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ちょっと お散歩 ノリタマ6983さん
漬けものな日々・・… futan2005さん

全21件 (21件中 1-10件目)

1 2 3 >

JWとか神とか宗教とか。

April 17, 2010
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というわけで先回の続きです。

(勝手に)RED君ものがたり~


RED君25歳の頃。
エホバの証人という組織で奉仕の僕なんつーのをやっています。
・・・彼が奉仕の僕なんてかなりうさんくさかったことでしょう。
(まぁ今でもうさんくさいことには何ら変わりはありません。)

RED君はその頃からJWの教えを本当に信じているわけではありませんでした。
ただ母親を裏切るような行為ができなかっただけでしょう。

しかし齢は既に25歳。
高卒にてファミレスのバイトをしながら奉仕(JWの布教活動)に取り組んでいるRED君
その日暮らしの生活でお金がありません。
高校生の頃、両親が離婚した影響もあってお金には大変苦労している長男RED君。
何より将来が不安です。

マズローの理論にあてはめると、
基本的欲求の第二段階である
安全の欲求の欠乏状態(経済的安定性の欠乏状態)にあります。

そこでRED君はJWなんて辞めて普通に働きたいと思いはじめます。

RED君はJW現役の母親と同居していますが
母親はもちろん彼がJWを辞めることを決して許しません。
布教活動に割く時間を少なくして、普通の会社に就職することさえも許しません。
こうなったら家を出るしかないのですが
現状ではRED君には貯金もなく、家を出るにも他に住居を借りることができません。
居候させてくれるような友人もいません。
一般人の彼女はいたようですが
その彼女のもとに転がりこむのは男としての矜持が許さなかったようです。

そこでRED君一発奮起。
前々から計画していたことを実行に移します。

書置きを残し突然家出、パチンコ屋の住み込みバイトを始めます。
住み込みで働ければ家を出ても住居と生活費は何とかなります。
JWも当然やめるという結果になります。
自然消滅というか突然消滅です。まわりもびっくりです。

そして彼はとにかく働きます。ある程度の貯金もできます。

とりあえずマズローの欲求の第二段階である
安全(経済的安定性)の欲求は満たされるようになりました。

しかし・・・

寮での一人暮らし。
コミュニケーションも苦手とするRED君、
周囲の同僚との関係もうまくいかず、彼女とも別れ、ひどい孤独感に苛まれます。

マズローの理論でいうと欲求の第三段階である所属と愛の欲求が欠乏状態です。

経済的には自立をはたせても
彼の孤独は埋まらず将来に対し何の希望ももてず鬱状態になります。

そんな頃、彼はネットにて元JW系のサイトと出会い某メーリングリストに入会します。
・・・今から約7、8年前のことです。
当時の彼をリアルに知っているという方は
ほとんどがこんなブログみておられないのではないかと思いますが

当時の彼がメーリングリストに綴るメールは
「友達がいない。生きていても仕方がない。死にたい。」
など、どうしようもなく鬱々ネガティブまっしぐらでした。

そんな頃、RED君はそのメーリングリストで主催した某オフ会にひょっこり参加、
そこで現在の嫁に出会います。(・・・私のことですね。)

出会い目的か!と突っ込まれそうですが、まぁまぁ。
お互いそういうつもりはなかったのですが妙にタイミングがあったというかなんというか。

RED君にとっては最初にして最後となるオフ会参加だったので
(RED君は元JW系のオフ会自体は好きではないらしい)
あのときお互いが出会わなければ今とは違った人生でしょうから
出会いとは不思議なもんだと思います。

この出会いは私にとっても彼にとっても大きな転機となりました。

ここからの恋愛~結婚へのあれこれについては
私の以前からのブログに恥ずかしげもなく書き連ねておりますので省略。

まぁとにもかくにも
マズローの基本的欲求の第三段階
所属と愛の欲求が満たされるようになります。

以前の私のブログにも書いていますが
結婚すると決めた際、お互いの仕事についてはいろいろと話し合いました。

私の両親も彼の母親も
RED君がパチンコ店の仕事を続けるなら勘当すると言っていたからです。
そして私は以前から抱いていた夢
…作業療法士になるべく学校に行きたいという思いもあったからです。

私が仕事に対する想いを語り、作業療法の学校に行きたいと言ったとき
RED君は応援してはくれたものの・・・こんなことをいいました。

「俺は仕事なんて金が稼げれば死体運びだってなんだっていいんだ」と。

私とはまったく異なる考えをもっていたRED君。

私は昔から
おそらくは中学、高校時代から仕事というものにやりがいを求めていました。
仕事=金銭だけではなく、自己実現の手段として捉えていました。

そして就職氷河期といわれる時代だったとはいえ、
大学在学中に将来どういう自分になりたいか、その中でどういう仕事をしたいかを考え
気になった会社の説明会に出向き、その内の何社かの面接を受け、
その中でよりよいと思える企業に就職できました。
・・・私は今までいかに恵まれた立場にいたのか、と痛感しました。

RED君の「仕事なんかなんだっていい」という考えは
家庭環境の影響や彼自身がJWを抜けるのが遅かったということもあり
食うことだけでせいいっぱいの中、
自分のやりたいことや人生についてじっくり考える余裕がなかったからなんだろうと。


結局、RED君は結婚・引越ししてからもパチンコ店の仕事を続けることに決めます。

しかしRED君にとって新しい環境はなかなかなじめなかったようです。
自分より10歳以上年下で
人として人に対する敬意ももろくに払えないような器の人物が
自分の上司として偉そうにしてる会社。
いじめのような扱いをうけることもあり周囲からなかなか認められず苦労します。

