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ちょっと お散歩 ノリタマ6983さん
漬けものな日々・・… futan2005さん

全7件 (7件中 1-7件目)

1

思ひ出ぽろぽろ。

February 7, 2006
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カテゴリ:思ひ出ぽろぽろ。
精神科・デイケアの実習先でのこと。

アクティビティー中にふらっとやってきた精神科医(Dc)
そこで作業療法士(OTR)と臨床心理士(CP)と合わさり、
揃いもそろって雑談がはじまり、偶然同じテーブルにいた私、ちょい緊張気味・・・

いやだってねぇ、こちとらしょぼい学生ですからねぇ・・・なんて気後れ気味で。

そんなとき、突然私に「趣味は何?」な~んて話をふってくれるOTR。
「三線です」(沖縄の楽器)と答えると、

ちょうど、以前沖縄で働いていたことのあった沖縄フリークのDcと話がはずみ・・・

昔、私が西表島のスナックで働いてたことを話すと、そこはDcも行ったことがあったお店だと判明。

Dc:「だってそこくらいしかないじゃん」
私:「・・・たしかに」

おお、世間って狭い。

なんやかんやいろいろ経験しておいてよかった。
(目上の方ともいろいろとコミュニケーションがとりやすい)と思う。

実習はバイザー(OTR)の先生に嫌われたら終わりとか、
レポートで寝れないとか、いろいろ大変だという噂も聞いてたけど、
ここの実習先ではそんなこんなで先生たちにもメンバーさんたちにも
よくしてもらえて、緊張気味で望んだ実習も第1ステージ無事クリア~。

また遊びにいかせてもらいたいような場所になりました。

次の第2ステージがはじまるまで、今はちょっと小休憩中。

沖縄のことがなんだか懐かしいなぁと思い、ネットでふとそのお店の名前を検索してみれば

ぬぁんと~、、、私と同じようにあの店で短期住み込みバイトをしていた人
(私より後にはいった人と思われる)が、本を出しているではありませんか~。


八重山猫背通信


いや~、びっくり。

さっそく注文しちゃいました。楽しみ~。



あー、懐かしいな・・・

「食堂」だというアルバイト募集の広告をみて
疑うことなく、はるばる海を越え約2000km離れた離島にやってきたというに、
なんだか食堂というには、雰囲気が違うぞ・・・

まー、昼も営業していて沖縄の郷土料理を出していますし、
食堂といっても間違いではないのかもですが、夜はスナックのようなもの。(カラオケ付)

でも身ひとつで出かけた私には、帰るための飛行機代もなく
(片道切符なのさ~とカッコつけて出かけた・・・というより貧乏学生で金がなかった。)


まあいいか・・・なんでも経験!と、3食付住み込みバイト生活がはじまり・・・。

初日勤務から、宮古島からくる牛飼いのオジィに、
ここの風習になじめとオトーリ強制。。。
(グラスにはいった泡盛を一気飲みするもの。回し飲みでエンドレスで続く。)

最後はフラフラになりながら店の片付けをしたり・・・

そいや酔ぱらったお客に、お姫様抱っこで抱えられて愛車(軽トラ)に
無理やり乗せられそうになったこともあったけ。

ママさんは既に奥の部屋に引っ込んで我関せず・・・てか寝てるし・・・



「わ~!お姫様抱っこされたのはじめてぇ~☆」

なんて喜んでる場合じゃなかとですよ。
ほっときゃマジで犯られそうになりますからね・・・。

それでも憎めない愛すべき人たちであり・・・人というより獣というか・・・
あんたら本能のままに生きてるやろ、、、と突っ込みいれたくなるような。
(すべてがすべてというわけではありませんが)

いきなりむかってきてキスされたりねぇ・・・
もう「はぁ!?」ってかんじのことも多かったのですが、
・・・当時私は22・・・


今では「マダム」もしくは「姉御」などと学校でいわれている私も

あの頃は、まだ生娘だったというか、
お客(おっさん)の扱い方に手馴れてなく、男のいなし方がわからずに、
とにかく振り回されてばかりいたような・・・

でも皆ハートが熱くて面白かったなぁ。

あのころのよもやま話、私もネタにすりゃ本になってたかも~?
もう記憶も薄いですが。

また沖縄に行きたいなぁ。。。






Last updated  February 8, 2006 09:44:12 AM
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May 3, 2005
カテゴリ:思ひ出ぽろぽろ。
なんとなく、ずっと、へんな予感がしてたんだけど。


