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ちょっと お散歩 ノリタマ6983さん
漬けものな日々・・… futan2005さん

全21件 (21件中 1-10件目)

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性的トラウマ・嗜好。

March 21, 2005
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SMクラブで働く前、私にはもう一つやりたい仕事があった。
けっこうマジになって探してみたけど、見つからなかったもの。

それは、客と添い寝をする仕事。
男性客もくれば女性客もくるらしい。

ただ隣で眠るだけ。性交渉はなくて、となりでいっしょに眠ってあげる。
でも自分がぐっすり寝込んでしまったらだめで、
客が夜中に目を覚ますと、隣でにっこり微笑んだり、水やコーヒーをいれてあげて
また客がぐっすり眠る手助けをするといったもの。

これは、吉本ばななの『白川夜船』という本に出てくる架空のお仕事なんだけど、
大学生のときにこの本を読んで、ものすごくこのバイトに惹かれてしまった。

それに私はけっこうすぐに目が覚める性質だから、向いてるかも?なんて気もしたりして。

ネット使ってマジにこのバイトを探したけど、似たようなものはなかったなぁ。。。

ただSMクラブでもロング(8時間)で入った場合は、添い寝して似たような行為をすることはあったけど。



・・・まぁ、本中ではこのバイトをしてた女性は自殺しちゃうんだけど。。。

・・・なんとなく分かる、想像できるような気がして怖かった。

・・・人の痛みを闇を、少しでも吸い取れたら…そう本気で思ってそう行動しても、
そこは出口のない場所で、そこに迷いはまり込んでそれで自殺なんかしたら、
周囲の人に深い深い闇を自らが与えてしまうことになっちゃうんだろうな、
・・・とも考えて悩んでみたり。

・・・その当時
私はカウンセラーになりたいだのなんだのとも思ってたけど
世の中には、こういう類の、いわば裏の仕事でしか癒せないこともあるんじゃないかと
そんなことを真剣に考えつめてた。

自分自身の破滅願望・・・
それとは対照的に匿名の人々を思う気持ち、彼らに生きていてほしいと願う気持ち、
・・・すべての人の心の闇を吸い取れたらなんて途方もないことを考えてみたり・・・、
人の寂しさ、孤独、闇とは、言葉やカウンセリングだけではなく
人の身体のぬくもり、肌の温度でしか吸い取れないこともあるかもしれない、とか

凍てついた心は言葉では無理でも、
固まっている身体をほぐすことによって溶かせる場合もあるんじゃないかと思ったりして、
マッサージ師にも憧れてみたりとか。

フロイトじゃないけど・・・すべてを性の問題として捉えるというわけじゃないけど、
心の問題には、その底に「性」の問題も深く根付いていたりすることもあるわけで、

そして歪んだ、歪まされた心は、
歪んだ世界でしかバランスを保てないこともあるのではないかとも思ってみたり、、、

自分を傷つけたい衝動・・・それが自殺に繋がるくらいなら、SMを。
人を傷つけたい衝動・・・それが犯罪に繋がるぐらいならSMを。

正常、異常、そんな専門家の下す評価に関係なく、生きるために救われるために必要なナニカ。



凶悪な犯罪を犯す人は、根っこに性犯罪の前科があるってのも、、、
分かるってか、哀しいっていうか・・・。



・・・兄はSだったと思う・・・。
Sというか、性的倒錯していたと思う。

それは妹に手を出すだけにおさまってなくて

兄が中学生の頃・・・、別居先のアパートに
 
(その頃、兄はアパートを借りて住んでおり、 母だけがそのアパートと本家を行き来していた)

よく同級生の男の子を連れこみ、鞭だと称してベルトで殴っていたらしい。
その子はかなりいじめられていた子で、兄が鍛えなおしてやると言っていたそうな。

その子の兄が、母にそのことを訴え、
どうなったか詳細は忘れたが、なんとか解決に向かったらしい。

そんな話しを殴られて痣だらけの母から伝え聞いた時、
私は今にも犯罪をおかしそうな兄が末恐ろしかった。兄の心の闇が恐ろしかった。


でも、私はその闇を常に覗こうとしてきていたのかもしれない。

不登校児のカウンセラーになりたいと思ってたのも、兄が不登校だったっていうのもあるんだろうし、

・・・私の中で蠢いていた、
兄に対する憎しみの感情とは、またちょっと矛盾してるんだろうけど、


でもきっととにかく、・・・救われたかったんだろう。自分自身も、他人も。

人間ってどうしよもなく哀しい生き物だから。


そういう感情がいろいろ組み合わさって
他人からは無茶とみえる行動をいろいろ取ってしまったりもしたんだけど。

自分の感覚のおもむくままに・・・。

私にとっては、自分のやってきた風俗系の仕事、
また、冗談めかしてゆってるものではあるが、占い師になりたいって思う気持ち、
マッサージ師になるべく、タイ(タイ式マッサージ)に修行に行こうと本気で思ってたことも、
そしてカウンセラーを目指していた気持ちも、これからなろうとしてる作業療法士も、

私にとっては同じライン上にあるというか、私の中では繋がってて・・・。

そりゃ風俗嬢と、占い師、マッサージ師、臨床心理士なんて、
それぞれ全然違う立場、仕事なわけなんだし、学問・知識という点でも違うけど、
人と触れていたい・・・人の心をほぐせたら・・・
という方向性としては、私の中では似たようなもので・・・
まー、あまり理解されにくいんだけど・・・。


人が人に対してできることというのは限られているし、
仕事となれば、その職業の枠内・・・倫理内、目的内でしか動けない。
世の中には、一辺倒にはいかない、いろんなニーズがあるわけで、
それぞれの職業には、それぞれにしか持ち得ない特徴があって、
自分自身の適性もあって、、、

どういうアプローチで私は人と対していたいのか、そして社会と繋がっていたいのか、

いろいろ考えた末にいきついたのは、作業療法の仕事だったんだけど。

というわけで・・・。

まー、そのうち詳しく書く日も・・・

・・・くるのかなぁ?






Last updated  March 23, 2006 09:48:44 PM
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November 9, 2004
ちょいと今日の日記はSMちっくな内容なんで、まー、ご了承をば。。。

別ページ作ろうかなとも考えてますが、面倒くさいので、またそのうちに。





私は痛みには強いほうなんじゃないかなと思ってる。
でも、どこまでが自分の限界なのかは、よく分からない。

S側にしてみれば、どちらも同じ強さで叩いているという気がしていても、
受け手のこちらとしては、痛くて怖くてやめてお願いやさしくして抱きしめて・・・
と本気で思う時もあれば、もっともっと厳しくしてと痛みを求めるときもある。

私は、精神的なものにものすごく左右されるんだと思う。

SM的な行為・・・たとえいつもされているような行為であっても、
その日の体調、その時の精神状態、シチュエーションによって、感じたり感じなかったり・・・。

・・・けっこう相方とはSMっぽいことをよくやるんですが・・・

そんな中、昨日は、なぜか身体が震えて、涙がとまらなくなってさ・・・。

相方は、いつものようにやっていたつもりだったらしいんですが、

なんか、その日は、私が気乗りしてなかったのかなぁ・・・
んー、そんなこともないと思うんだけど、
相方が急に兄とかぶっちゃったというか・・・、なんかねぇ、いつもとは違う方向にスイッチがはいってしまったみたいで。
Mモードのときの、いいように、こうどこまでも陥ちていくような気にならなかったというか。

