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  横浜の税理士佐藤亜津子の「中小企業が元気であるために!」

私の「税理士史」その3

  私の「税理士史」その2からの続きです
  

  5.試験合格その後。

  勤務していた会計事務所は先生と私の2人。
  試験に合格したから、といって何かが変化するわけでもなく
  仕事内容自体には変化はありません。

  先生の「黒子」として会計処理、申告書作成、書類作成
  をしていました。

  当時の勤務先は池袋だったので仕事量が増えるに従い通勤が辛くなってきました。
  駅までの道を寝ながら(?)走り
  山手線で品川から座れたは良いけれどそのまま巣鴨、という日もありました。
  
  そんな生活に限界を感じ親元を離れ日吉に引越しました。
  「なんだかよく分からないけれど、忙しい」
  そんな日々でした。
   
  ただし周りの反応は違います。
  「税理士試験合格したんだって?」
  「こんな場合はどうなるの?」
  知らないことだらけです。

  「分かりません」とは言えません。
  「先生」になったのですから。
  必死に勉強しました。

  勉強していく中でようやく「先生」である自覚が出てきます。
  
  そうすると今まではあまり考えなかったこと
  「私ならこうするのに」と思うことが増えてきます。

  「黒子」としては失格です。
  こうなってはあとは自分でやるしかありません。
  
  先生もうすうすは感じていたのでしょう。
  どちらともなく「どうするの?」「そろそろ自分でやろうと思います」
  平成14年1月、いよいよ独立することになりました。


  6.独立した、はいいけれど。

  平成14年2月。これが開業した時です。
  当初は年1回決算での関与先が1件。ここからです。

  無謀にも独立した当初から
  この業界では「高い」で有名な某社の専用機を入れていました。
  退職が決まったらしっかり「営業」されてしまい
  リ-ス総額200万円のものを3日で決めてしまいました。

  さぁどうするか。

  「良い仕事をすればお客さんはあとからついてくる」
  営業しよう、という発想はありません。

  しかしながら生活はしなければいけません。
  「どうせ仕事するなら役に立つものを」
  会計事務所しか勤務していなかった私は会社の経理をしたことがありません。
  そこで派遣会社に登録して会社のいち経理をすることにしました。

  そこの会社は資金繰りがものすごく悪く
  一番の仕事は支払先に対する「お詫びの電話」
  支払サイトはあってないようなもの。
  お金が入ってきたら、うるさい先から支払う。
  それでも足りず督促電話の嵐。

  「○日には払います」と話してもそれができず
  「今日中に持ってきて下さい」と言われ
  自分の貯金を取り崩して持って行ったこともあります。
  (もちろん返してもらいましたよ)
  持って行った先で「早く辞めた方がいいよ」なんて言われ・・・。 

  会計事務所は月1回「経営会議」には参加。
  いち経理の私にとっては意味のないような気がしてしまいます。
  
  会計デ-タの入力なんてやってる場合ではありません。

  以前からずっと思っていました。
  「領収書整理して会計デ-タ入力。なぜこれができないのだろう」
  ここの仕事をして初めてその答えが理解できました。

  そんな中、なんと妊娠発覚!
  臨月前まで終電に乗って帰る日々。
  1人目の妊婦生活はストレスの多い生活でした。

                                     私の「税理士史」その4に続く



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