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piano弾きの見る風景…

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★海外旅行記★彡

May 25, 2008
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テーマ:中国&台湾(3249)
カテゴリ:★海外旅行記★彡
先週、上海に3泊4日の一人旅してきました。無事に帰ってこれました。

す、す、すご~い国!!でした。



第一印象・・・あつい! うるさい! きたない! 人多い!



そして、日が経つにつれ、だんだん思いました。


この国は、生存競争が激しい!


私のようなお人好しは、なかなか生きていくのが大変。
そして、たとえ、生き延びても、寿命が縮まる。
譲り合い精神全くゼロで、しかも、空気悪い。
空が青い日なかった。


道を歩けば、信号はあってもないようなもの。
たとえ赤だろうが、青だろうが、車もバイクも自転車も人も、誰もが我が先へと行き交う。
どけ!オレが通るんだ!ってなことで常に運転手の手は、クラクションの上。
道路はガタガタ、モーターボロボロ、そして、クラクションで、うるさいのなんのって。
左折・右折は、人がいようとおかまいなし。
人は、命を無駄にしてでも通行しなければ、一生渡れない。
イタリア人もビックリですよ・・・。


地下鉄乗れば、まずは、乗車券買うのに横入りされるし、
ホームで電車待ってると、空いた電車きたら、イス取りゲーム状態。
あまりの速さに、私はキョトン。
混んだ電車きたら、降りてくる人なんて関係なく、ホームの人が乗り込む。
乗って奥に入ったら、一生降りれなくなるんじゃないかと。
関西人もビックリですよ・・・。


路地歩けば、その不潔さに愕然。
屋台のものは、もう全部が、毒入り餃子か段ボール肉饅に見えてくる。
船場吉兆なんて、かわいいものさ。



東京着いて、東京はなんて人が少なくて綺麗で静かなんだろうかと思った。
ドイツから帰ってくるといつも反対に思ってたのに。
お隣の国とは言え、価値観全てがまるで日本と違います。
台湾に行ったときにはなかった違和感を覚えました。



日本の格差社会なんてもんじゃない。あの国。
これから世界に大問題をもたらすんだろうなあ。
オリンピックを前に、中国行けて良かったです。
大きな中国大陸のほんのほんの一部しか見てないけど、
でも、私の中での中国に対する先入観・偏見をこの目で色々と感じ取れたような。


ちなみに、否定的なことだけじゃなくって、すごかったには、色々とあります。
なんたって、今、東京の丸の内や六本木やらで、並ばないと買えない様な店だとか
東京にさえ入ってきてないような店だって、なんだって、上海にはありました。
東京よりもずっとずっとすごい!のかも?!
んで、そういうすごい店は、ガラガラ。中国人にとって、買えないのです。
中国人の8割位、いやもっとかも?の人は、化粧さえしていません。
服だって、お洒落じゃないし。
なのに、デパートでは、銀座並みに最新のものが揃っているし、
閑古鳥が鳴いています。


旅行中、ドイツ人にたくさん会いました。何人かとは話もしました。
ユーロが強いから?かな。
季節柄か日本人は全然いなかった。




使った現金は、たったの2万円。自分に買ったクレジットで買った洋服代入れても4万位?
やっと換算できるようになったら、帰国。
たぶん、1元×16だと日本円??
とりあえず、1万円を換金したら、だいたい600元になった。
だから、1000円だと60元で、100円が6元。
最初は、あまりにも安いのと高いのとが色々で、自分の頭の中がゴチャゴチャに。
タクシーは、初乗り11元(200円しない)ですごい乗っても30元(500円とか)、
地下鉄は、3元か4元(100円しない)、バスは2元(50円しない)。
食事も安くて、レストランでたらふく食べて飲んでも50元(1000円)しない。
屋台でだけで生きてれば、3食食べても一日1000円でも生きてけるかも。
超汚い店で売ってるような服とか靴は、みんな50元以内。
以上、いい加減な換算ごめんなさい。


でも、デパートの服は、600元とか平気で値札が付いてるから、日本とそう変わらない。
そして、日本で行列ができるような美味しい店のものの料金は日本並み。
庶民は、だから行かれないのでしょう。



一人旅で不安がいっぱいあったのですが、でも、何から何までと~っても楽しかったです。
実は、完全に1人だったわけでなく、上海に中国人のお友達がいたので、会いにいったのでした。
彼女は、何度かこのブログでも書いたことあるのですが、10年ほど前のドイツ留学時代の初期の頃、
同じアパートで一緒に暮らした、とてもお世話になったお友達。
上海出身の彼女は、今は、ドイツ人と結婚して、ドイツに住んでいますが、たまたまこのとき、6年ぶりに
結婚以来初めてご主人様と子どもを連れて里帰り中だったのです。
私達は10年前から、いつか上海か東京でも会いましょう!という夢がありました。
今回、その夢がついに叶ったわけでした。


これから、日記書いてきます!






Last updated  June 7, 2008 09:17:37 PM
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February 29, 2008
カテゴリ:★海外旅行記★彡
1月29日 ついにドイツを発つ日


Berlin ベルリンDSCN6197


朝起きて、シャワー浴びて、ごそごそと荷作りして、10時半回ったころ、
ご夫妻が、わざわざ起きてきて下さって、タクシーを呼んでくれました。
そして、オット殿が、スーツケースを地上に降ろすのを手伝ってくれて、
私は、ベルリンのテーゲル空港に向かった。

タクシーの運転手は、珍しくドイツ人で(外国人の時の方が多い)、
しかもとってもおしゃべりで愛想が良い。
「君はドイツ語上手だね~。どうして話せるんだい??」とか。
「ベルリンの空港は、今は2つあるけど、もうすぐ一つは閉鎖されるんだよ」だとか。
そして、空港についたら、
「またドイツに来るんだぞ。沢山思い出持って帰りなさい。どうかお気をつけて~」と言っていた。


確かに、1週間ドイツいて、やっとのこと、以前のようにドイツ語が話せる??ようになっていたかも。
ようするに、私のドイツ語というのは、赤ちゃんが言葉を覚えるように覚えたドイツ語なので、きちっと文法を組み立てて話せないし、考えずに発して何とかなっていたので、しばらく話さない期間が長いと、出てこない。
考えて思い出すわけでもなく。なので1週間目にしてやっと調子が出てきた感じ。
けど、残念ながら、その時点で旅は終了。


飛行場に着いたのは、搭乗時刻の2時間前。
なんと、早過ぎて、チェックインできず・・・。
よく考えたら、これから乗るのは国内線だった。
なので、1時間前に来てくれと言われた。

飛行場で暇つぶしに困った。
ベルリンのテーゲル空港、つまらない・・・。
仕方なく、電話したりSMSしたり。

やっと1時間たって、ミュンヘン行きに乗る。
ミュンヘンまでは、あっという間。
そして、乗り換え時間がたったの1時間だったのが心配だったが、
ミュンヘン乗り換えは、簡単で、またもや暇となった。
でも、この空港、素晴らしい。
私は、1時間の間に、色んなもの買っちゃった!!