私の身体には、きっと、昔、兄に殴られてきた過去の傷がいっぱいしみついていて
ちょっとしたきっかけで、それが噴きでてしまうのかもしれない。

兄に殴られて痛くて痛くて痛いって叫んだらまたぶん殴られて声も出せなくて怖くて怖くて
・・・その時の感情が、痛さとともに、ふわぁって蘇って。

ただ怖い、痛い、お願いやめて・・・って声にならない気持ちだけ。。。

私が震え泣き出したのを見て、相方はびっくりして、ごめんねごめんねって抱きしめてくれたけど。

私はきっとこうしてあのときも誰かに抱きしめられたかったのかもしれない。

なんて思いながら、しばし相方の胸で泣き続けた。

まぁ、いっぱい泣いて相方によしよしなでなでされると、うちはすっきりするからいいんだけど。



てか、私はSMにそれを求めていたのかなぁ・・・。

ボロボロにされて、で、その後で包み込まれる、そのときの充足感・・・

きっと私は求めてた。
兄に殴られて蹴られて、そんなときに助けにきてくれるやさしく抱きしめてくれる救いを求めてた。。。

あのとき、そんなもんはいやしなかったけど。。。


あー、わかんないや、、もぅ。


相方は
「あーあこれだから俺はSに似合わないんだよなぁ」なぞと凹んでおりましたが。

ごめんよ。

なんかうちでも分からんのだわ。
どこまでが気持ちのよい痛さで、どこからがダメになっちまうのか。。。


今日は、相方が会社に行ってから、一人、
家にいると、なんか昨日の余韻からか、思い出しちゃっていろいろ。

兄が階段を上ってくるときの音の恐怖とか・・・。殴られるってときの感覚。

あー、って、もう泣けてきちゃって、

だめだ。

なんか情緒不安定なのかな。

最近夢でも実家の夢ばっかみるし。
引きずられてる。

うー。

ない胸がすかすかして寒い。






Last updated  November 9, 2004 08:57:16 PM
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February 13, 2004
SMに走ったのは、もともと素質があったのか、それともエホバの証人の母親に育てられたからなのか?
小さい頃の、エホバの証人流のムチで叩かれつづけてきたせいなのか?

この日記をはじめた当初は、そんなメールをよく頂いた。

・・・んー、どーでしょ。

どうなんでしょうねぇ??

・・・まぁ、私は「SM」に走ったというよりは、最初は「スパンキング(お尻叩き)」に興味があったというだけで、
「ご主人様」による「調教」というものを求めていたわけでもないし、、、
「SM」と「スパンキング」には微妙な違いがあるのかもなんだけど、それは別の話しということにしておいて。

もともともっていた私の素質がエホ証教育によって引き出された・・・のかな。

んー、こういう話しは難しい。

「エホバの証人」の母親に育てられたこと、その組織の流儀で母親から叩かれたこと、
それは、自分がそこに目覚めるきっかけになったというだけで、
私は、そのせいでこうなったとか、それだけが原因だとは思っていない。

幼い頃の体験・・・、
それは何かに目覚める契機、今後の人生を方向付けていく一つのきっかけ。
それを否定的な意味合いで表現するならば「トラウマ」ってことになるんだろうけど。
他にもいくつものきっかけがあって、その時々に応じていろいろなことを考え、
私が生きてきた中で経験してきた幾つものきっかけが積み重なって、私はSMの世界に足を踏み入れた・・・んだと思う。


親が「エホバの証人」だったせいで、ムチで叩かれてきたせいで、ただそれだけでこうなった、
というような単純なものではないだろうし、私は、エホバの証人のムチ教育は否定しても、SM自体は否定していない。

その昔、学生時代の頃はカウンセラーになりたいと思っていた頃もあったが、SMは、その時に頭をよぎった裏の世界でもあった。

人間の異常性、被虐・加虐性をプレイという合意の形で受けとめあえる、そんな究極の癒しがその世界にはあるような気がして・・・。

SM・・・歪んだ世界かもしれないけど、そうでしかバランスを保てないこともあるのではないか。
自分を傷つけたい衝動・・・それが自殺に繋がるくらいなら、SMを。
人を傷つけたい衝動・・・それが犯罪に繋がるぐらいならSMを。

SMという関係性においてなされることは、人や場所を間違えてやれば犯罪行為だ。
・・・だからこそ、こういう場も、こんな社会には必要なのではないか、、、と。

まあ、そんな理由だけじゃなく、
昔から気付いていた自分の中の被虐性、その願望をとことんまで追及したくて、
でも、頭の中だけでもやもや考えても、その世界は分からないし、いつまでたっても私は変わらない。

そう思って足を踏み入れた。

私は、自分自身で気付いていた自分の中の歪みを、そういう世界に身を委ねることでバランスをとろうとしていた。

いつの頃からだろう。私はぼーっとするとよく妄想の世界にいた。

ある時の私は、孤児院で暮らしている少女になっていた。

年下の女の子に誘われるままに、深夜、孤児院を飛び出すのだが、外で万引きをして掴まり、
寮に連れ戻されて院長に叩かれる・・・そんなシチュエーションをよく想定してた。
しかも私は年上だったから、罪は重く、誘った本人よりも数倍多く、痛い道具で叩かれたりするのだった。

・・・リアルでは万引きしたことは一度もない。
ビビリやの私は、親から「ムチ」という言葉が出ただけで逃げ回ってたし、
現実には叩かれることのないようにうまくやっていたけど、頭の中はいつもそんな妄想に満ちていた。

矛盾だらけの私・・・助かったのは、そんな妄想は、人にいったら恥ずかしいことだということが、
幼いながらにちゃんと分かっていたということだ。

・・・いつからだろう。

その妄想に性的なものを感じていることを、はっきりと自覚し始めたのは・・・。

小学生くらいの時には、すでに気付いていたと思う。

小学校2年生で、兄に犯られそうになったときも・・・。
私は、きっと、既に、なんとなく、気付いていた。

私が男性不信になり、もがき苦しんできた原因は、あの事件にあったが、

・・・私がずっと苦しんできたのは、「兄を許せない」という気持ちの、そのもっと奥深くには、

「・・・オマエモ・・・あの時「懲らしめの鞭」という言葉に少しでも反応しなかったのか?」
という、打ち消しがたい問いがあったからだ。
誰にもいえない問い、私の中の矛盾・・・。
成長すればするほどその問いは私の心に圧し掛かってくるようになった。

考えれば考えるほど私の中がいろいろが引き裂かれそうで。ずっとずっと苦しくて。

そんな自分を認め受け入れることができるようになったのは、SMと出会ったおかげ・・・だとも思う。

自分自身も含め、人間のどうしようもなさを愛しく思えるようになり、
憎しみと自己矛盾の苦しみから自由になったというか、、、
性というものに対して前向きになれたというか。

