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漬けものな日々・・… futan2005さん

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遠距離恋愛・結婚・生活。

February 27, 2006
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コメントに対する回答の続きです。
「元JW2世となぜ結婚できるのか?」ということですが、


まず、
>「結局同じ環境を味わってきたもの同士でくっついて生きていく事しかできないようにも見えるのですが」

というコメントに対して感じたことについて・・・



寒い夜、芯まで冷え切った身体は独りでいてはなかなか暖められません。
でも隣に人が寄り添って抱きしめてくれれば、すぐに暖かくなります。

相方もよくいいます。

「人は一人では生きてられない。一人でもやっていける、けど一人で生きてちゃいけない。」

同じ環境を味わってきたもの同士でくっついて生きていく・・・

世知辛い世の中、そうして生きていけるのは素敵なことで、
それは一つのたくましい生き方ではないか・・・と思います。


ですが、加えて言わせていただくと、

友人でも恋人でも、私は誰かと人間関係を築いていく上で
学歴や容姿、収入をそこまで重視しないのと同様、
元JWで有る無しをそんなに重視していません。
肝心なのは「人となり」・「ウマ(波長)が合うかどうか」だと思います。

私には元JWの友人もいれば、そうではない一般の友人も大切ですし、
元JW2世の人(=相方)とつきあう前には
元JW2世ではない一般の人(同じ大学の学生とかバイト先の人とか・・・)
と一時期付き合ったこともありました。

で、そんな中なぜ元JW2世である相方と結婚したのかということですが、

1.相性
2.タイミングがよかったから

という理由ですかね・・・大きな部分では。


1.相性

たしかに、相方と付き合いだして思うのは、
元JW2世同士似たような体験を味わってきてるからこそ、
相手がどうしてそう考えるのか感じるのか、
深いところで分かり合える部分が多いと感じます。
JWをネタにしたギャグもツーカーで通じますし。

でも元JWだからつきあってるというよりは、相方だからつきあってるというわけで。


自分が引っ張っていくより、相手に合わせるほうが楽という受身タイプの私。
反対に相方はゴーイング・マイウエイ典型的なB型男。

マイペースで強引で勝手な奴だけど、そのペースに引っ張られるのは私にとって心地いい。

相方は私に「いつもいつも合わせてくれてありがとう。勝手でごめん」
などとよくいいますが、私には「無理して合わせている」という意識はなく、
結果として合わせていることになる私の行動自体が、私のマイペースで自然な行動なわけで、

相性・息がこれほどうまく合う人、ベターハーフと思える人はこれまでもこれから先もないだろう、
たとえそれよりいい人物が現れる可能性があるとしても、私はすべてを相方にかけたい
・・・そう思えたから、相方がその思いに値する人物だったからというわけで・・・

「いっしょにずっといたいから」という単純な答えが相方との結婚の理由、
今でも「なぜ結婚しているか?」といわれれば、私はそう答えるでしょう。


プラス


*お金に対する考え方(散財・豪遊タイプ OR 貯蓄・堅実タイプ)

*仕事/子供に対する考え方(結婚したら女性は仕事をやめてほしいか/子供は?)

*人生観、価値観、性にたいするスタンス


などなどそういう人生・生活に関わる考え方、
また「二人の人生にとって何を大事に思うか、何を大切にしていきたいか」
というコアな部分が話していて付き合ってきてしっくりとくる、
ぴったりと噛み合う部分があるから結婚を決めることができたわけで

一般に二人の間に結婚の話が浮上し、結婚を本気で考えるとき、
結婚を決断するか否か(別れるか)のポイントというのは、
そういうところにあるのではないでしょうか・・・。

そういうものは元JWだから、あるいは元JWではない一般人だから
噛み合う、うまくいくというものでもないでしょうし、、、

友人(一般人同士のカップル)の話ですが、
学生時代から10年近くつきあってきても、
そういう部分が噛み合わなくて結婚には至らず別れたカップルもいますし、
また、噛み合わない部分(仕事をどうするか)について長い時間をかけて話し合い、
もうすぐ結婚するカップルもいます。


相方も私も、それ以前には元JWではない一般人と何人かつきあってきましたし、
でもそういう人たちとは上記の点でも噛み合わない部分が
あったから別れたりうまくいかなかったりしたわけで、
(まぁ、他にもいろいろと要因はあるのでしょうが)
でももし噛み合っていたら、
年齢的にも相方は違う人と結婚していたかもしれないと思いますし・・・、



2.タイミング

相方とは、お互い彼氏・彼女という特定の人が偶然いない時期に
タイミングよくめぐり合って付き合いだして、
年齢的にもまぁ結婚適齢期でしたし・・・

巡り合ったときに、もしもどちらかに彼氏・彼女がいれば、はじまってもいない関係だったと思います。


♪あの日あのときあの場所で君に会えなかったら
僕らはいつまでも見知らぬ二人のまま♪

って歌詞がありますけど、まさにそうだなぁなんて・・・


・・・ってあんまり答えになってませんかねぇ。


・・・なんだか

例えば、アメリカ人のチャールズと結婚した女性が

「アメリカ人だから結婚したの?」と聞かれて


「国籍がどうだからではなく、チャールズだから結婚したのよ」
「そりゃぁチャールズはアメリカ人・・・、
アメリカ文化の影響を受けた思想をしてるところもあるけど、
だからといってチャールズがアメリカ人だから結婚したというわけではないわ。
チャールズという人間とずっといっしょにいたいから、
いろいろな時を積み重ねた上で、愛しあえると思うから結婚したの。」