・・・彼女のHPの更新や掲示板のレスが止まって、
メールも携帯もつながらなくなって、
いつしかメッセからも名前が落ちて、


でも忙しさに身をまかし、
自分のことだけにせいいっぱいで
毎日が過ぎて・・・

便りのないのは元気な証拠とか
自分で自分を騙すように、都合のいい解釈をして。


後悔しても、遅いんだけど。



もっともっといろんなこと話したかったのにね。


ネット上の、うちの、かーさんが・・・

すごくすごくうちのことをかわいがってくれてた方が・・・

うちは彼女に教わって、
チャットを初体験したり、
自分のサイト(今はもうないけど)をつくりはじめたり、
メッセというものをいれてみたり、

いろいろお世話になって・・・
そんな中で、いろいろ話していくうちに
うちの精神の奥深くに息づいていった方で。



亡くなられたということを

今知って

もう一年半も前に。。。


亡くなられる、けっこう直前まで、メールしてた跡があるんだけど。
なのに、なんで・・・。


・・・迷惑かな?とか、変な遠慮なんかせずに
もっと早くに、自宅に電話すればよかったんだけど。


・・・彼女のお母様の話では、
眠ってる間に心臓がとまったそうで・・・。
苦しまずに逝かれたそうで、それだけが救いだ・・・と。


どうか安らかに安らかに眠ってください。

忘れるわけがない。
忘れられるわけがない。

会おう会おうっていっといて、
結局、この世では会えずじまいだったけど、

でも少しでも心を通いあわせれた人だったと思ってる。
・・・ネットだったからこそ。


「ネット=希薄なコミュニケーション」
なぞと、いいながら、

彼女は母親に
うちも含め、ネットでやりとりしてた人の存在を、
いろんな話を、ちゃんと伝えてくれていて、

それがうれしかったと同時にせつなくてせつなくて。



いっぱいいっぱい苦労を苦しい思いをしてきた方だから

どうか安らかに安らかに安らかに。


・・・そうして、うちらのこと
これからも見守り続けてください。






Last updated  May 3, 2005 07:38:52 PM
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August 24, 2004
カテゴリ:思ひ出ぽろぽろ。
人前で、というか、電車のような公共の場であんなに泣いたのは久しぶりだった。
どうにも止められなかった。人目なんて気にしてられないくらい。

涙が止まらなかった理由は、下の日記のよな理由だけじゃなくって、
・・・懐かしい場所で、忘れていたいろんなことを思い出して、
そんないろいろが今に繋がったから・・・それがなんかたまらなくなったんだろう、きっと。


・・・相方にはじめてあったとき、
私は相方のことを、同じサークルにいた先輩にすごく似ていると思った。

その先輩を知ってる人なら皆認めるほど。目がほんとよく似てる。背格好も似ている。

Yさんという私より3つ上の先輩。

照明オペ(操作)をしていて、うんざりするようなオヤジギャクばかり飛ばす人なんだけど、
芝居への取り組みは真剣で、「盗んでなんぼ」が口癖で、妥協をなかなか許してくれなくて、
まわりからの評価もそれなりに高い人だった。

今回の旅行で、皆でいろいろ話してる時、ふとしたきっかけでYさんの話題になった。

「Yさんは、いつでも笑顔だったよね~。しんどいときでも。」
「いろいろ教えられたよね。盗んでなんぼっとかいいながら、一番丁寧に教えてくれたのはあの人だったよねぇ」
「偉大な人だったよなぁ。俺、Yさんの影響を一番受けてるよ。」

なんてことを話してると、ある子が、

「・・・でもそういえば、Yさんが練習に無断で3日間くらいこなかったときってなかった???」

なんて言い出した。



で、それをきっかけに忘れていたことを思い出して・・・なんか・・・すごいドキっとした。

そうだ、あのとき、私、Yさんの家を訪ねにいったよ、そういや・・・。

ずっと練習に来なかったYさんのことを、
「倒れてるかもしれんから様子を見にいってこい」って他の先輩にいわれて、
もうひとりの同期の女の子といっしょに、Yさんの様子を見に行ったんだった。