マズローの基本的欲求の第4段階、承認(尊重)の欲求の欠乏状態です。

基本的にはいつも穏やかなRED君ですが、あの頃はつらかったことでしょう
・・・飲んで荒れて帰ってくる日もありました。

はやく昇進したい。認められたい。
その思いの強いRED君。
・・・だからこそよけいに角が立ってしまい
周囲と反目してしまう部分もあったのではないかと思いますが
とにもかくにも仕事にうちこみます。

そうして徐々に昇進し、少しずつ周囲の理解も得られるようになっていきます。
しかし同時にパチンコ業界というものに対して嫌気がさしたりもしていたようです。

そんなころRED君は前からちょくちょくやっていた株式投資に本腰を入れてとりくみはじめ
いろいろな考えをもつ投資家やトレーダーと交流しはじめます。
本もたくさん読むようになります。

RED君の世界や価値観が大きく広がりはじめます。

そしてお互い切磋琢磨しあえるデイトレード仲間に出会い
トレードを通して自分自身に自信をもてるようになり

そうして
マズローの基本的欲求の第5番目・・・自己実現の欲求が出現するようになります。

「トレードで生計をたてたい。トレードと向き合いたい。生涯の仕事にしたい」と。


彼は今、専業トレーダーとして成功するべく努力しています。




人は・・・願えばなりたい自分に変われると思う。

JWを抜けてパチンコ店の寮の6畳一間の部屋にこもり
死にたい死にたいと願っていた日から

扉を開け

いろんな人や物や価値観と出会い

一歩ずつ世界が広がり一段一段段階をへて。

・・・死にたいと思っているところから
いきなり自己実現の段階へこれたわけではない。

ひとつひとつ段階を踏んで、山をこえて今がある。

山を登っているときは何の変化にも気づかないかもしれない。

でも振り返ってみたとき

思えば遠くへきたもんだと。


ほっこりと笑える。



自分のことはさておき
勝手にRED君について語ってきましたが
(一応相方さんには了承とっています。何書くか詳しくは話していませんでしたが)

べつに社会で大成功したわけでも有名になったわけでもなんでもないですが
JWの離脱後の社会参加に関する・・・数あるモデルケースのひとつとして
何らかの参考になればいいなと思います。

そんなRED君のトレード日記はこちら↓(一応紹介)

http://d.hatena.ne.jp/redsnows/






Last updated  April 17, 2010 11:02:11 AM
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我が相方さんは、現在トレーダーを生業にするべくがんばっています。

私が作業療法の学校に通っているとき、相方さんはがんばって働いてくれていたので
今度は相方さんが好きなことをする番。

ほんの4、5年前までは
「自分のしたいことなんてなにもない」
「仕事なんてなんだっていい」
「金さえ稼げればなんだっていいんだ」
なぞとのたまっていた相方さんが

好きなこと、本当にやりたいことをみつけてくれた。
トレードを生涯の仕事にしたい、俺は本当にこれがしたいんだ、と。

私は正直いってトレードにはあまり興味はありません。
収入も不安定だろうので大丈夫かという思いもなきにしもあらずですが

ただ自分の好きなこと、やりたいことを見つけて
成りたい自分になれるよう奮闘している相方さんをみるのはとてもうれしいです。

相方さんをみてると
人って本当に変わっていくもんだなぁと思います。

彼と出会った当初は
某元JW系のメーリングリストにて
「友達がいない」
「死んでも誰も悲しんでくれる人なんていない」
「自分は誰からも愛されない」
「死にたい」・・・なぞ、
今ではネタとしてからかって笑える(もちろん当時はからかったりしてませんよ)
鬱々メールを泣きながらに書いていたようですが・・・

そんな人が今じゃトレーダー仲間と毎日のように生き生きと楽しそうに会話しております。
いつもおバカなことをやらかしたり、
「それ面白い?」というようなしょーもないこと言って一人で笑っており、
単純で幸せなやっちゃなぁーと思います。

あの当時の片鱗がないくらい、おバカで適当で明るいです。
まぁ本来の資質が現れてきただけなのかもしれませんが。

相方さんをみていると
マズローの欲求段階をそのまんま・・・上へ上へと駆け上がってきているように思います。

マズローの欲求段階・・・ピラミッド型になっているアレです。
心理学や社会心理学をかじったことのある方なら一度は聞いたことがあると思います。
詳しくはこちら

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E5%AE%9F%E7%8F%BE%E7%90%86%E8%AB%96

というわけでマズローの欲求段階説をもとに勝手に相方RED君にあてはめて解説してみようと思います。

続く。






Last updated  April 17, 2010 05:54:19 AM
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December 6, 2009
用事があって実家に帰った。
高校の卒業証書が必要だったので押入れの中をあちこち探していると
私が大学生の頃、母宛てに送った何通もの手紙が出てきた。