と答えるみたいな。そんなかんじ?ですかね。

って、わけわからん妄想の例えに走ってしまったような気もしますが
これを私の一応の回答とさせていただきまする。






Last updated  February 27, 2006 10:13:43 PM
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May 8, 2004
GW、いかがお過ごしでしたでしょうか?

相方は仕事、仕事していない私にはGWもクソもそんなには関係なかったのですが、
このGW、私の前の会社の友人や学生時代の友人たちが入れ替わり立ち代わり泊まりに来て、
なかなか賑やかな日々を送っておりました。

私の友人に相方を紹介するのは、今回が初めてのこと。
私と相方はずっと二人だけの関係でやってきて、
親が入ってくることはあったが、それもごくたまにのことで、しかもそれ以外の第三者が入るということはなかった。

二人だけの生活の中に第三者が入ると、二者の関係ではあまり見えなかったことに、いろいろ気づいたりもする。


で、急に、話は変わるんだけど、
てか後に繋がってもいるんだけど、、、。

そう、今回のことで思い出したんだ。
私が学生の頃、洋服店でバイトしていた時のエピソードを。

そこには私と同い年のフリーターの女の子がいたんだけども、
いつ頃だったっけか、彼女は結婚して名を変え、バイトはそのままに続けていた。

以前の名前で呼びなれていたせいで、
彼女の新しい名前がなかなか出てこず、彼女を呼ぶのに苦労していた時期の頃、

店長は、彼女に向かっていったそうだ。

「つかぬことをお聞きしますが、結婚してもこうしてがんばって続けているなんて、
なにかお金に困っているとかそういうことはあるんですか?」

・・・みたいな内容のことを・・・。

彼女はその質問に対して、かなりご立腹した様で、私に向かって
「なにあの店長!?
前々からいろいろむかついていたけど、今回のことは絶対許せない。
私は洋服が好きで働いているだけなのに、お金お金って、まるで私が
借金でもしてるみたいに金のためだけに働いているみたいに・・・。
あの人いったいどういう神経してるの?あんな人の下でもう働けない。」
とな。

私は、そんな彼女に
「いや、店長はそんな意味でいったんじゃないと思うよ」
などといろいろなだめたが、侮辱されたと思い込み一度思い込んだらもう他の何も目に耳に入らなかった彼女は、
その後店を辞め、わざとか、うちの店の競合店だった店に移って働き出した。

どんな表情口調で店長がその言葉を発したのか、私は容易に想像できた。
店長はなんの悪気もなく聞いたのだろうと思う。
彼はまったくもって純粋な、子供のまま大人になったような人で、
その時も、ふと不思議に思ってそのまんま思うがままに言葉を発しただけだろう。
・・・結婚すればバイトを辞めるのだろうと思っていた彼女はバイトを辞めない・・・
「なぜ?」もしくは「もし彼女がお金に困っているならなんとかしなきゃ・・・」
と心配するくらいの考えで聞いたんじゃないかと思う。
「彼女の性格なら、その言葉をどうとるか?」ってことは想像できずに。

だから彼女が怒ったのは、店長にとっては意外でびっくりしただろう。
後に彼は、「どうも人とうまくいかない」みたいなことを私に話してくれた。

なんというか不器用な人で・・・。すぐに地雷を踏んじゃうというか。
まぁこんなことは日常茶飯事だったため、店長はほとんど皆から嫌われていたんだけど。


私は、その時、なんかもったいないなぁ・・・と感じたんだ。

彼女が、人の言葉を裏に裏にとっていくことへの寂しさ・・・
自分の範疇にない言葉を口にされると、その言葉をすぐ裏にとる・・・

まぁ、でも、そういう人って、けっこう多いのかもしれない。

自分から見て、一風変わってるなと思う人と接する時、自分の物差しだけで、その人を推しはかり、
それぞれの人の良さ、言葉にある真意というものを理解せずに、
「変わってる」「むかつく」「なんなのあの人?」だけで、その人との関係を終わらせてしまう。

・・・エホ証用語でいうと「躓いた」ってやつか。

つーのはさ、、、
これからある多くのいい出会いを逃すことになるかもと思うわけで
また店長も、悪気はなかったにせよ、貴重かもしれない人材を失っていくわけで。
まあ彼女は仕事は早いしデキル方だったしね。。。

なんだかなぁ、さみしいなぁ、もったいないなぁと思ったのだ、、、。

で、相方も、この例えでいえば、店長側に当たる人。。。
ある人にとっては、「余計な一言」になるだろうなって言葉を、
気づいてか気づかずかのうちに直球ストレートに口から出てしまう・・・って意味で。