こうして心境が変化し、自身の壁が自然に壊せるようになってきたおかげか、
互いに自身を曝け出し、分かち合う、その過程を楽しみながらいっしょに生きていきたいと思える相手も身近にできた。

まぁ、クラブで働くことによって性病をもらってしまったり、それによって相方に迷惑をかけてしまったこともあり、
自分の考え、取ってきた行動が正しいとは思えない。
むしろ浅はかだった気もするし、純粋なSMがやりたくても、ルールを守らないというか、
こちらの意思を無視して本番をしようとする店長みたいな男も多い。
「SMクラブで働いていたことはいい経験だった」と、手放しでいうことはできない。

でも私が兄を・・・「男」というものを心の底から許せ受け入れることができるようになったのも、
・・・相方に心を開く、そんな下準備みたいなものも、ここで出来上がったんだと思う。


SMに走ったのは、もともと素質があったのか、それともエホバの証人の母親に育てられたせいなのか?
小さい頃の、エホバの証人流のムチで叩かれつづけてきたせいなのか?

・・・私にとって、その答えは、どちらでもいい。
どちらでもあるしどちらでもない。

たしかに過去のトラウマが引き金にはなってるんだけど、
「過去に囚われて前にも後ろにも進めなくなるくらいならバカでいいからがむしゃらに。人生イキオイじゃぁ!」
・・・という慎重なくせに無鉄砲な私の、自分なりのバランスのとり方と思って、自分で判断・選択してきた道。

恨みも後悔もない。すべては今の私に繋がっているから。

それでも、
こうしておけばよかったのかな・・・。ああしておけばどうだったんだろう・・・。

そんなことを思うときもある。べつにSMの件に限らずとも。
日常生活の中で、私が下してきた数々の判断について思い返して、どうだったのかどうすべきだったのか、と。

私が下してきた何らかの判断において迷いの中にはいりこむと相方がいう。

「あづみが選んだことが答えだよ。難しく考えるな。」

私はその言葉が好きだ。






Last updated  February 27, 2005 07:25:12 PM
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November 12, 2003
SMクラブのHPから、やっと私の顔写真が消えた。

・・・なんか遠い昔みたい。

いや、ねえ、まだやめてから数ヶ月しかたってないはずだけど、
・・・私、よくやってなぁ・・・てゆーかよくやる気になったよなぁ・・・
と、まるで他人事のように振り返ってしまったりもする。

でも、私は相方に出会わなかったら、こんな予備校の仕事はやめて、
東京に移って、表向きは派遣かなんかの仕事でもしながら、SMクラブで稼ぐつもりだった。

もしかしたら、今ごろ、そうしていたかもしれない。

店長にも、そうするように、強く誘われていた。

「仕事やめて、今すぐ東京に引越しておいでよ。
アヅミちゃんは、其処に一生いようと思うわけじゃないんでしょ。
その仕事を一生続けていこうと思ってるわけじゃないんだったら、
其処からここへ新幹線で通うのは、金銭的にも体力的にもしんどいし無駄だよ。
話を聞いてると、別にその会社は社員を大切にしてるわけでもなさそうだし。
SMの仕事を平日にももっと増やして、そちらの方が儲かるし、
まあでも今みたいにこの仕事は週1にして、ちゃんとした昼の仕事をしたいのなら、それを探せばいいし。
アヅミちゃんなら東京でも職はいろいろあるでしょう。」

毎週のようにそう言われ、・・・私はけっこう揺らいでいた。

店長の誘いを本気にしていたわけではないが、
・・・というか、東京に住んだら住んだで、いつでも店長に会えるから、ちょっち面倒くさいかなとも思ったけど、、、
(まあ、一応、従順な奴隷なわけですけど・・・わけないっ・・・)

でも、東京で暮らしてみてもいいかな、という思いもあった。

芝居も観にいけるし、、、住むならシモキタあたりに住みたいな・・・。
・・・いろいろ・・・まだまだ・・・未知の可能性を試してみたい。
まだ私にはなにかあるかもしれない。
ないかもしれないけどあるかもしれない。

なんてキモチもあった。なんというか冒険心。
今しかやれないことをやりたい。
私のぽっかりあいたままの心を埋めるために。なにかを、やろう。

とにかく、こんなとこでいつまでもくすぶってるのは嫌だと。
なんかそんなわけのわからない焦りがあった。

・・・その原因は、一概にはいえないけど、
大学時代の彼氏・・・というか・・・全然彼氏でもないんだけど、
なんかつきあってるのかいないのか曖昧なままダラダラ、コイツはやるだけやりたいんかいみたいな、
・・・いやまあそうでもないのかもだけど、、、
ちゃんと彼氏と呼べる前に別れたような、でもまあ私にそれなりに影響を及ぼしたオトコが、
東京で、芝居に出たりコントに参加してたり、そんな生活をしていたからかもしれない。

大学を卒業してブラブラしてるという噂の彼だったけど、
私が好きだった劇団の演出家(かなり有名)の公演にその人が出ているのを知った時は、・・・なんか、、、
別にいいんだけど、別にいいと思ってたけど、「悔しい」という感情とはちょっと違うけど、
私はこんなとこで何をしてるんだろう、と・・・なんか猛烈な焦りを感じた。

芝居や映像・・・クリエイティブ系の世界。

私は、そういう世界を知れば知るほど、
自分はどこまでも才能のない凡人なんだと気付かされ、とことん凹まされる。
でも、私のまわりはそれなりに非凡人系というか、、、
不発も含め「なんかやりそうな人」というか、一風変わった人が多かったから、
彼もそのうちの一人だったけど・・・
そんな中にいて、私は大学時代から自分のあまりの凡人さを嘆き、諦めながら、
でも諦めきれない焦りを常に内に宿していた。

凡人だからこそ、私は普通に、そう、今のように、会社で正社員として働く、
そんな社会的な顔をちゃんと持っていなきゃいけないと思う反面、
・・・「サラリーマン・OLは私には似合わない、格好悪い」というような、
大学時代からつきまとっていた意識がまだどこかにあり、
いや、それは私だけじゃなく、私の大学時代の仲間の風潮がそうだっただけ、
私は単にそれに影響を受けすぎていただけなのかもしれないけど、
「やりたいことをやってます」みたいな・・・そんな自由人・芸術人っぽさに、憧れていた。

「ちゃんとした社会人生活を送り収入を得る方がいいんだ、普通が一番偉いんだ、
バイトしながら芝居なんて、甘いんだよ」
と思いながら、そうできない自分がなんか歯がゆかったりもした。

私もなんかやりたい・・・と。

とりあえず、それは、東京だった。
今の停滞している現状を切り開いていけそうな気がしたのだ。
動かなければ何も始まらない・・・と。
惰性だけで今の仕事を続けている、そんな人生は嫌だ、と。

一人で東京で暮らすのは寂しいし家賃も高くてもったいないから、
誰かとルームシェアをしようと思ってた。
できればゲイの人がよかった。いっしょに暮らしててなんか気楽そうだったし面白そうだし。
たまに連れて行ってもらってた銀座のSMバーにもゲイの人がいたし、
まあそこで見つからなくてもネットでルームシェアできそうな人を探そうなんて、けっこう本気で考えていた。

