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テーマ:心の中の記憶(28)
カテゴリ:思い出のU.S.A
17歳の夏…横須賀『どぶ板通り』
(横須賀の米軍基地のゲートの前にある通り、あの頃は米軍兵相手のバーが立ち並んでいた。今では数軒を残すのみとなり、あの頃の『どぶ板通り』の面影はほとんどない) ベトナム戦争が終わって約4ヶ月…。 『どぶ板通り』の異様な雰囲気が少し薄らいで来た頃。 友達とふたりで汐入方面へ歩いていた… 友達がオイラに声をかけた… 「将来さぁ…。何になろうと思ってる?」 「将来…? …出来れば…音楽やりたいなぁ…」 とオイラ。 「音楽って…ミュージシャンになる?」 と友達。 「ん…。うん…なりたいよねー! でも…ギターもベースも、まだ下手だしなぁー」 とオイラ。 「そっかー…いいなぁー! 練習してさ…夢かなえろよ! バンド組んでるし、詩も曲も書いてるじゃん。頑張ればなれるよ…だから夢かなえろよ!」 友達のこの一言が嬉しかった。 「おまえは何になる?」 とオイラが聞いた。 「俺? …俺はさぁ…車好きだし、18になったら免許とって、車をいじりたいなぁ… 整備工になりたいんだよね…」 と友達が呟いた。 「整備工か…いいかもね。機械とかいじるの好きだもんね。家のスイカ畑はやらなくていいの?」 とオイラが聞いた。 彼の家は、三浦スイカを作っている。 夏に彼の家に行くと…いびつなスイカを何個もくれる。 「スイカ畑は、兄貴がやるか…親の代で終わりかな…。俺…やっぱ車をいじりたいんだよね」 と友達が何かふっ切れたように答えた。 「俺…ボブ・ディランが好きじゃん…だからさ…アメリカに行きたいんだ…行ってさ住んでみたいんだけど…出来るかな?」 と独り言のように呟いた。 「えっ!アメリカに行くの?……んん…行けるんじゃないかな…だってさ、アメリカ人だって日本に住んでるじゃん…頑張れば行けるよ」 何を言っても前向きな答えが帰ってくる親友。 彼の言葉で17歳のオイラに目標が出来た。 「俺は、絶対にアメリカに行って住む!…そして頑張ってアメリカでミュージシャンになるんだ。ボブ・ディランに会いに行く」 …夢あふれる夏だった。 あとひと月で23歳になろうとしていた22歳の2月29日、成田からL.Aへと飛び立った。 あの時の友達は、18歳で車の免許をとり、19歳の時に大きな事故を起こし…片目を失った。それから、しばらくして念願だった自動車の整備工になった。 オイラが22歳になって数ヶ月がたった秋から冬。 結婚しようかアメリカに行こうか…迷いに迷った。 好きな彼女を選ぶか… 夢だったアメリカを選ぶか… 「若い時に行ってきなさい…若い時の感動は一生を左右するよ。だから今、行ってきなさい…後悔したくないでしょ?」 …とある先輩が言った。 「ずーと行きたかったのはわかってる。私と結婚しても、あなたの心にアメリカが残っているなら…私は辛いよ。後悔してほしくないから、行ってきて…待ってるから…」 彼女が言った。 涙が出た。 胸が締め付けられて…熱くなった。 涙が止まらなかった…。 思い出のU.S.A #2『LosAngeles 上空』 応援してね。シェフの落書きノート 日記、記事の目次 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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