二人でいるときは気にならないんだが、GWに私の友達がやってきて、
私たち二人の間に、第三者が介入してくると、そういうことに気づいてしまう。

相方が、以前、そう、付き合い始めの頃、
よく私に「自分は嫌われていく」「すぐに人を怒らせてしまう」「理屈っぽいっていわれる」っていってて、
最初私はそのことがよく分からなかったんだけど、「思い込みじゃ?」くらいに思っていた時もあったんだけど、
第三者を介すると、その理由に、いろいろピンときたりして・・・。

人とのコミュニケーションにあらわれる攻撃性、人との間に妙に壁を築くこと、言葉の組み立て方。。。

で、私が気づいたことを、GW中、相方とよく話し合ったりしたわけだけども、ね。

私は、ん~、こういうこと自分でいうのもなんだけど、
人とのコミュニケーションは、基本的にはうまくやっていける方だと思っている。…まぁ上辺だけはね。
悪くいえば八方美人なわけだけども、まぁ私はそれがいいとも悪いとも思っておらず、
うまくまるく人と折り合いをつけてやっていけるほうがいいということを経験上学んできたから、
まぁもちろんその中でも相性が合う合わない人、苦手と感じる人、仲良くなれる人、
いろんなことを語り合える仲になる人ってのはあるけど、
まぁ上辺だけはだいたいの人とうまくやっていける・・・と思ってる。

いや、うちは八方美人ともちょっと違うな・・・。誰にでもいい顔いい人ってわけじゃないしなぁ。
なんというか、人とのコミュニケーションにおいて、その場その場での無難な言葉を選ぶってかんじかな。

もちろん対人関係の中でストレスが溜まることはあるけど、
私にとっては自分の発する些細な言葉で相手を傷つけ、そんなことで悩んだり、
「自分が浮いている」と感じることの方がより大きなストレスになることをよく知っているので、
私にとって一番ストレスのたまらないコミュニケーション方法ってのは、
「その場に溶け込む、人に合わせる」といった範疇の中で、自分というものを出していくってこと。

まぁ普段はそんなことを考えて人と接しているわけじゃぁなく、なぁんも考えずに自然に接しているだけだが、
んー、つまりは、そういう処世術は私の中に自然に身についているわけで、
んだから、私は「自分は誰からも嫌われる」とかそういう理由ではまったく悩まない、てか思いさえしない。
まぁJWってことで「自分が浮いている」とかそういうことで悩んだ時期もあったけど、
場の雰囲気を読み、溶け込む、という処世術が身についてきたあたりから、
今じゃ、むしろ生意気にも
「うちってけっこう好かれている方じゃないか・・・」くらいに思っている、恥ずかしくもそんな自負さえある。

そんな私だから、対人関係は、そんなに難しいことじゃない・・・
そんな意識がどっかにあったんだと思う。

相方は相方が言うように誤解されやすい人・・・
だけど、相方のこういう言い方をこう変えればすぐ「人とうまくやっていけるんじゃないだろうか」と、
それぐらいに簡単にとっていたわけさ。
てか、私は相方の良さが人に伝わらないことを、ものすごく、もどかしく思っていたわけで。
こんなにこんなに愛する人の、こんなにも良い部分が、そう尊敬さえしている部分が、
ちょっとした言動によって隠されてしまうなんてもったいないとね。

でも、それは私の驕りだったのかもしれない、と今回の相方との話し合いでそう思った。

まぁこう社会生活をうまくやっていくためには、
確かに相方のそういう部分は「もったいない」のかもしれないけど、人にはそれぞれ得手不得手があるし、
それによって個人対個人はバランスよく釣り合えるということもある。
神の目で見れば、それこそ全体は丸くおさまっているのかもしれない。

相方は誤解されやすい性格だからこそ、今までそういう目にばかりあってきたからこそ、
相方をすんなりと受け入れることのできる私を、私だけをこんなにも愛してくれているんだろうし、
また、無難な言葉を選ぶ私の、その言葉の奥の奥をついてくれる相方だからこそ、私は心を開けた。

相方の悪い部分、そして私の悪い部分、いんや、良いも悪いも正しいも間違っているもない、、、
相方がその他大勢の人より、ちょっとポコッと突出している部分ってのは、私はちょっとペコッと凹んでいて、
パズルの凸凹がちょうどはまるように、私たちは、お互いぴったりとはまったんだと思う。

思えば、相方は私の機嫌がちょっとでも悪いと、すぐに自分の言ったことを気にして、
「怒ってる?怒ってる?」と上目遣いで私の表情を伺ってくることがよくある。

普段はけっこうSっぽいのに、、、
・・・私は最初「コヤツはなんだか子供みたいに、、、しょうがなくかわいいやっちゃな」くらいに思ってたんだけども、
そんな相方の一挙一動を思い出して、そういう言動のすべては相方の人生経験に繋がっていたんだな・・・
と思ったりもして。

