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ちょっと お散歩 ノリタマ6983さん
漬けものな日々・・… futan2005さん

全12件 (12件中 1-10件目)

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家族―血縁関係。

May 1, 2005
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カテゴリ:家族―血縁関係。
先日のこと、母から突然手紙がきました。

他にもお菓子やらドリンク剤やらが
ぎっしり詰め込まれた、びっくり箱のような小包に、
その手紙は同封されていたんだけど、

小包の宛先には、
今の苗字(新姓)が、ちゃんと書かれてあるのに
その中にポンっと入っていた手紙の封筒には、

わざわざ、私の旧姓のフルネームが書かれていて、

なんじゃぁ~??って思って封をあけてみれば・・・

(・・・相方、旧姓を見て、曰く、
「俺と結婚したことをまだ認めてないのかー」)

母からのお手紙・・・・・

「ずっと謝らなければと思いながら今に至ってしまいました。
貴女の学生時代、ボタンの上がかけまちがっているといって
貴女を責めたことがあったけど、
かけまちがっていたのは、私自身だって気づきました。

いろいろ長い手紙で貴女を追い詰めたり苦しめたことがようやく分かりました。
ほんとうにごめんね。
でもあづみがRED君と幸福になってくれて心からうれしいです。」

なんていう内容の手紙。予期せぬ、突然の、母からのお手紙。

何を思ってそんな手紙をよこしてくれたのかよく分からなかったけど、
なんだかとにかく泣けて泣けて泣けて泣けました。

・・・学生時代の頃、実家を離れて暮らしていた私のもとには、
母からの、何通もの、

「終わりは近い!真理のもとに立ち返れ!」

という内容の手紙が、それはそれはもうすごい勢いでやってきてまして・・・。

最初は私も私の気持ちを伝えるために手紙を送り返していたんだけど、
気持ちがまったく伝わらないことに疲れ果て、
てか、もともとが筆不精なこともあって、手紙を返さなかったら、

・・・や、それでも、向こうからは、飽きもせずに何通も何通もくるんだけど、

しまいにゃ、

"No letter and no telephone!!"
(訳:手紙もなければ電話もない!!)

という、英語の書きだしからはじまる、お怒りのお言葉、、、

そして、またこの文章に続くのは、いつものように、
7枚くらいある聖句・聖句・聖句+帰ってこいコール。
(この後はさすがに日本語だったけど)

「あなたは何も分かってない!滅びは近い!」という内容のお手紙。

もうね、こんなことばっかり続けられて、ほんと精神的にまいりました。

しかも、なして最初だけ英語やねん!と。

今なら笑えるけど、

だって「ノーレター アンド ノーテレフォン!!」
てさ・・・。いったい何人何者やねんと。
相方とのブラックジョークネタにもなってるけど、当時はマジ笑えなかったよそりゃ・・・。

なにをいおうが、涙ながらに訴えようが、

「真理真理真理、これだけが正しいのだ、
あなたは間違っている。若いからまだ分からないだけ」

と、そういうだけ。

こうまで伝わらない相手には、手紙ももう何も書けなくて


・・・それでも、お母さん、返事をほしいと求めるならば、

私の「死」をもって、私の返事としてやろうかと、

そしたらわかってくれるかい?

・・・と、
そんなどこまでも濃く深く暗く残酷で冷酷でどず黒い気持ちもあって、

それでも私は愛されていて・・・母なりに私を愛してくれていると
そこだけは、ちゃんと分かってしまうのが苦しくて、
どうにも気持ちのもっていき場所がなくて、

憎めて憎めて憎み切れたら楽なのにと。

そんなことを思って追い詰められもしたけど、

あれからかれこれ何年だろう・・・。

あの頃には想像できなかった幸せを手にして、

あの頃には考えられなかった今のこの状況。。。



後日、母に電話をすると、

自分が間違っていたと思う理由は、この前あった巡回訪問で、監督が、
「正論では子どもの心は動かない」と講演で語っていたそうで、

それを母は聞いて、今まで自分がしてきた行為の間違いに、はっと気づいたらしい。


あづみには、これだけが正しいから、とにかく伝えなきゃと思って
手紙を送り続けてきたけど、それはあづみの求めてるものじゃなくて
苦しめるだけのものだったんだと、
あづみのいってたことが、やっとわかったと。

もう自分は60もすぎて、明日どうなるか分からないし、
謝らないまま死んでいくのは嫌だからと、
なんでもそのときに伝えておきたいから・・・、

・・・と、母は悩みながらも、あの手紙を書いて謝りの気持ちを伝えてくれたみたいで。


まー、JWの教えが正論かい!?という突っ込みはおいといて、、、

絶対に自分が正しいと今まで思って疑わなかった母が、変わった。

もちろん、JWが間違ってると思ったわけではないし
それは一生思うことはないだろうと思う。

だけど、あの手紙は、うちらにとっては親子関係の大きな変化だと。。


人の想いというのは、なにがきっかけで変わるかわからないものだなぁと、

何度私が涙ながらに同じようなことを言ってみても、そのときには何も伝わらなくて、

でも、後で、・・・当事者以外の人の影響で気づくということもあるものだと。


しかも60にもなって。
いくら年を食っても、気づくこと、あらためることはいっぱいあるんだなと。

人生いろいろだなと。

60になってまで、自分が間違っていたと、そう改めて語れる母は
ある意味尊敬できる人で・・・。

そして、お菓子やらドリンク剤やらがぎっしり詰められてる箱をみつめながら、

私の旧姓・フルネームが書かれた手紙の封筒をみつめながら、

私はまだまだ・・・ずっと、あの人にとってかわいいかわいい娘なのだろうなぁと。

そう思うと、うちは親からも相方からも・・・
いろんないろんな人から愛されていてとてもとても恵まれていて幸せもので、
そんなことを思って、

同時に苦しかった過去を思い返して、

現在に、とてもとてもありがたくて、ああ、ありがたくてせつなくて、
なんだか泣けました。

先日のオフでも思ったけど、うちは、いろんな仲間にも恵まれていて、
いろんな人の想いがうれしくて、

なぜかよくわからんけど、うちの頭の中には、さだまさしの「償い」という曲にある、

あの、

♪ありがたくてありがたくてありがたくてありがたくてありがたくて♪

ってフレーズが、ぐるぐる流れてるくらい
せつないほどのありがたさで、こわいくらい、ありがたいのです。






Last updated  October 23, 2005 02:37:06 AM
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October 2, 2004
カテゴリ:家族―血縁関係。
次の連休、父がこの家に遊びに来るということで、相方は今からなんとなく緊張というかやたら気にしています。