すっかり記憶の外にあったけど。

で、インターホンを押すと、
真っ暗な部屋から、寝てたのか泣いてのか分からんけど、ちょっと目をこすりながら、腫れた目をしたYさんが出てきて、
「ごめん、ごめんね、もうちょっとしたら行くから」って笑ってて。

で、そのまま私たちは家を後にしたんだけど。


あの頃、Yさんは2年間ほどつきあってた同じサークルの彼女と別れたばかりで、
てか、その彼女は同じサークルの中にいる違う男とつきあいはじめてたんだけど・・・。

そんな中の出来事だったわけで。

それからすぐに、Yさんは、笑顔で「ごめんね~。」てスタジオにやってきて、
私情をはさまず冷静に、元彼女と彼女を奪った男も含め、分け隔てなくみんなの演技についてのコメントをしたり、
照明の「きっかけ」を指示していたんだけど。
その心中はきっといろいろあったんだろうと思う。。。

「平常心」という言葉が壁に大きく刻まれてある、あの暗くて小さなオペ室から、
彼はどういう気持ちで、舞台上にいる元彼女と彼女を奪った男、そんな主役と準主役の二人を見つめていたんだろう・・・。
どういう気持ちで彼らに照明をあててたんだろう・・・。


今更ながら、あのときの半泣き笑いの表情を思い出して、・・・あぁ~って思って。

胸が痛くなって。

なんかあの時の顔が、相方のとある表情にもだぶったりして、なんかもうたまらなくなって。


・・・でも、私はそのことをすっかり忘れてたよ。。。

Yさんとの痛い思い出の方が大きくて。

あれからYさんはかなり・・・まぁ、なんというか、私にとってはちょっと困った先輩になったりもして。

いつも笑顔といえどもYさんの感情が荒れてるのは、まぁ一目瞭然なわけで。

だからYさんに同情的なまわりのみんなも、それなりに気を遣ってた。
Yさんを交えての飲み会とかも、いろいろ皆で開いたりしてたんだけど、まぁ私の家でも・・・。

そんなせいもあってのか、だんだん私の家にも個人的に来たりするようになって・・・。


・・・キスからはじまり。

今まで先輩としてしかYさんのことをみてなかった私は、彼をスキとかキライとか付き合うとか付き合わないの前に、

「私は彼女の代わりにはなれないよ。」

って感情だけが先にたって・・・。

その彼女ってのが私にとっては、これまたすごい人だった。

・・・芝居の練習のとき、ムカデが天井の梁から降ってきて彼女の肩にぺたって張り付いても、
顔色一つ変えず、舞台上での集中を切らすことなく、そのまま演技を続けている・・・、

彼女はいつでもそんな凛としたところがあって、でも、かわいくて甘え上手で、
演技の勘がよくて、音響のスタッフでもやり手だったというか、とにかく能力の高い人で、
ほんと尊敬する先輩であったから、私はその人には絶対にかなわないって思ってたし、、、

・・・私そのころは、自分に全然自信がなかったっていうか、
演技もそうだし、まわりに比べ芝居も映画も音楽も、知識が薄いってことに引け目を感じてて・・・。



だから、よけい。

しんどくて。

で、

「私はYさんのいったいなんなの。」「私じゃなくても誰でもいいんやろ。」

って思って。

そう思うとなんか悲しくて。

そう、そんないろいろが、「やっぱり男は身体だけ」って想いに繋がって、、、
「やっぱり」ってことにショックだったりしてね。

まだあの頃は兄ちゃんによる心の傷もめちゃくちゃあったし。
男性恐怖症だったというか。

まぁYさんも、私の身体がこわばってるのを見て
無理やりやろうとはしなかったけど、それからなんか気まずくなって、

・・・まぁ「つきあおう」みたいなことも曖昧にいわれたんだけど、
私は「いい先輩と後輩でいたいです。」みたいな手紙をYさんの家のポストにいれたな、、、そういや。

で、まぁ、それから関係は普通になったんだけど、私の中に見えないわだかまりはなんとなくあって。

だからか、相方にはじめて会ったときはなんとなく警戒しちまった。似てたからね。

あーあ。はは。・・・・・・若かったなぁいろいろ。

そんな、思い出せばチクチックとしてしまうような思い出・・・。
いつも笑顔だったYさんの脆い部分、どうすればいいのか分からずに、やり場なくくすぶっていた自分の感情・・・。
人の痛み、応えられない想い、心の奥底でわだかまってる感情。