表向きは派遣の仕事でもしながら、SMクラブで働く日数を増やそうと思った。
そうすれば、今の倍以上の収入になる。

金が溜まれば、可能性も広がる。
また放浪の旅に出るもよし、芝居をもう一度するもよし、
とある資格(今取ろうとしている資格)をとるために
専門学校にいってもいいし、院にいってもいいなと思ってた。

あの頃、私は、なんだかんだで、自分の人生を他人事のように面白がってた。
だってSM嬢なんて、ありえないじゃん、はっはっは、みたいな。
人生ゲームでもするように楽しんでた。
ギリギリのゲーム。
行き詰まったら、もう一度リセット、スタートに戻る、
それでもどうにもどうしようもなくなれば
ゲームオーバー、さよなら人生、別に死んでもいいやと思ってた。

んー。






Last updated  February 27, 2005 07:49:28 PM
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July 26, 2003
ふぅん。へぇ。ほぉぉぉぉお。

なんやら下に相方が書いてますねぇ。。。
『可憐な乙女の純愛日記』の雰囲気を壊しやがってこの2ちゃんねらーがぁ。

ん?

そんな相方がかっこいいという反響をいろいろ頂き・・・
私の書く日記よりも反響があるような・・・。
くそぅ~。負けた。

あっ、いえいえ。

素直にうれしかったり、

反面、
「ふんなにさぁ、いつもは、こんなにエロで調子ノリで大げさバカなのにさぁ、人前では、なんかこうかっこよくさぁ・・・」とも思ったりしたり。

いいもんいいもんばらしてやるもぉん。

私がこのライコスの日記を公開しはじめると、
「あずみの文章を見てるとライバル心が燃えてきた」「あずみは彼女でありライバルと思ってるから」と言い出し、
真似してライコスの日記を公開し始めた単純極まりない相方Red。
しかし、3日ともたず、ほったらかしのまま時は経ち・・・、

そして何をいいだすかと思うと・・・

「ねぇねぇねぇ、あずみぃ・・・、やっぱなんでもない」
「どうしたん?いいからなぁに?」
「あのね、あのね、日記のね、パスワードおせーて」
「前、自分のもってたんちゃうん?」
「・・・ひとりでやっててもつまんないんだもん」
「・・・ほんと、もぉぅ、しよぅぉーがないなぁあ」

裏ではそんなやり取りがなされていたわけで。
・・・ぬぁにがっ、、、「ジャックに成功した」じゃっ、、、

んでもまあ、独り善がりの想いに満たされがちになる日記の世界に、
私からの視点と、相方からの視点、両方あるものってなんか面白そうかも。

そんなわけで、あづみでっす。

「可憐な乙女」・・・自分で言ってて寒い、いや、寒くさえないなんとも感じなくなった25才。
今日も栄養ドリンクでドーピングしながら、元気にお仕事、うー。
夏期講習前半戦。。。しゃべり続けぶっ通し。ほんまキツイ今日この頃毎日。まだまだこれから。ふぅううううう。

・・・そう、見通しね、甘いですよ。まあ。おっしゃるとおりで。はい。

登録の切れた原チャはともかくとして、・・・相方に注意されて以来、もう乗っていませんからこれでも・・・。
飲酒運転はまあ・・・会社のつきあいで仕方ないし一杯くらいのもんだし酔ってないし、
ちょっとは醒まして帰ってるから普通と変わりないしみんなそうだし家までそんな距離ないし安全な道だし大丈夫だし・・・

と言い訳をしたい気持ちもあるのだけども・・・、

少しでも危険性のあることは、まあねぇ、、、
なにかあれば取り返しのつかないことになってしまう可能性があるからねぇ・・・。
人を巻き込むかもしれないし、自分もその後の人生狂うしねぇ。

わかっちゃいるけど、やめられ・・・やめますよもう。はい。
自分一人だけで完結できる人生では、ないし。

こういうことだけじゃなくても、
3ヶ月使い捨てコンタクトを半年以上使っていたりとか・・・
私にとっては当たり前の序の口屁のかっぱ感覚で行動してると、いろいろチクチクゥっと怒られる。
「失明したらどうするの?後先を考えて行動してよ」と。

・・・それにしても、いつから自分はこんなテキトー人間になってしまったのか。
「赤信号は絶対にわたらない」
小学生の頃は、潔癖症なくらいきちんとしていたのに。
真面目で几帳面で宗教や学校で決められたルールは必ず守る、
守らない人は「ダメになる」と思い込んでチクルくらいの嫌な奴だったのに。

そしてそんな自分が大嫌いだった。

小6の時くらいだろうか、
信号無視をしてみることからはじまり、クリスマスには友達とプレゼント交換をした。

宗教上の理由でやってはいけないこと、社会的ルールとしてやってはいけないこと、
その区別なく、まわりと同じように、普通の人になろうとしてか、私は、私の中のタブーを一つ一つ破ることで前に進んでいっていた。

そうして高校時代には、煙草を吸ってみたり、
大学時代には、神社に初詣にいったり、
インドに単身で乗り込みそこで出会った人々と興味半分にヤクをやってみたり、いろいろいろいろ。

まあ、私は別に不良系でもギャル系でもなかったし、
何かに反抗してとか、悪ぶってどうこうするということはなかったけど。
まわりの誘惑に負けてそうしたというより、
私は自分の殻を破るかのように自分なりの基準で意識的にそうしてきた。

私は基本的には、今でもまあ「いい子」だし、真面目で慎重で怖がりでびびりだけれど、
その気さえなれば、イキオイさえあれば何でもできてしまうことを経験から知った。

壊そう壊そう怖そうなものを壊そう。
なぁんだ、こんな、簡単なことか・・・。私は今まで何を恐れていたのか?
タブーというものがどんどんなくなっていく。何にも囚われず、自由に自由に。

そのように自分を変えると、私はまわりにウケルということを知った。
まわりの友達は私のことを「豪快だ」「すげー女だ」「おもろい」と笑って受け入れてくれる。
その位置の居心地が気に入って、私はいろいろなことに大胆になってきた。
また人に要求しないかわりに、自分もだんだんルーズになっていた。
そうして今の私ができてきた。

普通の人に憧れて、そうなろうとして、自分の中のタブーを意識的に壊し、
いつのまにか、どうでもいいどうにもなれのテキト-人間になっていった。

だいじょーぶだいじょーぶなんとかなる。どうにかはなる。そんな気がするから。
なんでもなんとかなってきたこれからもそうなるだろう。どうにでも。

そこにある危険性、落とし穴は気にせず、ただイキオイだけで進んでいく。まっ、いっかー。
未来なんて分からないしどうでもよいどうにかはなる、だろう。

・・・まあ、ある意味、それが私の今までの行動の強みだったわけでもあるけど。
だからこそやっていけた乗り越えてこれた外に飛び出していけたとも思うんだけど。

それだけではいかんなと、今まではそれでやっていけたとしても、
誰かとともに生きていくためには未来をつくっていくためには・・・。

そう、最近思い始めた次第でありまするよ。はい。

相方が病気になってはじめてそう思ったというわけでもなく、そう思ってきたころに相方を病気させてしまったというわけで、
よけいにショックだったわけでありますよ。

今回の病気も、
相方とつきあってない、自分ひとりの時に自分だけがなるものだったら、自業自得で済ませていた問題だったと思う。

自分ひとりだった頃は、それでよかれと思ってやってきた。
その自分の行為行動のツケが自分ではなく、よりによって相方にまわるとは・・・と。
痛かったわけでありますよ。悔しかったわけでありますよ。すまないと、後悔したわけですよ。。。

