけれど。購入してまで読まれることの少ないであろう学術書(?)を刊行する国書刊行会の篤志はご立派であるが、それにしてもどんな.....と、出版社側の事情まで考え込んでしまった。
2022.04.30
文化文政時代の芝居小屋中村座で起きた怪異な現象が起きた。夜間四つ過ぎの頃、本読みのため役者六人が会していたところへ、闇に乗じて鬼が現れ、そのうちの一人を食らい、喰らった者に成り変わったという。座元中村屋は、刃傷沙汰がもとで脱疽になり、足を切断して舞台を退いた希代の名女形、田村魚之助に「鬼探し」を依頼する。魚之助宅に出入りする鳥屋藤九郎は魚之助と共に鬼探索に乗り出し、傾奇者の世界の闇に足を踏み入れていく。そして幕が開いた舞台の上でも、役者の命が狙われる事件が相次ぐ。鬼は何処に潜んでいるのか。いや役者すべてが芝居の鬼とも言えるのだが.......--------------------江戸時代の芝居小屋と遊郭を背景に、異形の存在「鬼」の跳梁と奇怪な事件が絡みいかにも魅力的なモチーフが揃っている。ところが、本文を読んでみると、擬音語擬態語を多用した文体は煩瑣で描写は冗漫。多弁を弄していながら伝わるものが少なく失望した。装飾過剰のスタイルはすっきりと粋な佇まいには程遠い。主人公のモデルがすぐに誰と知れる、ありきたりな人物設定のところへもって阿蘭陀との混血児の医師が登場ときては、取ってつけたような「女形の歯」の本歌取りで不要な人物像を盛りすぎだろう。当時の風俗を描くつもりであろう、町娘のわちゃわちゃ振りにしても鬱陶しく、不細工な小道具を数だけ並べられた白々しさあった。作者は何を創作の意図としたのか。ハッピーエンドはBL風仕立てなのか。それともミステリー要素と幻想小説の着想をコラボした時代小説はこうなるのか。江戸が時代背景であるのに今風におもねった同性愛談義が繰り広げられ、「誰が鬼か」のフーダニットは事件現場にいた六人はレッドへリングで、疑う要素が少ない人物に犯人役をふる技巧のお粗末さ、正体を見表した肝心の鬼に怪奇幻想的な凄絶さが感じられないのだから、此方は何を読みどころとすればいいのか困惑する。書割と着包みで構成された雰囲気芝居を観る如し。そんな具合で、大仰な仕掛けに付き合った果てに、作者の作為や意図を忖度する気も起きないほど作品世界に没入できず本を閉ざした。
2022.03.30
「この作品の文藻のゆたかさと、部分的ながら幻想美の高さと、その文章のみごとさと、今読んでも少しも古くならぬ現代性に驚いた。芸術的にも、谷崎潤一郎氏の中期の伝奇小説や怪奇小説を凌駕する.......」(「小説とは何か」1972年) と三島由紀夫が高く評価し、澁澤龍彦も絶賛していた本作。湖の奇城、人間の生血を絞って染める布(きぬ)、仮面の城主、蒼白で痩身の吸血鬼めいた剣士、美貌の女面打ち師、と設定が私の嗜好に嵌り過ぎている。芸術がどうのこうの、なんてどうでもよろしい。そんなことは家来どもにまかせておけ(澁澤龍彦調)ひたすらワクワクしながら読んだ。何より14歳の小姓、高坂甚太郎が登場してきて、主人公であろう武田家家臣土屋庄三郎など、これまたどうでもよろしいほどの無茶振りな活躍をしてくれるのが楽しい。その傍若無人なこと、がいっそ清々しいほどだ。いや、仮面の城主こそ主人公であった。仮面の城主とは何やら、「髑髏城の七人」のキャラ造型に影響を与えているいるような気もする。あくまで個人の感想だけど。破綻を恐れず縦横無尽に筆を運んだ作者の奇才には確かに驚嘆に値する。筆が踊りすぎて、収拾がつかなくなって中断して未完に終わったという説もあるほどに。これ石川賢が漫画化していけれど、どうやって落とし所を付けたんだろうか。その漫画を読みたい気持ちより、どなたか二次創作で続編かいてくれたらそちらこそ読みたいと妄想が湧いてくる。妄想だの二次創作だのと言っても薄い本ではなくて、才能と筆力のある作家の手になるものを読みたいです。と、念の為。