甥っ子と姪っ子にどうでもいい土産。

自分用にゲスの赤いエナメルの大きなバッグ。

ワイン2本。
スペイン赤のとドイツ白のと。
ドイツのは、ヨハニスベルクっていう昔、行ったことのあるお城のもの。
ここはリューデスハイムの近くで美味しいの。

もっと時間あったら、きっと、洋服も買ってただろうなあ。
あとでくる請求書がコワいので、時間が制限されていて良かったかも。


ミュンヘン・成田線は、びっくりするほど満席。
しかも、その乗客の8割位が日本人。しかも、団体。幻滅・・・。
ヨーロッパ国内線は、たいてい、日本人は私以外に1人とか2人とかって
感じだったので、いきなり日本人ばっかりの世界に戻されて妙な気がした。

例のごとく、アレルギー剤服用とアルコール飲み捲くりで、帰りはぐっすり。
そして、成田に着いたのであった。



今回の旅、お世話になった
ベルリンのご夫妻さん、マドリッドのご夫妻さん、アウグスブルクのお友達、
ワイマールのお友達たちと先生、マンハイムの友人たち、 ケルンの友人と先生、
本当に本当にどうも有り難うございました!!!!!




******************************



やっと、旅日記書き終えました。
1月17日に旅立ったので、もう2ヶ月経ってしまいました。
早いものです。
長い日記、懲りずに長文読んで下さった皆さん、どうも有難うございました!!
単なる備忘録とも言えるのでつまらないもので恐縮です。



日記に書き忘れていたのですが、私の日本で使っている携帯は、NOKIAです。
日本では珍しいんですが、当たり前だけども、ヨーロッパには、NOKIAユーザーが沢山いて、、、
飛行機が着陸すると、みんな携帯の電源をONにすると・・・。
そしたら、あちらこちらから、いっせいに、私と同じ
NOKIAを立ち上げるNOKIAトーン♪が聞えてきて笑っちゃいました。
そして、着信音もみんなNOKIAトーン♪


ついでに、携帯の話だと、スペインは、地下鉄で走っていても通話可能な
くらい電波が立っていました。
実際、通話している人が沢山いました。

でも、あんまり電車で、携帯眺めたりメールしている人は見掛けなかったな。

私は、この日本のソフトバンク携帯を持って行きましたが、
何回かメールを日本にして、何回かネット繋いでニュース見たり
国際ローミングで使いましたが、請求書見たら、いつもの月のちょうど倍位でした。
もっと目っ玉飛び出るくらい高いかと思って心配していたけど、そうでもなかったので、良かったです。


それから、ヨーロッパ国内では、日本に帰国してきたばかりの友人に
プリペイド式のドイツ携帯を借りていったのですが、
最初に25ユーロをチャージしていきましたが、2週間で、ちょうど足りました。




私がドイツにいた10年前は、まだマルクの時代。
しかも、1マルクが約60円の時代。
そっから、ユーロに代わり、マルク時代の倍増とも言うべき物価高騰
になり、さらに輪をかけて、今は、円が弱くてユーロ高。

つまり、当時のホテルの料金表を持っているのですが・・・

10年前のワイマールのヒルトンは、205マルク≠12300円
でも、今は、141ユーロ≠22500円。

今回泊まったようなペンジオンのような安レベルのホテルは、
10年前、60マルク≠3000円
んで、今は、60ユーロ≠9600円

ユースホステルなんて、10年前は30マルク≠1800円しない。
でもね、今じゃそれが、30ユーロ≠4800円になってるし。

いっや~、ビックリしました!!
私の当初の計画だと、ホテル代にそんなにかかるだなんて、
全然予想していなかったものだから。
感覚が何しろ10年前。
ってことで、だいたい一日1万円が宿代で飛んでしまいました。




それから、、、
ほんとに私は海外生活経験者なのか~?って疑問に思うくらいでした。
やっぱり人間、10年も経つと「昔のこと!」でした。


コチラから今回の旅日記、最初から読めます!!






Last updated  March 24, 2008 10:48:37 AM
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February 28, 2008
カテゴリ:★海外旅行記★彡
1月28日ベルリン その2の日記の続き・・・


Berlin ベルリンDSCN6340


100番のバスに乗って、旧西側の中心地ツォー駅に。
ユーロでのキャッシュが、ついに底をつきそうだったので、
あと一日しかヨーロッパ滞在しないというのに、やはり不安が拭えず、
ついに、両替してもらうことに。
タクシーもクレジットで払えるのは滅多にないそうで、
翌日の飛行場までの乗車代に現金を作っておく必要があったのだ。

まずは、シュパーカッセという銀行に。
窓口で、1万円を差し出して、これをユーロにして欲しいと告げると
丁寧にレートをメモしてくれた。
しかし、なんと、手数料が、6ユーロ!! それを含めると53ユーロにしかならず・・・。
たったの1万円しか両替しない私も悪いけれども。
思わず「高い!」って言ったら、
「あそこのユーロセンターっていうビルに行くと、1階に両替専門の店が
あるから、そこに、このメモ持って行ってみなさい。たぶん、そっちの方が安いわよ~」って、珍しく親切に教えてくれた。
なので、ユーロセンターに行って聞いてみた。
すると、手数料が3ユーロになった。仕方なく、それで両替。

でも、今回の旅行、結局、父親から夏のヨーロッパ旅行の残金としてもらった100ユーロと
自分で成田でくずした、3万円分の約160ユーロと、
少しだけ5年前から持っていたお金と、
そして、このベルリンで両替した56ユーロの計350ユーロ位で済んだことになる。



くたびれて、お腹が空いたので、手っ取り早い、Marcheという
セルフサービスのカフェテリアみたいなレストランに入った。

ドイツどこにでもある店で(ワイマールにはなかったけど)、マンハイムに住んでいた時には、かなり愛用していたレストラン。
あまり美味しいとは言えないのだけども、自分で選べるのが何よりもいい。
でも、あまりにチョイスし過ぎると、レジに行って支払う時に高くて驚くのだが・・・。
私はここでは、ビール、一つの皿に、その場でグリルしてくれるポークチョップ、玉ねぎとマッシュルーム炒め、茹でジャガイモをのせ、さらに黒パンをチョイス。
これでだいたい13ユーロ位だった。ガッツリと食べた。



それから、クーダム通り付近を散歩。
ここは、東京で言うと銀座みたいなところかな?