相方とつきあいだしてから一番変化したのは、「自分」の未来が「自分たち」の未来に変わったこと。

「なるようにしかならないどうにでもなれや」と思っていた自分の命、その未来。
それが自分だけのものではなくなり、、、
もっと大事に考えて行動しなきゃという、責任感覚が生まれてきた。

いい意味で縛られているんだと思う。お互いね。

とはいっても、
自分に関することは大概、「まっ、いっかー」となんでも適当に流してきた
この行動感覚を直すのは、けっこう大変で・・・。

ま、いっかー。
それもなんとかなるべ。




・・・。






Last updated  July 26, 2003 03:58:19 PM
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July 21, 2003
相方Redのひとりごと

みなさんはじめまして。あずみの相方でRedと申します。はい( ・ω・)∩
このたびはめでたくあずみよりパスワードを盗み出し、この日記をジャックすることに成功しました。
この日記の片隅に寄生して偏差値を下げようと画策してやみません。
みなさまお見知りおきよろしくでございます。

しかし、しかしだよ奥さん。目は真っ赤、おしっこすると痛い、白血球の増加のせいで極度に疲れやすいとすばらしい病気になってしまった。
眼科に逝くなりいきなりクラミジアの診断をされるとは恐れ入った。
2週間経とうという今でもまだ引っ張ってるし、もうなんやらかんやら。
泌尿器科というのに初めてかかったわけだけど、そこの先生にはちょっとウケた。
「ちょっと突っ込んだことを聞きますけど、仕事は座り仕事ですか? 立ち仕事ですか?」
「あ、立ち仕事です」
「ではさらに突っ込んだこと聞きますけど、最近射精のときに痛いとかありましたか?」
「そうですね、痛かったです」
「さらにもっと突っ込んだことになりますが、ここ一週間では何回くらい射精されましたか?」
「・・・・・・」
その「突っ込んだこと」とはいったいなんなのかと小一時間問い詰めたい。
その「突っ込んだこと」のせいで余計に答えづらいんですが先生。射精の事実を突き止めたいなら、最初になぜ回数もいっしょに聞いてくれないんですか先生サマ( ;∀;)
さらに「1回ぐらいです」という俺の返答に、先生サマほんとか?という顔をしたのを俺は見逃さなかったよ。
痛いから1回で止めたんだよっ。悪いかぉぃ、つーか疑わなくたっていいだろうよぅ。
とにもかくにも山のように薬を飲む日々が始まり、俺の身体はあっという間に薬漬けに。モウダメポ..._〆(゚▽゚*)

閑話休題。

あずみは俺に感染させたことを気にしてるようだが、俺はほとんど気にしてない。
ってのは、今回のことであずみは多くのことを学習したと思う。
あずみは見通しが非常に甘いときがある。
風俗に携わっていながら病気をあまり気にしていなかったり、酒飲み運転をしたり、登録も自賠責も切れた原チャリに乗ったりと俺の感覚からは全く理解できないことをする。
それがどれほど危険で見通しが甘いのか、身を持って体験してもらわなければわかってもらえないだろうと思っていた。
だから今回のことはあずみが自分の感覚や考え方にいい影響を与えたと思うし、そのことを俺の闘病レベルの重さと秤にかけた場合、あずみの学習に与えた影響のほうがはるかに重いと思う。
人間は学習しておくべきところで学習しないと、取り返しのつかない失敗をすることがある。
エホ証の機関紙ものみの塔の中に珍しくいいことが書いてあったのを思い出す。
「人は誰も落雷で死亡することを恐れて生きてはいない。だが宝くじを買う人は落雷死する確率の半分の確率を夢見て大切なお金を投げ捨てている」
つーか、この言葉がなんかの引用だったかも(;・∀・)
まあいずれにせよ、どんなわずかな確率でも人生が破滅するような落とし穴がある行為はしないでほしい。
あずみはそれを今回のことで学習してくれたと信じている。






Last updated  July 21, 2003 04:39:29 AM
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July 13, 2003
・・・相方がどうも性病になったらしい・・・。
正確にいえば、あの種のものは性病ではなく性感染症らしいけど。

私には自覚症状がない。
一昨日、婦人科で検査してもらったけど、白とでた。

でも、どう考えてみても、私が保菌者・・・だろう。
相方は私以外の他の女の子と関係をもってないだろうし。
そして原因はかなりの確立で、・・・店長。
店長の持ってる菌を、相方に運んでしまった可能性が高い。
断定はできないけど、そう推測すれば、時期的なつじつまがすべて合う。

こういう仕事をしていただけあって、かなり注意して検査してもらってたけど・・・。
咽頭にあるのかも。今度血液検査してもらわなきゃ・・・。

相方がなった病気は、薬を飲めば散らせるもの。
でも性病のなかには、一生もんのやつも多い。
もしも、もしも店長がHIV感染者だったら・・・って思うと。。。
でも、その万が一の可能性もありうる。保健所に行って一応検査しとかなきゃ・・・。こわいことだ。こういうことになってはじめてそう思う。

症状を詳しく調べるためにネットをいろいろみてると、「性病占い」というものまであった。
「あなたを性病に例えたらなんでしょう」
と、爽やかに書いてあるトップページ。
わけわからん。そんなもんに例えるな。あほらし。
・・・と思いつつ、それで相方を占ったら今の病気が偶然にもあたってた。恐るべし。

まあそんなものばかり見てたわけじゃないけど、今回のことで、いろいろ調べてると性病に詳しくなっちゃた。
20代の女性のうち3人に1人はクラミジアをもっているという調査結果もあるそうだ。
まあ、どこでどう調べたデータかはわからんが、とにもかくにも性病が世間に蔓延してるのは事実だろう。

最近は、風俗関係よりも、検査をしない素人一般女性の方が保菌者が多いという。
それでも風俗はやはり性病の温床。怖いところにいたんだと改めて思う。
お客様のうち、本番をしなくとも、生フェラだけで簡単にかかってしまうということを、ちゃんと認識してる人がどのくらいいるのだろう。

・・・最後の最後にとんだみやげをもらってしまった。
かなりショックでかかった・・・。
・・・撒いたものは刈り取るってことか。
しかも直接刈り取ってるのは本人ではなく相方・・・。よけい苦しい。
一人だった頃、私だけなら別にどうなってもいいと思ってこの世界に足を踏み入れたけど、相方と会って・・・。
なんて無責任な。。。わかっていたようでわかっていなかったというか。