2022.02.28
収録作「闇の司」が読みたくて手にとった一冊。読む者は、鬼の伝承、ゾンビ伝説や、土俗的語り口や都市伝説を思わせる主題が、仮想現実と交感する闇に墜ちる。これが読後感ではなく、読みながら受けた印象。「幻想を言葉にするのではない、言葉が幻想なのだ」という本書の帯の文に倣うならば「恐怖を言葉にするのではない、言葉が恐怖なのだ」 と言い換えたいような文脈が縷縷綴られていた。例えば、人体解体と人体改造、生体解剖などの容赦なくも冷厳な筆致の凄さ。その凄さに耐えられる者ならこの作品世界の恐怖を堪能できるだろう。お化け屋敷を好奇心で覗くような楽しみは微塵もない。本書を読み終えて人はなぜ此処まで恐怖を描きたがるのか、という疑問にまで考えが及んだ。そこに言葉がるあるから、とは私には言い切れず、答えは見つからなかった。そして何故人は恐怖の対象を知りたがる、読みたがるのか。これは、巧い文章だが余り好みの作風ではないと感じつつも、本書を読了してしまった自分自身に対するホワイダニットである。
2022.01.13
鎌倉幕府打倒に失敗し、隠岐へ流される後醍醐天皇、お人よしで涙もろい足利尊氏、冷徹な合理主義者足利直義、好色悪逆に生きる高ノ師直、師泰兄弟……百獣横行の乱世を、綺羅をかざり、放埒狼藉をきわめ、したたかに、自在に生きぬいた、稀代の婆娑羅大名・佐々木道誉の生涯を描く、絢爛妖美の時代絵巻。という本書の宣伝文句であるが、きらびやかな修辞を凝らしたぶんたいではなく、むしろ淡々とした筆致で、婆娑羅大名と呼ばれた人物と事績を簡明に描き終えた、印象である。そんな恬然として粛々と進む、室町一代記ではあるが、義満のさては和製ヘリオガバルスと思わせるデカダン少年ぶりと、ラストの義満と鬼夜叉の男色シーンと道誉の命の終焉を重ねて、綺羅ならぬ虚無の彩りで描破する着想は、流石の風太郎スタイルと感心した。そんなところに感心するのかと呆れられようとも、私はそういう趣味嗜好なのだから仕方がない。婆娑羅の栄華も綺羅もまた虚無への供物か。そんな極私的妄念への妄言多謝。
2022.01.04
本カテゴリに相応しからぬタイトルだがとある小説投稿サイトで、今では閉鎖した二次創作サイトの作品を見つけた。私はそのサイトの存在を全く知らなかった。作者プロフィールによれば、12年間運営して2020年に閉鎖。閉鎖に当たり全作品を投稿サイトへ移したとのこと。その作品の中で検索に引っかからないために、タイトルを無題とした小説には心惹かれるものがあった。体裁はR18の官能描写ありの、娯楽作品に過ぎないが、その描写を読んでジョルジュ・バタイユのサディズムとは相手への過剰な侵犯としてのとしての暴力がであり、その希求するところは死であるとの論説を勝手に想起した。::「肉体のエロティシズムとは、相手の存在に対する侵犯でなくて何であろう。」「エロティシズムは死に向かって開かれているのだ。そして死は、個体の持続の否定に向かって開かれている。