途中で、シュタイフ発見!
立ち寄ってみたけど、この日まで知らなかった!
なんと、シュタイフには、ぬいぐるみしかないと思っていたのだけど、
チョ~かわいい子供服があるじゃない!!
日本ではまだ見たことがなかったので、かなり感動。
でも、すぐにあげたい子供が浮かばず、高くて買わなかったけど。

あとは、チョコレート屋のライジファーだとか。
香辛料の入った板チョコの豊富さに感激。
ここで、なんとチョコ80ユーロもお土産に買い物!!
この店は、飛行場にカフェまであった。

なんでもある日本だけど、まだないものもあるんだなぁ~って思った。



それからまた100番のバスに乗って、少々逆戻りして。
今度は、旧東側のショッピング街のフリードリッヒ通りに出てみた。
この辺りは、私は初めて歩いた。
でも、もう日が暮れていて、どんな街の様子かよく分からなかったけど、
まだまだ進化中の街のよう。

Berlin ベルリンDSCN6352


まずは、交差点にあった、車屋さんばかり入ったビルに。
ドイツ車以外にも、あまり日本で見掛けた事のない車を拝見。
それと、向かい側にあったポルシェの店ものぞき・・・。
・・・ってか、私は運転できないクセに、わりと車見るのが好きで、
ドイツのメルセデス・ポルシェ・BMWの博物館は既に制覇している!!


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その近くのお洒落なカフェでコーヒーを美味しい飲み、一休みして。

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ちょっと歩いて、有名なギャラリー・ラファイエットの入った高級ブティック等が入ったのパッサージュに!!
ラファイエットは、フランスのデパートですが、最初に寄ったドイツのカウフホーフとはまるで違った。
素敵な空間に思わず見惚れた。


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パッサージュにあった、BREEの店にて、
私の大きなリュックサックとお揃いのポシェットを購入。
セールでたったの25ユーロになっていた。激安!!

ラファイエットは、絶対に買えそうもない高い洋服から、私の大好きな
ちょっとデザイン性が優れた個性的な洋服まで並んでいた。
スペインで散財したので、見るだけ~~~!!だったけど、
日本にはあまりないような、素敵な洋服がいっぱいありました。
ショッピングは、買わなくっても楽しい。

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もう、帰らなくっちゃならない時間が迫っていたので、また100番のバスに。
途中で、ベルリンフィルやソニーセンタービルを通過しながら、
最初に地下鉄降りた、アレキサンダー広場へと戻った。

もう1回、広場のカウフホーフに寄って、スーパーで最後に日本へ持ち帰るお菓子とか買って、本日終了。


地下鉄に乗って、7時半過ぎにご夫妻のお宅に戻ったのであった。



家に着いてみると、びっくり!!

私の為に、ご夫妻が、ものすご~~~く素敵な演出で 出迎えて下さっていた。

食卓を蝋燭で飾って・・・


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そして、私の大好物なものを手料理していて下さった。
感激~~~。

ブロッコリーのスープ、ほうれん草のグラタン、スペゲッティボロネーゼ、フェルト(野草)のサラダなどなど・・・。


ちなみに、ピアニストのオット殿の料理の腕前は、素晴らしい!!


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最高のおもてなしをして頂いて、ヨーロッパでの最後の夜を迎えたのであった。







Last updated  March 24, 2008 01:41:07 AM
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カテゴリ:★海外旅行記★彡
1月28日ベルリン その1の日記の続き・・・


それから、旧東ドイツの製品やデザインの展示、当時のファッション文化や経済、家計、教育、様々なものが見れた。
あの東ドイツの団地の内部も再現されていて、戸棚を開けると食器だとか本だとか食料品だとかが、今すぐ使えるんじゃないかと思うような、そのまま置いてあった。
何でもロッカーみないな棚の所から、引き出てくるようになっていて、
それを引き出したり開けたりして、覗いたり、実物を手にとって見られるようになっていた。
当時の生徒手帳だとかパスポートだとか、簡単に手にとって見れるんだけど、盗まれないのかな~って思った。
写真だって撮り放題で、なんともルーズな博物館。
そこがいい。
きっと、この博物館の人気の秘訣は、それかもしれない。


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それに、東ドイツの製品が今となってはレトロでデザインもグッド!!
ドイツでは、ノスタルジーとオスト(東の意味)を引っ掛けて
「オスタルジー」と言って、懐かしむそうなんだけども。
かわいらしいグッズがいっぱい並んでいた。


すっかり堪能!!


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それから私は、シュプレー川を渡り、ベルリン大聖堂まで来た。

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しかし、大聖堂の入場料は、非常に高かったので今回は入らず。
だって、12ユーロ位した。びっくり。
ペルガモンだとかも以前に行った事があるので今回はパス。
なので、ただただ、テクテクと歩き・・・
前の日に観た、国立歌劇場も通り過ぎ。かなり歩いた。
途中で、車屋さんとか見ながら。

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ブランデンブルク門に出た!

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ベルリンには何度も行ってるけど、もしかしたら、この門を歩いてくぐったのは、10年以上振りだったかもしれない。 というか、車が通れないようになっていた!!
そう思って、1人で、西側に国境越えだぁ~!って思いながらくぐった。

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くぐってから「旧帝国議会議事堂」(ライヒスターク)が見えた。

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ここもまだ未体験ゾーンだったので行ってみる事に。
ヒトラーが首相になってすぐに出火して、そのまま放置され、しかも
第二次大戦の空襲時にさらに焼失して、、、ドイツ統一した時に会議に使われたという歴史的な建物。
修復されたのは、それからで、私がドイツ留学から帰国した頃に、完成して、首都機能がボンからベルリンに移った。

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なので、国会の上部にガラスのドームが出来たのを見るのは初めてだった。
入り口の階段には、観光客が沢山並んでいた。寒かったのだけども私も30分ほど並んだ。
何に並んでるのかと思ったら、厳重なセキュリティーチェックがあった。
コートまで脱がされて、飛行機に乗るのと同じ位に厳重。


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チェックが終って、エレベーターに乗って、展望台のある屋上に。
そして、ガラスのドームの中の下に、歴史的な写真が並べてあり、
それを1周して、ドームをグルグルと上がる。
表参道ヒルズのような構造。
思ったよりもかなりの運動量が必要とされて、一番上まで昇るのは疲れた。
あまりいい天気ではなかったとは言え、でも、ベルリンが一望できた。
「Die Welt」と書かれた雑誌の宣伝だか、空にはデッカイ気球船も見れた。

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すっかり朝から、飲まず食わずで歩き回って、気が付いたらとっくに2時を回っていた。
でも、ブランデンブルク門の辺りには何もなかったので、仕方なく
疲れてきたので、たまたま発見したバスに乗ることに。
そう、ベルリン観光と言えば、この100番のバス。
100番に乗りさえすれば、主要なところに行かれるのを知っていたので
とりあえず乗車。
ベルリンの一番の市街地のツォーまで行った。

Berlin ベルリンDSCN6334

続く・・・







Last updated  March 24, 2008 01:23:48 AM
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カテゴリ:★海外旅行記★彡
1月28日ベルリン



8時頃に目が覚めて、まだ寝ていた家主さん達に関係なく、
私は9時半頃そっと街に繰り出した。

地下鉄に。窓口で交通マップをもらって
バスと地下鉄の乗り放題一日券というのを購入した。
一回の乗車が2ユーロ位だけども、一日券は6ユーロ位だったからかなりお得!