私一人だけで済むことなら別によかったんだけど、なんで相方だけに自覚症状がでるんだよぅ・・・。

あ゛ー、もう。バカバカバカバカバカー。
あー。うー。あー。死にたい。死にたいというか逃げたい・・・んだろう。
相方じゃなかったらほんと逃げてたかも。あー。さいてー。そーだよこんなやつだよさいてーなの。

はふ。

へこむへこむへこむへこむ後悔後悔後悔・・・の日々。
綺麗な思い出だけとしては、終われない過去。
あの場所がよかったってこの日記に書くなんて・・・
あの頃から痛みに苦しんでた相方のことを思うとやりきれない。
前の日記を消したくなる。

まあでも、そのとき思ったことは、その時の真実だし・・・。

・・・こういう時にあまり動じずに、「いっしょに治していこう」と、「起こってしまった事」に対処していく相方の器量には感謝だ。

そして、今、性病のことがどうこういうより、2chで絶賛されてるといわれるインドの怪しそうなハゲ薬が、今になってやっと効いてきたらしく、
「毛が、毛がはえてきたー」と、まだ「毛」とはいえないわずかなうぶ毛が生えてきたことに子どものように喜んでることに、私は救われている。

最初は、へこむ私に気を使ってそんなそぶりをみせてるのかと思ってたけど、
・・・それを差し引いても、どもあれはマジで嬉しいみたいで。

「毛がふさふさのやつには、俺の気持ちはわかんねーんだよっ。
今まで毎日ずっと薬塗ってきて、その努力の結果、やっとやっとやっと生えてきた毛なんだよっ」

「・・・禿げ必死だな。」

凹むだけへこんだけど、相方にわずかな毛が生えてきてくれたおかげで、私も少し元気になった。
まぁ。。。なんでも、地道に治していくしかないんだろうな。






Last updated  July 13, 2003 01:26:27 PM
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July 6, 2003
お店側に辞めると伝えた。
昨日、やっと言えた。

店には指名の予約が入っていた。新規のお客様と、いつもの人。ドタキャンになって悪いことをしたというか、もっとはやく伝えておけばよかった・・・。
分かってたのに、ああよけい自己嫌悪。
いつも指名してくれる人に何も言わずに去るのは、なんか申し訳ないし、冷たい気がするし、次で、次で最後に・・・とも思ってズルズル延ばしていたけど、
もう気持ちの整理上、プレイするのはどうしても無理なような気がして、こんなので大金頂くわけにもいかないし、
店長のあの件以降から、私はお店にいけなくなって、なんやかんや理由をつけてはお店を休んでて、
でももうその理由もつき、限界にきてからの「辞める」発言だった。

私は、嫌なことでも大抵のことは仕事だと割り切ればできるけど、
こればかりは生理的に無理になった時点で、もう二度ととできないようになってしまったみたいで・・・。

「最近本業と両立できないし、いろいろ考えた結果辞めようと思っています・・・」

いつもの電話番の人は、私の微妙な嘘も分かっててくれたみたいで、それには何も触れないけど、それでも、
「いろいろ考えたんだろうから」
「これから暑くなるけど、夏バテに気をつけてね」
「本業のお仕事がんばってね」
「残念だけど、これも人生なのよねー、色々あるしね。」
なんて、ちゃかしながらもやさしい言葉かけてくれるもんだから・・・、

電話きった後、ちょっと、ほろほろと涙がこぼれた。

次の次の日曜日に、直接挨拶にいくことになった。それで最後。

「辞める」という一言を伝えることがなかなかできなくて、
なぜこんなにウダウダ悩むのか、うちはアホかいなと、ふと冷静に思ってみたりもするけど、
あの電話かける寸前までほんと悩んで、緊張状態が続いていた。
「辞める」ということを伝える電話は、
ここで働きたいという意思を伝える電話より、何十倍、何百倍もの気力が必要だった。

なにか新しいことを始めるということ。
「それには莫大なエネルギーが必要。なかなか難しい。」という人がいるけど、
私はその気さえあれば、大抵のことはイキオイで簡単に始めてしまえる。
人生イキオイ!あとは野となれ山となれ~で生きているから。
 
でもなにかを辞めるのは、それなりに慣れ親しんだ場所を去ることを告げるのは、
いろんな人のことが浮かんだり、いろいろしがらみがあったりで、なかなかなかなか・・・。もだえる。
別に自分がいなくなっても、通常どおり何も変わることはない。
そう分かってても、「辞める」ってことはなかなか言い出しにくい。
そうやってズルズル惰性で続けてしまうこともある。

まあでも自分の人生だから、
自分で考えて組み立てていくしかないというわけで・・・。
そして今がちょうど辞め時。あの世界から卒業する。決めたからもう揺らがない。

私はいつも自分を取り囲む大きな流れにただ流されるように生きてはいるけど、
事の始まりはまあともかく、なにかの終わりを決めるのは、すべて自分の責任においてやっている。
いろいろなしがらみ絡むけど、別れたり断ち切ったり。
一期一会。そういうもん。まあだからこそ、その一瞬一瞬を大事に思ってきた。
それだけだと思っていたけど、今の私は、続くものも信じていけそう。
一期一会の人生の中で、永遠の関係があるとすれば、私にとってそれは相方なのかなと思う。相方だけでいい。
・・・なんてクサイ台詞をゆってみたり、でもそれが今の真実。この気持ちだけは永遠であって欲しい。

私はここを去るけど、お店にはまた新たに入ってくる女の子もいるわけで、そうしてめぐり続けるわけでしょから、まあいいってことで。
私なんて別にいなくてもすべては成り立つし。
・・・卑下するわけじゃないけど、私がいなくなっても、いつも指名してくれていたお客様は、また別の女の子につくんだろうし、
まあ私もそうして誰かからお客様がまわってきたわけでしょうから、それはそれでいいんでしょう。

そして巡り巡ってみんな幸せでいてくれれば。。。

源氏名だけで呼びあう、本名さえ知らない、聞かない人たちがほとんどだったけど・・・

私、あの場所、あの空気、好きだった。ほんと。

昔は、今でもまあそうかもしれないけど、私は基本的に女集団というのは苦手だった。
集まれば誰かが誰かの悪口を言ってそれで盛り上がったり、そんなことばっかりで、そういう、なんというかベタベタした関係がとても嫌だった。
私は他人のことなんて特にどうでもよかったし、人の悪口なんていいたくなかったし。
たんに自分がいわれてるかもしれないというのが怖かったからだろうけど。
常にグループ行動、グループにあわない人は排除する、グループに合わせて悪口でも言わなきゃいけないような雰囲気、
そういう全体性が苦手で、一人でいた方が楽でいいと思ってた。
風俗店って女ばかりの世界だから、そういうかんじなんだろうなー、それにケバケバしてそうで嫌だなと、働く前まではそう思ってた。