あらゆる可能事の限界に私たちを運んでいく否定を、私たちは内部の暴力なしに引き受けることができるであろうか。」 ジョルジュ・バタイユ::おお、この描き手様、巧いな、解ってるなと素直に感心し、面白く読ませていただいた。無論此方が妄念から無駄に深読みし、誤読しているに過ぎず作者がプロフィールで述べているように 「持てる限りの萌えを余さず詰め込」んだだけ、「あくまでも作者の妄想」ばかり、かもしれない。それでもいい。私もおかげさまで萌えたので。サイトにいいねを送ることもなく、チラ裏として此処に記しておくだけだけれど。ちなみにコミケで単行本として上巻・中巻まで刊行したが下巻刊行には至らなかったそうだ。200ページ余の作品なので「うすい本」ではないのかもしれないが。その「紙の本」の中にのみ、当時の熱さはリアルに存在する.....との、作者談。その紙本を手にとって見たい気もする。ああこれも妄年か。久しぶりに妄言多謝。何よりも読ませていただいて深謝。PSバタイユで検索していたら、バタイユサロンなる某公式サイトが見つかって、公式なのに何故か「同人」ジャンルのコンテンツが....うーーむ符牒があいすぎていて.....はい、これ以上深堀りすると頭のゴミ箱をひっくりけすようなものなので、本日これまで。
2021.12.29
十代のときから偏愛してやまない建石修志画伯の本。多分此の本も絶版本。図書館で借りて眺めている。新技法シリーズ という括りで、鉛筆画の描き方を指南している?とは、とても思えない、素人には入っていけない奔放いながら緊密な絵画世界が拡がっている。鉛筆画の実際 とかのお題目どおり道具を揃えて手習いしても手も足も出ません。「虚空の伽藍を描く」などというのは彼方のは到達不能域。
2021.12.22
本として上梓されたが、Webにも残っている(永遠に残っているかも知れない)「八本脚の蝶」を日記をぱらぱらめくるようにして時々覗き見たりしている。愛読しているドイツ幻想文学翻訳家のブログに二階堂奥歯のコメントが書き込まれていたのを発見したのが此の方に関心を持ったきっかけ。2003年3月14日付けのそのコメントは、17歳で自殺した少女の日記への言及だったのを読んで、ああやっぱり、と思わざるを得ない。他者の死を語った人がやがて自己の死を迎えた。翻訳家の方はコメントへの返信の中に、中村真一郎の「深夜の散歩」のクレイグ・ライスへの書評を引用して応えている。「我等の人生は推理小説のなかほどではなくても、色々な面倒なことが次々と起こってくるのだから、その面倒を左に避け右に避けして生きていくのは、随分心身の疲れることだし、たとえ避け損なって死ぬという目に遭わなくても、しまいには避けること自体で参ってしまうということにもなる」クレイグ・ライスも自殺未遂から生き延びた後、自殺とも事故死とも、あるいは他殺さえ疑われる奇妙な死を遂げて早世した。17歳、25歳、49歳の彼女たちのそれぞれの死にどんなシンクロニティ、何らかのメタファがその遺作から読み取れるのか。などという雑念は抜きにして、ライスのミステリーは近々読んでみることにしよう。リアルな死の謎は暗号解読風にこねくれば捏ねくるほど、藪の中で迷走し抜けられなくなるゆえ。先日のとあるSF作家の自殺らしき死が取り沙汰されているが、此方には今これと言って述べる言葉はない。物言えば、検索に引っかかり、アクセス数が増えるのかもしれないが。言葉もないままに此方は生きているのだが、死人に口無し、死者は語れない。生者も死者も語らなければ等しくなる?