「いよいよだなぁ・・・。」なんていきなりポツリというから、
「え?なにが?」と聞き返せばそのことだったりして。
ははははは。なんか、おもろ。

・・・そういや相方はうちの父とまともに会話してないからなぁ。

初顔合わせは、両家での食事会の時。・・・しかも結婚後だし。
その時は、かなりの大人数で集まったせいで、当のお二人は「はじめまして」程度の挨拶しか交わしてない。

で、今度が二回目の顔合わせ。・・・そりゃ緊張すっか。あはは~~~。

父が、「あづみが住んでるところの方に、登っておきたい山がある」なんてことをちらっと言っていたので、
「元気なうちにおいで、ふもとまで運転・案内するから」ということで、家によんだ。

父ももう年だから、健康元気なうちにしたいことをして欲しいねぇ・・・。

なんてことを言ってると、相方が
「あづみはなんだかんだいって父ちゃんのことが好きなんだねぇ」
っていうから、

「REDもなんだかんだいって母ちゃんのこと好きでしょ~」
と返した。

「だろね~」

まーね。そんなもんよねぇ。なんだかんだいってもさぁ・・・。いろいろあってもさぁ。

ついでに「REDのこともなんだかんだいって好きよ」というと
「・・・やっぱなんだかんだ言うんだぁ・・・」と、そこに反応されました。

そりゃいいますわいな。なんだかんだ。・・・毎日尽きることなくいえるかも。
最近は言いすぎかなぁ~ってちっとは反省してるけど、だってあまりに突っ込みどころ満載なんだもん。。。

ま、でも、家族なんだなぁ・・・とね、最近つくづく思いますですよ。






Last updated  October 4, 2004 12:01:06 PM
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September 2, 2004
カテゴリ:家族―血縁関係。
うちのお母さんねぇ・・・。

悪く言えば甘いんだけど、・・・まぁ、やさしいというかなんというか。

兄が多額の多重債務を抱えている。妻と幼い子どもを抱えながら。
その借金を、母が貯金を工面して全額まるっと支払っちゃうそうな。
で、親ローンにする・・・つまりは親に、利息のかからない少しずつの額を毎月返済していく・・・そういう約束らしい。

・・・どうなるかはわからんけど。

最初は、兄に、多重債務を一本化するための、さらなる借り入れの保証人になってくれと言われたらしく、
母が「どう思う?」なんて相談してくるから、「それだけは、やめておいたほうがいいよ」と伝えた。

・・・保証人になるなんて、自分がそこから借りるのと同じようなもんだよ、と。
延滞、利息・・・膨れ上がる額・・・なりそうなことを想像しただけで恐ろしい。

まぁ、相談してくれてよかった。
てか最近こういう相談が多い。なんかなんだかなんともいえなく憂鬱になる。

私としては、任意整理を薦めたけど、
「お兄ちゃんも昔に比べたらがんばって働いてるし、親にできることは・・・」なんて
また過去を回想して、泣きながら話がはじまるから、

・・・もー、そういわれるとねぇ、私としてはなんともいえず。


昔、よく兄に、「お前の教育は間違ってる」なんて殴られ蹴られてたのに・・・、
それでも母親にとっちゃー、かわいい息子なんだねぇ。。。

第三者として話をうんうん聞いてると、そうつくづく思う。


今でも兄は母にいろいろ、そういうことを言うらしいけど・・・、


・・・兄の言い分も、同じ家族の「元2世」として分かるんだけど、
なんだかさぁ、、、、そう言うんだったらさぁ・・・、だったら、こういうときばかり親に甘えんなよ、
恥ずかしくないんか、、、、と思うのが妹の本音。

・・・まー、あの人は昔からそうだったけど。

なんでもかんでも「親が悪いんやろう」みたいに、すべてをなにかのせいにして事を済ますのは、
とめどがない甘えになってどんどん膨らんでゆく・・・場合がある。

・・・それが、私はこわい。


親も幼い頃はめちゃめちゃ厳しかったくせに、つめは甘いというか、まぁそれが本当の姿だったのかもしれんけど。。。

そんな兄とそれに振り回される母との関係を横目に見て育ったから、
妹の私は自立心がヘンに強まったのかもしれないけど。


今回の一件・・・
よかったと思う気持ち、せつないような気持ち、あきれ果てる気持ち、
・・・もーなんともいえない気分。

なんなんだろう。もー。あー。

これを機に、もう一度生活を、ちゃんとたてなおしてほしいと強く思う。


うちの親は、普通に生活すれば、経済的にはなんの問題もない老後生活なんだ。
父がそう計算して働き貯金してたんだから。
このままなにごともなく、悠々自適の老後をむかえてほしい。
あの人たちだって、それなりに苦労してきた人生だからねぇ・・・。最後は平和に。


今回の件で、ほんとそう思った。


それに、いっちゃーなんですが、相方の家族も家族で問題いろいろ抱えてるし、、、
両家の家族の中で、まともな生活できてるのって、うちと相方だけで・・・。

・・・なんともいかんとも。
親の老後・・・そして死んだ後のことをつい考えてしまう。。。

やめやめ。やめじゃやめじゃ。



「明日のことを思い煩ってはなりません。」

ですな。まったく。






Last updated  March 23, 2006 10:11:26 PM
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May 11, 2004
カテゴリ:家族―血縁関係。
大学時代、卒論で「アダルトチルドレン」問題を扱っている友人がいて、
ゼミの時に、そのテーマで議論が行われたことがあったんだけど、