言葉が通じるので、マドリッドの時ほどでもないけれど、でもやっぱり
知らない都会は緊張する。
地下鉄の中は、突然、花売りだとか新聞売り屋みたいな、ちょっと
浮浪者同然の人が声を出して売りに来る時があって、びっくりする。
そういう人が、突然に現われると、切符のコントローラーが来たのかと思って、ドキリとする。
(ドイツには改札口がないので、無賃乗車が可能で、それを監視する人が、たまに突然に立ち上がって「チケットを拝見します」と現われるのだけども・・・。)
そして、ポケットにしまったハズの一日券があるかどうか、思わず確認しちゃう。


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アレキサンダー広場で降りてみた。旧東ドイツの中心地。
ここは、15年位前の大学生時代に両親と来た初めてのドイツ旅行で泊まったホテルがあったところ。今はあるか分からないけど。
広場には、何組が観光客団体がいて、添乗員が、ドイツ語で説明しているのが聞こえた。
「この広場は、来る度に変わるんです」と。
本当にそうなんですよね。年中、工事していて、まだ工事中。笑


Berlin ベルリンDSCN6198

地下鉄から上がってきた時、出口を気にしないで出てきたので、
広場のどっち方面に自分がどこにいるか分からず・・・。
仕方ないので、一周してみるものの、テレビ塔が見当たらない。
何故だ~~~!?
しばらく歩いて、分かった。
なんと、霧でガスっていて、テレビ塔が見えなかったのだ!! 
ようやく、テレビ塔の下の部分を発見。
この日の天気は悪くて、テレビ塔と空がほとんど一体化していたのだ。

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とりあえず、ドイツに来てからデパートに入っていなかったので、
カウフホーフというデパートに入ってみた。
どうやら改装したばかりで、綺麗だった。
そう言えば、以前訪れた時は、このカウフホーフはボロかった。
このカウフホーフというデパートは、ドイツのどこにでもある
庶民的なデパートなのだけど、日本のイトーヨーカドーや
ジャスコに値するような、、、。
とりあえず、何があるのかだけ見て、また帰りに寄ればいいやと思って
何も買わずに出てきた。

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Berlin ベルリンDSCN6203

それから、地図を見ながら、テレビ塔を背にして、テクテクと。
聖母教会を見て、赤の市庁舎を見て、、、。
地図だとたいしたことない距離に見えるのだけども、歩くと結構ある。
さらに、新しく出来たっぽい色んなお店屋さんが入ってるようなビルを
フラフラしながら。
途中、ネクタイ屋さんがあって、面白いモチーフのネクタイがたったの
20ユーロで売っていた。
父親に、思わずお土産に~とトロンボーンのネクタイを購入。

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Berlin ベルリンDSCN6212

そして、この日の最大の目的だった、DDR博物館に!
シュプレー川を渡る手前(渡ったらベルリンの博物館島になる)の
川岸にひっそりとその博物館は出来ていた。
まだオープンしてからそんなに経っていない博物館なのに、大人気だという。
私のガイドブックは、5年前に買ったものだったので、載っていなかったので、
この博物館のことは、旅立つ前に調べておいた。

Berlin ベルリンDSCN6271



博物館入り口で、入場料を払おうと財布を見た。そしたら、なんと!!
クレジットカードがなくなっていた。
今回の旅行で最大の危機!!!!!
びっくりして、「ちょっと待って」と、博物館の人に言って、
コートのポケットやら、バックの中やらゴソゴソと探したのだけど
ない!!!!!
んで、博物館の人に、「私ね、今、たった今、ネクタイ買ったの。その時にカードで払って・・・。」と焦りながら言って。
「ネクタイ屋さんに行ってみて、また来るね」と、猛ダッシュで、ネクタイ屋さんに引き返した。
そんなに離れていなかったから、本当に良かった。
そして、ネクタイ屋さんに着いてみたら、店員さんは、電話中。
私は、店にあったレジの横の、クレジットカードを挿し込む機械を見た。
そしたら、私のクレジットカードが、まだ機械の中に挿されたままの状態になっているのが分かった!!
「私のクレジットカード!!!」と指を差して店員に叫んだ。
そしたら、電話中であった店員さんも、ショックを受けたようなポーズを
とって、私にクレジットカードを返して謝ってくれた。
本当に本当に良かった~~~。

再び、博物館に戻り、入場券をクレジットで買った。
博物館の人は、「あそこのネクタイ屋のおばちゃんは、いい人だから、良かったね」と言っていた。

この時、実は、私の財布に現金が、たったの30ユーロ位しかなかった。
どっかで、この日に銀行に行って、日本円を両替しないとならないと
思っていた時で、なるべくなら現金を使いたくなかった。
なので、こんな入場券までクレジット払いだったのだけども、ある意味、
これで気が付いたようなものだったので、本当に幸運だった。


Berlin ベルリンDSCN6219

そのDDRミュージアム
旧東ドイツの暮らしを展示している博物館だ。



実は、楽天ブログ仲間のぴかままさんやブランスウィック中島さんがオープンしたばかりの博物館の様子を紹介していて、どうしても行きたかったところだった。

5年前には、ベルリンの壁博物館、ユダヤ博物館が私にとってとても魅力的で、半日ずつ掛けて見たのだけども、今回は、ココに絶対行くと決めていた。
どういうわけだか、 旧東時代をテーマにしたドイツ映画や数々の本に夢中になってしまうのだ。
しかも、留学していたワイマールが、旧東だったしね。

本当はさらに、シュタージ(国家秘密警察)博物館やら
その刑務所やらも見てみたかったんだけど、いくらなんでも、そんなところに一人で行くのはコワいので今回はやめておいた。

ついでに、同性愛者博物館なんつぅーのもあるんですね~!! さすが、ドイツにびっくりだ。



そして、DDRミュージアム、念願叶って、入ってみた。思ったよりも狭いコンパクトな博物館。
でも、それが予想外に期待以上に面白かった。

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いきなり、あの、トラバンテ(通称トラビ)の運転席に乗車できた!!
私が10年前に留学していたワイマールでは、よく走っていた車。
今回の旅行では、ワイマールで駐車してあったトラビ1回とプリンツの前の道路でトラビが通過したのが1回で、2回見たけど。笑
何しろ、ペラペラで、叩いた感じはダンボール。
運転席に座って、別の観光客に写真を撮ってもらった。すっごく嬉しかった。

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続く・・・






Last updated  March 24, 2008 01:05:10 AM
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February 27, 2008
カテゴリ:★海外旅行記★彡
ワイマール最終日。

朝ゆっくり起きて、朝食とランチを兼ねて、
そうだ!まだ食べてなかった~!
と思ったので、ドナーケバブ(DoenerKebab日本語ではドネル??)食べに行った。
ワイマールだというのに、またもやトルコ??って思ったんだけど
アウグスブルクの友人が、ワイマールにも知っている中で、
ドイツで一番美味しいドナーが食べられるところあるんだよ~!
って言うもんだから。ゲーテ広場そばへ。
あとに聞けば、ベルリンにはもっと美味しいのがあるってベルリンの
ご夫妻は言ってたけど・・・。
でも、たしかに、ワイマールの10年前にはなかった、そのドナー屋も
超美味しかった!!!


