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しげぞーの他人には厳しく

遺伝子組み換え食品 2003/1/17

遺伝子組み換え食品 2003年1月17日(金)

 最近「遺伝子組み換え大豆は使用しておりません」との表示が多く見られるようになった。消費者の関心が大きくなっていることを企業が意識しているがゆえの現象である。実際にはそれらを使っている場合及びその可能性を排除できない場合にはJAS法によりその旨を表示する義務があるが、はっきりと使用していない場合には表示は任意で義務ではない。つまり大丈夫であることをアピールするために表示しているのである。また表示制度自体不完全なもので、現在の流通システムその他を考えれば、故意でない混入を完全に防ぐことは困難であることも否定できず、我々は遺伝子組み換え食品を完全に拒絶することは事実上不可能と言える。
 遺伝子組み換え食品を取り巻く状況は複雑で、簡単に説明するわけにはいかないのであるが、私自身は全ての遺伝子組み換え食品に拒絶反応を示すわけではない。
 素性の知れないものは遠慮したいとの思いは当然だが、安全性がある程度確立されたものであり、遺伝子組み換え食品が使われることによるメリットが、リスクを考慮しても十分価値があると判断できるのなら、利用するかもしれないという姿勢である。
 現在の遺伝子組み換え食品の多くは除草剤耐性や殺虫性を目的として作られており、そういった目的で作られたものは私も遠慮したいとは思うが、遺伝子組み換え技術を否定するものではない。このあたりは原子力利用に通じるものがある。
 遺伝子組み換え食品に対しては過敏とも言える反応を見せる方々が少なくないことも事実で、その性格を考えればそれも理解できなくはないのだが、それを言い出したら、農薬なども同様の問題を抱えている。こちらも一定の安全性は確立されていると思われがちだが、実はそれも疑わしいのである。このあたりは少々昔の本だが、おそらく有吉佐和子さんの『複合汚染』が最もわかりやすく書かれているので、まだ読んだことがないという方へは一読をお奨めする。
 つまり安全性が確立されているとは言っても、限定的な条件下での話でしかなく、完全に安全であることを求められれば、人間は何も食べることが出来なくなり、何も飲むことが出来なくなるのである。完全に安全なるものなどこの世には何も存在しない。あるのは安全性が高いと評価されているものとそうではないものだけなのである。
 ではどうしたら良いかということになるわけだが、このあたりに関しても私のスタンスは固まっている。必要な情報を消費者に対し、開示することを義務とし、その情報を自ら判断し、どうするかという決定を各々にさせるようにすれば良いということである。
 それほど安全でないことを承知で、価格、効果などにそれ以上のメリットを見いだす人はそれを選べば良いということだ。
 遺伝子組み換え食品を拒否する人の意見が「取り返しのつかないほどの重大な結果を招く恐れがあるものもあり、それらを防ぐために必要な検査結果の信頼性やそれらを公開するシステム、またメーカー、そしてマスコミにもそれほど信頼がおけるとも言えない状況であるから、いっそのこと、全てやめてしまったら良い」ということならば賛成するかもしれないが、それならばより安全な遺伝子組み換え食品の開発を期待し、より確かな検査方法の確立を求め、メーカー及びマスコミを厳しく監視する姿勢を取ることがより好ましいとは言えないか。
 遺伝子組み換え技術自体は有望なもので、危ないから止めようというのは、極論すれば火は危ないから使わないようにしようといったことなのである。

 朝から馬に乗りに行く。4鞍。自宅に戻り、シャワーを浴び、病院へ行き、牽引を受けてからオフィスへ遅めの出勤。ネットに繋ぎながら、仕事をする。ひょんなことで始めた楽天のホームページだが、かなりの時間を費やすようになっており、最近は以前にも況してパソコンの前にいる時間が長くなっている。仕事を早めに終わらせ、自宅に戻るが、またパソコンを起ち上げる。最近こんなことが多いことに気付く。飽きやすい性格だけに、今の状況がそれほど長く続くとは思えないのだが、とりあえず今のところは続いている。

 これから出張。パソコンは携帯していくが、主張先ではネットに繋がなくなってきているため、次の更新は遅れるかもしれない。



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