「機能不全家族」のチェック項目ってのを、彼女はレジュメにもってきてて、みんなそれを見ていたのね。

誰の案だったか忘れたけど、まぁネットで「機能不全家族」でぐぐれば、
・・・そうそうこんなヤツ。

http://www.ask.or.jp/actype.html

当時のアタシャ「当てはまりまくりだよ」ってかんじだったけど。
今現在、上のURLのチェック項目をしてみても、
「ヒーロー」と「いなくなった子」と「世話役」に当てはまる箇所が多いしねぇ。

で、議論も佳境に入ってきた頃、教授は、
このACチェック項目に該当する箇所がなく、「自分は機能完全家族で育った」と言える人はいるか?
みたいな質問をしたんだけど、そんな人は皆無で、
どうもなぁ・・・「機能完全家族」で育ったという人がいるならば見てみたい、なんて感想を述べてて、

「たしかに・・・」と思ったんだけど、

・・・機能不全家族 VS 機能完全家族・・・

あの頃の私にとって、「機能完全家族」という言葉から感じることは、安直過ぎる胡散臭さ、、、
・・・まさに、エホ証の「私たちは神権家族、神のみ前に一致しているから幸せな家庭です」
ってかんじの胡散臭い匂いだった。

人はどんな社会に、どんな夫婦を親として、どんな家庭に生れ落ちるかは分からない。
受身であるその生。だが、どんな役割だろうが、
人は生れ落ちてしまったところにおいて、それぞれの役割を受け入れて主体的に生きていくしかない。

私の中に、今でも心に残っているひとつの表現がある。
詩人・吉野弘の「I was born」という表現だ。

ACという言葉を聞くたびに、その簡単な英語表現が私の心をよぎる。

私はこの詩もまた大学時代に読んだが、なんだかめちゃめちゃ泣いた覚えがある。
・・・以前日記に書いた「祝婚歌」もそうだが、吉野弘さんに一時期の私ははまっちゃってたみたいで。

学校の教科書にも使用されることのある詩…けっこう長い詩だったので、内容を簡単に書くと・・・

*******

学校で英語を習い始めて間もない少年が、父と寺の境内を歩いているのだけど、そこで妊娠している女とすれ違う。

その時に少年はふと気づく。
「I was born」が受身形であるということに。
<生まれる>ということがまさしく<受身>である訳に気づいた少年は、父に興奮して語りかける。
―やっぱりI was bornなんだね―
―I was bornさ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意思ではないんだね。―

その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。
それを察するには 少年はまだ余りに幼なかった。彼にとってこの事は<文法上の単純な発見>に過ぎなかったのだから。



そこで父は無言で暫く歩いた後、子どもに語りかける。
生まれてから2,3日で死ぬ蜻蛉という虫の話・・・その生誕の神秘と生き死にの哀しみ。
お母さんが息子を産み落としてすぐに死なれたこと・・・。

*******

私のつたない説明より詩の全文を味わっていただいた方がいいのでしょうが、
…っていいURLが見つからなかったので、こんなんで、、
http://www3.justnet.ne.jp/~soya/01test/01_02gen/yosino01.html

・・・私たちはなんのために生まれてきたのか。なんのために生きてゆくのか・・・

この詩のレビューを見ると、

-「受身形」で与えられた生を、自分の生として主体的に引き受けていかなければならない、
そのような生の根源的意味を、思春期の少年の姿を通して、その詩は語りかけてくれる-

そんな内容のことがよく書かれている。

I was born・・・そうとれば、深い響きに聞こえる。

や、で、ね、話はちょっと変わるんだけど、こんな前振りしといて何を言うかってかんじなんだけど、
今になって・・・思うのは・・・さぁ、

相方と二人だけの「家族」においては、わたしたちは「機能完全家族」といえるような気がするんだぁねぇ・・・ってこと。

相方は、もちろん私の夫であるのだが、時には父のように私を包んでくれる存在であったり
かと思えば手のかかる息子のようにどうしようもなく甘えてきたり、
時には尊敬できる「おにいちゃん」的な影をそこに感じたり、かと思えばかわいい弟キャラにみえたり、
時には親友のようにアレコレ語り合ったり・・・
反対に返せば、私は相方にとって娘であり母であり妹であり姉であり親友・・・というわけになるのだろうが、

相方という一人の存在の中に、もうすべて、父・息子・兄・弟・・・
「家族」というものを構成するのに必要であるいろいろな人物的役割が含まれているわけで
それが二人の間においては、まさにそうして「機能」しているんでありまするよ。

で、もし、この二人の家族に、自分のホンモノの親あるいは子どもを加えるとすると、
「機能不全」に陥る可能性が高いとも思うわけでして。

相方は私にとって最高に良き夫だとは思うが、良き父になるとは思えない・・・。
私の心のメンテができるのは相方しかいないと思うけど、
子供の心には、ん~、どう考えてもヘンなことしか吹き込みそうにないし・・・

私、自分の子供がさー、2ちゃんねらーの相方のマネをして「チョセンチョセン」なんて言い出すと、
マジでマジでマジで怒りそうな気がするしね・・・。

相方の言動・衝動はさー、今更変えてどうなるもんでもないし、
「分かっていながらのオトナのすること」として捉えているから、
「しょうがないなぁーコヤツはほんとに」で済ましているけど、
「子供の教育」に影響してくるとなると、「しょうがないなぁ」では済ませなくなり
二人の間に、今までにはなかった喧嘩や不和が生じることもあるかもと思うのね。

まー、それはアタクシもで、
相方は私のことをよく「あづは有能な妻だよ」とサブぃエホ証用語で褒めてくれるが
まーたしかに、こんな私だって相方限定にとっては、いい妻っぷりを発揮していられるんじゃないかとは思うのよ。
ひどい時にゃ、相方の妻が務まるのはアタシだけだよまったくもぉ…とさえ思うし、
そういいつつそれが嬉しくもあるんだろうが、
まぁなんつーか、そういう妻としての責任も果たせるだろう、これからも果たしていきたいとは思えるけど、
相方と築いていくこの家庭において、良き母親になれるとは思えないし、なりたいとも思わない。

私は私のしたいこと、仕事や趣味があるし、
それを犠牲にしてまで、我が子の面倒を見ることに時間と精神を注ぎたいとは思えないし、
そういういろいろなことを考えれば、子供にとっていい環境を提供できるとは思えない。
現代という社会的環境もそうだが、個人的にも、良き家庭環境を提供できるとは思えない。


・・・愛してるならその人の子供を生みたくなるもんだ・・・
そうか?本当にそうか?普通の女性というもんは本当にそう思うものなのか!?