・・・捨ててなかったんだ・・・と思った。

A4の用紙に書かれた分厚い手紙。

まぁ一言で言えば、エホバの証人の組織批判だ。

何ページにもわたってグダグダと書いていた。

こんなこと書いたっけ?と今ではその内容もすっかり忘れていたけど。

あの頃は尖っていたなぁ・・・と笑えた。



自分の正当性を主張したかったんだろうな。必死で。

自分は間違っていない。
組織は間違っているんだ。
自分は正しいんだ!!!!!と。

ガラガラと崩れ落ちいく自身の足場。
そう必死で主張しなければ立っていられなかったんだろう。


当時の手紙の端々にみられる
「組織は間違っているんだ」というような文章は
ただ「自分は間違っていない」と自分自身を正当化したかっただけ・・・

・・・相手のことを考えているつもりでいて、
自分のことしかみえていない、余裕がない、そんな文章だった。

まぁ、それもそれで自分にとっては必要な過程だったのかな。

たしかに今でも私は、自身の選択を間違っていなかったと思っている。

その手紙に載せた組織批判の内容自体もね。
間違っていないし、よく推敲して書けているというかよく書いたなぁと思うよ我ながら。
・・・まぁいろいろ書いているんだわね。
聖書のどの箇所にはどうだけど組織はどういってる、
こうこうこれがおかしい!ってことをあーだこーだと。
もうどーでもいいやんみたいなことをネチネチと。
いやぁ、あんたよく調べたね・・・みたいな。
時間かけて書いたんだろうなぁ。めんどくせーことをよくやったねぇ…とある意味感心する。


今ではもうあんな手紙は書けないし書きたくないし書く必要もない。

自分が間違っていないことを
届かぬと分かっている相手に向かって声をあげて主張する必要がない。

安定した足場がしっかりあるから。
安心してこの足場に立ち続けていられるから。

人からどう思われようが、どう言われようが、芯の部分はもう揺るがないから。


10年前の手紙を読み返して・・・

誰の言葉だったか忘れたけど
・・・たしか軍部のトップに立つ人のお言葉だったかな?

「こうでなければならぬとするのも病だが、こうなってはならぬというのもまた病」

というのを思い出した。

「なければならぬ」「なってはならぬ」
「これだけが絶対正しい」「これは絶対に間違っている」

そんな感情やこだわりから自分自身を解放すると自由に生きれる。

ここ10年間を通して、そんなことを思う。


・・・とかなんとかいいながら、
ま、基本、私の性格テキトーですから。面倒くさいことが嫌いなだけですけど。
正しいとか間違っているとか・・・んなことどーだっていいんだよ。
とにかく「今、この時が大事なんだよ」という気持ちになってきただけなのかも。

適当で面倒くさがり・・・私の短所でもあるところなんだけど。
この自分のいい加減さに救われてきた部分、だからこそ生きてこれたってのは
少なからずあるんやろうね。


注)一応お断りとして書いておきますが、
これはあくまで私自身が書いた組織批判の手紙についてのことであり、
JWの組織批判発言をしている人たち、本を出版した方たちのことを批判するつもりは毛頭なく、組織のことをいろいろ調べてその間違いを一つ一つ明らかにしている方たちがいるからこそ救われる人も多くいると思いますし、私自身もその一人ですし、その功績には感謝しております。







Last updated  December 6, 2009 08:39:08 PM
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March 24, 2007
以前書いた大分古い記事「プライドそれぞれ」
に現役さんからコメントをいただきました。

コメントのテーマが「通りすがりの意見」とあったので、
ここを見る気はもうないかも、と思いましたが
こんな辺境ブログにはJW現役さんは滅多にきてくれないので嬉しくって
(相方曰く「現役か?釣りじゃねーの?」)
釣りだろうが釣られようが見てようが見てなかろうがレスしちゃいます。


以下現役さんが下さったコメント
***********************
>開拓者・バイトorパート生活がスタンダードなのは日本だけですよ。
>海外には、全時間仕事をしながら全時間奉仕している人たちもいる。
>母子家庭で2人の子供を育てながら学校に行って開拓しているお母さんもいる。
>あなたは狭い日本の、自分の会衆だけの世界でしか価値観を育てられなかった。
>海外では増加しているのに、日本の伝道者は去年より減っています。
>なぜだと思いますか?
>「これしちゃだめ、あれしちゃだめ」と言われ続けているからですよ。
>人のレールに沿った生き方しか出来ない大人・子供たち。
>開拓者は多いけど、脱落者も多い。
>JWは650万人以上世界中にいます。
>いつか時が来て、あなたの価値観が広がることを願います。
>それと、あなたの日記を見ていると、ご両親や周囲のJW信者の影響力は良く分かりますが、
>肝心の「エホバの価値観」が影響を及ぼしていないのが気になります。
>神様の存在、認めてますか?
>根本的にエホバの言葉「聖書」が信頼できるのかどうか、
>考古学でもいい、科学でもいい、JW以外の書籍でもいい。
>あらゆる方面から調査してみてください。
************************

海外という表現があまりに漠然としているのですが。。。
増加している海外とはどこの国のことを指しているのでしょうか?
今まで禁令下にあったり、伝道活動が近年になって活発になっている国とかが
主な増加国じゃないのかという気もするのですが、
ま、どこの国で増えようが減ろうが私の知ったこっちゃーありません。

以前の日記でも似たようなことについて触れたつもりですが
「異文化との出会い」

私はそもそも聖書=エホバの言葉とは思っていません。
偉人たちが後世に残してくれた偉大な書物だと思っています。
私にとって心の糧としたいと思える言葉もありますし納得しがたいものもあります。

聖書が科学的?
けっこう科学的じゃない記述もいっぱいあると思いますけどね。
処女の腹から子が生まれたとか・・・まぁ他にもいろいろありますが、
そんなことは他の元JW系HPやブログでも見てくれりゃいいでしょう。
この辺境ブログにわざわざ辿りついていただけたということは、
その他サイトももう見ておられるかもですが。

