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ヒーリング・カウンセラー溝口あゆかイギリス便り

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2010年10月07日
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今日は、ロンドンは秋晴れです。天気予報では、イギリスの今年の冬はがんがんに雪が降った昨年よりもさらに寒いそうです。日本に逃げ帰っていようかな・・。

さて、スピリチュアルな人というと、「愚痴を言わない」「いつもポジティブでいる」「人が助けを求めてきたらいつでも応じてあげる」「心広く、常にニコニコして・・・」といったようなことをイメージする人が多いようです。

私のブログを長年読んでくださっている方は、そうじゃないんだよ~ということがよくお分かりかと思いますが、これはいわば、なんちゃってスピリチュアルです。

宇宙(神)の愛は、無条件の愛です。そう、無条件。条件なし!つまり、愚痴をたらたら毎日こぼしていても、神は「そうやって毎日愚痴ばかりこぼしているから、お前は幸せになれないのだ!」とは、言いません。ですから、もちろん「あなたが愚痴をこぼすのを辞めたら愛してあげます」とも言いませんね。

そう言っているのは、人間(エゴ)だけです。

神がもし話しかけてきたら、おそらく「愚痴をこぼす自分を受け入れてごらん。そして愚痴の中身を批判せず、よく見てごらん。あなたが真に求めているもの、あなたの傷ついた心が見えてくるでしょう」と言うかもしれません。

私たちはみな、自分の受け入れられない部分があります。怒っている自分はダメ、弱い自分はダメ、人を批判している自分はダメ、料理ができない自分はダメ、人の悩みを聞いてあげられない自分はダメ、などなど・・・。

私たちがこんなふうに自分にダメ押しをしているとき、ダメだ!という思いに気を取られ、あまりその中身を見ていないものです。中身を見るとは、たとえば、何にそんなに怒っているの? 本当にそれは弱いということ? 弱いって本当にダメなこと? 私は、いったいなにを批判しているの? それはどうして? 料理ができないって本当? なんで人の悩みを聞くことが嫌なの? 私のこの嫌だという感覚に耳をすましたら何が聞こえるだろう?と自分を見つめていくことです。

こうやって見つめていくことで、私たちは自分が抑圧していた真の思いや感情と出会い、それを受け入れたり、癒したりすることができます。しかし、「愚痴を言わない人になる」と決めたとたん、私たちは、条件愛の世界(エゴの世界)に入っていくだけではなく、真の自分との出会いのチャンスも失ってしまいます。

また、私たちがないふりしている自分の部分(意地悪だったり、傲慢だったり、嫉妬したり、怒ったり、我儘だったりなどなどする自分)は、私たちを不自然にし、私たちの中の不幸感を高めます。

まず、その部分(例;意地悪な私)がないふりをするために、他の部分(意地悪でない私)でつねにいなければいけません。本来はあるものをないふりし続けること自体が不自然です。不自然なので、他者は、どこかその人が無理しているのを感じるかもしれません。また、本人も「意地悪な私」を潜在意識のレベルでこれ以上にないぐらい否定しているので、不幸感が常にあります。

ですから、自分では精神レベルを一生懸命上げているつもりでも、とても苦しくなってきます。真に精神のレベルを上げるには、神が光も闇も包括し、受け入れ、無条件に愛しているように、私たちも私たちのなかの光と闇を認識し、受け入れることでしょう。

さて、下記のコメントを頂きました。ありがとうございます!

先日、義理の家族で集まった際、義兄が旦那を見て(私が)怖いから食事を残せず太ったんだなと決めつけられました。実際は料理に自信がなく残されるとスイッチが入り、平静を装いつつも心で泣いていたため、他人に誤解されたことがとても悲しかったのですが、タッピングをやって落ち着きました。その時の気持ちを掘り下げたら、『こわい人』だと人から白い目で見られ、母のように孤独になってしまう。母のようになりたくないという思いがでてきました。このような思いに対してもタッピングは使えますか?

日常でEFT(感情解放のテクニック、つぼをタッピングしていく)を使ってくださっているようでとても嬉しいです。セルフケアが上手になっていらした方が増えてきた感じがし、こそばゆい笑いがこみ上げてきます。(←嬉しいという意味)

さて、「料理に自信がない」というのが1つここでは鍵かなと思います。それはだんな様との関係に影響し、またそのため、義兄の言葉に強く反応してしまうのでしょう。(他人の言葉は意見発表です。)まず、どうして料理に自信が持てないのか探って見ることをお勧めします。お分かりかもしれませんが、自信が持てない真の理由は、お料理の出来ではなく、自己価値(自己愛)の欠如なんですね。

自信のある人は、たとえまずい料理をつくっても自信があります。自信のない人は、みんながおいしいと褒めてくれても、まだ自信がありません。(人の言葉が信じられない)

自信と自己愛、自己価値は比例しますね。自信がないということは、自分を否定している部分が多いということです。お料理に関して自分が否定している部分、ダメ押しをだしている部分を見つめてみると良いかなと思います。もしかすると、お母様との関係が関わっているかもしれませんし、過去に誰かにまずいといわれて、それを鵜呑みにしているかもしれません。

また、「怖い人」というのもキーワード2です。怖い人と思われることがとても良くないことだと思っていらっしゃるかもしれませんね。これも義兄の言葉が痛い理由かもしれません。

私たちはよく「絶対両親のようにはならない!」という決心をしたりします。母親のような怖い人、父のような無口な人、などなど・・・。で、もうお分かりかと思いますが、その決心が、自分の中の「怖い私」、「無口な私」を完全に否定してしまい、逆にこの思いに振り回され、苦しさが生まれてきます。

さて、やっとご質問にお答えします。EFTは感情を解放するテクニックで、思いを解放するテクニックではないんです。なので、やり方としては「母のように孤独になってしまうと思うと、体の~~(例:胸の奥)に~~の感覚(しめつけられる感覚、または不安な感じなど)があるけれど、私は私を愛し、受け入れます」となります。

また、怖い人はみんな必ず孤独になるのか?など、自分の思いなかにあるウソをもう少し見つけてみるのもグッドです。

ということで、自分が嫌っている部分を今の自分が受け止めてあげられなかったら、とりあえず、神さまは受け止めてくれているんだぁと思ってみてはいかがでしょうか? ハートハート

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最終更新日  2010年10月08日 01時53分12秒
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