でも、ここは違っていた。誰でも受け入れてくれる、そんな場の空気が常にあった。
M嬢専科だからかなんなのか、小さい頃に父親にやられたとか、なんらかの性的トラウマもってる子がいたり、
まあ、こういうところで働いてる人たちって、皆どこかに心の傷なり、それぞれのそれなりの過去をもっている人が多いんだけど、
だからといって今更どうこうというわけではなく、それでいて冷たいわけでもなく、
あたらずさわらずの関係、ほどよい距離の中で生まれる「場の温かさ」があった。
誰でも受け入れてくれる場所。だが、けっしてべたべたしない。

一匹狼たちが群れをなしてる・・・そんなかんじ。
なんとなく退廃的で、でもってあたたかい。

私のいたお店が特別だったのかもしれないけど。
ほんと居心地のいい場所だった。

今後、たぶん一生会うことのない人たちだろうけど・・・
ありがとう。






Last updated  July 6, 2003 11:37:47 PM
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July 3, 2003
脳裏に浮かぶ兄と妹の姿。
長い間封印しようとしてきた光景。

封印しようとしては何度も脳裏に浮かび、そのたびに身体を掻き毟ってきた。

そのことさえ、今はもう、遠い過去の出来事。
そういうものの一つになってしまったようだ。
私の中で消化できたということなのかもしれない。

SMクラブで働く前までは、
相方と出会う前までは、ずっとひっかかっていたように思う。

あの日あの時、兄と私は、2階の十畳間でゲームをしていた。
下では、父と母が塾に来た生徒を教えていた。
そう、それは普段どおりの、いつもの光景だった。

兄が言い出した。
ゲームに負けたら 「懲らしめの鞭」だと。

そして私はゲームに負けた。

「懲らしめの鞭だからな」

そういって兄は妹のパンツを脱がせた。
私は部屋の隅においやられた。

竹の棒でアソコをつつく。

その棒は、兄が親の金を盗んだ時に、鞭として使用された棒だった。
アレで叩かれると、一発で青痣ができる。めちゃくちゃ痛いらしい。
兄が悲痛な叫び声をあげていたのをよく覚えている。
よほどのことがない限り、母はアレを使わなかった。
私はまだそれで叩かれたことはなかった。
私はその棒を目にするだけでびびってた。

でもその棒は鞭としては使用されなかった。
アソコをいじるために使われた。
逃げようとすると、 「動くな」と殴られた。
「なめるぞ」といわれた。
わけがわからず、されるがままになっていた。

なにをされているのか・・・
兄は何をしたいのか・・・
よく理解できなかった。
何をされてるのかよく分らなかった。

ただ最後に、
「このこと親にゆったら絶対フクロやからな」といって殴られた。
そう言われたことだけが怖かった。
まだ鼻水たれのおバカなガキだった私は、後々まで、フクロ(袋叩き)という意味を自分が袋詰にされることと勘違いしていて、
いつかは、袋に詰められて捨てられるのではないかと、びびっていた。

・・・ちょうどその頃の私には、死が身近にあった。

「もうすぐハルマゲドンがくる。21世紀はない。」

物心つかない頃から、私は「エホバの証人」の教えを信じていた母にそう教え込まれていた。
エホバの証人の教えをしっかり守る人だけが、ハルマゲドンを生き残れると。
私も、あの頃は、そう信じていた。信じていたというか、教えられるがままに、その世界観を受け継ぎ・・・、世界とはそういうものだと思っていた。

私も、ハルマゲドンで神に滅ぼされるのかもしれない。。。

「エホバの証人」の信者しかいないような楽園なんて、生き残りたいと思わなかったけど、ただ滅ぼされるのは怖かった。

でも、それより前に、私は兄に殺されるのかもしれない。
兄に会うたびに殴られ蹴られ、そんな予感が強くなりだした。

いや、殺されるのではない。兄の眼の前で死んでやりたい。
どんな死に方がいいだろうか、一番えげつないだろうか・・・
この窓から飛び降りて死んでやろうか。
それともナイフで首を掻ききってやろうか。
ガソリンをかぶって火あぶりになるのも見事かもしれない。
父親を庇って包丁で刺されるのもいいな・・・。
いや、このまま、兄に殴られてるそのままに、意識をなくしてしまいたい。
そうすれば、皆兄のせいにするだろうから。兄が一番ひどい悪者になるだろう。

どず黒い思いばかりが私の心を支配し、
私は、常に自分の死様ばかり考えていた。

私が死んだら、親は泣いてくれるかな・・・。
お葬式には誰がきてくれるだろうか・・・。

兄は後悔してくれるだろうか・・・。
一生後悔すればいい、眼に焼きつけてさせてやる私の死様・・・

ベットの中で、そんなことばかり想像していた。

さみしくてどうにも苦しくて生きていることが怖くて、
なぜ私は生まれてきたのだろうか・・・、
エホバ(神)はなんの為に、私をこの世に存在させたのだろうか、と思い、
自分が今ここに存在しているということ、その意識を消そうと、とにかく目をつぶって眠ろうと努め、でも眠れず・・・、眼はどんどんと冴え渡り、
天井を見つめると、その天井がだんだん私に向かって降りてくるような感じがし、息が詰まりそうに苦しくなり、
壁に身体を何度もぶつけ、窓から飛び降りたい衝動にかられ、でも、いざ窓から飛び降りようとしても、後もう1歩が踏み出せない・・
どうせならうちの家庭に嫌味ばかり言うあの大嫌いな姉妹(「エホバの証人」の信者)のマンションまで行って、そこから飛び降りてやろうなんて思って、
夜中にそっとそのマンションに出かける用意をするために服を着替え、でもそういう準備をしているうちに、その衝動は、さめてきたり・・・
結局死ぬことはできず、代わりにペンを取って、泣きながら、遺書を何度も書き直していたあの頃。

*************************

時は経ち、かろうじて私は生きていて、
あまり良い思い出のない実家を出ることによって親から解放された私は、
親が入っていた「エホバの証人」の宗教団体を、自らの意思として離脱し、
大学生活をそれなりに楽しみ、来ないといわれてきた21世紀を当然のようにむかえ、
そんな時の流れにあわせて、私も人並みの仕事に就いて、
会社側から与えられたそれなりの責任を果たすように努力する日々を送るようになった。

縁もない、知り合いの誰一人いない街での、新社会人生活。
覚えなければいけないことだらけだし、思っていたより営業活動はつらいし、
営業数字を達成しないと上司からチクチク言われるし、
初任給は少ないのに最初の引越し代やスーツ代などの出費はかさむし、
月末に貯金通帳見ると数百円しか残ってないし、
しんどいことの方が多かったけど、
あの頃のような激しい衝動はなく、泣くこともなかった。
なんとなくの毎日・・・、
生きたいとも死にたいとも思わずに、
ただ日々が過ぎていっていた。

幸せ?昔と比べたら・・・そうでしょ?
分らないけど、平穏な毎日。
あの頃みたいに、必死ではない。
生活自体は大変でも、必死になって生きてはいない。
生きてるし死んでるし。社会人に卒業はないし。
会社の歯車として、ずっとこのまま、毎日が続いていくのかもしれない。
先輩社員を見てると、私も4年後くらいには昇進して室長になるのかもしれない。
別になりたくないけどなるのかもしれない。先が見えてしまう。
でも、自分はどうしたいのか、どうなりたいのか、それが全く見えない。

