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カテゴリ:ドラマ・TV
※第8話のみ録画忘れのため未見です。 以前「原作はイマイチ」とか書きましたけど、実はドラマの方は感動してしまったのです。 (コメディータッチの部分や詐欺部分の劇中劇もメリハリが利いてて、シリアスと笑いの融合も、わたしは好きでした。) 有明功一(二宮和也)は、原作では「クールで頭が切れる」と形容できるかと思いますし、「自分たちは不幸なんだから幸せなやつらから金を騙し取ったっていいじゃないか」と思われるようなところもあり、ちょっと冷たいんじゃないかな、とか、ほんとはどんな人なのかよく解らないなと感じる面もありました。 このドラマでは自ら 「きっとどっかで被害者の息子なんだから何してもいいって開き直ってたんだと思います。」 と言うなど本音も描かれているし、騙す相手も自分たちを騙したり害を与えた人に限られています(だから許されると言いたいわけではありませんが…)。 戸神行成(要潤)をターゲットにしたのも金持ちだからというだけでなく、自分は叶えられなかった父親の跡を継いでいる姿に嫉妬して、という表現がなされており、そちらのほうが功一の気持ち・人物像がより理解できるように思いました。 功一は「かわいそう村の村長」と弟の泰輔(錦戸亮)と妹の静奈(戸田恵梨香)にいわれるように、両親を殺された過去から逃れられないでいる(自責の念もある)。それは泰輔・静奈も同じで、静奈は同僚が自分の境遇を知ってしまったために会社に居づらくなって辞めてしまいます。 世間からは「かわいそうな娘」という見方しかされなくて、それが耐えられないわけです。 泰輔の 「遺族が笑ったっていいじゃん!親殺されたか殺されてないかの違いだろ!」 「いつまで遺族なんだよ。いつまで遺族って言われなきゃなんねぇんだよ!」 という台詞に現れているように「遺族としてしか自分は生きられないのか(世間はそうとしか見てくれない)。でも、自分は自分自身として生きたいんだ。」という気持ちが強く切なく伝わってきます。 「被害者遺族の自分」としてでなく、本当に自分の人生を生きていくためには、原作のように柏原(三浦友和)が自殺しておしまい、というのではなく、このドラマの結末の方が似つかわしいと思いました。赦したわけではないのでしょうが、乗り越えた、と言ったらいいのでしょうか。 (このドラマに関しての話であって、一般化するつもりではありません。) 子供時代の功一役の齋藤隆成くんは、「砂の器」(TBS・2004年)「光とともに…」(日本テレビ・2004年)の頃に比べると随分身体も大きくなって、変声期入りたてって感じのかすれ声が大人びた感じでとても良かったし、弟たちを守っていかなければ、という兄としての決意・強さ・優しさが良く出ていたと思います。 兄妹の父・幸博(寺島進)は、腕が良くプライドを持った職人でありながらギャンブル好きのため身を持ち崩す、という役柄にぴったりはまり、こういう人だったら納得、と思わされました。 兄妹の母・塔子(りょう)も、強く優しい母であるとともに「錦糸町のソフィア・ローレン(笑)」と言われる役に合っていました。 「被害者は『イノセント』であるべき、あるはず」というのはおかしな話で、ギャンブル好きでノミ行為にはまって大事なレシピを金で売るような父であっても、娘の父親から養育費を貰うために夫と籍を入れずに、事実上夫がいることを黙っているような母であっても、子供たちにとっては大切なお父さん・お母さんだし、残された者たちの悲しみは変わらない。子供たちにとっては「優しくて料理が上手くて楽しい父ちゃん」であることは変わらない。 功一が 「オレの親父じゃなくても良かったのかよ。誰でもよかったのかよ。誰でもよくねえんだよ!オレの親父は一人しかいねえんだよ!!」 と柏原につめよる場面で、一人の命のかけがえなさというものに胸が押しつぶされそうでした。 