・・・まぁそんなことは他にもいろいろあるけど、

そんなすべては相方への愛情に昇華されていってるのかなぁ・・・とそんな気もして、

そう思うと相方に今すぐ会いたくなって、帰りの電車の中で涙がぽろぽろぽろぽろ、なんかすごい泣けてきて。

すべての人の感情に応えることってできないけど、だからこそ人はいろんな人の影をひとりの人に集約して、
その分いっぱいいっぱい愛していくのかなぁ。

なんて思って。

すべてのことはいろんなところで、私の今にリンクしていて、それがなんかなんだかたまんなくて、ただ泣けて。

こうなるともうずべてが、思い出のいろいろ詰まってるあの街の景色を思い出すだけでも泣けて泣けて。

家にたどり着いてからも、待ってくれていた相方の胸でわんわん泣いた。
突然のことに相方はわけわからんかったかもしれんけど。

こんなに泣いたのはけっこう久しぶりかも。

なんかなんだか胸がきゅんきゅんしてる。

わけわからんね。なんかさ、感情が昂ぶってる。






Last updated  March 23, 2006 10:00:30 PM
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August 23, 2004
カテゴリ:思ひ出ぽろぽろ。
数年ぶりに、大学時代の同期の仲間で集まりました。学生時代をすごした場所で一夜を明かしました。

学校の先生、リーマン、OL、バイトをしながら芝居を続けている人、
・・・今現在それぞれの場所でそれぞれの道を歩んでいるみんなは、
昔と変わらず濃い面々だったというか、相変わらずファンキーで、無謀なことを無謀と思わずにやってのけてて、
どこか抜けてて、世間の波からは、やっぱなんとなく外れていて、でもちょっぴりは大人になってて、いっぱい笑えました。

やっぱ今思っても「こいつらは普通じゃねぇ・・・」と。
なんか私の人生や行動パターンがすごく平凡で常識的に思えました。

「ちょっと白線流しチックじゃねぇ?」なんていいあいながら、
昔すんでた家、通った大学、よく通った道などを、皆で懐かしむようにぞろぞろ歩きました。

「こっちの方が図書館に行くには近いからよく通ったよね」と、車で行動する今では、もう通らないような、
人ひとり通り抜けるのがやっとの細い抜け道をぞろぞろあるいたりして、
「そうだこの家いつも花がきれいだったよねぇ」なんて話をしながら、
かえるがとべばそれを追いかけてつかまえようとする男の子もいたり、「相変わらずだなぁ」とそんな姿に安心したり。

学校の構内にある、芝居の稽古に使ってたぼろいスタジオは未だ健在してて、
中に入ると、住む場所も金もないから、とそこに寝泊りしている浮浪者のような現役生がいて、
自分たちの世代とそんな変わらないことに笑えたり。

なんかひとつひとつがこんなに懐かしくて大切だったんだなぁと思いました。

・・・街の景色は以前とはちょっぴり変わってて。

大好きだったナワテ通り沿いにある映画館が廃館になってしまったことはほんとショックで。
・・・あそこには、よく通ったから。

でも、その映画館再興の署名活動をしてるボランティアの人たちがいて、
私も署名して「がんばってください」なんて声をかけると、とても素敵な笑顔をみせてくれて、
その笑顔に心がじわっとアツクなったり。

・・・やっぱいいやねぇこの街は。
もうすっかり私のだいじな故郷になってる。・・・実家の街よりも。



・・・帰り道、ひとりで電車に乗ったら、なんだか急にさみしくなった。

でも、私には、以前と違って、心の帰れる場所が、待っててくれる人がいるんだと思うと、
胸がいっぱいになって、涙がぼろぼろ出てきてもう止まらなくて、
電車の中でずっと泣いてた。






Last updated  August 24, 2004 09:00:20 PM
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April 4, 2004
カテゴリ:思ひ出ぽろぽろ。
婚姻届を出した翌日、大きな花束が配達で届いた。
これほどデカイ花束をもらったのは、人生において初めてかもしれない。