いくら愛してるからといって、
始終「かまってかまってかまってかまって」のダンナと一緒に、
かまわなきゃどうしようもならない、より手のかかるだろう子供を育てたいなんて、
そぉんな疲れそうなこと、地球がひっくりかえっても思えないね。
私に備わっている母性はダンナに注ぐためだけにあるのよ・・・って言い切れるもん。

まぁこの少子化の日本において、子供を生める状態なのに生まない夫婦とは非国民かもしれないが、
だけどだけどだけどね、生みたいと思わないんだからしょうがないじゃん。
相方も「子作りする行為は好きだが子どもはいらん」って言ってるし、
夫婦の総意として子どもを必要としていない以上、私は子どもを生む理由がない。
別に「虐待は連鎖するから子供を生むのが怖い」とかそういう理由じゃなくてさ、
子どもはダンナだけで十分だと思うんだもん。
私だって時には子どもというか猫になって相方ににゃーにゃー甘えたいんだもん。
隣の家から幼い子どもの泣き声が聞こえてくれば
それに合わせて二人して「あーあー」わめいてみるレベルの家庭において、
モノホンの子どもをそこに加えたいとは、これっぽちも思えないんだもん。

子どもは自分たちだけで十分お腹いっぱい。
げっぷ。

・・・子どもがいなくて、老後はどうするの?・・・

「子どもは生まないつもり」と言ったら、友人にそんなことをいわれた。

どうするもこうするも、
今のうちにしっかり働いて経済的土台を作っていればなんとかなるだろう。
二人で農業するのもいいし、小さなお店を開いてもいいし、海外で暮らすのも悪くない。
ちょこちょこと旅に出れたら、私としては最高にいいんだけど。
だいたい、子どもに私たちの面倒を見ろと、そんな重荷を背負わせるのも嫌だ。

ダンナが死ねば私も後を追って死んだって、この世に未練も悔いもないし、
・・・まぁ今だってそんなもんさ・・・

二人でにっちもさっちもいかなくなったら心中してもいい。
この世に何も残さなくていいから。
強いて言うなら、遺書でも書いて残したいかな。
誰に宛てるというわけでなく、なんとなく綴るもの。
この世に生まれおちてから今までのこと、二人で暮らした日々…

世界で一番幸せな遺書を書いて残して、静かに塵になりたい。


んー、やたらまとまりなくノロケともマジ語りともつかないような話をツラツラ書きなぐったような気がするけど・・・
それが今現在のアタクシの考えでございますです・・・。






Last updated  February 27, 2005 07:08:51 PM
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May 9, 2004
カテゴリ:家族―血縁関係。
お義母から写真が届いた。
この間実家で食事会をした時に撮ってくれていたもの。
相変わらず相方は写真写りがわるい。。。
…私も人のこといえないけど。

それに添えられていた手紙には、
「二人でずっと仲良く過ごしてください。
REDの感情的な必要を、あづみちゃんが満たしてくれていることを私はとても喜んでいます。」
と書いてくれていた。

うちの母へ送ってくれた写真には、
「仲睦まじい二人をみていると納得しました。」との内容の手紙を添えてくれていたそうだ。

うちの母に用事があって電話すると、そう教えてくれた。

で、うちの母も同意見だと、
また「お父さんも、まぁ分かってくれたんじゃないかな。」と付け加えてくれた。

何をどう見てそういってくれたのかまではよく分からないけど、ちょっと嬉しかった。

親になんて認めてもらわなくても、誰に分かってもらえなくとも、二人がしっかり分かっていればいい、
…なぁんて思ってたけど、やっぱこうして認めてくれるのは、うれしい。

ちなみにうちの母親には、
「ふたりは新婚ってかんじがぜんぜんせーへんな。晩婚の夫婦みたいや。」

ともいわれる。

そんなに若さ、新鮮味が足りないか。しかも晩婚って。

でも、ま、嬉しかった。その言葉も。

よかった。

両方の親との間で、私たちはなんかずっとギクシャクしてたけど、なんとなく丸くおさまったようで。

ま、それといって、なにもしてないんだけどねぇ。

ま、よかった。






Last updated  May 10, 2004 12:02:24 AM
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April 23, 2004
カテゴリ:家族―血縁関係。
久しぶりのほったらかし気まぐれ日記でございます。どうもこんにちは。
こんな私ですが、どうか見捨てずにおつきあいくださいませ。

近況・・・。

今頃になって・・・ってかんじもありますが、我が実家への結婚の挨拶も無事済みまして。

久しぶりに家族というものに会ったのですが。

その昔、「帰郷」という題の、中原中也の詩の一編に浸っていた感傷的な時期もあったのですが、

(・・・勝手にリンク)
http://www.chuyakan.jp/14search/poem/12.html


久しぶりの帰郷は、そんな余韻に浸る侘び寂びも、懐かしさの欠片もなく、
・・・いや、それどころか、なんといいますか
「んー、ここは強烈まっしぐら一直線ぶっとばしの世界だなぁ・・・」との感想を抱くくらいで。