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Weimar ワイマールDSCN6134

Weimar ワイマールDSCN6132




これで3ユーロ!! 
お腹いっぱいになる。
ここは、インビス(軽食屋というか立って食べるところ)でなくって
ちゃんとしたレストラン風になっていた。
ただ、このお店には、セルフで無料で飲めるチャイ(トルコ紅茶)がなかったので
アウグスの友人が店員にお願いしてくれたら、無料サービスで作ってくれた。




2時頃、駅に向かった。
車を駐車して、汽車の時間を調べて、駅構内の土産物屋をのぞいたりして、
そして、カフェでコーヒーを飲んで。
そのカフェに、コーヒーの種類が色々と区別されているパネルが
貼ってあった。ドイツに来て分かったのだが、カフェ・マキアートって頼むと
何故かイタリア風とかってなっていて、グラスで出てくる。
それと、マグカップで出てくる、カップチーノやカフェラテとの違いが
いまだ私にはよく区別できないんだけども。

ちなみにwikiには、違いが出ているけど
ミルクの種類や量によってネーミングが違うらしい。
全部、名前覚えて網羅するには、かなり勉強が必要そう。




いよいよ汽車の時刻になったのでホームに。
別のホームには、なんと、蒸気機関車が!!
汽車の車両に「思い出の機関車」とかってドイツ語が書いてあって、
何やら、それの乗車を待っているらしい、長い乗客の列があった。
私はこんなところで珍しいものが見れた。


Weimar ワイマールDSCN6148


今日までお世話になったアウグスの友人とお別れをして、
4回目のジャーマンレイルパスでICEに乗った。
お友達は、ワイマールからアウグスブルクまで車で帰宅。

ICEは、ライプチヒで乗り換え。
それこそ9年ぶりのライプチヒだったが、残念ながら時間がないので
今回は駅だけだった。

Leipzig ライプチヒDSCN6156


ベルリンまでは、ワイマールから、かつては3時間掛かったのだけど、たったの2時間に短縮されていた。
私は、ベルリン中央駅よりも一つ手前で降りて、タクシーで、友人の家に向かった。
ワイマールですっかり田舎者になった私は、やっぱりベルリンは大都会だなぁ~って思った。

その日泊めさせて頂く友人とは、その前夜にプリンツでコンサートを終えたばかりのご夫妻。
ご夫妻は、私よりもひと足先に、ベルリンへと帰宅して待っていてくれた。
前回の5年前のベルリン旅行の際にもお世話になったのだが、彼等は転居したので、そのアパートには、私は初めて訪れた。
とても広いリビングで、さすが、綺麗好きなお二人さんは、調度品も素敵に飾られて、すっかりちゃんとした生活をなさっているようだった。
私の単なる留学生だった時のアパート暮らしとは全然違った。
そして、私は荷物を置いて、ゆっくりする間もなく、ご夫妻と、オペラ劇場へと出掛けた。

地下鉄に2度乗り換えて、旧東ドイツ側の「シュターツオーパー」(日本語でベルリン国立歌劇場??)に。

Berlin ベルリン200801271746

Berlin ベルリンDSCN6158


ここでのオペラ鑑賞は、私は3度目かな。
一番最初は、留学初めてのベルリン旅行で、「さまよえるオランダ人」
2度目は、両親がドイツ旅行に来た際に、「魔笛」、そして、3度目と
なったこの日は、ヴェルディの「仮面舞踊会」だった。

Berlin ベルリンDSCN6172

今回の旅行前に、色々と調べたのだけど、残念ながら、ベルリンフィルは
カラヤンの記念コンサートか何かで、ずっと遠征中。
ベルリンドイツオーパーは、どうやらバレエの公演。
前回のベルリン旅行では、コーミッシュオーパー観たので今回は却下。
となって、買おうかどうか迷ったまま、旅行に出掛けたのだが。
せっかく、ドイツに来たのにベルリンに行くのに、何もコンサートに
出掛けないなんて勿体無いと思っていた。
そしたら、スペインで、ご夫婦が、「仮面舞踊会」だったら、
私達はチケットをお知り合いの出演歌手から格安で譲ってもらえるから
一緒に行こうと言って下さったので、スペインでチケットを予約した。
ドイツでのオペラ鑑賞としては、あまり安いとは言えないチケットだったのだけども、でも、日本でつい最近、ドレスデンのシュターツカペレを半額チケットで、それでも2万5千円出した私にとっては、42ユーロ(約6500円)というのは、激安とも言う。

Berlin ベルリンDSCN6179


私の席は、1階席の一番後ろのド真ん中。
ご夫婦は、すごく前の方の席に着いた。
私の席もとってもいい席だった。
やっぱり、ヨーロッパの歌劇場は、雰囲気が素敵!!


Berlin ベルリンDSCN6177

オペラは、これ


Berlin ベルリンDSCN6185

指揮者は、私と1歳しか変わらない若さみたいですねー。

イタリア語で歌っているので、ドイツ語字幕が、舞台の上部に出ていた。
しかし、私は、だいぶ経ってから、その字幕に気が付いた。笑
ドイツ語を見ていると、ちっとも舞台が見えないし。
結局、途中からは、ストーリーも分からないまま、諦めて、お芝居と歌に熱中。
しかし、あまり面白いとは言えない。
残念ながら、2幕目は、睡魔との闘いになってしまった。
そして、2日前位から引いていた風邪が、この日が一番最悪で、
歌劇場の中のヒドイ乾燥で、ついに、鼻紙を鼻から離せないような苦しさになった。
飛行機の中で起きる私の乾燥アレルギーみたいな状態だった。
ってことで、休憩は、外に出て、外の冷たい空気にあたりに。
1幕と2幕の間は、25分の休憩、2幕と3幕の間は、20分だった。


3幕は、ストーリーの展開も面白くなってきて、賑やかな舞台になって、
少々楽しめた。
やっぱり歌い手さん達の声量がすごいなぁ~って思いながら。






オペラが終わり、私達は、少しウンター・デン・リンデンを西に向かって歩き、カフェに。



ここは、ウィーン風のカフェで有名だという。
ウィーン風カフェには、コーヒーに水がついてくるんですね。
この時初めて知りました。
私は、1人お腹を空かせていたので、何かないかとメニューを見て
少々高いのに驚き、なんでもよかったので、スープを注文。
予想外のものが出てきたけど・・・。
ビーフコンソメみたいなものに、おふみたいなものが浮いていた。
味は悪くなかったけど、、、
よく考えたらこの日は、私は、ドナーとスープしか食べないで終った。


Berlin ベルリンDSCN6187

Berlin ベルリンDSCN6186





そして、再び地下鉄に乗ってご夫妻の御宅に。
この日は、みんなお疲れだったので、すぐに就寝。
私は、広いリビングのソファーベットを占領させて頂いた。




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Last updated  March 24, 2008 12:29:12 AM
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February 26, 2008
カテゴリ:★海外旅行記★彡
1月26日後半    前半の日記の続き・・・


Plinz プリンツDSCN6060


プリンツに着くと、コンサートの準備が進められていた。
すでに、ギャラリーの中には、座席が作られており、ビールやワインと
ワイングラスやスナックが並べられていた。


そう、この日は、私達の友人、ベルリン在住の日本人音楽家ご夫妻のジョイントコンサートだった。
彼等とは、マドリード旅行でもご一緒した彼らのことである。
私は、もともと今回の旅行は、この日のこのプリンツでのコンサートに合わせて計画していたので、とても楽しみにしていた。
ワイマール留学中に同時期に勉強していたご夫妻(当時はカップル)。


プリンツには、コンサート開演時間の8時になると、50ほどの席が満席となった。
開演までは、みんなギャラリー内の絵を鑑賞したり、歓談を楽しむ。
私もウロウロとして、日本に持って帰りたいと思った、画家の奥様の作品のワインのデキャンタを買った。
私の家によく合うでしょう!