驚いてみると、大学の劇団で同期の仲間だったH君からのものだった。

ここ1年以上は会ってないけれど、なかなか粋なことをしてくれる。

また、彼が他の人たちにも連絡をまわしてくれたおかげで、
ずっと音信不通になっていた大学時代の仲間たちから連日のように「おめでとう」のメールがくるようになり、
何年ぶりか・・・また連絡がとりあえるようになった。

筆不精の私を反省。そして彼にほんと感謝。
私にはけっこうステキな仲間がいたんだな、、、と、改めて思った。

「ほんまにおめでとう!お幸せに。劇団○○同期代表 H」

という花束に添えられた手書きのメッセージ。

・・・そんな同期のH君というのは、軽口を叩き合う仲というか、
いつもお互いに演技のダメ出しをしたり、なにかとケチをつけあったりする仲だった。

私が芝居で宛がわれる役は、だいたいがギャグ系の役柄が多かったということもあって、
「あづみってほんまおもろいわ。あの顔バリ、フツー女じゃできへんと思うで。」「俺、あづみのことは女と思ってないから」
なんて台詞を彼はいつもズケズケいってくるし、そういわれた私は彼をよくバシバシ殴っていた。
まわりからは「よくじゃれあってるよね」、なんていわれていたっけか。

まぁそんなことがズケズケ言い合えるのも、彼は私と同じ地域の出身だったということもあり、
会話のテンポが合うということもあったのかもしれない。

メッセージを見てると、ふと、あの夜のことを鮮明に思い出した。
「幸せになりてぇーーー」と二人で叫んでたあの夜のこと。




あれは、おそらく2月くらいの時期だったんじゃないかな・・・と思う。
その日は、雪が大量に降った後で、路面は凍結していた。
車がなく原チャでバイト先まで通っていた私は、その帰り、
危ないからと、バイト先の店長に車で送ってもらい、
そして車中で告白され・・・。で、断って・・・。

べつに嫌いというわけではなかった。彼は当時、「今年で32才」と言ってたっけ・・・。
私は恋愛に年の差なんて関係ないと思っていたし、
どちらかというと年上の方がよかったというか、年上の人との方が話しが合うことが多かったんだけど、
・・・それでも私は彼を恋愛対象としてみることはできなかった。波長も合わなかった。

店長の寂しそうな顔、、、気まずくなった私は、そのままお礼をいって車を降りて自分の部屋に帰って、
一人なんか泣きたくて。

人と人、男と女って難しいなぁと感じて。
私はその時誰とも付き合ってなかったけど、そして誰かがそばにいてほしいと思ってたけど・・・
そして店長は、いっしょに働いてきた1年程の月日を通して私を見ていてくれて、
純粋に好きと言ってくれていることにも気付いていたんだけれど。
・・・なんだか断りにくいような情も感じていた。

・・・でも違うんだ。どうしても。

そうして私は人を傷つけてそして傷ついて・・・
あぁどうしてうまくいかないんだろう、と。人間って哀しいな、、、と。

まぁその店長とはその後もいろいろあったんだけど、その話しは置いといて・・・。

で、家で一人で泣いてると、偶然そのH君から電話があった。

「今から飲めへん?」

彼も、つきあっていた彼女・・・
劇団の先輩だった彼女と別れてからずっと一人だった。
彼は寂しがりやで、まぁ彼はそれを素直に露骨に「もう寂しいねん」といってくるような人で、
で、そんな夜に飲み友達を求めて電話してきた様子。

まぁ、いい気分転換になるかと、「うちも今すっげー飲みたい気分」と返事し、
コンビニで酒を大量に買い込んで彼の部屋にいった。

その時期、大学4年生だった私たちは、別れの季節を迎えようとしていた。
そして私は留年、H君は卒業して就職することが決まっていた。
劇団を最後まで続けていた同期の間で、4年でちゃんと卒業していくのは彼だけだった。
「なんか寂しいわー。みんな残るんやったら、俺も残りたくなってくるわ。」
なんて話しながら、思い出話に花を咲かせ、二人で飲みまくった。