ま~あなた方JWさんは、科学的じゃないことはすべて奇跡といいきってしまえる
何でもありの理屈付け屋さんばかりなんで
話しあっても無駄だと経験上思っております。

人はそれぞれの国、環境でのいろいろな生き方があります。
私は今の生き方を自ら選びました。
その心に恥じないように生きていこうと思っています。
世の中にゃーエホバの証人だけではない、いろいろな価値観・世界観があります。

あなたはあなたの信じる道を生きていってくださいな。
それが心から良いと思えるのなら。

私も私の信じる道を生きます。






Last updated  March 24, 2007 10:07:02 PM
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February 27, 2006
掲示板に↓のようなご意見をいただきました。

*****************

あづみさんを含め元Jw2世の人にお聞きしたいのですが、なぜ元JW2世である事を公表し、またあずみさんのように元JW2世同士で結婚したりできるのですか?
(中略)
皆さんJWをやめているのにどうして元JWの人と関わりたがるのでしょうか。結局同じ環境を味わってきたもの同士でくっついて生きていく事しかできないようにも見えるのですが。

******************

「あづみさんを含め元JW2世の人」とあるので、
ここをご覧になっている他の元JW2世の方からもご意見・コメントもらえるとうれしいです。

(コメントくださった方へ→
ただしここは不定期更新サイトでそこまで賑わっていないので
もっと大きな元JW系サイトに書いたほうが答えてくれる人も多いかもと思いますです。)

とりあえず、私のケースで。

~私が元JWであることを公表する/元JWに関わる理由について~

その一 「同窓会のノリで」

mixiなどネット上のコミュニティーサイトでは、
「○○高校出身者集まれ~」みたいなものをよくみかけます。

そこで自分の母校のコミュニティーが見つかり、何年も連絡をとっていなかった友人と再開して、
また仲良くなったりするケースも多々あるようですが、

私も実際、大学時代の友人とそういう形で数年ぶりに再開して、
学生時代よりも仲良くなったんじゃないか・・・という人もいます。

そういうものと少し似ているというか。。。


小・中・高校時代、私は実家にいて、
JWの活動をそれなりにまじめにやってきたもんで、
一般(JWではない)の人間関係は希薄であり友人は少なく、
その頃の友人で今でも連絡が続いてるのは 一人しかいません。
ちなみに相方は0人らしい。

まーそんなわけで、その頃の思い出といえば
関わりの強かったJWコミュニティーの思い出のほうが、
嫌なものも楽しかったものも、より強く多く残っており、

元JWのオフ会でも盛り上がるのは

「OO巡回区?うわ~いっしょや~あの大会で出たうどんうまかったよね~」

みたいな思い出話に華をさかせる、同窓会みたいなノリがあります。

昼寝するぶたというサイトのオフ会では、
それに加え幹事さんグループがちょっとしたイベントを企画してくれてたりすることもありますしね。

私はそういうのは楽しいから参加させてもらってますが、
(といっても遠いのでほとんど参加してませんが)


まー、○○高校出身でも
「同窓会なんて楽しくもないしいかない」という人もいますし、

それと同じくJW出身者でも「オフ会なんていかない」ってタイプの人もいると思うんで、
オフに参加するか否かの感じ方・考え方は人それぞれかもと思います。



その二、「自分を構成しているものの一部だから」

自分の思考、感じたことを表現しようとするとき、
それは自分の過去の経験からつながっている考えなんだと気づくことがよくあります。
だから公表しているというかんじですかね。

私は最初このブログでは、当時の日常生活において考えたことを整理するため・・・
「OL兼SM嬢の日常生活」みたいなスタンスではじめた日記であり、
元JWであるということを最初から出していたわけではないです。

初日の日記。。。
「仕事バランス」

ですが書いている日記の話の流れ上、
「自分がなぜそう感じるのか」という理由を書くときに、
元JWで経験してきたことが大きい要因の一つだと思ったので、
だから公表した、ってかんじですかねぇ・・・。


私は「現在の自分は、過去の自身の経験からつながっている連続体であり、
また自分の現在・未来を自身がどのように捉えるかによって、
過去の経験の持つ意味づけは変わる。」

と思ってます。

なんで私にとって、JWでの経験というのは自分の構成成分の重要な要素で・・・

私にとって元JWであるということを公表するのは、
このブログ上でも時々出てくる話である
・大学で芝居やってたとか、
・予備校で働いていたとか、
・その上でSM嬢もやってたとか、
・今は作業療法士目指しているとか、
そういう経験・プロフィールを話すのといっしょの位置づけにあるんですが、

あくまでこれは私の場合ということで、他の方はどうでしょうか、というところで。。。


その3.「誰かに役立ってもらえれば・・・」

私の過去の経験・今感じることというものは私個人だけのものじゃなくて、
他のいろいろな方々と共有できる部分もあるのではないか、
・・・そんなことを思ったりもします。

私自身、最初に「エホバの証人の子どもたち」という秋本さんが書いた本を読んだとき、

「苦しんできたのは、こんなことを思っていたのは自分だけじゃなかったんだ」

とも思って涙しました。
自分の心のかたくかたく閉ざしていた部分に光が差し込みました。
幾年にもわたって積み重ねてきた孤独感がすこし和らぎました。

そして僭越ながら、
私自身がこうしてブログで自分自身の経験を表現することによって
そのように感じてくれる人もなかにはいるかもしれない・・・と。
私のブログを読んでくれる人のなかで、
(それは元JWに限らず元JWではない一般の人でも)
そう思ってくれる人が少しでもいてくれれば、と