なんだか涙が出そうに抱きしめたくなったりもして。

そういう相方のふとした言動に、私の知り得なかった彼の二十ウン年間の人生を垣間見る。

だからこそ、やはり彼は世界で一番愛すべき大きく包み込みたい私の私だけの大事な大事な人なのだろう・・・
なんて思えたりもするわけで。相方の生まれてから今までの人生もこれからもすべてを包みたいと。
せつないほど愛している・・・と思うわけで、、、。

なんかいろいろ考えたり話し合えたGWでげした。

たまに人と会うと、二人の間にもちょっとした刺激になる。

こんなにいろいろ話し合ったのは、けっこう久しぶりかもしれないな。
結婚する前はメッセでいろいろ話し合ってたけど、
いっしょに暮らしだしてからは、あんまそういう話はしてなかったから、

なんだかいろいろ考えて有意義でちょっとせつなくて、んでもって絆も深まったような気もする、
・・・そんな数日間でした。






Last updated  May 8, 2004 10:16:31 PM
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March 31, 2004
二人で婚姻届を出しにいきました。

ほんとはもっと早めに出すつもりだったんですけど、準備が悪かったためなかなか出せず。
証人の欄を誰に書いてもらうかちょっと悩みましたが、相方の会社の方に書いてもらうことができ、
晴れて、正式に結ばれることになりました。

どうせなら、エイプリルフールの日がよかったんだけど。
・・・なんかギャグっぽくておもしろそうやん。
でも31日は、相方が会社休みということもあって、まぁこの日が一番都合がいいかと、
二人でいっしょに届を出してきました。

姓が変わる。なんか変なかんじだ。
新しい姓として、これからの自分を生きていく。
前の姓にあまりこだわってない私は、なんだかいい気分転換でもある。

その後、免許証など、いろいろな変更の手続きを済ます。
新姓で呼ばれ返事はするが、それが「私」を指しているということが、いまいちピンとこない。
どこか遠い気分。

そのうちこの不思議な感覚を忘れ、この新姓が当たり前のように自分になじみ、
いつか、ずっと先には、こちらの新姓で呼ばれる期間が、旧姓で呼ばれていた期間を越す日がくるのだろう。

相方といっしょに晩御飯を作る。
いつも黙々と一人で作ってるだけに、楽しい。
なんだかちょっと新婚さん気分。

その後、なにかのきっかけで私が大学時代に出演していた芝居のビデオを見ることになる。
相方といっしょに私が出演している芝居を観たのはこれが初めてだった。

「すごいすごい。」「うまいやん」「芸術家の顔してる。」「あづみのこと見直した。」
なぁんて、なんかやたら嬉しそうに、いわれる。

私にとってあの芝居は、なかなかうまくキャラを作れなかった苦い思い出も詰まっているんだけど、
スタッフでリーダーを任されていた舞台美術も、なかなか思うようにいかなかったし、
役者とスタッフがうまく両立できず、睡眠時間もほとんど取れず、私の限界を知った芝居であり、
もう私は舞台には立てないと感じた、そんなトラウマにもなっているような芝居だけど、、、
こうして結婚記念日に、相方といっしょにビデオを観て、そして相方から誉められて、ちょっといい気になってみたりもして、
・・・思い出は、いつのまにか、綺麗だ。

相方の知らない私の顔。

・・・私にも、私の知らない、相方の過去の顔がある。

相方は過去の自分の写真を嫌っている。
ほとんど捨てたらしい。
卒業アルバムももらったその日に燃やしたらしい。
過去なんて何もいい思い出がない、と。

まあねえ。。。そりゃまあ。。。

でも、以前お義母さんから、実家で大切にとっておいたという、相方の小さい頃の写真を見せてもらった。

私は、そうして相方の過去をちらっと覗けた時、なんだかなんだか、自然に顔がにやけて、うれしくなる。






Last updated  April 4, 2004 06:48:57 PM
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March 6, 2004
けっこんけっこうこけっここ~。

二人して「結婚ってなんだろなぁ」ってハナシになって。

・・・もしも、地球上にわたしたち二人しかいなかったら「結婚」する必要なんてないわけで。
二人でいっしょに暮らせばいいわけで。
「結婚」とは他人がいるからこそ成立する、他人に「二人としての存在」を認めてもらうためにある社会的な制度、、、

なぁんて理屈をこねてみたり。


****************


多面的真理に関するテーブルポエム

谷川俊太郎

結婚は鍋である
どんな鍋かとは問わないでほしい
べつに結婚は帚である
と言っても変りはないのだから
もし私がかさにかかって
結婚は枕であるタンスである餅網である
と言いつのってもそれは
結婚は物にまぎれて救われるという
一面の真理を言うにすぎない

結婚は愛である
どんな愛かは棚に上げておいてほしい
べつに結婚は愛ではない
と言っても嘘にはならないのだから
もし私がしたり顔で
結婚は信頼である忍耐である寛容である
と並べたててもそれは
結婚は感情のプロセスやさかいという
一面の真理を言うにすぎない