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実はギャラリーの中には、私がモデルになった作品も数多く潜んでいて(爆)、10年前の私の若かりし日の頃の顔が、他のお客にバレないといいなぁ~と冷や冷やしていたのだが、、、バレなかった模様。



このド田舎の村、プリンツは、なかなか日本人のお客さんは来ることないらしいが、なんと、この日、お客様の中に、日本人女性が2名いた。
すごい。
彼等は、イエナの大学でドイツ語を学んでいるらしい。
そこで知り合ったドイツ語日本語の語学交換パートナーをしているというドイツ人のご老人に、このコンサートに連れてきてもらったと話していた。
ところで、この語学交換パートナーのことを、よく「TANDEM」って言うんだけど、ドイツ人の画家やラジオ局に勤める友人は、「何それ??」って知らなかった。「TANDEM」の本来の意味は、「自転車とかの二人乗り」。
それで、「語学交換」という時にも使われるということを、ドイツ人が知らなかった。何故か私がドイツ人に、ドイツ語を教えた。驚き~。



画家が出てきて、本日のプログラムを紹介して、それからコンサートが始まった。紹介の時に、私のことも紹介してくれた。
「昔、ワイマールで勉強していて、プリンツでも何度かコンサートをしたことのあるayayaも今日は来ています」と。


まずは、ソプラノとピアノ伴奏で歌曲とアリアを堪能。
10年前、そのソプラノの彼女は、日本の音大ではピアノ科を卒業して、ピアニスト
だったのが、この10年、ワイマールで研鑽を積んで、すっかり素敵な
貫禄あるソプラノ歌手に変身していた。
1曲、オッフェンバックのホフマン物語に出てくるアリアで、人形役??
の超絶技巧な曲があって、歌も素晴らしく、しかも、旦那様でもあるピアニストとの仕掛け付きの芝居部分は楽しめた。
さすが夫婦だけあって息もぴったりで微笑ましい。会場からもどっと笑いが。
素敵な美声にため息と拍手もたくさん。

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それにしても、いったいこのド田舎村に、どこから人々はやって来るのでしょうか?と思う。
ここに来るお客さんは、別に特別なお洋服を着飾っているわけでもなく、村の近所のおじいちゃんおばあちゃんの会合のような、そんな気軽な感じでクラシックを聴きに来るのだ。
みんなどこまで音楽を分かっているのか分からないけど、心から楽しんで聴いているかのよう。
日本の堅苦しい音楽会とは全く違って、本当に温かい雰囲気。


ワインなど堪能して、たっぷり休憩をした後、コンサート後半。
今度は、ピアノ・ソロ。
あのペラペラなピアノとは思えない、素晴らしい演奏。
オット殿のラプソディーインブルーは、初めて聴かせて頂いたけど、
なかなかこの雰囲気には合う、カッコイイ。
他にバッハ=ブッゾーニやシューベルトなど。
すっかりお客様たちは、感動して拍手は長く続いた。



ついでに、書いておくと、そのピアニストの彼は、今度のGWにある
私が毎年行っている(過去の日記)、あの東京フォーラムである
ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン『熱狂の日』音楽祭2008  『シューベルトとウィーン』
に参加なさいます!!
是非、皆さんも彼の演奏を聴きにいらして下さいね~!!
チケットは、ココ梶本音楽事務所のe-plusで先行予約販売中!!!一般発売は、3月15日のようです。
私は、今年もまた4日連続で行きます~!







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・・・素敵なコンサートは終った。
余韻が残る中、2階の画家のプライベートダイニングで、ささやかな
パーティ。
ドイツ人画家ご夫妻と本日の主役ご夫妻と私とアウグスの友人と、そして
お客様にいらした、ラジオ局に勤める友人と、そして、イエナから毎回コンサートにいらっしゃる(かつて私のコンサートにも来て下さっていた)お金持ちのドイツ人ご夫妻と、皆でワインで乾杯!!
大好きなプリンツのこの空間で、素敵な方々と素晴らしい時間を過ごせ
私はとっても幸せに感じた。


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ラジオ局に勤める彼女から、彼女が編んでくれた帽子、ネックとリストのショール(マフラー?)の3点セットをプレゼントされた。
すっごく温かい!!


そして、いつかまた必ず訪れると約束して抱擁して別れをして、ワイマールへと向かった。





ワイマールに戻った私達は、夜10時半をまわっていたが、ワイマールの
国民劇場でのコンサートのお仕事を終えた、劇場オーケストラに勤める
日本人のお友達と飲みに出掛けた。


ペンションのすぐ側にある、ちょっとこ洒落たバーで。
ここは、バーとは言え、お料理の種類も多く、美味しそうだった。
本当、ここ10年でワイマールは、すっごく変わったかもしれない。
お洒落な感じのお店がとても増えた。

私は、コンサート前にカフェで食べたパスタでお腹はいっぱいになっていたので、飲むだけだったけど。
私は彼女と会うのは初めてだったけれども、すっかり意気投合した感じだった。
途中から、そのオーケストラ団員の彼女の彼氏、やはりオーケストラ団員だというドイツ人も加わって、4人で夜中の2時半頃まで飲んだ。

バーの隣席に、どうやら見覚えある顔が!
ギリシャ人のピアニストの子だ。私が留学していた時にもいた子。
彼女の旦那になったというブラジル人はいなかったけど。
ここでも10年振りの再会!だったのだけど、なんとなく恥ずかしくて
声は掛けず・・・。
それにしても、ワイマールって本当に狭い。







Last updated  March 24, 2008 01:09:51 AM
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カテゴリ:★海外旅行記★彡
1月26日前半


Plinz プリンツDSCN6065



PLINZの続きです。

前日の日記分に書くのを忘れたけど、プリンツの夜の空は、
プラネタリウムのように星がたっくさん見えた。
そして、寒い一夜を過ごし、朝起きて、朝食。
前日の夕食と同じコールドミール。
寒かったせいか、この日辺りから、ひどい風邪を引いた。
熱は出なかったから良かったけども、咳と鼻水がひどかった。
幸い日本から持ってきていた葛根湯に助けられた。


Plinz プリンツDSCN6069

Plinz プリンツDSCN6072


朝食の後、写真撮影が始まった。笑
撮影用スタジオ?みたいなのは、アトリエのある3階。
何かって、ドイツ人画家が写真を使った芸術作品に必要だとかで
まずは、一緒だったアウグスブルクからやって来た友達がモデルに。
馬に乗っているモデルが欲しいからと、変な台の上に座らせられて
クラリネットを吹かされていた。爆
その後、私も変なポーズを取らされて、モデルに。
しっかし、あとで出来た写真見たら、私の姿は最悪だった。
ブサイク~~~。たぶん、これは作品にならんだろうなあ。
そして、私達の顔だけ正面から撮った写真を画家のパソコンで
何やらすごいソフトを使って加工。
すごかった!!