一年半前くらいに、少し似たような質問が掲示板にあって、
そのときにサイトの方向性となるものを書いたことがあるので、
そちらもリンクしておきますね。

サイトの方向性
サイトの方向性 その弐

相方との結婚に関しては、元JWだから結婚したというわけでもなく、、、
まー、またの機会に書かせていただきまする。






Last updated  February 27, 2006 04:51:10 PM
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July 24, 2005
バイトから帰ってくるとやたらと家の周囲が騒がしい。
どうやら裏の公民館で盆踊りが行なわれている様子。

てわけで相方といっしょに見物に。

うちの近所って、こんなに子どもたちがいたんだとびっくりするほど、
小さな広場にいっぱい子どもたち。

とうもろこしやらアイスクリームが売られている小さなコーナーもあり、
我が相方はとにかくいろんなところに興味深々らしく、
小さな広場をあちらこちらと落ち着きなく右往左往。

そりゃ一人でこんなところに来たら、
あーたはきっと子どもを物色してる「変なおっさん」としてみなされただろうよ。。。
うちの帰りを待っててくれてよかった・・・と思う。


輪の中で大人たちの真似をしながら踊る小さな子どもたち。
一生懸命太鼓を叩いているお父さん。
子どもたちの様子を気遣うように見ながらいっしょに踊るお母さんたち。
盆踊りなんて気にせずに周囲を走り回って遊んでる男の子たち。

そういう光景をみていたら、なんだかいろんな感情を急に思い出して、涙がとまらなくなった。

疲れていたせいもあるんだろう。溢れる感情を制御できなくなってしまった。

大抵の子どもたちにとって、こういう思い出は大きくなって思い返しても、
たいした意味はもたないなんでもないことなのかもしれない。
「あー、そういえばそういうこともあったかな」ってくらいの。

でも、私には許されなかったこと。
だからわだかまりとしてゴロゴロと、消化しきれずに心の奥につっかえているんだろう。

普段はそういう光景を目にしても気にならずに、
むしろ自分も入っていって楽しもうかってくらいの時もあるくせに、
疲れているとこういうちょっとした刺激で過去の思い出スイッチがはいって、
次から次へといろんなことを思い出して感情があふれてもうとめられない。

・・・お祭りのこと、盆踊りのこと。




私の実家も、今住んでいるとこに似て、夏祭りや盆踊りなどの地域的な活動が活発なところだった。

実家の近くにある大きな神社。
そこは小学校に通うための通り道になっててなじみの深い場所だった。
その神社が舞台になる夏祭りの際は、実家のすぐ横に走っている通りが交通止めになって、神輿が走ったり屋台がぎっしり並んでとても賑やかになる。

祭りはなんといっても子どもたちが主役だった。
昔から、祭りというもんは地域の親睦を深めるという役割を果しているんだろう。

近所にいる小学生の子どもたちはみんな「子ども会」というものに入っていて、
祭りの際には笛を吹く役割を与えられたり、踊り子の役割を与えられたりしていた。
 
ぴーひゃらぴーひゃら・・・

夏休み近くになると、子どもたちは学校への集団登校の行きや帰り、
よくお祭りのお囃子を笛で練習しながら歩いていた。

それは私がすごく疎外感を感じてしまう時期でもあった。
 
近所の人が私を子ども会に入れるよう、親を説得してるところを見たことがある。
「私も子ども会にはいりたい」親にそういったこともある。

でも、それは許されぬ相談だった。
祭りに参加できない私は、毎年この時期が嫌だった。
集団登校で学校に通うのが苦痛だった。

自分だけ入っていけない輪。それをまざまざと何度も感じさせられる。

ピアノを習ってた私は、簡単な曲ならば聞けばなんとなくどの音なのか検討がついたから、
自分でこっそり祭りのお囃子を吹いてみたこともある。
母親のいるところで吹くと怒られるから、いない時にこっそり。

ほんとはお祭り当日、他の子と同じようにお化粧をしてもらって、着飾ってみなの前で笛を吹きたかった。

お祭りの賑わいは、嫌でも聞こえてくる。窓からお祭りの様子がみれる。
・・・その中で当たり前のようにして楽しむ他の子どもたちが、とてもとてもうらやましかった。

今は祭りにも自由に参加できる。過去のことなんて気にならずに楽しんでる。

でも、疲れていたのかな・・・。

盆踊りの輪の外から、大人たちとともに踊り笑う小さな子どもたちの様子をみてると
急に、あの頃感じていたんだろう孤独感と疎外感に全身が包まれて、
浮くような震えるようなかんじがして、涙がはらはら止らなくなった。


・・・相方がずっと手を握ってくれてた。



今は自由に生きていて、
会社・学校、そういう所属する集団の中でそれなりにうまくやってきているつもりだけど、
でもいつもどこかでかやの外にいるような疎外感を感じてしまうのは、
きっとあの時代に形成された、集団というものからの疎外とその恐怖ともいうべき感情が離れないためだろうか・・・

なんてことを思ったりして、


私にはどこにいても誰といても居場所のないような依り場のないような気持ちがずっとあったけど、

それを埋めてくれたのは相方で、

・・・趣味も性格も私とはめちゃくちゃ違うのに、
相方は不思議なくらい私が疎外感というものを感じてなくて済む相手で・・・

・・・相方の中に溶けてなくなってしまいたい

そんなことを時々思う。

死にたいとはもう思わないけど唯一個人として社会集団の中で生きていくってなかなかしんどい。
好きな人の胸で溶けてひとつに融合できたら
・・・なんて依存心剥き出しのありえないことを考えてみたりもする。