結婚はハンコである
どんなハンコかは当人たちにおまかせする
べつに結婚は紙きれである
と言ってもかまわないのだから
もし私が苦虫かみつぶして
結婚は制度である秩序である永遠である
と説教したところでそれは
結婚は指きりげんまんの一種なりという
一面の真理を言うにすぎない

ところでここだけの話だが実は
結婚とはせま苦しいベッドで夢うつつに
毛布を奪いあうこと以上でも以下でもない
そのことの有難さを身にしみて知るには
一年では足りない十年でも足りない
もしかすると一生でも足りぬかもしれぬが
ともあれ一人の男と一人の女が
ブラック・ホールにもはまりこまずに
顔つきあわせて茶漬けなどかっこむ図は
この世とあの世を結ぶマンダラの
欠くことのできぬ細部であると
そう申し上げるのに私はやぶさかではない

*********************

1年後、5年後、10年後・・・
「結婚とは?」とお互いに問うとき、わたしたちはそこにどういう形を見出しているのでしょ~なぁ。

ふらふらと風に吹かれる根無し草だった私に、根っこをはれる場所ができた。
根っこは地下へぐんぐん伸びてどんどん奥へ広がって・・・落ち着いた。

果たして地上では、どんな姿となってあらわれているのでありましょうか。
どんな花を咲かせるのでありましょうか。これから。






Last updated  March 7, 2004 01:38:25 AM
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December 29, 2003
先の日記に、理想のタイプはいなかったと書いたが、理想の結婚生活というものは、なんとなく、あった。

こんな生活ができる人といっしょに、こんな風に生きていきたいな・・・と。
そういう人はいなかったけど、そういう理想はあった。

詩人・吉野弘の「祝婚歌」の中に描かれている世界が、その理想だった。

大学3年の時、私は初めてその詩に触れた。

それは、当時の私が「これぞ理想の生き方」と思う生活を、
まだ言葉には直せずにモヤモヤしていた私の代わりに、ぴったりと代弁してくれていた。

私は涙して、感情的に熱くなって、

「エホバの証人に戻って、これ以外の道はない、こんな世の中で、これ以外にどういう生き方があるの?
愛し愛される生活はここにしかない。まだ若い貴女は気付かないだけ・・・」

というような内容の手紙を何度もしつこく送り続けてくる母親に、この詩を引用した手紙を返した。

いったい何を書いたのか、今となっては詳細ははっきり思い出せないが、
私は、母が望んでいるような生活・・・立派な姉妹(信者)になって、立派な人(開拓者)と結婚し、
エホバ(神)の前にあって正しい生活をすることを望んでいるのではなく
私はそんな生活から生まれるといわれる「愛」を求めているわけではなく、
この詩に描かれているような、ただただ人間らしい生活を望んでいるだけ・・・
ということを延々と綴ったんだと思う。


その詩・・・
結婚式のスピーチなどでも引用されるらしいから、知っている人も多いかもしれないけど・・・。


「祝婚歌」    吉野 弘

「二人が睦まじくいるためには
愚かでいるほうがいい
立派すぎないほうがいい
立派すぎるということは
長持ちしないことだと気付いているほうがいい
完璧をめざさないほうがいい
完璧なんて不自然なことだと
うそぶいているほうがいい
二人のうちのどちらかが
ふざけているほうがいい
ずっこけているほうがいい
互いに非難することがあっても
非難できる資格が自分にあったかどうか
あとで
疑わしくなるほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい

健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸があつくなる
そんな日があってもいい
そして
なぜ胸があつくなるのか
黙っていても
二人にはわかるのであってほしい」


ただ人間らしく、ありのままをみせれる人と、
思いやりあいながら、風に吹かれて生きる。

二人にとって何が大事なことか、通じ合える相方とは、
この詩で描かれているような生活ができそうだな・・・

なんだか自然に、そう思える。






Last updated  February 27, 2005 07:31:16 PM
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December 25, 2003
という漢字は、もともと、「仕合せ」と書いたそうな。

「仕合せ」、つまり、巡り合わせ。

相方とあの時期あの日あのタイミングで出会えたこと。
それを考えると、大きく、頷ける。

住む土地も趣味もなにもかも違っていた私たち。
それぞれ生きて歩いていろいろな経験をして、そしてまさにちょうどいいタイミングで巡り合った。
きっと、あの日あの時じゃないと、まず出会えなかったし、たとえ、それ以前に会っていたとしても、合わなかっただろう。

・・・そう、たとえばもし私が高校生の時に相方に出会ってたとしたら、あの頃の私だと・・・、
「高卒」+「奉仕の僕」という「エホ証」的ステータスに落ち着いている(ように見えただろう)3つ年上の相方を、
私は生意気にも、小馬鹿にしてるというかシラけた目で見ていたかも・・・と思うし、
相方も、宗教活動に不活発なおこちゃま女子高生なんて相手にもしなかっただろうし。

二人とも、いろいろな想い、過程を経て、こうして巡りあえた。
二人の経験と想いが、まさにぴったり合う時期に出会った。
そうして二人の時を紡いでいくうちに、穴いていた心のパズルが埋められてゆく。
そのすべて、受け入れられる、・・・仕合せ。