やっぱうちの親って強烈なのねぇ。
相方も彼らと私との違いに驚くほど。
「橋の下で拾われてきた子なんじゃないの」なぞいわれる。
これいかに。

私ってばあの中じゃぁ影の薄いオンナだわさ。

なんというか、あのお方たちは、・・・一言で言うと、

♪すっすめーすっすめぇーまったきみってぇ~♪

と歌いながら勢いよく驀進してくるような方々なのである。
・・・素で。地で。

周囲の状況がどうであれ、自分がこうと信じた道に一直線。
そこにはこちらの入る間も隙もなく、、、わびさびもなく、、、
なんというか、すごいのであるよ。単純というかなんというか。
とにかく我が道を突き進んでいる方々であるよ、あの方々は。

まさにエホ証型人間であるな。ふさわしいよ、エホ証に。うん。
あのお方たちはエホ証として楽に生きていける方々である・・・と改めて思う。

♪われら~エホーバのあかしびとぉなりぃぃーー
おっっそれなぁーくすっすぅーまんーーー終っわりはぁーちっかし-♪

すでに終わってるよ、なにかが。・・・ってかんじだわい。

歌っちゃうよ?もー。あたしゃまだまだ覚えてるわよあの頃の「賛美の歌」。

「賛美の歌」・・・
それはふと口をついて出てきて、んでもって相方と合わせて歌うことのできるほぼ唯一ともいえる歌でもある。

♪エホーバーよわぁーれらーかぁんしゃせぇーん♪

いつのまにか二人して歌っちゃうもんね・・・。哀しいかな残っているあの頃のかほり。
「そういやぁ、こやつって奉仕の僕といわれるヤツだったんだよなぁ・・・」と思い出したり。

いと、をかし。


って、わしは誰じゃぃ。文体がよーわからんようになってきた。

ふぅ、疲れましたわぃ。

ぐにゃり。
あべし。


まぁ、無事に終わって何よりであるが。


やっぱ、どちらの実家からも遠く離れた土地を二人の新居に選んでよかったあるよ。

ですなですな。

あのお方たちは、遠~くの方からたま~に「お元気ですか?」とちらっと覘いていたい方々である。

まあ、家族なんだけど・・・ね。親不孝ものではあるが。
でも子の幸せが最大の親孝行というのなら、
お互い離れたところから見守っている、そうできる関係が、一番よい。

始終つきあってると、疲れるわい。

ぐぁ。






Last updated  April 23, 2004 06:21:24 PM
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November 29, 2003
カテゴリ:家族―血縁関係。
現在、相方は貯金を切り崩し、
実家に、弟さんの入院費や実家への生活費等かなりの額を仕送りしている。

高額の入院費を払えるのは、エホ証を辞めて、しっかりと働き貯金をし今もしっかり働いている相方しかいない。

・・・まあ、いつまでこの状態が続くのか、先は見えないし、
こんな状態がずっと続けば、今後私たち二人の結婚生活もそれなりに苦しくなるかもだけど。

それはまあ二人で頑張っていこう、と、いうことで。

でもね、皮肉のひとつもいってみたくなるものよのう。

その金は、パチ屋で相方がこつこつ働いて貯めたお金、お義母さんが忌み嫌ってたお金なんだよ・・・と。

まあ、お金に困り弱り果ててる人たちに追い討ちをかける言葉はいえないけど。
きっと向こうさんも分かってるだろうけど。

んでも、もしこれで「エホバ(神)のおかげ」なんてほざいたら
・・・しばき倒したいね。

まあ、でもこれで、
相方が今現在もパチ屋で働いてる、ということがばれても、向こうは、何も口出しできないだろう。
もう、させない。

今までさんざん言いたい放題言ってくれたけど。

パチ屋で働くのなら縁を切る、勝手にしろとか、
あなたたちは家族じゃなくてお金が土台なのか、とかなんとか。
お金がなくても、なんとかなる、とかなんとか、
いろいろ、さんざん、いってくれたけど、

・・・お金がなかったらなんともならねーじゃねーかよ。
これだから、エホ証は・・・と。

・・・家族の縁を切って困るのは、親側の方だとうすうす分かっていた。
私たちは、ウソまでついて家族の関係を繋いだ。

皮肉なものよのう。

家族は土台・・・か。

そりゃ、困ったときは助け合いだし、
ここまで育ててもらったのは、親のおかげでもあるし、
そこにかかった費用を思うと、そのくらいするのは当然であるともいえる。
けどね、でも、なんか腑に落ちないものが残る。

汚いことも思ってしまうもんであるよ。


・・・以前、お義母さんと二人で食事に行ったときに言われた。

「子供が組織から離れるってことは、親にとっては大変つらいことで、
REDが離れたときは、私が悪かったのか?とかね、いろいろ責めたりもしたことがあったけど、
でもそんな時に、ある姉妹にいわれたの。
サタンが離れたのは、いわば父であるエホバが悪いわけではないでしょ?って。
ああ、そうかって思ったの。
エホバは、サタンにあんな仕打ちを受けたり、イエスだって弟子のユダの裏切りがあったけど、
それはエホバやイエスに責任があるわけじゃないでしょ?
そう思ったら随分楽になったの。」

と。

あの時は、
・・・まぁねぇ、お義母さんも、そう言い聞かせるしかないんだろうな、
エホバの証人である自身の心を守るためには・・・、と思いつつ、
「そうですねー」なんて相槌を打って聞き流していた。

私たちは自分自身で決めてあそこから離れたわけで、、、
・・・もともと好きでやっていたわけではないし。
なのにその「離れた」ことに対して、
信者であるあの人たちが勝手に責任を感じ、それで苦しんで欲しくはない。
だから、そう思うならそう思ってくれぃ・・・

あの時は、単にそう思ってただけだったけど。

今なんか急にあの時のその言葉を思い返して、ムカっときてみたり。

サタンやユダ・・・ね。
わたしたちは、そうやって「裏切り者」呼ばわりされながら、
「縁を切る」とかさんざん言いたい放題いわれながら、

・・・なんなんでしょうねぇ・・・がおぅ。
こういう時には、結局。。。

♪この気持ちをどうすりゃいいの♪






Last updated  February 27, 2005 07:42:22 PM
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November 1, 2003
カテゴリ:家族―血縁関係。
相方が新しい土地で働き始めた。