はふ。ちょいと精神状態が凹んでるですね。




なんか軽く鬱はいってるのか疲れずぎなのか
バイトに行くバスの中でまたまたあの頃の哀しみに身体が浸ってしまって急に
涙が出て止らなくなったり・・・

記憶ってやつはいつどこで急によみがえってくるかわからんから厄介なやつだ。

・・・まぁきっと生理が近いせいもあるような気もするぞ。






Last updated  July 27, 2005 10:53:34 PM
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December 24, 2004
流行の正体・・・いろいろ書きたいことはあったんだけど、とりあえず、今の私の脳裏を流れているBOOMの歌詞で表現。

“それにしても、お気楽な音楽が蔓延してて、まるで公害のようだね。
この巨大な渦の中心にいるのは、いったい誰なんだろう。きっと誰もいやしないよ。”

THE BOOM 「手紙」より



BOOM・・・日本語にすれば「流行」だけど、このバンド名は、
時代の流行に流されることなく、自分たちの音楽をやろうという意味で名づけられたそうな。

・・・結成当時の曲から、今まで、彼らの音楽が私はずぅっと好きです。今年はライブいけなかったけど。


流行の渦の中心は、きっと空っぽ・・・。
人気だからという理由だけで人気に拍車が掛かり人気がより集まりまわりもはやしたてる。
人気がなくなれば、熱は一気に冷め、ほとんど誰もが見向きしなくなる。
・・・そんなことは皆見透かしているのか、一時期の熱狂はまるでなかったかのようにして時代は流れていく。

ここまで騒がれていると、「ヨン様」が、なんというかある意味哀れだなぁ・・・。
ま、騒いでる人に実際には出会ったことはないんだけど。

勉強に集中しようとは思ってるのだけど、
なんかねぇ、こうして書いていくと、まだまだ言いたいことってたくさんあって、
べつに特に誰に向けてってわけでもないんだけど、あー、いろいろ、なんか無性に言いたくなってしまう。

ニュースを見たり、好きな音楽を聴いたり、ネットをみたり・・・
そんないろんな情報に日々触れていく中で、
悲しくてどうしよもなく涙したり腹が立ったり感動したり、社会を憂いたり、
はたまた世界をすばらしく感じたり、感情はいろいろ忙しくって、
思うこと言いたいことはその都度たくさんあって、
このブログじゃ全然言い切れないし、他のサイトに書き込みするわけでもないし、
かといって実際会ったらしゃべるのかといえば、そうでもないだろう、
けっこうどーでもいいよな会話しかしないのかもしれないけど、

あー、とりとめもなく書きたくなっちゃうことは、まだまだあるなぁ・・・。

JWに対しても、言いたいことはまだまだある。
それはこの社会に対していいたいことがあるのと同じような方向性で、
非難したいわけでも、別段なにかを変えよう変えたいという強い意志があるわけでもないんだけど、
湧き出てくる想いは、どこかにぶつけたいから、どこでもない世界に向けてこうして書いてしまう・・・。

そゆのを、絵や小説や音楽やダンスなんかで表現できる人は、うらやましいし、憧れるなぁ・・・。
まー、ない才能を求めてもしかたがないんだけど。

今日は講習の帰りにちょっといい絵をみつけちゃった。


・・・てか、書きたいことあるのはいいけど、こんなこと書く前に年賀状書けよ・・・ってかんじでした。
買ったはいいけど、書くの忘れてました。もうこんな時期ですね。。。

でも、こ~ゆ~の書くのは、けっこう苦手なんだよなぁ・・・。
あけましておめでとうございます。の続きに書くコメントに、毎年かぁなり悩んでしまう。。。
・・・まーどうせ毎年同じような無難なコメントになっちゃうんだけど。
こんなの5秒で書けるやろ!って内容のコメントに何時間もかけたりして。
たぶんもらった人は気づくまい。うちがこんなに悩んでることに。

・・・やる気の問題かなぁ・・・。

ぐあ゛ー、がんばろ。風邪よはやくなおれ。






Last updated  December 25, 2004 11:16:48 PM
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December 23, 2004
ワイドショーなんかじゃ、
まるで日本中が「ヨン様」に沸いているかのように報道されているけど、
実際に「ヨン様好きだ、ファンだ」といってる人に出会ったことがない
というのは、なぁにも私だけじゃぁないでしょう・・・。

相方の店でも、「ヨン様カレンダーが売れるかな」、と思ってカウンターにおいたらしいが、誰も見向きしないらしい。

・・・はは・・・。

今年の流行語大賞にノミネートされたはずなのに、このありさまだ。
まーTVネタにしやすいだけあって、報道が過熱気味なだけだろうけど、本当のこの「流行」の実態はどうなんだろうと思う。

TVの画面から推測すると、
ヨン様ファンとされる方々は、どうも一部のそれなりに金のありそうなオバ様のようだ。狂信的な信者かのよう…。
借金してまでファンやってる人とかもいるのかなぁ・・・。そう考えると、なんだかこわい。

女子高生よ、「いまどきの若い子は・・・」なんてオバちゃんに言われたら、
「いまどきのオバ様は・・・」と言い返してやれ。
どちらの批判も、的を得ていない中傷合戦にすぎないのだから。

ひとくくりに括れるわけがない。


流行ってなんだろうな・・・って思う。

昔、そんな議論をよくしたな・・・。
大学生の頃、ゼミの飲み会で、
・・・その頃は、ちょうど宇多田ヒカルが、たしかミリオンセラーになるアルバムを出して、
とにかくTVでかなり騒がれていたのだが、