だから、しあわせ。

きっと、それぞれ、それぞれにあった「仕合せ」というものがあり、そこから育まれていく愛があるんだと思う。
そしてこれから先が・・・。


・・・私は小さい頃から「好きな人」というものがなかなかできなかった。
学生時代、というか、小学生の頃から・・・。

だけど、私と小学生以来から仲の良かった友人は、
O君のことを「好き」といったかと思えば、次月にはT君に変わっており、
そして中学生ともなれば、カッコいいという「先輩」と付き合ったり、すぐに別れたり、また違う人とつきあったりしてた。

・・・私はだいたいがその一部始終をボケーっとみてるダサイ傍観者であり、
いつもその子の悩みや相談を延々と聞かされていた。
当のご本人さんは、まあ、真剣だったんだろうけど、ほんと、どうにも、しょ~もないことで泣いたり悩んだり・・・。
私は時にうんざりしながらその子の相談に乗りつつ、半分「羨ましい」気持ちで彼女の様子を見ていた。

こーゆーのを「青春してる」ってゆーのかなぁ・・・と。

私にはそれができなかったから。
・・・そんな気軽に、(本人にとっては気軽じゃないのかもしれないが)誰かのことを好きになってみたり、付き合ったり、できなかったから。

それは、私の性格的なものでもあるし、環境面での理由も手伝って・・・。
私の身近にいる男・・・父や兄は、外面は良くても家では暴力を振るう男。
私は小さい頃から、「どうせ男は・・・」と思っていたし。。。

まあでも、それよりなにより、親の宗教により、「恋愛ごっこ」ってもんができなかったっていうのが、おおっきいのかな・・・。

小・中学生くらいの頃の「恋愛」というもんは、普通、単なる「ごっこ」で終わるもんだろう。
だからこそ「大人の恋愛」とは違い、なんらかのイベント周辺時に非常に盛り上がる。

夏祭り・クリスマス・誕生日、そしてバレンタイン・・・。

「今年はどうするの?誰とお祭りにいくの?プレゼントは誰に渡すの?誰にチョコをあげるの?」
きゃいきゃいきゃいきゃい。
まわりの女の子たちは、そんな恋話に花を咲かせる。

今となっては、かわいい思い出??
いんや、、、思えば、そんな恋話のお時間が、私にとってはめちゃくちゃキッツイ時間だったような記憶がある。
できれば避けてとおりたい話題。

すべて「エホバの証人」には禁忌とされてる行事。
私の脳内では、「そういう行事=恋愛=禁止事項」として情報処理されていた。

・・・普通の女の子たちは「いいな~」と思うような男の子を、だんだん「好き」になり、
バレンタインなんてイベントを期にチョコをあげたりして、関係がちょっと発展したり・・・
そういう一連の出来事おいて、泣いたり笑ったり悩んだりしながら成長していくものであろうが、
私には、まず、「チョコをあげてはいけない」というよな決まりが先に頭にあるもんだから、
「いいな」と思う男の子がいても、「好き」と思うこと自体は否定してみたり、
・・・でも他の女の子たちと話をあわせるために、
とりあえずちょっとでも「いいな」と思った男の子を「好きな人」とでっちあげてみたり、、、

とにかくあの頃の私は矛盾だらけで、すべてを作っていた。
すべては、その場しのぎでの会話でしかない。

「誰が好きなん?」と聞かれるから、友達との会話に混じるために、とりあえず「A君のことが好き」と言う。
まわりははやしたてる。

にっちもさっちもいかなくなって、親に隠れて、バレンタインでチョコをこっそり渡したこともあった。

・・・そう、A君のことは嫌いではない。やさしいし、いいかんじ。
でも「本当に好きなの?」と自分に問うとよく分からなくなる。
・・・どこまでがウソでなにが本当の気持ちかもよく分からない。

どこまでも中途半端。そのまま放置。
そんなまま、私は成長した。

まあ、小中高校生くらいまでは、それでもよかった。

でも大学生ともなると、まわりは本格的に付き合い始める。
気付けば、私のまわりはカップルだらけで、私だけが誰とも付き合っていなかった。

寮の相部屋の女の子。
私と笑いのツボが合い、まわりから「いつも楽しそうだね」っていわれるくらい、仲も良かったけど、
彼女は、週3日以上も彼氏のところに泊まりにいっていた。
だから、私は二段ベットの下で、1人で寝ていた。

そして1年間の寮生活の後、私はそこで仲良くなった別の友達と一軒家をルームシェアして暮らしていたのだが、
その友達は、2階にある自分の部屋に、よく彼氏を連れ込んでいた。
私はというと、1階の自室で、1人で、TVを見ていた。

「さみしい」なんて認めたくなかったし、口が裂けても言わなかったけど、やっぱ「さみしい」が本音だった。

・・・ちなみに、その、小学校低学年から色恋沙汰の多かった、先の友人は、
短大を中退し、結婚して、2児の母となっていたし・・・。

そんな友人たちからは「あづみは理想が高いんじゃないの?」なんて言われることもあった。
・・・けど、私は、理想もなにも、そんなものはなかった。
「理想の彼氏のタイプは?」と聞かれても、思い当たる節もなく、いつも適当に答えてたし。。。
普通は、顔がいいとか、やさしい人がいいとか、いろいろあるのかもしれないが、そんなものはよく分からなかった。