実家になんの連絡もしてなかったら、昨日母から電話があった。
「どうなったの?」と。

私は相方がパチ屋に再就職したという本当のことは言わず、ウソの就職先を伝えた。

わざわざ親との関係を悪くすることもない。
だからといって親のために二人の生活を、やりたい事を、犠牲にするのはバカバカしい。
それが、私と相方が出した結論。

・・・知らない方がいいこともある。
どちらの親とも遠く離れて暮らしているんだから、どこで働いていようがそうそうわからない。
・・・ばれたらばれたで、まあ、その時のことだ。

母は喜んでいた。
またパチ屋に就職すれば、勘当せざるを得なかったからだ。
いい就職先が見つかったことを心から喜んでいた。

相変わらず父は結婚に反対してるそうだ。
でも、私に直接いうわけではない。
いつも母を介して自分の感情を伝えてくる。

そゆセコイとこがまた嫌いになる原因だ。
話し合いにさえならない。

相方と結婚すると言ったとき、父は母を通して、「あづみには裏切られた」といってきた。

裏切った・・・ねえ。私が、父を。

ふぅーん。

ふぅーん。

ふぅーん。

ふぅーん・・・としか出てこなかった。

・・・軽いなあ。ああ軽い。軽い。軽い。私にはピンとこない。

軽いんだ。薄いんだ。父と私の関係は。あまりにもあまりにも軽いんだ。

「あずみは親がなにを言おうとしたいようにするんだろうけど、そうやって、どうしても結婚するというなら勘当する」

と言ったそうな。

ふぅーん。

・・・まあ、そうしたいなら私は別にそれでええけど。
こっちのハナシも聞かずに一方的にそういわれたって別に・・・。

1年に一度実家に帰ったらいいほうの私にとって、実家と縁がきれてもあまり関係ないといえば関係ないし・・・。
縁を切って困るのは、老後を迎える親の方ではなかろうか・・・。

いや、まあ、分からないでも、ない。
裏切られたと父がいう気持ちも。。。

父は私に期待し続けてきたからだ。

私は覚えてないのだが、昔、私は父にいったそうだ。

「お兄ちゃんが学校行かなかったから、私はちゃんと頑張って大学行ってちゃんと就職するね」
・・・と。

・・・父はその言葉をずっと覚えていた。
そして、そういうことを言ってた娘なのに、変わった、と、裏切られた、といったそうな。

父の口癖、
「あづみだけは・・・」

もちろん母も。父と望むところは違ってけど私に期待し続けてきた。
「あづみちゃんがいるから・・・」

幼い頃、私はその両方の期待に応えようとしてきた。
見かけは、模範的な「エホバの証人」の子供だったし、学校の成績も常にトップだった。
自分でいうのもなんだけど、「優等生」でやってきてた。
父の望みどおり、進学校に進み大学も受けたところすべてに合格した。

今でもそう・・・。
父が知っているのは、SMクラブで働いていた娘の姿ではない。
一部上場企業でバリバリ働いてる娘。
娘が風俗で働いていたなんて聞いても信じないだろう。

父はいつも私のことを他の人に自慢していた。

・・・兄が小6の頃から学校へも行かず、
というか、それどころではないくらい家庭内暴力がひどかったりしたため、
そのぶん、親が私にかける期待は大きかった。

学歴にうるさい父の家系の手前、私は父のその期待に応えようと、そうしながら母の期待にも応じようと、
そんな家族背景を背負ってる時期も確かにあった。

転校生ということもあり、小学校でいじめられて、もう嫌で嫌でつらくても、何も言わずに学校に通いつづけていた。
そして母を喜ばせたくて、宗教活動もがんばってた。

・・・こう書くと我ながらけなげな少女だのぉ。。。

でも、私にそうさせた底の部分の感情は、きっと、「あんな兄のようにだけは絶対ならない」という、
・・・黒い黒いどず黒い塊だ。

私が少しでも親に反抗的な態度をみせると、
「おまえもお兄ちゃんといっしょか」みたいなことを言われるから。
私はあんなヤツとは違う・・・その気持ちが私を支えていた。

もちろん、純粋に親を思う気持ち、
親のために頑張ろうと思う気持ちもあった。
親の涙を間近で見て、私は親を泣かせないと誓った日もあった。
いろんな気持ちが渦巻いていて、私は一人孤独で、つらかった。

私の好きなBOOMの曲にこんな詞がある。

「僕は誉められるために人を蹴落として生きてた
たどりついたのは銀河系の果て
そこには誉めてくれる人なんて誰一人いなかった」

・・・私ははやくも小学生くらいの時にそんな心境になってた。

親はそんな私のもがきや孤独を理解してはこなかった。
学校でいい成績をとり、エホバの証人としての模範的な態度を示していれば、
「この子はいい子だ、できる子だ」と、それで安心しきっていた。

そのズレは今更埋まらない。

でも、もう、それでいい。
私の心のギスギスした隙間は、
相方の存在ですっかり埋められたから。

・・・「裏切った」といわれれば、その通りだ。
私は父の期待も母の期待もことごとく裏切ってここまできた。
でも今、私はそのことをちっとも悪いと思っていない。
親のことをもう責めないかわりに私も自分のことは責めない。

「親は子の幸せを一番に願うもの、
あづみが幸せになることが一番の親孝行だ」と母は電話口でいう。

「だったら、私は、ものすごく親孝行な子だよ。。。」






Last updated  February 27, 2005 07:51:32 PM
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September 7, 2003
カテゴリ:家族―血縁関係。
今朝は目覚めがすっきりしていた。
いつも身体がだるくて起きれないのに、今朝はなぜだかすっきりしていた。