その話題を持ち出して、教授が「この中に宇多田ヒカルのアルバムを買った人がいるか?」
という質問をしたのだが、その時集まった20人ほどの学生全員、
そのアルバムを購入してるものはいなかった。

私はその頃は、BOOM、こっこ、椎名林檎のアルバムくらいしか買ってなかったし、
ゼミの友達は、洋楽しか聞かない人もいれば、
くるり、サニーディサービス、中村一義・・・このあたりの曲をよく好んで聞いてる人もいた。

別に売れてないわけでもないけど、流行か・・・というと、うーん、、、ってところだ。
どちらかというとマイナー趣味な人が多かったかもしれない。

そいや、好きな芸能人という質問に対し、「キムタク」と答える人にも、いまだ出会ったことがない。

ま、そんなもんよねぇ・・・。

でもだからといって「時代に遅れている」わけでもなんでもないし、
そう思ってる友人もいないと思う。
自分に合うと思う音楽をそれぞれ聴き、自分が興味の持てる趣味を追求しているだけで、
まー、それこそが現代風の行動様式なんだろうけどもねぇ・・・。


JWにいわせれば、私は「この世にどっぷり浸かった人」だ。
大学時代、よく母からもいわれてた。「あずみはこの世にどっぷり浸かってしまって・・・」てね。

でも、あまりピンとはこなかった。

自分が、JWのいう典型的な世の人になっているとは思えなかったし
まわりの「世の友人」も彼らのいう典型的な世の人ではなかったからだ。

JWのいう典型的な世の人とは・・・たとえば、

1.流行のファッション、音楽を追い求める
2.タバコを吸う。
3.物質主義、ブランドを求める
4.性の乱れ・・・誰とでもSEXしたりする

とかが挙げられるかな・・・。

でも、実際、私のまわりの「世の友人」は、

男でも女でも、タバコを吸っている友人もいるけど、タバコを吸わない友人の方が多いし、

ブランド物で身を固めてる人もいないし、まー、学生の頃はみんな金がなかったってせいもあるかもだけど、
今でもそだなぁ・・・そんなところに金を使おうという人があまりいないのかも・・・、
・・・うちのまわりでいうと、JWの知り合いの方がブランド嗜好強かったねぇ、、、

また大学当時、「結婚するまではやらない」なんていってる女友達がいたのだけど、
その頃から今まで、6年以上つきあってる彼氏と、いまだやってはいないらしい。
・・・どうももうやれなくなってしまってるっぽいが・・・。

まー、それが、いい悪いは別としてさ、・・・みんな様々だということで、ほんと。

「世の人というのは、物質主義、流行のファッション、流行の音楽、そういう流行を追い求めるもの」

そう教えられてきた幼い頃、私が想像していた「世」とは、また違う世界に、私はいるみたい、ですわ。


・・・昨日から本格的に風邪をひきました。
38度ある熱がいまだにひきません。でも寝すぎでもう寝れもしないし、勉強もはかどらないし。バイトも日を変えてもらったし。

今日中になんとかこの熱を下げなきゃなぁ・・・。






Last updated  December 25, 2004 11:02:15 PM
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December 9, 2004
エホ証さん、あなた方がどういう世界観を信じても、それは個々の自由、勝手でなんでしょうが・・・・、

この世界に生れ落ちたばかりの子どもの心に

「この世は悪魔サタンが支配する邪悪な世の中。悪いことだらけ。まもなく滅ぼされるのみの世界」

などと、そんな絶望や恐怖を植えつけちゃ、やっぱ絶対にいかんと思うよ・・・。
ハルマゲドンの恐ろしい挿絵を見せて、それが現実のものになるなんて教えちゃいかんよ。

それこそ罪なことじゃないか・・・と。

世界がどうかなんて、どうにとも見えるもんで、自分で判断すべきことでしょう。

この世をまだ全く見てもない子どもに、
「守るべきもの」をまだ持たず「生きたい」という気持ちをまだよく感じたことのない子どもに、

なにが楽園で永遠に生きられる希望だよ・・・。

そんなの無意味だ、少なくとも私には、希望でもなんでもなかったよ。

ただ、この世に生れ落ちてしまったことを呪っただけだった。
滅びの恐怖におびえてしまっただけだった。


小学校一年生。
幼稚園に行かせてもらえなかった私には、新しい友達がはじめていっぱいできた。
はじめての担任の先生は優しくて、私のことをよく褒めてくれた。
先生にも友達にも証言をした。
でも、この人たち全員を「エホバの証人」にするなんて絶対に無理だとすぐに悟ってしまった。
明日ハルマゲドンがきたらどうしよう。みんな滅びちゃうんだ・・・・と思った。

孤独だったよ。・・・生きていくこともなんだか怖くなるくらい。

最初から真理を知ってる恵まれた子どもと親はいうけど、私はなにも知らなければよかったのにと思ってた。

その頃、私の親、また会衆内のオバちゃん信者たちは、たぶん普通の親が言うのと同じようなかんじで、
まるで「元気~?」みたいな挨拶のように軽い口調で、私に聞いてきた。

「学校は楽しい?」とね。

ニコニコ笑いかけながら問いかけてくるおば様姉妹たち・・・、
きっとあの人たちは肯定的な答えが返ってくることを期待していたんだろう。

どう答えていたかまでは覚えてないが、どう答えればよかったのだろうか。
その問いかけに、ものすごく嫌な思いをしたことは覚えている。


今なら聞きかえしたい。

ご近所の人たちでも、職場でもいい、自分がまもなく滅びるとしている世の人たち、
そして、どう証言しようと「エホバの証人」にはならないだろう人たちと、
仲良くなって、「これから親友な」、なんて約束をして(まぁこれはないだろうが)
いっしょにしゃべって笑って、それで、そういう環境が、本当に楽しいといえますか?