2021.12.16
横尾忠則氏が愛した飼い猫「タマ」の肖像と彼女に寄せた言葉、ことば、ことば。タマという名から,勝手に三毛猫をイメージしていたが、灰と白のツートーンの毛色だった。リモコンでお尻を叩かれるが好きだった、ってどういう趣味の猫よ?やはりゲージツカの猫はどこか違うわ。そのリモコンとタマが一緒に描かれている絵が私はお気に入り。在りし日のタマの面影。昨日に引き続き今日もネコネタ"(=^・^=)寒くなってくると、横尾氏の言う 猫恋しい、からかしら。
2021.11.16
個人集成による比較神話学シリーズの一冊。学生時代にはかなり比較神話学とか文化人類学だの民俗学にはまった。篠田知和基氏という著者には本シリーズではじめてお世話になるわけだが、久しぶりにこのジャンルの本を読んだところ、鳥類神話特化とのことで高橋宏幸の名前が取り上げられていたので、既読の身には嬉しくなる。大林太良や吉田敦彦は本書ではスルーだけど、まあ気にしない。それよりクロード・ゲニュベという新しい民俗学者の名を本書で教えてもらえたので、其の人物の著書を読んでみたい。そのまえにこの著者によるこのシリーズを、通読して予習復習をしてからか。全冊読んでも胃もたれしない、読みやすさそれに掲載している神話の挿絵やその他写真、画像のチョイスがセンス良し。早速クロード・ゲニュベという民俗学者について調べてみ「たが、デユメジルほど此の国に知られている学者ではないらしく、翻訳書は一冊のみ?「神話・象徴・言語」 樂瑯書院それも絶版。
2021.11.13
図書館にあった「最強の睡眠」という本を読んでみた。睡眠負債、体内時計、セロトニンだの、よく聞く用語、当たり前に知られてい知識が羅列されていた。それでー、最重要な最強の睡眠を得る方法も、これまでもよく知られた在り来たりな方法を守ることが説かれているだけだった。だからー、当たり前に決まった時間に寝て起きる、が守れないから地球上の人類のどれだけだかが最悪の睡眠障害で最低の体調に悩んでいるんでしょう。睡眠負債は自転車操業でループするばかりで、返済されず完済はありえない、かと言ってこればかりは自己破産宣告も出来ないのだから始末が悪い。ウソは書いていないけど、毒にも薬にもならない本ではあったが、読んでいて退屈して眠くなることもなく、睡眠薬や子守唄代わりの効果すらなかった。今更この手の本を刊行する出版社意図は計りかねるが、著者は蒲団の西川の関係者だった....だからってのは語るに落ちるにもほどがある。此の本読んで不眠症の人が例の会社の寝具買うとも思えないなあ。因みにお題の本家ヒルティ著「眠られぬ夜のために」をタイトル通り「ためになる本」のつもりで小学生のとき読んだときには ( ゚д゚)ハッ???ポカーンこんな思考や信条(心情や身上もだけど)が自己のためや他者のためになるとする頭の構造がただひたすら理解不能だった。
2021.11.02
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白土三平が10月8日亡くなっていた。作画担当の弟岡本鉄二氏も4日遅れて12日に、去り行く人の列に入ったとのこと。「カムイ伝」は未完となった。「カムイ外伝」も。小学生の時「カムイ外伝」は面白く読み、「サスケ」は全篇読破。「サスケ」の最終回の悲惨(悲劇ではなくあくまで悲惨)、あれを少年漫画で描ける奇才(鬼才というべきか)は子供心に突き刺さった記憶がある。本家「カムイ伝」は難解で重厚長大ゆえ大人になってからもよむのを敬遠していたのだが。「カムイ外伝」も2部は未読。調べたところ図書館に「カムイ伝」を当たり前に蔵書していた。漫画史上の必読書、ロングセラーだからとでも言わんばかりに。改めて読んでみようかと思う。14時30分過ぎにネットにつながらない状態が30分以上続いた。自己解決を諦めて、カスタマサポートに連絡しようとしたところで復旧。auひかりも、biglobeプロバイダも障害情報はなし。いつものように原因不明、ネットの七不思議に終わった。
2021.10.27
