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テーマ:心の中の記憶(28)
カテゴリ:心の中の記憶
「シェフ!…シェフ!…」
「ん?」 「1番テーブルのお客様が…」 「え?どうしたの?」 「あの~ ……女性のお客様が泣いてしまっていて…」 「え!?」 ディナータイムの店内は、満席…。 ピークに達していた…。 1番テーブルには、毎週1度は訪れてくれている常連様のカップルが、コース料理を召し上がっていた。 メイン料理は、すでに出ていた。 『マジかぁ…!困ったな…』 アクシデント発生…緊急な対処が必要…。 半オープンのキッチンからは、客室の空気が僅かながら読みとれる。 周りのお客様がそれに気付き…。 ぎこちない雰囲気が伝わってくる。 てんやわんやの状態…。 頭の中で注文を頂いているオーダーの段取りを組みかえる。 時間の余裕を作るためにカポナータを皿に少量づつ全テーブルの数だけ盛り付けて… 「もうすぐ料理がきますので、ちょっとこちらを召し上がっていてくださいね」 …とサービスに声をかけるよう指示をして時間をかせいだ。 1番テーブルのメイン料理の次はデザート… 食べ終わったようだが… まだ喧嘩をしているという…。 女性は泣き止んでいないようだ…。 予定のデザートを変更…いつもは作らないものに! とっさに閃いた組み合わせを皿に盛り付けソースを流し飾り付けをする。 1番テーブルのメインのお皿をさげるように指示をして… デザートは、僕が持っていくことに…。 その頃、僕が直接サービスすることはあまりなかった。 デザートを持って1番テーブルに行くと、ふたりは僕が来た事で少し緊張した面持ちになった…女性は顔を見せないようにうつむいている。 何度もお見えになっていたのだが… いつも僕とは挨拶くらいしか交わしたことがなかった。 ふたりには…怖いシェフとしか印象がないのも無理はないよな…。 笑顔なんて見せた事も余りなかっただろうし… キッチンで料理を作っている時とのギャップに大抵のお客様は驚くから…。 「いつも、いらして頂いて有難うございます。今日は、ちょっと特別なデザートを作ってみましたので…女性に…」 そう言って… チョコレート風味のウフ・アラネージュに自家製の苺のシャーベットを詰めてソース・アングレーズを添えたデザートを…。 ふたりの顔は緊張した面持ちから驚きへ… 「いつものデザートにアレンジを加えたものを男性に…」 男性には、その日のデザートを少量ずつ盛り付けちょっと飾りを派手にしたものを…。 「ふたりで突っつきあって食べてみてくださいね。きっと…もっと美味しくなると思いますから…」 ふたりの表情は、笑顔に変わった。 次の日… ディナーが始まってまもなく…。 昨日のふたりが訪れた。 まだ忙しい時間にはなっていなかった。 「昨日は、本当にありがとうございました。これ…もし良かったら、お店に飾ってください。昨日のデザートは忘れられない味でした」 そう言って… 小さな小さな真っ白い花が細い枝に無数に咲きほころんでいる… 大きな霞草の花束を差し出した。 「まあ…。綺麗! 気を使わなくても宜しいのに…。どうもありがとうございます」 店の奥さんが満面の笑顔でそう言って、霞草の花束を受け取った。 「わざわざ、遠くまで…どうもありがとうございます。今、美味しいのを何か作りますから食べていってくださいね」 僕は、そう言ってディナーフロアへお通しするよう促した。 「はい。今日もよろしくお願いします」 ふたりは、終始なごやかに過ごされて帰られた。 それから何度かご来店して頂いた…ある日。 レジで会計をなさった後、半オープンのキッチンの前で彼女が… 「私達ふたりで、ここにお食事に来ることは、今日が最後なんです。今度からは、別々に来ることになると思いますが…。これからも宜しくお願いします」 「えっー! そんな…。本当ですか?」 いきなりの別れの宣言に驚いたのと同時に複雑な心境になった。 「えぇ…。本当です。たぶん別々に他の人と来ることになると思います。でも…たぶん僕のほうが沢山くると思いますので…宜しくお願いします」 彼がそう呟くと…。 「私の方が沢山来るわよ。もし万が一ここで一緒になったら先に来たほうがディナーフロア…。後に来たほうがティーフロアに通してもらいましょうよ」 笑って彼女が答えた。 なんか…なぁ…。 複雑だよ…オイラ。 結婚が間近だと思っていただけに…。 そしてそれが本当に最後のふたりでの来店だった。 やがてふたりは、それぞれに別の人とご結婚なされた。 来店する回数は、彼女の方が多かったが、ふたりが店で顔をあわせることはなかった。 飲食店での仕事は、きつい事が多いかもしれない… 労働時間も長かったりと…。 ただ、そこに生まれるドラマやお客様との出会いは格別のものがある。 新しい出会いもドラマも含めて… そんな思い出がいつまでも心に残り… 常に僕を支えてくれている。 そして今でも… 慎ましく無数に咲いている真っ白な霞草を見かけると… ふたりを思い出す。 追記 このレストランは、このブログに何度か登場している葉山のお店。 (「ごちそうさま」「ありがとう」 、 ペスカトーレ) ここでのご常連様は、僕が他のお店に移っても訪ねてきてくださった方が多い。 このおふたりも例外ではなく、ご両親やお子様を連れて遊びに来てくれた。 アウラの体制がもう少し整った時には、ご連絡を差し上げてご招待したいと思う…。 一期一会 僕は、まだ、すべてのお客様に成せていないなぁ…きっと。 良い言葉だけに難しい…。 一期一会 (〔茶の湯で〕すべての客を、一生に一度しか出会いの無いものとして、悔いの無いようにもてなせ、という教え) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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