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しげぞーの他人には厳しく

野球馬鹿と言われる所以 03/8/31

いつまでもいつまでも野球ばかりでは能がない 2003年8月31日(日)

 その週の出来事についてご意見番と称する二人が「喝っ!」だの「あっぱれ!」だの言う番組がある。
 球界の大御所だけにそのご意見番として、野球の世界での出来事について舌鋒鋭く斬りまくるのが番組の趣旨らしいが、その対象は球界だけに留まらない。ありとあらゆる事に評価を下すのである。以前からそれはどうかと訝しく感じることがあったのだが、今週の番組を見て、その思いを新たにした。

 どうも「渇っ!」と「あっぱれ!」の基準がよくわからないのである。本人たちもよくわかっていないのだろうとまでは言うつもりはないが、少なくとも視聴者には伝わっていない。雰囲気で断じているとしか思えないのである。
 例えば今週なら世界的な大会で頑張っている選手に対しての評価が厳しく感じられて仕方がないのだ。それはテニスしかり、陸上しかり。
 野球ではいとも簡単にあっぱれと言うにもかかわらず、世界陸上やテニスの全米オープンでの活躍に関しては目に見えて素晴らしい成績を残した選手くらいにしか高い評価を与えないのである。

 よく考えてもみてもらいたい。野球といえば、日本では盛んなスポーツであるが、世界的にはそれほどでもない。しかもその野球の、しかも日本国内で行われているに過ぎないプロ野球に対しては、毎週あっぱれあっぱれと言うのである。
 対してテニスの全米オープンは年に4回ある大きな大会の1つであり、世界陸上は2年に1度しか開催されない世界的な大会なのである。そこで頑張るというのがどれほど素晴らしいことなのかが理解できているのだろうか。世界陸上には多くの種目があるが、競技によっては出ることさえ大変なのである。それが分かっていれば、ほぼ毎日行われているプロ野球とは評価のスタンスも変えるべきなのである。

 所詮商業放送であり、人気のあるスポーツだからということで扱い方が違ってくるということなら理解できなくはない。また陸上の短距離種目のように過去日本人では無理だと言われ続けてきた競技でのメダル獲得を快挙だと騒ぐのもわかる。しかしそれならそれで、取り上げ方の違いこそ仕方ないとはいえ、毎回のように頑張っている種目での選手の活躍も同等に評価すべきなのだ。
 理想を言うなら、本来は雰囲気になど流されることなく、その競技の性格と結果に対する評価をもっと冷静に見つめた上で、取り上げなくてはいけないはずなのである。
 専門外であり、わからないのであればわからないと明言し、評価は避けるべきであるが、もし言及するにしても、そんな場合その評価は多少甘くするものである。
 結局あの番組をひとことで評価するなら、○△□×スポーツなどとタイトルはついているが、野球とその他のスポーツでもいうべきものなのである。
 良識ある野球人も少なくはないのだろうが、ああいった番組が野球バカの増殖に一役買っていることは疑うべくもない。





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