そんな話しの中、私が微妙につきあってた同じ同期の人との関係に、彼ははじめて踏み込んでいろいろ聞いてきた。

私たち同期というのは、それなりには仲もよく、飲んでは語ったりバカ騒ぎをしたり、
まぁいっしょに一つの芝居を作り上げてきたぶん、仲間意識も強かったけど、
そういうプライベートなことになると、私も含め、皆うまく話せないし聞き出せない人たちが多く、
それぞれお互いを探り合ってるような、そんな微妙な人間関係でもあった。

芝居を作っていく上で、普通の友人以上の結束力を培ってきた仲間・・・といえども、
その仲でも、人と人同士の距離、線引きって、難しいもんがある。

「劇団」ならぬ「人見知り同好会」だからな・・・なんていってよく笑ってたけど、
どこまで相手の領域に踏み込んでいいのか、いけないのか・・・。
そのラインを私たちはいつもお互い探りあっていたように思う。
不器用な人が多かったのかもしれない。
私のつきあってた人は、なんか常に人との間に大きな壁があるというか、
近づきにくいオーラ-を発していたような人だったし・・・、
皆は彼のその壁を前に、「自分は必要とされてないのかも」と感じ、
そして当の本人はどんなに大変でも、同期に対して「おめーらが必要だ、手伝ってくれ」といえなかった人だった。

・・・ま、私もなんだけど。

そんな私たちだったけに、そういうことを直接踏み込んで聞いてくれるのは、私にとってはなんか新鮮で、
そして話していくうちに、いろいろ溜め込んでいたんだろう・・・。
最初はたくさんいた同期の人たちが、どんどん芝居から離れていく中で、
なんか責任を感じてしまった私はあの劇団に残ろうと思ったこと、
そんな背景の中で、だからこそ、同じく責任を感じて演出という役目を引き受けたあの人との関係がはじまったこと・・・。

いろいろ話していくうちに、なんか、ほろりと、泣けた。


・・・そしてとにかく寒かった。

寒い日には-14℃くらいになる土地なのに、彼の部屋にはこたつしかなかった。
・・・まぁ私のアパートも似たようなもんだったんだけど。
お互いほんとビンボー暮らしをしてた。

しかもそのコタツ布団は寝る布団になってるし・・・
だから二人でその布団にいっしょにくるまって寝ることになった。


「俺、もしあづみじゃなかったらやってるで」

「それどういう意味やねんな・・・」

「それだけ大事な友達ってことなんちゃう?」


布団の中で、そんな会話をした記憶がある。



「俺、もしあづみじゃなかったらやってるで」

普通はそういう言葉をいわれると女として傷つくのだろうか?

でも私は「それどういう意味?」という突っ込みをいれる前から、
彼のその言葉をとても心地よく受け取っていた。
私の心の傷を、なにかと察しがよい彼はそれなりに理解していてくれているんだろうな・・・
と、そんな気がしたのだ。

そして二人して
「あ~幸せになりてぇ~~~!!!!」なんて叫びながらそのままお互いの身体を抱いて眠った。
「あったかぁーーーーーーーーーい」
お互いなにもせずに人間の体温のぬくもりだけを感じあっていつのまにか眠っていた。

彼とはほんとに、ただ仲間で、いい仲間で、その先はなかった。

当時の私と彼の間には、
「たとえどんなに寂しくとも、ぜってーコイツとはつきあわないだろう」というのが、なんかあった。
お互い、そういうことを口にしていた。
・・・なんか、なんなんだろう。
ずっと仲間としてやってきて、軽口叩き合って、恋愛対象として見れるわけがないというのもあったけど、
私が言う「ぜってー付き合わない」という意味の中には、
「自分自身」というものを保つための意地も含まれていたのかも・・・と思う。

彼は私がエホ証2世であることも知っていた。
私が大学時代に持っていたHP・・・
今よりももっと「元エホ証2世」色の強かったサイトの掲示板にもちょくちょく書き込みをしてくれてた。
そういえば、彼の元彼女である私の直属の先輩もよく書きこみをしてくれてたっけな・・・。
彼と彼女が直接絡むことはなかったんだけど、でも二人とも同じような話題に触れてはいたんだよねぇ。
ははは。ん~、思えばなぁんか微妙なバランスで成り立っていたのねあの掲示板。