日記の中で日記について記述するという自己言及的な語り、なーんてことではなく、横尾忠則の本についてチラ裏。天才美術家の日記のはずが見た夢の話、飼い猫とその死について、有名人過ぎるご近所さん(映画監督とか俳優とか)とのお付き合い、持病のことだとか創作についての記録よりそんなエピソードがいっぱい。創造を超える想像力によって語られる作者の日常言語能力に感心させられ、この人の描く絵画以上に、言語に関心を誘われた。ちなみに自宅にやってくる野良猫をクロタマって名で呼んでいるそうだけど、私の飼っていた黒猫と同じ名前だわ。と、自分勝手にシンクロニティを感じたりする嬉しさも手伝って、他の著作も読んでみたくなった。もちろん日記の続きも読んでいくつもり。(未完で現在進行中、絶賛連載中?)Windowsの更新をしたらまたPCがおかしくなった。3回も起動し直して正常化。ネットに繋がるのも異様に遅くて、おかげでこの日記を書き終えるのにも時間が罹ってしまった。
2021.10.15
夜10時過ぎ、東京23区で震度5の地震があった日に幻想小説のチラ裏をupしてみる。「ボートの三人男」が有名なばかりでその他の作品は知られていなかったジェローム・K・ジェロームの幻想短編集。此の度、敬愛する翻訳家の訳文で本邦初訳の作品群を読むことが出来た。短篇、中篇取り混ぜて、ケルト風の幻想だったり、SF風味だったりテーマはとりどり、作風も様々なバラエティ豊かなセレクト。辛辣も滑稽も悲嘆も美しさも怪奇も、全てがこの1冊に集められている。収録作品食後の夜話/ダンスのお相手/骸骨/ディック・ダンカーマンの猫/蛇/ウィブリイの霊/新ユートピア/人生の教え/海の都/チャールズとミヴァンウェイの話/牧場小屋の女/人影/二本杉の館/四階に来た男/ニコラス・スナイダーズの魂、あるいはザンダムの守銭奴/奏でのフィドル/ブルターニュのマルヴィーナ個人的にはディック・ダンカーマンの猫牧場小屋の女二本杉の館奏でのフィドルブルターニュのマルヴィーナがお気に入り。巻末に訳者の詳細な解説があり、「ボートの三人男」しか読んだことがなかった私には読み応えがあった。残念なのは製本がページが開きにくい綴じ方であること。装丁挿絵ともセンスの良い造本なのにこの点が惜しい。現在、わが猫町区で250軒停電中だとか。 ↓TBSPNEWS東京電力によると現在、およそ250軒で停電が発生しているということです。戸塚町1丁目で約190軒、馬場下町で約40軒、早稲田鶴巻町で約20軒などとなっています。戸塚町1丁目とはこれほど近場が闇なのに、井戸の底の陋屋は何故か無事。
2021.10.07
山口雅也総指揮とのお触れ書きに惹かれて読んだが、作品解題は今更な既読感がありそれほど楽しめなかった。トリビュート小説集の、コロンボの知られざる事件を描いたパスティーシュ集は面白く読んだ。特に「殺意のワイン」は「別れのワイン」の本歌取りが効いている。日本を舞台に翻案して、ミステリドラマのストーリーに良さそうな感じ。ただし、いつも言ってるように、良いシナリオで名優、名演出であることが映像化の条件。ナントカのコロンボとかいう、もどきめいたお粗末な思いつきのドラマは視る気がしない。話がそれてさらに面白くなくなったのでこれまでで、妄言おわり。
2021.06.13
医者に頼らなくてもサプリメントには頼らなければならない内容なので、タイトルから勘違いしないよう要注意。自分が取っているサプリメントの見直しのために読んでみて、治療の基本はホエイプロテインとキレート鉄の摂取であり、この二つをはずしてその他のサプリメントをとっても効果が期待できないという記述に考えさせられた。私はこれまで尿素窒素の既存の標準値8-20を充たしているから、充分足りていると思っていた。ただ総蛋白が若干下回ることがあるのは、気になってはいた。此の点をいつもお世話になっている消化器科のドクターも気に留めていて、栄養の不足分はサプリメントで賄うことを否定しなかった(アメリカ留学の経験のあるドクター)プロテインを摂らなくなって久しいし、鉄剤については考えもせずにいた。それから鉄とビタミンEを一緒にむと吸収を阻害するとか、カフェインもダメとか意外な盲点だった。藤川理論の根幹をなす三石巌の分子栄養学を否定する人には意味のない内容かもしれないけれど、摂って悪いものではなし、プロテインと鉄剤を摂ることにした。ところで分子栄養学を否定する医師の意見をWEBで見かけたが、反論があって然るべしなので、医師ではなく、ベタに分子生物学者や生化学者の反論や否定論があれば知りたい。専門家はアホらしくてこんな理論相手にせん!!!とでも言われたら身も蓋もないが。
