735409 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

しげぞーの他人には厳しく

間男、見つけた! そこを動くな!

間男、見つけた! そこを動くな! 2003年10月7日(火)

 千葉の16歳少女殺人事件の犯人が捕まった。戸籍上の夫と少年の合わせて5名である。
 新聞やテレビなどで大きく報じられているだけにご存じの方も多かろうが、ひとことで切り捨てれば、全くの馬鹿どもである。動機もそう、犯行の残忍さも看過できないが、何よりも事件が公になった後に報道陣の取材に応じ、精一杯身の潔白を主張していたあたり、主犯の男はまるで馬鹿を絵に描いたような奴である。
 だいたい妻があのように惨い殺され方をしているにもかかわらず、あれほど平然と表情を変えずに話が出来るものではない。しかも聞かれてもいないことまで、しゃべること、しゃべること。あれでは自分でやったと言っているようなものである。まるで美人局をしておいて、「間男見つけた! そこを動くな。」と言うべきところを「美人局見つけた!」と間違えてしまうようなものである。
 私などはあのインタビューを見て、まず間違いなくこいつがやったと思った。同じように感じた人も多かろう。

 それにしても解せぬ事がいくつもある。何より16歳少女が結婚していると聞いた時点で、あれっと思った。16歳なら結婚は出来ても親の了解が必要なのである。ちゃんと手続きを踏んでいるのか、そうならば親が了解しなくてはならないような事情があったのだろうかと怪しんだのである。
 現時点では結婚生活の実態はなく、偽装結婚だったと報じられているが、本当のところはわからない。私にとって最も不可解なのは、こんな人間の皮をかぶったクズのような男になぜ彼女がそんな近しい関係になったのか。見る目がなかったのか、それともわかっていたとしても、どうしようもなかったのかという点である。

 若いうちに社会へ飛び出す心意気は悪くはない。しかし若いということは、精神的にもそれだけ幼いという場合が多い。問題なのは幼いだけでなく、自分が未熟だという自覚が伴わないことで、それゆえ犯罪に巻き込まれるケースも増えてしまうのである。
 だからこそ本人の意思は尊重しつつ、周りがそれ相応の気を遣ってやることが必要なのだが、周囲だってそれだけの器量もなければ、余裕もない。
 案ずるに今回の不幸な事件は現代に暮らす人間の余裕の無さが遠因となっていると言えはしないか。

 このような事件が起きるたびに思うことがいくつかある。
 まず少年法の扱いである。殺人に手を染めておきながら、少年Aもないものだろう。凶悪犯罪に関しては成人と同じ扱いをする。こんなことを何度言わせるつもりか。何かあると人権人権と騒ぐ輩がいるが、私は凶悪犯に人権などないと考える者である。百歩譲って、人権を認めてやってもよい。それなら真面目な人間が馬鹿をみないように法改正はすべきなのである。今のままでは真っ当な被害者の人権は軽んじられ、犯罪者の人権ばかりが大事にされていると言っても過言ではない状況なのである。
 死刑制度についてもそうである。事あるごとに人権人権と騒ぎ、同じ人間が裁くのだから間違いもある、そもそも人間にそんなことをする資格があるのかなどと主張する輩もいるが、そんな人権派を気取る人間に限って、宅間守被告の裁判の際や、こんな凶悪事件が起きた際には声を上げない、姿を現さない。
 それと指摘すれば、「こんな状況下では世論も雰囲気に流され、冷静な議論が出来ない」などと釈明しそうだが、ならば言わせてもらう。こういった事件が起きなければ、世間の人々は死刑制度に関して実感がわかないのである。だからこそ死刑にすべき、それ以外の選択肢はあり得ないという見るも無惨な犯罪が起きたときこそ、死刑制度に関して議論すべきという主張も当然ありなのである。





Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.