誰かと付き合うということ以前に、「好きな人」というものができなかったし、そのタイプさえよく分からない。
しょうがないから、とりあえず身近にいるが手の届かない人あたりを「好きな人」という位置においておく。。。

まあ、それが「理想が高い」といわれる所以だったのかもしれないけど。
でも、そう言われると、そうなのかなぁ・・・という気にもなった。
けっこうそれなりには悩んだ。20才くらいを越えてからは特に・・・。

そのうち、私にも、なんとなく付き合ってるような状態の人はできた。(以前、日記にも書いてた同じサークルの人)。
でも、その付き合うという状態が日常化するまでには至らなかった。

彼の相談に乗って、「好き」といわれて、いつも流されるようにそのままベットに入った。
結局いつも最後まではやらなかったんだけど。そんな状態が数ヶ月続いて、嫌気がさして、きっぱり断った。


「好き」・・・「好き」とはいったいなんなのか?「好き」とは、「同情」ではないはず・・・。
でも、「同情」でも「諦め」でもない気持ちは私にはあるのだろうか?

自分にちゃんとした彼氏ができないのは自分に欠陥があるからか?とも思いはじめた。
「私は理想が高いのか?プライドが高いのか?どうやったら人を好きと思えるのだろう・・・。
諦め同情でもない、人をただ「好き」と思う感情は、その気持ちを持続させていく力はいったいどこから生まれてくるんだろう。
・・・自然に?・・・だからそんな自然はどこから生まれてくるの?つまり私は一生人を愛せないかもしれない」

そんなことを考えていた。


・・・今、振り返って、思う。
私は顔や性格などの理想が高かったわけではない。

私は、私のことを理解してくれる人、私の気持ちを埋めてくれる人を求めていた。そして相方も。

・・・そうして巡り合えた、、んだろう。

24年以上も待って。ちょうどいいときに。天が与えてくれた「仕合せ」。

それをほんとに大事にしていこうと思う。
・・・今年はそんな一年でした。






Last updated  February 27, 2005 07:31:55 PM
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December 22, 2003
テーマ:遠距離恋愛(431)
今日はもうただそれだけ。

うれすぃ~~~~!

しあわせ。

あんがと。

・・・つくづく私は単純。

でも顔が勝手ににやけちゃうんだもん。

うれしい。
うれし涙。
うれしい。

・・・いっしょにカウントダウンできることになりました。

いやはや、、、どうも。。。

あー、なんか恥ずっこいなぁ。。。






Last updated  February 27, 2005 07:32:42 PM
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December 21, 2003
テーマ:遠距離恋愛(431)
年中無休のパチンコ店。
大晦日は日が変わるまで仕事。元旦は早番(早朝出勤)。
遠距離・寮暮らしの私たちは会うことすらかなわない。
・・・近くにホテルをとろうという案もあったけど、相方がこんなシフトじゃぁきつすぎるってことで。

わかっちゃいるんだけどね。。。どうにも仕方のないことだし。
でもねぇ、こだわっていた日だけに、なんともどうにも凹んでみたり。泣けてきたり。
「そんなこんなの私もいっちょまえに人並みに恋愛というものをやっているんだなぁ・・・。」
と妙な実感がわきつつも・・・気分はやっぱブルー。

BGMは大黒摩季で。

♪らら~ ららら~ ららら~ やっぱり 今日も明日もあなたに逢いたい
♪らら~ ららら~ ららら~ だけど 今日も明日もあなたに逢えない

大晦日と元旦くらい街も休めばいいのにさ。
それを許さないこの社会がちょっと嫌になってみたり。
まあ私もその利便性にお世話になってはいるんだけど。

・・・年越し・・・ 
イベントごとに対する理想をそんなには強く持っていない私が、唯一といっていいほどこだわってる、理想イメージが強い日。
なんでこんなにこだわってるんだろなぁ。

カウントダウン3・2・1
日付が変わるその瞬間。
・・・単に日付が変わるだけの現象。それは毎日起きる同じ事。
でもその日だけはちょっと違って。
繰り返しだった毎日に一つの区切りが入れられる。
なんというか「神聖さ」を感じる日。

私にとって、この日だけはなにか特別で。
・・・相方と出会った日だからということを抜きにしても。

私は小さい頃からこの瞬間に自分の願いをこめてた。
年が変わるその瞬間に、自分自身までもが変わりたい、そんな願望を託してた。

今年こそはなにかが変わるかな。今年こそはなにかが分かるかな。今年こそはなにかが見えるかな。
・・・今年こそは今年こそは。

結局何も変わらないのかもしれないけど・・・とも思いつつ、この日だけは未来というものに期待できる日だったりしたんだ・・・。


・・・まあ、私も30日まではというか31日になるくらいまでは仕事でバタバタしてるんだけどさぁ。。。
私は31日~3日まで4連休。
生徒たちには「予備校なんだから正月も自習室あけろよ」と文句言われつつ、「家で勉強しろよ」と言い返しつつ・・・。
でもこんなんだったら仕事あってもよかったなぁ。じゃあ私も仕事のせいで仕方ないと思えるからさぁ。。。

