2014/04/03(木)19:12
猫<101> 第8章 対決 <14>
三人に見捨てられた衝撃は、大きかった。 それは、ミケにとって、生みの母よりも確かな命の原点、何よりも大切な、幸せの記憶だったのだ。 それを粉みじんに打ち砕かれてしまっては、残るのは絶望ばかり。 もう生きている意味もない、と思った。 あの時珠子お嬢さまの決断でこの命を救われてこれまで長生きできた、幸せだった記憶すら徐々に薄れ、その幸せの記憶こそが幻、長い長い一夜の夢の中の出来事のように思えた。
雨の中、力尽きた子猫は、本当はあの時死ぬ運命だったのかもしれない。
ふらふらとその場に倒れこんだミケの耳に、幻の声がささやく。
わかったか? 人間とは、みな、かくも頼りない生き物だ。 気まぐれのみで行動する。 お前は、これまで人間に愛され、守られていたと感じていたかもしれないが、それも、相手が信ずるにたりるものだったからなどではない。 見よ、すべてはこやつらの気まぐれの結果、単なる偶然の産物に過ぎぬのだ。
次第に薄れ行く意識の中、そうかもしれない、とミケはしみじみ思った。
幻の声が甘く、優しく、ミケをいざなう。
私にも、人に愛され、自分は幸せだと思い込んでいた、そんな時期があった。 しかし、そんなものはすべてまやかし、私の勝手な思い込みに過ぎなかった。
私がこの世で唯一、信じるに値すると思っていた人間は、私が事故に遭って死ぬや、あっという間に私のことなど忘れ去り、厄介者がいなくなってせいせいしたと言わんばかり。 人恋しさに、声を限りに私がどんなに呼んでも叫んでも、その声が相手に届くことはついになかった。 私がどんなにさびしく、むなしい思いをしたか、今のお前ならわかるだろう。
ここに集まった霊たちはみな、今のお前や私と同じ心の痛み、絶望を味わっているのだ。 わかったら、おまえも、さあ、こちら側に来るがいい。 ここは決してさびしい闇の世界などではないぞ。 同じ苦痛を味わった仲間たちがたくさんいる。 人間などという頼りない生き物のことは忘れて、さあ、こちらへ、私のもとへ、おいで、ミケ。
真っ黒な絶望と、安穏が、静かにミケを押し包んだ。
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