・・・あれから3年。
そいや、あの頃、この中の誰か一番先に結婚するんだろう、みたいな話しもよくしてたな。。。
私が一番先にするなんて思ってもみなかった。・・・きっと、誰も予想し得なかった。

今にして思えば、人間不信の意識が幼い頃から染み付いていた私は、
大学時代のこうした人間関係を通してからも、
人間というものを哀しくそして愛しく大事に思えるように意識が変化していったんだと思う。






Last updated  April 4, 2004 11:29:16 PM
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February 23, 2004
カテゴリ:思ひ出ぽろぽろ。
昔、芝居をやっていた頃、基礎練のメニューに、「キチガイ病院」となるものがあった。

舞台上は病院という設定。
それぞれ「キチガイ」の患者になって行動して見せるというものだ。

壁にむかってわめき散らしたり、暴れてみたり。

それを演出家が冷たい目でじっとみてるというわけで。
舞台上にいるものは、演出家が「はい」というまで「キチガイ」でいつづけなければならない。

私が入団した頃には、もう基礎練のメニューから外されており、一回くらいしかやったことがないのだが、
それはかなり楽しいものだった。いろんなものが発散できた。
ただそれをやりつづけるのはつらかった。
叫ぶも暴れるも、恥じらいさえすてれば最初の一時のイキオイでやれるが、それを延々続けるのはキツイ。
最初のテンションが持続しないのだ。
キチガイの演技をしつつも、心の中では、
演出はいつ「ハイ」といってこの場を切ってくれるのだろう・・・と待ってしまう。
そうするとやはり舞台上で「素」の部分がでてしまい、演出から怒られるのだ。

ずっとキチガイでいることは難しい。けど、たまにはキチガイのフリをしたくなる。

心のモヤモヤを、思いっきりどっかにぶつけたくなる。


そういや、私はよく父に「キチガイ」と言われていた。

2階にある私の部屋で、私はよく叫んでいたからだ。
「わー」とか「あー」とか・・・未だ言葉に直せずに心に溜まってるモヤモヤを吐き出すように叫んでいた。
それは1階にいる父にもまる聞こえだったらしい。
私が2階でひとり叫んでいると、1階にいる父も「キチガ~イ!」といって私よりさらに大声で叫びだし
飼っている犬までもが、それに呼応して鳴きだしたり・・・

思えばかなり近所迷惑な家だったと思う。

私は今でもよくひとりで叫ぶ。奇声をあげる。
心の奥のモヤモヤを感じると、つい叫んでしまうのだ。

きっと隣の住人にも聞こえていると思う。迷惑しているかもしれない。
まぁ、顔を見たことないし、苦情はきていないのでイイとしよう。気にしない気にしなぁい。

昨日も叫んでいた。でも相方の声を聞くと、落ち着く。
猫のように丸くなりたくなる。
私の精神はどうも動物化してるようだ。

・・・私は危ない人なんだろうか。みんなどうなんだろう。

まぁ、私、これでも外面は、それなりに常識的な一般人なははず・・・。

外で、年相応の一般社会人としてやっていく中で、溜まっていくモヤモヤ、
・・・ちょっとした失敗、ちょっとした嫌なこと、そうした外での出来事を、自分の内にかえして反芻すると、
どうにもやりきれなくなって思わず叫んでしまうのだ。

きっと私のように叫ばない人でも、人に愚痴をいったり、カラオケにいったりと、どこかでうまいこと発散しているんだろうが、
私はとにかく叫ぶ。

愚痴をいうにも、人前でいちいち言葉にするのが面倒くさい。
だから言葉にする前にもう叫んでしまう。・・・もちろん人前では叫んだりしないが。

で、ひとしきり叫んで気が済めば、
少し落ち着いて、そのモヤモヤを言葉という形にして表出させようと躍起になってみたりもするわけで。

あ、ひとつ前の日記はひとしきり叫んでちょっと落ち着いたけど
まだ叫び足りないかんじの頃に書かれた日記でございました。







Last updated  February 27, 2005 07:22:18 PM
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September 11, 2003
カテゴリ:思ひ出ぽろぽろ。
高層ビルからポンポン落ちていく黒い人影。
ひどい怪我をした人々。
泣き叫ぶ人々。
また爆発。
ニュースキャスターの悲鳴に近い声。