・・・いいもんべつにもんもんもん。

31日は部屋の片付けでもしながら、紅白をチラチラ見つつ曙vsサップの試合見て、1人で過ごすもん。
・・・きっと年賀状もまだ全部は書けてないだろうからこの日に書くとして。。。

そして、

♪TVやマスコミはいったい誰のもの?
 とっても寂しいからとりあえずつけてます
 夢があるのはいいのだけどこんな忙しい人じゃ…
 らら~ららら~ららら~

って大黒摩季を歌いながら過ごすもん。

もん。
もん。
もん。

わん。






Last updated  February 27, 2005 07:33:30 PM
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December 20, 2003
テーマ:遠距離恋愛(431)
んー、どーでしょ。。。

生きてて、幸せ・・・生きてて?

幸せ・・・そう感じるのはほんの一瞬。

その時その場所そのタイミングでしか感じられない幸せ感。
その一瞬で私の心と身体は永遠を感じるほどに満たされる。

貴方と出会ってはじめてそういう感覚を味わった。

でも、すぐに雑多な現実の波が押し寄せてきて、それに追われ振り回される。
思うようにはうまくいかない現実。

今の私にとって「生きていく」とはそんな流れの中に自分の身をおくということで、
だから「生きてて幸せか?」と自分に問うと、考えてしまう。

「幸せな瞬間もある。それを見つけた。」

それが、今の私が出せる答。

だからだからね、そうやって生きていく毎日の、、、
・・・確実に過ぎてゆきもう決して戻ることはない日々の連続の中で、
幸せを感じる瞬間をできる限り・・・最大限に作りたいから、少しでもチャンスは逃したくなくて、後悔したくなくて
だからさ、まわりくどかったけど、何が言いたいのかというとさ、たださ、

・・・なんとしても・・・

会いたい時には会いたいんだ。

結婚したら毎日のように会える。
それはもうすぐあと3ヵ月後そうすぐ近くに約束された未来だけど、
それがどうであれ私にとっては今この時この瞬間が大事だから
・・・だからやはり会いたい時には会いたいんだ。

クリスマスにあまり興味を示さない私が、なんでこの日にそんなにこだわってるのかわからないけど
一年のはじまりに私が最初に目にする顔は、やはりどうしても貴方の優しい笑顔でありたいんだ。

私にとって貴方と出会えた日は一年365日間の中で一番特別な日で
だからただちょっとだけでもいっしょに時を過ごして、おせち料理なんかをちょっこと食べたりしちゃって
それでにこぉって笑えたなら、、、私はもうそれだけで一年分いや一生分の幸せをその瞬間にきっと感じるんです。

でも貴方は遅くまで仕事。寮は部外者立ち入り禁止。そんな貴方を困らせたくない。
困らせたくは、ない。けど。。。

なんでこんなことで泣いてるのか私は馬鹿な女ですがそれでも本能は会いたいと言うのです。

駆け引きができるほど私の心は強くも弱くもないのでそのままそのままに言うのです。

「ごめんね・・・」と思いながらごめんねとは思っていない私です。

困らせたくはないのです。お互いが幸せの瞬間を同時に感じられるように。取り得る、できる限りの行動を。






Last updated  February 27, 2005 07:34:15 PM
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November 26, 2003

テーマ:遠距離恋愛(431)
相方の寝顔が好き。

目が覚めた時、相方が眠っていると、
私はなんだか取り残されてしまったような気がして、
ちょっとさみしくてかまってほしくてかまってほしくて、
でも起しちゃ悪いから隣でじぃ~っと顔を見つめる。

相方はそれはそれはすやすやと安らかに眠ってて、
私はちょっと悪戯したい気持ちになって、
その半開きの唇に軽くキスすると
相方の口元は、もぅ、みるみるうちに緩んでいき、
「にっこぉ~」って、ほんと、ものすっごいにやけた笑顔に変わる。

「あ、起こしっちゃたかな?」って思うけど、相方は依然すやすやと寝息をたてている。

・・・なんの夢をみてるのでしょうか・・・

なんだか可笑しくって、嬉しくって、
まだにやついたままの相方の寝顔を見ながら、私の心は内からじわじわと満たされてゆく。

そりゃね、冷静に考えれば、
その唇の動きは、ただ外部からの刺激に反応した身体の動きの一部なんだろうけど、

でもね、
ふふぅ~ん。

それを見た私の顔も、それは自然ににやけてしまってることでしょう。

ただ、それだけで、相方のあの表情だけで、私は天に昇る気持ちになるくらい、うれしい。

相方のいない朝、
今日も私は相方のそのにやけた笑顔を思い出して、ひとりでにやついてる。

今日も一日がんばれる気がする。






Last updated  February 27, 2005 07:43:31 PM
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