2021.06.03
2020年の「鰯売恋曳網」以来歌舞伎座を遠く離れていて、観たい演目のチケットは取り逃がすという無聊を慰めるがごとく、ずばり歌舞伎座を舞台にしたミステリーを読んでみた。「仮名手本忠臣蔵」上演中に起きた毒殺事件。フーダニットが、ホワイダニットが、ハウダニットがどーだらこーだらは後日のお苦しみにして読んでいて、ロジカルな推理云々のお題目よりも何気に作中で引用された八重垣姫の台詞が刺さった。「翅がほしい 羽がほしい 飛んで行きたい」ああ「本朝廿四孝」は玉三郎の八重垣姫で観たい。玉三郎が最後に演ったのは2008年、そのよりさらに20年前は.....遠い、遠のいていくばかりの過去。脳内の妄想劇場から過去の客席に時空を超えて飛んでいけたら。
2021.05.15
事実は、いや事件は小説より奇なり。死因は解剖してみないと判らない。一般にもよく知られているトリカブト保険金殺人や、幼女連続誘拐殺人、井の頭公園バラバラ殺人といった「怪事件」や迷宮入り事件のへの考察は、本格ミステリー以上の名推理とも読める。名推理より名監察と名鑑定こそ事件を解決に導く明察であるなどと。殺人のみならず、DVや児童虐待の案件についても語られているが、刑事事件とは違ってプライベートな事案なので余り詳細に触れず終わってるのが残念だっが、そしてそれら事件への筆者の平明な語り口からは死への畏怖と、生命への畏敬が読み取れた。上野正彦氏の著書と同じくらい、多くの佐藤喜宣氏による法医学書が出版されることを望む。*カテゴリ分けで Scientia にするかどうか迷ったが医学は自然科学ではないという考え方があるのでそちらにするのはやめたおいたし、著者もたぶん此の本を自然科学書として書いてはいないだろう。
2021.05.12
美しい文章。といっても此の国の美文調と言われる迂遠な表現をだらだら書き連ねる長文スタイルではなく、簡明で、すっきりした語感が読んでいて心地良い。ひとえに適切な訳文によるのだろう。さらに面妖な異界異譚ではなく、神話や伝承を典拠とした話の数々は、幻想小説愛好家でなくても楽しめそうだ。作者のマビノーギオンに材をとった長編『the fates of the princes of dyefed』と「book of the three DRAGONS」の2篇がいつか完訳されることを望む。翻訳者は中野善夫氏で。本篇への、いや造本への不満がひとつ。ダフォディルとは喇叭水仙のことなのに、なぜだか装画には薔薇の花。薔薇のモチーフを多く描く画家だから止む終えないとはいわず、そこのところは描き下ろし挿絵を注文するとかしてほしかった。本のタイトルや主題、内容のイメージ喚起につながる製本を望む。と、個人の趣味嗜好に過ぎないけど。イメージ不足を自家発電で補う.....つもりで喇叭水仙らしきものを描いてみてもそうはうまく行かない。
2021.05.04
既にミステリーヲタだった子供時代、視聴して倒叙物の面白さを知らされたドラマ。「刑事コロンボ」のガイドブック。イラスト入りで入門編として読みやすいだけでなく、執筆陣が充実、駄作は駄作、ここが駄目と明確に論じているので、視聴する際の参考になる。未視聴のエピソードがあるので気になったエピソード、視聴したい話を記録しておく。構想の死角二枚のドガの絵黒のエチュードロンドンの傘偶像のレクイエム溶ける糸断たれた音二つの顔別れのワイン愛情の計算権力の墓穴自縛の紐歌声の消えた海ビデオテープの証言5時30分の目撃者殺しの序曲策謀の結末このドラマ見ごたえだけでなく、往年の名優(名声優)が吹き替えを担当しているので聴き応えも十分。岸田今日子と高橋昌也のW犯人役なんて、まさに夢の饗宴、じゃない共演だわ。新シリーズ含めて65話だから全話見てもそんなに時間を要しない。日本の20年続くTVドラマのように何百話だの、無駄にエピソード数が多くない。良作連続ドラマを生むには、量より質で勝負ってことか。どうでもいいことだけど、「ドッグ」という名のコロンボの愛犬の迷犬?ぶりが萌える🐶DVDで再会したい♪
2021.04.13