それが、一晩あけた朝の映像だった。

なにかなんだかわからないまま、私は涙が止まらなかった。

ただごとではない。
なにかが起こる。
そんな気がした。

戦争になるという気運が高まる中、TVからは、
ジョン・レノンのイマジンが流れてて、また涙を誘った。

あのニュースをはじめて目にしたのは、
沖縄の離島のスナックで、住み込み3食付きのバイトをしていた時、
そうちょうど客の食べ残した残骸を片付けていた時だった。

流しっぱなしだったテレビの画面がいきなり変わって、、、
飛行機がビルにおもしろいように突っ込んでいった。

最初は映画のワンシーンかと思ったが、違った。
二機目が衝突する瞬間の映像がリアルタイムで流された。
最初は事故かなにか?といってたが、だんだんテロらしいということが分かってきた。
そして更にペンタゴンへ。いったい何機ジャックされたんだ???
その夜は情報がとにかく錯綜してて、私は客がひいた後のお店のカウンターに一人腰掛けて、早朝までそのニュースを追っていた。

次の日から、お店はこの話題でもちきりだった。

「こりゃ戦争になるな」
「オキナワはどうなる?」
「嘉手納基地からF15が戦闘機が飛んでいくらしい」

とはいっても、沖縄本島から430キロも離れたこの離島、西表。
なんだかんだいっても、皆のんびり構えていた。

ママさんは、何度行っても「オサマ・ビン・ラディン」という名前が覚えられない。
しまいにゃ「あーもーオスマン・サンコン!」とかいいだす始末。
「オ」しかあってねーじゃねーか。てゆーか、全然人物違うやん。。。

でも、結局そんなもん。そんな毎日。

この世界的な事件に対して、涙しながらも、いろんなことを考えながらも、
また、沖縄への観光旅行がどんどんキャンセルされているというニュースが流れる中、「観光客が少なくなる」という不安をかかえながらも、
皆、酒を飲んで三線引きながら歌ったり、いつもと変わらない毎日で・・・。

だいたい、新聞だって・・・
次の日の朝刊、「八重山新聞」(だったけ?)の第一面の見出しは、
マンゴーの収穫量がどーのこーのという見出しだった。
そしてその隣にちょこっと、「アメリカ同時多発テロ」とあった。
こんなときにも第一面はマンゴーが飾るのかぁ。。。
いやぁ、、、さすが、、、八重山、、、どう転んでも、離島。
・・・感動すら覚えた。

店によく来てくれる人の中に、
もうすぐこの島から出て、次はハワイに移住して働くという40すぎたバツ一独身放浪おじさんがいた。
北海道出身だからよけいに、対極の南国にひかれたのだろうか・・・
いろいろ放浪してた後に、この西表にたどりついて、
ここでタクシーの運ちゃんをやっていた。

私は毎日飲みにきてくれたこのおじさんと一番仲が良かった。
いつもいっしょにビールを飲んでなにかしらいろいろ語った。
そういや、そのおじさんは高倉健が好きだったな。。。
こんな情勢の時にわざわざアメリカ領のハワイにいかなくても、、、
って止めたけど、そのおじさんは、「どこにいても危ないよ」と笑って、そしてハワイに旅立った。

・・・たぶん。ていうかあの頃飛行機動いてたのかな??
まあ、その後は知らない。

みんな今ごろ元気にしてるのかなぁ。
そういや今年のあのひどかった台風はだいじょうぶだったんだろか。。。

そう思いながら、私は、どうにも面倒くさがりなのかなんなのか、
連絡さえ全くとらないんだけど、、、

この時期になると、あの頃のことをちょっと思い出したりして。
なんとなく、せんちめんたる。

・・・なにいってんだか。。。

こんな日記書く暇あったら、連絡とれよってかんじだな。。。

あ、てゆーか、ずいぶん前に私にメールをくださった方々、
ありがとうございます。
・・・返事なかなか返してなくて、、、
ほんとごめんなさい。

気持ちはいつもあるんですけど、
いやー、メールとか苦手で、ってなんでこんなに苦手なのでしょうか。。。

まあ、そのうち、ぼちぼちと、その・・・。
・・・だから、見捨てないでよろしくです。






Last updated  February 27, 2005 08:02:37 PM
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