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鎌倉日記(極上生活のすすめ)

新ビジネス構築論

 横断歩道を渡ろうとしたら、ふいに、声をかけられた。
別に、相手は小柄な普通のおじさん。
「どこまででですか・・」
私はタクシー乗り場に向かうところだった。
私が自宅の住所を言うと、
「千五百円でどう。」
どうやら、もぐりで、送迎をやっている様子。
怪しいと思いながらも、おもしろそうなので、乗ってみることにした。
 相手は、「どう。」と言いながらガムをだす。
時折、ふいにガムをくれる人がいるが、あれは、なんなんだろう。私は、受け取って口にいれる。
 私の家の方向には、馴染みのお爺さん(70代の人)が、いるらしく、ひとしきり、その人について話をする。
 私はこうやって、初対面の人を安心させるのか、と、興味深く分析していた。
「変わったことやってますね。」

「おもしろいですよ。いつか、本にしようかと、思って。」
 
「でも、これって、おまわりさんに怒られない。」

「大丈夫ですよ。」

「ヤクザには、少し払ってますけど。」

「ほかにやっている人いるの。」

「4人ぐらい、いますよ。」

「昼間は何してるの。」

「いちおう、プロのドライバーです。」

「でも、知らない人乗せるの怖くない。」

「まあ、鎌倉なら、東京と違うし・・。殺されることも、ないでしょう。」

「そうなんだ。」
 
 ハワイでも、ダイヤモンドヘッドのあたりで、似た商売をしている男の車に乗ったことがある。バス待ちの人に次々声をかけて、ミニバンに乗せていた。
 同じ乗り合わせた日本人がチップを心配しているのが、おかしかった。
 アジアでは、国境越えや、奥地に入りたいとき、こんな車に乗ることは、よくあった。
 でも、日本でもこんな商売がはやりはじめているのか。
これは、便利屋の一部とすれば、合法的な商売が、可能になるのではないかと、ふと、思った。

         *       *

 ニッチで、ふしぎな商売をみかけたが、このところ、珍奇なビジネス?が都会で見かける。
 ひとつは、「聞き屋」。このひとは、渋谷にいるのだが、通りすがりの人の話をただきくのだ。お金はとっていない。
とおまきに見ていたが、彼は、ただひたすら、頷いていた。
人間というのは、ただ、誰かに話しをしたいということが、あるのかもしれない。
「読み屋」というのもいた。本、漫画をならべて、読んであげるのだ。これは、お金をとっていたが、あまり、商売にはなっていないようだった。
 彼らのような、ビジネス(無償の人もいるが)がなりたつところが、おもしろい。
 そういえば、インドやネパールでは、体重計を置いて、体重をはかるだけで、商売にしている人がいた。
 ビジネスはその国の大衆がなにを求めているかで、なりたっていくものなのだろう。

 レンタルボックスというのがある。棚が30センチ四方の四角いボックスに区分されている。店中にいくつものそんなボックスがある。借りた人は、そこで、手作りのビーズの飾りや、読まなくなった本、服、小物を売っている。
 
 一坪ショップというのもある。大きさが、一坪に変わっただけで、そこでは、借りた人がハンガーや棚を、持ち込み、
いらなくなった服や電化製品、玩具などを、売っている。

 どちらも、値段をふって置いておくだけで、店にいる必要はない。店をはじめるのに、敷金も礼金も必要ない。店員は、金額と店の番号をレジにうちこむ。
 売れた金額は、月でまとめて、受け取る。

 私は、どちらも、経験したが気軽に収入を得ることができた。余ったコレクター物は、けっこう、いい値段にもなった。大掛かりにやれば、これだけでも生活できそうだった。

 ここではいくつかのことがわかる。
 まず、今は物が溢れた時代なのだ。誰も飢えてはいない。素人もプロも関係ない。興味のあるもの、廉価なもの、希少性のあるものだけが優先される。
 そして、商品の移動が企業から人ではなく、人から人に移っている。個人と個人。これは、ネットオークションでも、同じ現象が起きている。
 この現象は、さらに加速されるに違いない。

 企業のリストラが話題になっているが、いまは、金はあっても、欲しい物がない時代のだ。物に対する価値観の変化、組織に対するヒエラルキーが変化が根底にあるのではないかと、私は思っているのだ。
       
        *       *

 レンタルボックスと1坪ショップについて、書いた。

 これらは、小売がだめになり、歯の抜けたように生まれたデパートや商店街の空きスペースから、誕生した。
 
 スペースについて、考えるとおもしろいことがわかる。バブルがはじけて都会の空いた土地には、ビルが建つ変わりにコインパーキングがつぎつぎと生まれている。

 空き地に輸送コンテナをならべて、それを個人の倉庫がわり、使えるような商売もある。部屋に溢れた物を、捨てきれず収納に使う個人や、商売の人が倉庫がわりに使っているようだ。どちらも結構、繁盛している。
 
 東京のビルの空きテナントには、部屋を細かく区切り、一人用のオフィスを作っているところもある。個人のベンチャーが生まれていることが背景にある。
 ロッカーをいくつも並べ、女装趣味の人たちに、貸しだしているところもある。
 家に女性の服をもってかえれない彼らの心理を、うまくついたものだ。

 空いたスペースが何を生み出すか。すべては、需要と供給で生まれては消えていくのだが。
 ちょっと、おもしろい。
    
         *          *

 電車で隣りに座っている人が、携帯電話を覗きこんでいた。よく、見ると、そこはテレビになっている。きょうの新聞によると、地上デジタル放送も来年には、見られるそうだ。
 デジタルカメラを新しく買おうとしたら、友人から、携帯電話でも同じきれいな画像が撮れるといわれた。

 
 私は携帯電話は、もたない主義だったので、その進化にあらためて驚いた。携帯電話は、電話として話しをすることは
一部の機能にすぎなくなっていた。むしろ、情報端末のツールになっていたのだ。

 携帯電話の着メロと広告をあわせたビジネスで、月商(年商ではない)4000万稼ぐ若者がいる。高層マンションに住み、サラリーマンの生涯賃金を半年で稼ぎだしてしまっている。

 彼は、携帯電話をつくったわけではない。テクノロジーが開発されたあとのコンテンツ、興味あるソフトを組み合わせただけだ。

 絵画の世界で、ルノアールたち印象派の画家がいる。
ルノアールらは、光の芸術と呼ばれ、新しい美術を生んだ。
しかし、その背景には、チューブ絵の具の開発がある。それまでは、画家は宮廷画家で、外にでることはなかった。
 ビートルズが新しいサウンドを生んだ。爆発的なヒットをした。そのとき、ドーナツ版のレコードの大量生産が技術としての可能になっていた。
 
 印象派の画家も、ビートルズもその芸術はすばらしい。
しかし、どちらも、テクノロジーの開発が背景に存在する。
入れ物としてのテクノロジーの進化は、中身としてのソフトを求める。
 ソフトの大衆化ばかり、目がいくが、常に、新しいテクノロジーの発生と経済の存在がある。

 新しい成功者。新しい芸術家。新しい実業家。それは、新しいテクノロジーの開発が行われたとき、それを、うまく解釈するソフトを、いちはやく見つけ出し、巧みに表現したものなのだと思う。

 







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