朝から土砂降りの雨で巣ごもりを余儀なくされている。手元のミステリー本はほぼ読み尽くし、図書館に予約分が届いているのだが出かけられない。読了分のチラ裏に手を入れる気も起こらないし、ミステリーのお勉強は雨降りでも進まない。そうも言ってられないので、小止みなったところで図書館へGo。2冊借りて図書館を出るころまた降りが激しくなった。おかげで服がびしょ濡れ(><)借りたのは此方。「刑事コロンボ完全事件ファイル」「シンポ教授の生活とミステリー」コロンボものに関しては2020年に山口雅也総指揮で出ている「刑事コロンボの帰還」もいずれ読みたい。それにテレビドラマの名作回の映像の見直しもしたいな。
2021.03.21
クリスマスが終わって、冬休みの間に「マニュエル伝 3巻」の「イヴのことを少し」と「ジャーゲン」を読むことを企てたもののなかなか、いや、少しも読書がはかどっていない。幻想文学の幻の古典といっても名作、傑作ならず奇作、珍本の類いであることは明らかな本書、よくも刊行してくださいました国書刊行会様。(幻想文学の幻の古典、てfrauleinneinの言葉からしてヘンだけど、と自分で突っ込んでおく)そして理系専科の領域から幻想界隈へと審判して翻訳業を行ってくださる翻訳者の御二方にはいつも多謝。にしてもこの小説「フィネガンズ・ウェイク」なみに訳者泣かせだったんでない?だったら、読み手も文脈から作者の意図を深堀りしようとか、引用の出典をたずねようと訳注を探ったりで、さくさく読みすすめられないのもむべなるかな。
2021.01.02
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三島由紀夫が賛辞を送った「悲しき女王」の翻訳者、松村みね子の別名義での珠玉の翻訳の数々が集まっている.....のだろうが、私は悲しき女王を読んだときのような胸が震えるような心地、文体から目眩く幻像浮かび上がってくるような感覚がこの書籍からは得られなかった。多分、翻訳の対象になっている作品群は此方の嗜好から微妙に外れているせいかと思われる。あるいはイェイツ、ロレンスあたりの訳なら他にも優れたものを目にすることがあるからか.......比較すべきではないのだろうけれど。気になったのは「火の後に」という気の利いたタイトルを命名したのは誰かということ。 その火の中に主はおられなかった。火の後に、かすかにささやく声があった。 ( 列王記 )
2020.12.11
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藤沢周平による江戸が舞台の捕物小説。推理小説としてトリックがロジックがどうこうという内容ではないが、市井で起きた殺人事件を淡々と、しかし随所にサスペンス絡めながら、かつくどくならない程に江戸情緒を感じさせて読ませるのはこの作者ならではの技量だと思う。本編以上に上手いと思えたのは関川夏央による、ハードボイルド とは何かを、江戸情緒がハードボイルドとは相容れないのではないかという作者の懸念に答えるように、ずばり言い当てている卓見の解説だった。誤解を恐れず要約するとハードボイルドとは、人生の苦さを知る人物を描くもので、非常なキャラクターを主人公にした超人小説ではない。それより何より、ハードボイルドは大都市の小説である。江戸こそ封建制が生み出した近世まれに見る世界的大都市であり、都市があれば犯罪がある。大都市とは見知らぬ者同士の集合体であり、探偵役は見ず知らずの人物に接触し事件の手がかりを探す。その過程がハードボイルド小説の骨格となる。なるほど、大都市ごとにその都市の特性を生かしたハードボイルド小説が誕生しても不思議はないと妙に納得して「男は強くなければ生きていかれない、優しくなければ生きていく資格がない」この有名過ぎる言葉をすぐ思い浮かべた。.もと岡っ引きで今は彫師、訳ありの過去を持つ主人公伊之助はまさにそんな人物として造型されている。もう一つの藤沢捕物帖「風の果て」も読んでみたいと思ったが、何より久しぶりでロス・マクドナルドが読みたくなった。この秋はリュウ・アーチャーやコンチネンタル・オプに再会したい。フィリップ・マーロウも忘れずに。そんな気分になった。
2020.10.18