戦争を始めたのは誰?
昨日は、バイロン・ケイティのセミナーへ行って参りました。930人! すごいですね。これだけの人数がいて、私は一番後ろの席に座っていたのですが、彼女の素晴らしさは充分伝わってきました。(会場でスピリチュアル関連の本屋さんの手伝いをしていたため、無料参加。そのかわり一番後ろ)ここでケイティがワークした内容は再現できませんが、本で読むのと、実際に本人がワークしていくのを見るのは、やはり大きな違いがあると思いました。例えば、ボランティアで手を挙げた女性は、息子さんが19歳のときに首吊り自殺をしてしまったことで、ずっと苦しんでいることを声を震わせながら話していました。また、他の女性は、3歳の息子がガンで化学療法を受けているけど、息子がもう受けたくないと言っている、どうしたら良いだろうか?と尋ねていました。旦那さんのほうは、何を言っているのか分からないぐらい涙声で話していました。ケイティは、話の中身にまったく動じず、愛情をもってワークをしていきました。二人の女性とも多くの人が手を挙げるなか(900人ですから)、ずっと手をあげっぱなしだったので、手が疲れないのかなと私がたまたま思っていた人たちでした。ほんのちょっとだけそのワークの一部をご紹介すると、最初の女性の場合、“He should not hang himself (彼は首をつるべきでない)”と女性(母親)のワークシートに書いてあり、彼女は、誰も自分の命を自ら絶つべきでないと主張していました。そこで、ケイティは、そう思ったとき、あなたはどう反応して、どう行動しますか?と尋ねると、女性は“自分をものすごく責めるし、他の子供の面倒があまりできなくなる”と応えました。いくつかのやりとりのあと、今度は“文章をひっくり返して(turn around )ください”と尋ね、He should hang himself(彼は首をつるべきだった)という文章になりました。(バイロン・ケイティのワークをご存じない方は、→をクリック)そこでさらにケイティは、彼は首をつるべきだった理由を見つけてと尋ねると、女性は、“息子は、人生がものすごく難しいと感じていた”などと答えました。そして、またいくつかのやりとりの後、今度はもう一つのひっくり返しをしてくださいと尋ね、女性はI should not hang myself(私は首をつるべきではない)と答えました。するとケイティは、“あなたは、毎日自分の首をつっているようなものですね。”(それぐらいの苦しみの中にいるということと、そのために他の子どもに目が向かない)と愛情をこめて語りかけました。やりとりのすべてをご紹介していないので、これだけで楽になるわけがないと思われると思いますが、ワークの最後には彼女の声はだいぶ落ち着き穏やかになっていました。私たは、一つに思いに凝り固まりがちで、He should hang himselfとはまず考えないでしょう。そういう意味で、凝り固まった思考を緩め、新しい地平線をケイティのワークは見せてくれ、それによって心に平和が訪れるのが素晴らしい!と思うのです。彼女のワークは、A Course in Miracles(奇跡の学習コース)とものすごく通じるというか、まったく同じだと私は思っています。(ガンガジもエクハルト・トーレも)。ほかにとても分かりやすくて良いなと思ったのは、ケイティがボランティアの参加者に“Katie, You are stupid”(あなたはバカね)と私に言ってみてと頼み、相手がそういうと、“えぇ、私は年中外国でワークしているけど、どの国の言葉もまったく覚えないの。ほんとバカだわ。また、私のパートナーが何ヶ国語も話せるからすっかり頼っていて、覚えようともしないし、バカなだけじゃなくてなまけものなの。”といったふうに答え、またもう一度“Katie, You are stupid”と頼みました。すると今度は、“なんてひどいことを言うの! ほんと失礼な人ね!”と言い、会場に向かって“戦争を始めたのは誰? 私ですね。”と語りました。相手がひどいことを言ったから、私の平和(な心)が乱されたと私たちはどうしても思ってしまいますが、平和な心を真に乱しているのは、私たちの反応(それに対してどう思うか?)なんですね。で、いきなり話しのレベルが落ちますが、つい先週、夜中にパートナーの浴びるシャワーの音(正確には、ベッドの真下にある古いボイラーの爆音)に何度も起こされ、腹が立ったことを思い出しました。時計を見ると夜中の1時半で、そのとき“なぜ約束を破るのだ?”(夜12時半以降シャワー禁止) 私は音に敏感なのを知っているのになぜ?と思考がぐるぐると頭をかけめぐり、目がどんどんさえてしまい、結局寝付けなくなってしまったのです。と同時に、ほんとうは彼じゃなくて自分だということも分ってもいましたので、寝ながら頭のなかでワークをしようとしたのですが、半分寝ぼけた脳みそのせいでうまくできませんでした。で、次の朝、彼に“昨日あなたがシャワーを夜遅く浴びたから、何度も起きちゃった”と言うと、彼はびっくりして“まだ起きていると思った”と応えました。そのときは、面倒になりワークをもうしなかったのですが、なんだかすっきりしない自分がいました。が、ケイティのそのワークを見て、ほんとうに眠れなかったのは、自分の怒りのせいだとはっきり分かったのです。私は、腹を立てずに、さっさとまた眠りにつくこともできたのです。“私は私の眠りを妨げるべきではない”(彼は私の眠りを妨げるべきではないのひっくり返し)この文章を見たとき、ほんとうにほんとだ! と頭の理解から心にすとんと落ち、真にすっきりしました。そして、あぁ、私は自分に眠らせないというなんて過酷なこと(?)をしたのだ、もっと自分を大切に扱おう!と心から思ったのです。人生の問題が、シャワー事件レベルのものばかりであれば、まだだいぶ生きやすいでしょう。しかし、人生にはもっといろいろなことがおき、苦しい出来事ほど、他人に相談できなかったり、または、そういったことを相談されたとしても、どう対応してあげたら良いか分からないことが多いでしょう。しかし、バイロン・ケイティは、どんな問題からも私たちは平和な心を見出すことができるということを肌で教えてくれています。もう何も手はないという状態はないこと、そして、辛い状況にいる人に対して、“この人に平和は必ず訪れる”と分っていること。これだけでも自分にも相手にも大きな救いになるでしょう。