カテゴリ:ノンフィクション
アマゾンへ行く 第一章 田園都市という名のユートピア □ 経営責任の所在をひとりに絞ることで、頓挫しかけていた事業の継続を図ろうとした。 □ 僕が毎月上京して役員会で方針を定めて行くが、さっぱり実行できない。実行力のある人を役員に入れて貰わねば、せっかく毎月来ても何にもならぬ。 □ 損して得をとれ。それがギブ・アンド・テークというものだ。 □ これが小さすぎるほど乗客が増えたら、そのとき大きな電車を作れば良い。無駄のように見えてもそれが健全な経営なのだ。 □ どんな利口な人でも、社会があるから成功することができるのだ。だから成功したら社会に恩返しするのは当然。 □ 理想を実現するため手段は選ばない □ 大渋沢は関東大震災を抽象的な形でしか捉えられなくなっていた □ 残ったのは、安い土地に雪道を敷き住宅をつくり付加価値を付けて売る。その利益でまた土地を買い鉄道路線を延長する、というサイクルを繰り返す営利会社であった。 □ 十河は、法文の行間を読み運用する術に長けていたからだろう。 第二章 不動産業の原型をつくった男 □ 復興という名目で、実際は新しい都市づくりが行われたのである。以前に無いものがつくられた。 □ あらゆる私鉄が点と線のみを考えているとき、五島は大渋沢の田園都市のプランを吸収することでいち早く面の重要性に気づいていたのである。 □ 会社というものは乗っ取られるもんじゃないな □ 建設コストが高くつくうえにバス路線との競合で東京地下鉄道は苦しい戦いを強いられていたのである。 □ 佐藤は陸上交通事業調整法を大義名分とした。各私鉄がばらばらに鉄道を敷設を企画するのは、非合理的で資金の浪費を招く。よって、国策に沿って無駄なく合理的な運輸行政が遂行できる営団にするべきである □ 横井との徒党を組むことで、「殿ご乱心」という空気が東急社内に静かに浸透していったが、誰もワンマンの思いつきを制止できないでいた。 第三章 理想と現実のコントラスト □ 日本最初のガーデンシティ・田園調布もまた地上げやの前にはなす術もない。 終章 聖なる森の物語 □ 大阪遷都が成らなかったのは軍事的理由からだけではない。江戸には新政府の首都となるべき条件が揃っていたのである。大阪は商業地として開発し尽くされていたが、江戸には広大な大名屋敷が残されていた。 □ たとえば赤坂離宮(迎賓館)は紀州徳川家、小石川後楽園は水戸徳川家、本郷の東大は加賀前田家の上屋敷であった。 □ いっけん無秩序にみえる東京の乱開発も、たったひとつ無意識のルールをもっていた。東京はその中心に巨大な田園「皇居」を抱き込んでいる。近代合理主義のブルドーザーもここだけは侵せなかった。「聖なる森」が都市計画に組み込まれる日、この物語の結末が描かれるだろう。 あとがき □ 近代化とは合理主義をつらぬくことだと信じられているが、小さな合理主義は寄せ集めると辻褄が合わなくなるものらしい。要はどのくらいの夢を持つか、その夢をどう生きるか、ということなのだろう。 ⭐️ こちらもどうぞ 地下鉄は誰のものか お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2025/04/22 01:38:01 AM
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