普段は、この生活でけっこう満足しているように思う。
でも、時々、なんか物足りない気がする。

あの頃には決して戻りたくないはずだったのに。
めちゃくちゃつらいはずだったのに。
毎晩、泣いて祈って泣いて祈って、頭が割れそうになるくらい泣いて我を忘れて身体を掻き毟った・・・。

あの必死さが懐かしい。

刺激が欲しい。我を忘れるくらいの・・・
生きていると感じたい。胸の奥が疼く。

そんな夜に電話をかけた。東京の某SMクラブに。
「そちらでアルバイトの募集をみたのですが・・・」
すぐに面接の日取りが決まった。






Last updated  July 5, 2003 09:59:58 AM
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July 2, 2003
SMクラブに勤め始めてから、もうすぐ1年になる。

辞めよう。もう。もういい。
私にこの場はもう必要ない。
決めた。もう揺らがない。

吹っ切るきっかけになったのは、店長にまた本番を強要されやられたから。
まあそうなると内心気付いてて、断りきれなかった私がどうしようもなくバカだっだけ。
店長のせいにする気はない。

「続けたいなら続けてもいいんじゃない。やるには理由があるんだろうから。」
「辞めたいと思えば辞めればいい」
「それはあづみが決めること」

私がSMクラブで働いていることを相方に話したとき、相方はそういってくれた。

私がこの仕事をしてることを知って引いたり、
正義感からか「それはよくないことだ、辞めてほうがいい」
なんてことをハナから言うような男なら、私はつきあってなかっただろう。
そういう人と自分とは、バランスが釣り合わないだろうし。

それでもある約束はした。
相方とつきあいだして少し経った頃、
「他の男と本番だけはしない」・・・そう相方と約束を交わした。

それを破った私の愚かさ。
それでも相方は許してくれるだろうと思った私の甘え。

バカで身勝手で。

でも、でも、ここで働いている限り、こういうことは起こり得る。
仕方なかったじゃないか・・・とも思ったり。
・・・そう気付いてるなら、なぜもっとはやく辞めなかったのかというハナシになるけど。

名目上は一応、「店長=ご主人様」。
つまり、このSMクラブに在籍している女の子たちは、店長の奴隷たちであり、それをお客様が借りにくる・・・。
そんな意味付けになっている。

そんなわけで、奴隷の立場である私にとって、店長の要求は断りにくい。
だから不可抗力だった・・・という自分に対する言い訳。

男なんて・・・どうしよもないから・・・、
いつも私はもうどうしようもなくなって受け入れるしかなくなって、自分の意志がなくなって・・・
私がバカなだけなんだけど、でも男は・・・男は悪くないのかっ・・・。

いろんな想いが交錯する。

私の一番の弱さ、欠点を突かれる出来事だった。
私はいつも同じようなことを繰り返してきて・・・。
でも以前と違うのは、私の隣には相方がいる、、、ってことで・・・。
もうどうでもいい自分ではなかった。

今更ながら後悔したほんとうに。
これまでにもそう、学生時代には、バイト先などで、知り合いや上司に身体を求められたり、
そういう局面には、何度も遭遇しそのたびに無理やり断って逃げ出したり、
仕方なく受け入れたりいろいろやってきたけど、
守るべきもののなかったそれまでと、守るべきもののある今とでは、全然違った。

激しく後悔。

最初にこのSMクラブに入ったときも、店長には講習の名目で本番をやられた。
SMクラブでは、講習でも「本番なし」が常識だけど、
でも守るものの何もなかったその頃の私は、別にどうでもよかった。
男なんてそんなもんと思ってたし傷つくこともなかった。

手足を縛られたまま、オッサンくさい息を身体に吹きかけられ、
まだそんなに開発されていなかった私の中に何度も何度も店長の肉棒を挿入されて・・・私の何かが吹っ切れた。
あの時なぜだか涙がハラハラと止まらなかった。
悲しいわけではなかった。逃げたいほど嫌というわけではなかった。
涙流れ出るままにまかせながら、自分はなんでもやれるような気になった。
涙とともに、自分の殻、タブー、過去、そんなしがらみすべてを流していけたような、
とことんまで地の底に落ちても生きていける強さを身に付けたような・・・、
なんかそんな気分になっていたような気がする。

相方にこの出来事をすべて話した。
隠そうと思えば隠しとおせるような気もしたけど。
とにかく叱られたくて、その望みどおりに、かなり叱られた。
「叱られたい」という気持ちは相方に対する私の甘えで
それを分かった上で叱ってくれてる相方のやさしさに、
なぜもっと相方のことを考えていられなかったのか、自分を守れなかったのか・・とつくづく反省した。

私は割り切れる人間だった。
そう、相方とつきあいだしてからも、
それはそれ、仕事は仕事として他の男性の相手をし、ズルズルと続けていたこの仕事。
相方と出会う前から続けていたんだから、初志貫徹、
・・・もっとSMの真髄、精神的な深みを極めてみたいという気持ちもあったし、
・・・いや、ほとんどは、こんなことで金がはいるなんておいしい、結婚資金にでもあてよう、くらいの打算的な気持ちから・・・、
辞める踏ん切りがなかなかつかなかった。

でもここ最近、相方以外の男に抱かれたくないという気持ちが強くなりだして、そんな矢先の出来事だった。

もう割り切ることなんて器用な真似はできない。
私がここで働きつづけなければならない意味も理由も、もう今はない。
相方とつきあいだしてから、私はもうあの場所を必要としなくなった。

思えば、さみしいお客様が多かったなと思う。皆なにか温かさを求めていたように思う。
私もさみしかったし、その身体を心を温めたいと思って仕事に臨んでいた。

プレイ時間は、どんなに腹の出たむさくるしいオッサンだとしても、
その身体を、その一瞬だけは、愛する人のように、した。
相手を満足させることが私の喜びともなり、また指名してくれるとうれしかったし、
天職だと思う瞬間も何度もあった。

そんな頃に、ふとしたきっかけで相方と出会った。

私は私の中の精神バランスをとるために、ここで働いていたけど、
相方と付きあいだして、私に欠けてたものが自然と埋められるようになり、
働く必要がなくなった。私はSMを求めなくてもいいようになった。

店長との一件がきっかけではあるが、どちらにしろ、もう卒業どきなんだろう。

嫌いじゃなかった。いろいろあったけど楽しいことが多かった。
プレイも、待機室のあの雰囲気も。
そこで働いていた女の子たちも電話番の人たちも、皆いろいろ抱えながらも生きていて
あの空気感が私はけっこう好きだった。
辞められなかったのはそのせいもあったのかもしれない。
でももうすっきり、卒業、する。

そして、強くなろうと思う。どうでもよくなんかない。守るべきものは守るという強さ。
他人の弱さやさみしさにフラフラひかれて自分まで迷い出たりしない。
揺るぎない自分の場所を見つけたから。これからはそれを守り続ける。



今までほんとうにごめんなさい。
そしてありがとう。

私を見守っててくれて、私が納得して辞めるのを待っててくれて、ありがとう。






Last updated  July 2, 2003 07:22:26 PM
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