そして、思考がはっきり、なんというか、クリアーになっていた。
前の晩は、凹んで心がワサワサしてまたさんざん泣いたのに。

不思議だ。

そして昨日相方からいわれたことを思い出すと、
ふつふつとした怒りに似たものがわいてきた。

まあ、相方から言われた、というより、相方の母親が相方に対して言っていたことを
相方から伝え聞いただけなんだけど。

・・・あの旅行の件があって以来、
相方の母親は私のことを良く思っていないらしい。

やっぱりまずかったかな、あの発言は・・・。

「私は今まで家族を精神的な土台とは思ってこなかった・・・」
あの発言が相方の母親の心象をかなり悪くしたようだ。

相方にも「よくいったな・・・」といわれたけど、
だって、私は常に直球しか投げれないんだもん。。。

後で相方の母は、私のことを、
「おとなしい子だと思っていたら、いきなりそういうことを言い出す、何を考えているか分からないこわい子だ」といっていたらしい。

はっはー。こりゃもう、嫁・姑関係最悪だなぁ・・・しょっぱなから。

もうこうなると、私のすべてが気に食わないのか、
「自律神経やられてる、あんな子を嫁にもらったら、
あなたこれから看病続きで、経済的にもずっと一生苦労するわよ」
みたいなことも、旅行の帰り際、相方にいっていたそうだ。

・・・なんだよ、あたしゃちゃんと普通に働いてるしこれからもそのつもりだよ。
結婚して経済的に相方の世話になろうとなんて、
これっぽちも思ってねーよ。なんでそんなハナシになるんだよ・・・。

まあ、相方の母親にとって、相方は自慢の息子であり、
親の宗教から離れたとはいえ、長男である相方に未だに期待し続けていたんだろう。
今回の旅行で、母と息子のやり取りをみていてよくわかった。
だが、そんな大事な息子は母親よりも彼女の方を大事にする。

・・・こんな自律神経の病気もちの女を、、、。

・・・ってまでは思ってないかもしれないが、まあそんなところもあるだろうな。

相方も、その後、母親から、相方の仕事のことをさんざん批判されたらしく、
私のこともそういわれてかなりぴりぴりきていたようだ。
もう親とは絶縁したいと言い出していて、
なんとか相方の気持ちの受け皿になりたいと思いつつ、
・・・昨日はさすがに凹んだ。

でも、今朝は違った。
なんか、凹むよりも、ふつふつと怒りの感情がわいてきた。

そんな怒りと共にわきあがってきた感情。
「負けちゃらんねえ」

わたし、なに今まで弱気になってんだろ。
相方に支えられてそれに甘えすぎてどんどん弱くなっていたのかも。
こんなんじゃダメじゃんわたし。これからやのに。
負けるもんかくそ。やってやるよ。あたしゃそんな弱くねーんだよっ。みくびるな。
土台のない二人の関係はもろいといわれるけど、
私の方があなたよりよっぽど相方の支えになれる。
いつか認めさせてやる。
別に認めてくれなくていい。私は二人で幸せになれるように努力する。

もういい。うん、もういいや。
親の想いを汲もうとしてまたがんじがらめに縛られる生活はごめんだ。
私にとって家族とは「土台」ではなく、「しがらみ」なのだ。
誰も悪くない。皆それぞれの信念に一生懸命で、それもわかるから、親の気持ちを思えば苦しくなる。
親ともうまくやっていけたら、それはそれでいいなと思う。
でも、まず二人の生活のことだけを考えよう。
私だって相方が思ってくれてるのと同じくらい強く相方を守りたい。
相方と幸せになりたい。

なんか燃えてきた。
本来の私が戻ってきたかんじ。
心がもうワサワサワサワサ不安定にならない。
そして胸の方がじんわりあつくなってゆく、
・・・あのなんともいえない感覚が走る。

強くなるなれる。そんなかんじがしてくる。

もう大丈夫のような気がする。
急に霧が晴れた。事態は変わってないけど、思考がクリアになってきた。
なんか芯がしっかり定まったような、そんなかんじがする。

おっし。やれる。






Last updated  February 27, 2005 08:04:28 PM
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September 6, 2003
カテゴリ:家族―血縁関係。
相方は現在パチンコ店で働いている。

結婚することを前提に、これまで二人であーだこーだいろいろ相談してきた。
結果、相方は今のパチ屋の仕事を辞めて、
今住んでいる土地を離れ、私の元へくる予定となった。

そして今、相方の次の職業をどうするかということで、
私たちは親たちと揉めている。
今回の旅行も、半分はそのことについて話し合うのが目的だったんだろう。

私の両親、特に父親は、相方との結婚に猛反対している。
もし相方がパチ屋の仕事を続けるとして、そんな相方と結婚すれば
私は両親から勘当されるといわれてる。
私の両親は、以前そのことを伝えに、相方の実家に乗り込んでいったくらいだ。

相方の母親も家族も皆、相方の職業には反対している。

パチンコ店で働くなんて・・・、
人から金を巻き上げて、そんな人を食い物にする職業なんて・・・、
「エホバの証人」だった人が、ましてやそこで「奉仕の僕」までやってた人が、
よくも平気でそんな仕事ができるな・・・。
息子がこんな仕事をしてるなんて、娘の夫がこんな仕事だなんて、
誰にもいえない。

とな。

・・・親がそう思うのは、まあそうだろうなあと思う。
もっともな反応だろうと。

正しいか正しくないかが行動の基準、
また世間体がどうとか、そういう常識を生活の基準としている親は、
ダメなものはダメだからダメというだけで、
相方がどういう気持ちで、どういう過程を通ってその仕事を選択し働いてきたか、
・・・そういう、人間の機微を理解して受け入れるということがない。

私は、相方が自分を生かせる職業ならば、
パチ屋でもパチ屋じゃなくても、どちらでもいい。

学歴もない、資格もないともなれば、経験だけがものをいう。
今後の二人の生活、経済的な安定を求めるのであれば、
相方のいうようにやはり同系列の職、
・・・パチ屋への転職が無難な線なのだろう。

この不況時、そもそも他に就職できるかどうかさえわからない。
どこでもいいとなれば、そりゃ親のいうようにパチ屋以外の就職口もどっかには転がってるだろうが、
30代を目前にした男が、今更違う業界に転職し、
一から組み立てていくのは、経済面だけではなく、精神的にもキツイだろう。