撮った写真をソフトにかけると、まず、肌がちょ~綺麗になる。
毛穴もなくなって、シワも目立たなくなって。
それに、目の形や口の形も顎のラインも自由自在に変化。
私は、二重にして、顔を細くしていっぱい変身させてみたかったけど・・・
芸術家は、それはやってくれなかった。
しっかし、私のBefore After は、Berfore が酷すぎて・・・。爆



Plinz プリンツDSCN6074


それから、ギャラリーにあるピアノを弾いてみた。
クラリネットとサンサーンスのソナタを全部弾いた。
そのピアノは、もうすぐ100歳なんじゃないかというような、
かなりアンティークもののブリュートナーで、弾くとピアノが揺れて、
壊れそうなような感じなんだけど、久しぶりに弾いたドイツでのピアノは
その音色が素晴らしくて感動した。
どうしてだか、とても響きが澄んでいて綺麗で美しかった。
これが、ベルリンの友達ピアニストが言っていた、日本とドイツの調律の
違いなのか??
本当に全然違った。
少しだけの時間だったけど、5年振りにドイツでピアノ弾けて、
それだけでも味わえてよかったな。
あの響きの感動を一生忘れないようにしたいなあって思った。
住んでいた時には、慣れちゃって感じたこともなかったけど。
そして、今、日本のピアノ弾いて、げんなりです。

Plinz プリンツDSCN6099




それから、私達は、プリンツの庭で散歩。
これが面白いの。全部ギャラリーだから。
彼の作品で埋め尽くされた庭。
ちょっと、作品の一部になって写真撮ってみたり。笑


Plinz プリンツDSCN6094


Plinz プリンツDSCN6059


Plinz プリンツDSCN6093


私は、ほんと、ここ大好き。
そして、3時頃までゆっくり寛いで、プリンツを堪能して、
私達は、ベルリンからやって来た、音楽家ご夫妻をイエナの駅まで
車で迎えに行った。
無事にベルリンの音楽家ご夫妻は到着。彼等を乗せて、再びプリンツに向かったのだが・・・
なんと、迷子。また迷子。笑
来た道を引き返せば良かっただけなのに、途中で曲がりそびれたみたいで
ものすごい距離を走っていた。
いつまで経ってもプリンツにならず、、、。
やっと気が付いて、ユーターン。全然別の街にまで来ていたらしい。
そして、ユーターンしたら、事故車両の撤去作業に引っ掛かって渋滞にまで巻き込まれる始末。
何しろ、あっちもこっちも畑が続いて景色が同じで、本当分からなくなる田舎。
ベルリンの音楽家ご夫妻は、これからPlinzでの本番が待っており
その前にリハーサルをしなくっちゃならないのに、結果的に1時間位も
損をして、迷惑を掛けた。
リハーサルする彼等の邪魔にならないように、私達は、プリンツを後にした。


Plinz プリンツDSCN6056




しかし、またもや、道が分からなくなり、さまよう。
何故か、前日来る時に走った道よりも、いつまでたっても舗装された道路にならない。
不信に思いながらもさらに舗装されていないデコボコ道を走っていたら、あのラジオ局に勤めるドイツ人の友人が、自転車に乗って、ワイマールからプリンツに向かって走ってきた。


車の窓を開けて、彼女を呼び止めて、「Hallo!!」って挨拶を交わし、
「またあとでコンサートで会いましょう!」と。
私達は、彼女がワイマールから、この道を使ってきたんだから、きっと
この道で合っていると、このとき思ってさらに走った。
それがいけなかった。
その彼女は、ギャラリーに着いて、画家に「ayayaたちに、あぜ道で擦れ違った」と報告して心配していたらしい。
行けども行けども、舗装されていない、あぜ道。右も左も畑。
これはおかしいと、ようやく気が付いた私達は、もと来た道を引き返し
出直した。
そうしたら、プリンツを出てすぐのところに、右へ曲がる、小さな村へ行く、舗装された道路があることが分かった。
どうやらそれを見落としていたらしい。
それから順調にアウトバーンに出て、無事にワイマールに。

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プリンツに戻らなければならない時間まで2時間足らず。
大急ぎでホテルにチェックイン。
24日に宿泊したのと同じペンションに予約を入れた。
またもや重い荷物を階段で上げて、そして、ペンションの下のカフェに
入って、軽く夕食をとった。
アウグスの友達は、スープ。私は、トマトソースのタグリアテッレ。
なかなか美味しかった。


そして、急いでまたプリンツへと引き返した。
「もう、迷わないよね~!!」と。さすがに、迷わず、スイスイと。笑


続く・・・



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Last updated  March 9, 2008 01:10:57 AM
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February 25, 2008
カテゴリ:★海外旅行記★彡
1月25日夜   午後の日記の続き・・・


Plinz プリンツDSCN6116


ワイマールからアウトバーンに乗って、ドレスデンの方角へ向かった。
15分位走って、イエナの街に出る手前のところの小さな街で、
アウトバーンを降り、そこからは、ド田舎の道をひたすら走り続け・・・・・。
日も落ちて、視界真っ暗!ドイツのこういう所は、外灯が全くなくて、
車のライトだけ。
そして、景色は、右も左も畑。ほんとに何もないところ。
絶対、1人だったら寂しいし、コワくなるようなところ。
何度か車に乗せてもらって行った事があるところだったんだけど、
遠い彼方の記憶と1枚の地図を頼りに、車を走らせ。
ず~っと走って、分かれ道の看板を見逃し、別の道を走り始めて、
気が付いてユーターン。ユーターンするにもできる場所なくって
かなり走ってから引き返す。爆
そして、出てきた小さい村でまた迷子。
クルクル周っても、看板見当たらず、次の村へ行く道が出てこない。
それを3回ほど繰り返し・・・。

Plinz プリンツDSCN6117



私のナビができてないのがいけないのだけど・・・・。ごっめ~ん。
やっと発見!
そして、さらに走ると、今度は、完全なあぜ道。
もうここまで来ると、万が一迷ったら、日が昇るまで
永久に着けなくなりそうな、そんなところ。
なんとか進めて、目的地へ着く最後の道に出てきた。
以前と違ってジャリ道がコンクリに舗装されていた。
なんとか、無事に到着~。
着いたところは、2軒しかない村。
ここに地名が存在することが謎なんだけども。
PLINZという場所なのだ。