・・・なんでみんなそんな無神経な質問ができるのか、
身近な人たちがもうすぐ滅ぼされるのに、なんでそんな平気で笑っていられるのか・・・

人を信じれなくなったし、
「この人たちは、本気でもうすぐハルマゲドンがくるって信じているのか」と、混乱さえしたし、

・・・私はたぶんそういうところからも、
教義に対する漠然とした疑問を持つようになったのかもしれないけど・・・。


エホバの証人の親は、親なら・・・もっとちゃんと考えて欲しいと思う。

自分の子どもに、あなた方が信じる世界観を植え付けた時、
そのために生じる良い効果(例えば、それは従順になっただとか・・・いわば大人にとって便利な効果)
だけじゃなく、その弊害の面にも、もっとちゃんと目を向けて欲しいと思う。

「子どもは影響を受けやすい」というなら、そんな子どもは、
自己と他者を区別し割り切ってやっていける大人よりも、ずっとずっと深く量りしえないところで、
「滅び」という概念を捉えてしまうかもしれないのだから。


それでも、私にも、希望といえるものはあった。そんな気もする。

子どもの頃、ベッドの中で身体を掻き毟りながら、
「死にたい死にたいもう死にたい」とうわごとのように叫びながら
「それでも生きていれば何かあるかもしれない」なんて思いも、確かにあった。

まだ何も見えぬ「何か」に少しでもすがりつこうとしてたその行為こそ、「心の中に希望があった」といえるのかもしれない。

だからここまで歩いて来れたんだと思うし、今は歩いてきて良かったと心から思える。

この世界にはきれいな部分もあれば汚い部分もある。
絶望もあれば、その中に希望もある。
不幸はいつしか笑いにかえられる日がくるかもしれない。
同じ一つの世の中で。・・・まぁ今ではそんなふうに思えるからね。

でも一歩間違えれば、ちょっとしたきっかけがあれば、私は命を無駄にしていたかもしれない。
命というものにあまり重みを感じてなかったから。


もちろん、エホバの証人の子どもとして育てられたからといって、私みたいに感じる人間ばかりではないことも分かってる。
その教育法がよかったと感じる子どももいることだろう。

・・・でも、エホバの証人の親たちは、あなた方の信じる世界観が、
子どもたちの死生観や人間関係の形成に与えうるかもしれない、いろいろな恐ろしい影響について、
もっと真剣に向き合って欲しいと願う。

エホバの証人も変わった、体罰が昔よりは全然緩やかになった。
虐待といえるものでは決してない。だからもう大丈夫???

・・・2世の問題は、そういう問題だけじゃないと、私は思ってます。

離れた人の戯言だと、簡単に切り捨ててほしくない。見てみぬふりもしないで欲しい。






Last updated  December 9, 2004 10:42:44 PM
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December 8, 2004
勉強がんばるつもり・・・まぁ一応以前よりはちゃんとやってはいるんですが・・・、

息抜きと称して、相方と漫喫へ遊びに行って、「モンスター」や「20世紀少年」の漫画を読んでるうちに、
またもや心は浦沢直樹ワールドに浸りだしてしまいました。

モンスターなんて、その続きの小説「もうひとつのモンスター」まで買っちゃったよぉ。よけいに謎が残っちゃった。。。
でもこの漫画はほんといいと思う。

うちは浦澤直樹の世界観が好きなんだと思う。
とくに、大人が子どもに対して語りかけるシーンの味が好きだ。


**********************


「怖い・・・今の世の中は、悪いことでいっぱいだ・・・だから僕は強くならなくちゃいけないんだ。強く・・・」


   「ハルトマンさんがそう言ったのか!?」


「世界は・・・真っ暗だ・・・明日は・・・真っ黒だ・・・・・」


   「・・・。そんなことない!世界が真っ黒だなんて大嘘だ!」


「ほんと・・・?」


   「ああ本当だ。おっと忘れてた。ほら、サッカーボール。」


「うわ~。」(喜)


   「明日はきっといい日だ」


(モンスター 3巻より)

********************


 
 「なあ、この世界って絶望だけだよな。」
  (中略)


「おじさんの師匠がこう言った。絶望に打ち勝つ方法などない・・・・・・。ただ・・・・・。」


     「ただ・・・・・?」


「歩き出すだけだ・・・・・」


(『20世紀少年』より)

***********************

まぁ、ストーリの流れがわかんないと、あんま生きてこない台詞かもしれませんが、こういう世界観は好き・・・。

この世の中、どんな状況下にあっても、
こういうメッセージを子どもたちにちゃんと伝えられる・・・現実から目をそらさずに、その未来に橋を渡すことができる、
そんな大人であれたら、と。
・・・まぁクサイけど、そんなことも、思ってしまいます。


こんなことを書いてて、思ったこと、「エホバの証人」に向けて言いたいこと。。。

うー。
なんか言わないとどうもすっきりしないみたいなので、今日は書きます。

その後に、ちゃんと勉強します。がんばります。はい。

・・・まぁ、こんなページを、エホバの証人の現役さんが見てるとは思いませんが、でも言わせてください。

・・・って、書いててすごく長くなったので、その2として書きます。






Last updated  December 9, 2004 10:25:52 PM
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