静奈が 「詐欺でサクッと取れちゃうような金額で殺されちゃうなんて」 と、この事件に対するわたしの疑問・違和感に言及しており、「うん、うん、そうだよねえ」と得心がいった次第です。 そして静奈の実の父・矢崎(国広富之)の妻・秀子(麻生祐未)が、十数年間に渡って夫が犯人に違いないと思い込み苦しみ続ける姿を描くことによって、一つの事件は被害者・その遺族のみならず関わった多くの人を苦しめるということも描かれていたと思います。 時々挿入される回想シーンや、空想シーンに泣かされました。 施設に持って行くために大切なものだけを選ばなければいけないシーンで、子供時代の姿と現在の姿がオーバーラップするシーンは涙無くして観られませんでした。 功一が父から「アリアケ」を引き継ぎ、厨房で父が文句を言いながらも一緒に働くという、今では叶わぬ夢の場面を描いたシーンも忘れられません。 子供時代の家族の思い出(父からハヤシライスの作り方を教えてもらう場面・みんなで食卓を囲む場面・「アリアケ」の柱にまつわる話 etc.)、残された子供たちの描き方(両親がほんとは殺されてしまったことを静奈に告げる場面・施設に向かう車の中で功一が声を殺して泣く場面 etc.)がとても良かったと思いました。 宮藤官九郎のドラマは、主人公が、「木更津キャッツアイ」(TBS・2002年)では不治の病で命が限られているし、「タイガー&ドラゴン」(TBS・2005年)では一家心中の生き残りである。 辛い状況のなかでも日常生活は続いていくし、その中では泣くこともあれば腹を抱えて笑うこともある。 やりたいことや夢だってある。 家族や仲間・周囲の人たちとの関わりの中で、優しさを受け取ったり、時には優しさをあげたり。笑わせてもらったり、時には笑わせたり。 そうしながら過ごしていくから日常は大切だし、常に悲しんでいるだけ・恨んでいるだけでは人生辛すぎる。 だから、「自分の子供には施設暮らしの辛い思いをさせたくない」と言う施設時代の友達・ちえみ(徳永えり)に 「わりと楽しかったんだよね、あの施設。俺は。だから子供に辛い思いをさせたくないってちーちゃんが言ったとき、なんかちょっとムカっときたんだよね。そりゃ楽しい思い出ばかりじゃなかったけどさ。いい思い出だってあるからさ。」 という功一の台詞も、わたしにはとてもしっくりくる、というか納得できるものでした。 このドラマでも、原作にはない、兄妹を見守り続けてくれた林(尾身としのり)とか功一をひたすら愛してやまないサギ(中島美嘉)の存在によって、この兄妹は孤独ではないんだということを現していると思いました。 だからこそ柏原に 「俺たちがこの先どうやって生きていくかを見続けてもらう。生きて遺族が泣いたり笑ったりするのを観てもらう。」 と言えたのでしょう。(これも一般化して言っているわけではありません。) 「スッキリする日なんか来ないんでしょう」 というのも勿論ほんとのことではありましょうが…。 クサい言い方かもしれませんが、クドカンのドラマには「人間讃歌」のようなものを感じます。 (「おはぎさん」って…笑った~(-^〇^-)) ※ブログ内関連記事 「流星の絆」 東野圭吾 『流星の絆』(TBS) 放送日:2008年10月17日~12月19日 金曜22:00~22:54(全10話)※初回及び最終回:22:00-23:09 演出:金子文紀、石井康晴 原作:東野圭吾 脚本:宮藤官九郎 出演:二宮和也、錦戸亮、戸田恵梨香、要潤、柄本明、設楽統、寺島進、りょう、中島美嘉、三浦友和、他 2008年10月クール第59回ザ・テレビジョンドラマアカデミー賞最優秀作品賞 『流星の絆』東野圭吾 ![]() 流星の絆 2008年第43回新風賞受賞 発行:2008年 発行所:講談社 価格:\1785(税込) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2009.02.23 20:18:51
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