Plinz プリンツDSCN6062

Plinz プリンツDSCN6067


そのPLINZは、ひょんなことから知り合ったワイマールのドイツ人
(先日の日記に書いたラジオ局に勤めている彼女)に連れられて来たのが、最初で、、、
それ以来、私はそこで、何度かコンサートしてピアノを弾かせてもらったり、
私の両親が来た時に遊びに行かせてもらったり、モデル?やりに行ったり、、、と、
とても可愛がってもらったドイツ人の芸術家ご夫妻が住んでいるギャラリー。

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ギャラリーのご夫妻は、もともとワイマールの大学で建築の勉強をなさったのだけども、旧東ドイツの体制下では、設計やデザインを自由にできなかったという不満から、きっとそれが、大爆発したのか、なんなのか、
そのPLINZという場所にあった、元製粉所だった物件を買って、自分達の手で大改造をして、面白いギャラリーにしちゃって、そして、色んな動物を飼って、自炊自足の生活を試みたりして、そして、今も細々と色んな作品を生み出して生活している。


Plinz プリンツDSCN6071


私が、5年ぶりにまた行くと言ったら、とっても喜んで下さって
待っていてくれた。
今年は、灯油の値段が高いから、自分達で薪割って生活していて
結構苦しんでいると聞いていたから、心配していたけど、元気そうだった。
私達は、ギャラリーの奥の一角にあるゲスト用の滞在部屋を案内してもらった。
ここの部屋も来る度に模様替えされているような気がする!
模様替えというのは、壁紙が彼の作品だから。
荷物を置き、そして、2階にあるご夫妻のダイニングに。


Plinz プリンツDSCN6082
 

何を作っておけばいい?って電話で聞かれていたから、
「典型的なドイツ風の夕食がいい!」ってお願いしておいた。
そうしたら、超典型的なドイツの夕食が待っていた。
コールドミールだ!

Plinz プリンツDSCN6044

Plinz プリンツDSCN6046

でも、沢山のチーズとハムの数々。そして黒パン。美味しい~!!
しかも、ここのチューリンゲン特産物で、私の大好物の、Schweinemett / hackepeter
という豚のタルタルソースがあった。
それをパンと食べるのが、Mettbrötchen。
このHPにも紹介されているけど、生の豚挽き肉です。
コワいから食べられないという人もいるのだけど、、、すんごく美味しいのですよ~~~~~。
私は何度も沢山食べているけど、まだお腹壊れたことありません。
「生 豚 タルタル」で検索すると、ドイツの情報しか出てこないところみると、
ひょっとしたら、世界でもドイツだけが、生で豚を食べるのかも?
ビールを飲み、私は、マンハイム近郊でお世話になったお友達から、お土産にと頂いた地元ワインを開けた。
ドイツにしては珍しく濃厚な赤のワインで、飲み終えたら、口の周りも口の中もお歯黒状態に。


夜遅くまで画家のご夫妻と話して、寝た。
しっかし、このギャラリーは寒かったのだ。


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http://maps.google.co.jp/maps






Last updated  March 9, 2008 12:26:57 AM
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カテゴリ:★海外旅行記★彡
1月25日午後   午前の日記の続き・・・



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Weimar  ワイマールDSCN5952

Weimar ワイマールDSCN5911



アウグスブルクのお友達が用事が終って戻ってきた。
私達は、バウハウス大学の新しくできたらしい近代的な図書館の
カフェテリアに入ってコーヒーを飲んだ。
大学のカフェテリアだったから、コーヒーは激安。
でもここはお洒落な食器で出てきた。
今回は、メンザ(大学の学食)に行って懐かしい味を食す機会に恵まれなかったのだけが残念だったのだけども。



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Weimar  ワイマールDSCN5993


そして、車に乗って、まだ行ったことのなかった何年か前に新校舎として
できたリスト音大の管楽器校舎へ行った。
イルム公園南側の丘の上にそれはあった。
大きな建物でびっくりした。昔の管楽器校舎とはまるで違って素晴らしかった。
校舎をウロウロしていたら、ある大きな教室の中に、室内楽の勉強で大変お世話になったアウグスブルクのお友達の恩師がいた!
この先生は、まだ40歳位なのだけど、もうワイマールの管楽器の教授の中では今となってはベテランの方なんだという。
私達が留学していた頃とは随分、教授たちが入れ替わったらしい。
先生は、門下生勉強会をやり終えたばかりで、学生1人1人に、君の演奏はどうっだったこうだった、ああだったのがいけない、あそこはこうしろああしろ・・・・・とブアーーーーって忠告し捲くっていた。
その様子は、以前と全く変わらない姿!爆
やっぱりシャツがジーンズから飛び出てるし。
ブアーーーっと言いながら、私達がのぞいているのを気が付いた彼は、
「おお!挨拶挨拶!」と言って私達のところに来て下さった。
しっかし、彼の頭の中は、今の門下生の勉強会のことでいっぱい。
彼は音楽に一度のめり込んだら夢中になり過ぎて、暴走が止まらない性格なので仕方ない。
私もあの先生に、ブアーーーって言われ捲くったレッスンを思い出した。
あれはすごかったもんなあ。
懐かしい。


Weimar  ワイマールDSCN5999


帰り道、私が入学した当初、本校舎の改装工事が行われている最中で仮にピアノ科のレッスンの行われていたアルテンブルクを通過した。ここは、リストが恋人関係であったものの結局、結婚には許されなかった相手、カロリーネ・フォン・サイン=ヴィトゲンシュタイン公爵夫人とお忍びで生活を共にしていた家である。

Weimar  ワイマールDSCN6009



次に車で行ったのは、私が住んでいた家。
私がワイマールで1人暮らししていた家だ。
街の西側にあるシューベルト通りにあった。街の中心からは歩いて10分位のところ。
とてもいいところだった。
車で行ったのは初めてで、自分の家だったところなのに、シューベルト通りが発見できず。
車を停めて、地図と見比べながらようやく発見。
10年経つとそんなにも忘れてしまうのか。
いっぱい思い出のつまった家。




Weimar  ワイマールDSCN6019


さらに、車で今度はもっと南に走らせて、南の方の通りに。
ちょっと長い坂道を上がっていく。
そう、ここは学生寮。
私がワイマールに住み始めて1人暮らしの家を見付ける前と、
1人暮らしを引き揚げて、日本に帰国する前に2度住んだ事のある寮。
旧東ドイツっぽいその作り。相変わらずボロイ。
ここも思い出だらけ。色んな出会いもあったしね。


さらにさらにもっと南に車で行って、今度は、ベルベデーレ。
駐車場から離れていたから、お城は見なかったけど、ホールを見てトイレに行った。
ここには、声楽科の校舎もある。はっきり言って、山の中。
車じゃないと行くのが大変なところ。通常はバスで行く。
でも、元気な人は、山道を自転車で行く。
それも、練習部屋を確保するには朝一番に。
やっぱりここは、寒かった。
そして私達は、今晩泊まるところを目指して、アウトバーンに乗った。


続く・・・


Weimar  ワイマールDSCN6037







Last updated  March 9, 2008 12:27:44 AM
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