私は、相方が男としての自信を保てるような職業ならなんでもいい。

私も私でそのうち資格をとって一生できる仕事をしたいと思っているし。

それに相方はパチンコ業界での自分の仕事スキルに自信を持っている。
・・・相方と話してるとよくそう思う。
・・・それは相方が一人で積み上げてきたもの。
「エホバの証人」という宗教にがんじがらめに縛られていた相方が、
何もない無一文状態で突然家を飛び出し、寮のあるパチ屋に飛び込み、
バイトからその後正社員まで上り詰めた。
そうして苦労して積み上げてきた相方の世界。

私はその話を相方から聞いたとき、
「死んでもいい」とギリギリの状態で家を飛び出たときの相方の気持ちを想像して涙が出た。
私はそこから這い上がってきた相方をすべて含めて好きになった。

だけど、相方が出て行った後、その家に残された相方の母にとっては・・・。

相方の母は、相方の古傷を蒸し返して責めつづけた。

「なぜあづみさんのことを思うように家族のことを思えなかったのか?」
「あなたが突然家を出て行った後、私たちがどういう思いで過ごしてきたか考えたことがあるか?」
「今となっては、私たちはただパチンコ店で働かないと約束してくれればそれでいい」
「どうしてそんな家族の願いが聞けないの?」

たしかに相方の母親の気持ちも痛いほど感じた。
涙が出た。私はそれ以前から相方の家族とよく食事もしてたし、
皆、相方のことを大切に思ってることも知っている。

涙がでて、なにもいえなくなりそうだった。

私の母もいっしょになって相方にいう。
「家族はなによりも土台でしょ?」
「結婚は二人だけでするものじゃない。
それぞれの家族があってそれが土台となってまた新たな二人の家庭を築いていくもの・・・」
と。

確かにそれは、もっとも常識的な話だと思う。
「エホバの証人」だからというわけではなく。

「家族は土台」
「家族は、土台・・・ねえ」
たしかに、そうなのかもしれないけど、私にとっては、その言葉は薄っぺらい。

今までずっと、相方の気持ちを考えてよりも、
世間体や自分の信じた宗教、その正義ばかりを振りかざして、
相方自身のことを認めようとしてこなっかったくせに・・・。

・・・そんな「家族」が今更どうして「土台」といえるのか。

「土台」というのは、
どんな状態であっても受け入れてくれる
いつでも帰れる場所であるはずじゃないのか。

今まで「エホバの証人」としての道を歩まなければ、私たちのことを受け入れてくれなかったくせに・・・。

今度は、自分たちの世間体を守るために、相方の仕事を辞めろ辞めろというばかり、、、
相方がなぜ急に家を出て行ったのかとか、
家を出てからあなたが嫌がるパチ屋の仕事をしていた、
その時の相方の気持ちを、本当に考えたことがあるのか?

そりゃあなたが言うように、相方だけではなく、
出て行かれた家族側もつらかっただろうけど
忽然と家から消えた相方の行方を探すのにも苦労しただろうし、
まわりの人にどういっていいのか、ものすごく返答に詰まっただろうけど、
その気持ちも、思えば涙が出るほど、痛いけど、痛いけど、
だからといってこれ以上もう相方をあなたの論理に縛り付け苦しめないで欲しい。
もう、いいじゃん。あなたの箱庭から、相方を解放してあげてほしい。

そう思った。

相方の母親は更に言った。
「家族の願いは聞けないとしても、
あづみさんがパチンコ店だけは辞めてくれといえば、辞めるのか?」と。

相方はこの話し合いの中で、はじめて肯定した。

そうきたか・・・。
なるほどね・・・。
どう応える?私は・・・。と考えて出た言葉が、
爆弾発言だったのかどうなのか・・・

「私は今まで家族を精神的な土台と思ってきていなかった」

という言葉だった。

「私自身は、Red(相方)が自分を生かせる仕事をして欲しい。
それならば、パチ屋でもなくてもなんでもいい。
今のところ、Redが自分を生かせるのは、パチ屋だろうから、それならそれでいい。
Redがいうように、たしかに私がRedに、
どうしてもこの仕事だけは辞めてくれと言えば、聞いてくれるんだと思う。
私の親からも勘当すると言われている上に、Redのお母さんの気持ちを考えれば、
私は、Redにそう頼むべきなのかもしれない。
でも私はそうしないのは、こんなに言われてるのに、私が家族のことを考えてそうしないのは、きっと、、、
家族が土台といわれても、ピンとこないからで、
それは私は今まで家族を精神的な土台だと思っていなかったから・・・。
もちろん、今まで育ててくれたことには感謝しているけれど、
家族を精神的な支えとして考えてきたことはなかったから・・・」

ああ、言い切っちゃったよ・・・。と思いながら、その後もそんな調子でズバズバ私の過去を掘り返しつつも語ってしまった。

今更どうこう言いたいわけじゃないし、
親を傷つけたいわけでもないけど、これ以上相方が傷ついていくのを見るのは嫌だった。

私たちは、別に親に何かを望んでいるわけではなく、
できることなら、そっと見守っていて欲しい・・・それだけなんだけど。。。

「じゃあ、二人で勝手にすればいい。
結婚式もあげないでいい。」

そういわれた。

まあ、そだろうねえ。
見守るどころか、突き放された。はは。

職業はほんのきっかけなんだと思う。
親の価値観と、私たち二人の価値観が違う以上、
もし今後も家族とつきあっていうことになれば、そんな話は何度となくでるだろう。

親不孝。勝手。
まあ、そういわれれば、そうなんだろう。
私たち親子の間には、それまでの時間の積み重ねでできた溝がある。
・・・今更、家族ごっこをしろといわれてもねぇ。

・・・もちろん、愛してないわけじゃないし、親に抱くそれなりの深い想いがある。
そんな気持ちを簡単にきれるもんじゃない。
親が病気だといえばやはり心配になるだろう。

でも、ねえ。
でも、ねえ・・・。

ほんとに守りたいものは、私は相方だけなんだ・・・よな。






Last updated  February 27, 2005 08:05:16 PM
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