ジ・エンド・オブ・アジア

2006/11/06(月)23:32

「フェス」についての歴史的考察  は、置いといて。

前回の記事に対するコメントでTabura Rassaさんからご指摘のあった通り、前回までは物産展の意味でフェスと書いてましたが、フェスはもちろんほかにもいろいろな種類があります。企業系だとモーターショーやゲームショーに代表される新製品発表会でしょうし、独立系で最大のものはコミックマーケットでしょうか。PC系ではMac Expoがあったし、ワールドPCエキスポがあり、そのいずれもが、なにやら「まつり」の空気を漂わせ、僕らに高揚感をもたらします。筆者などはワイヤレスジャパンですらわくわくしますから。 さて日本におけるフェスの発祥はいつのどれだったんでしょうか。「フェスティバル」と銘打たれた最初の催し物をして、フェスの発祥と特定してしまって良いものか? ということについては少し警戒した方が良いかも知れません。明治期までさかのぼって良いのか? 第二次世界大戦後に限定するのか? 万博はフェスに入るのか? フジロックは?  歴史的な考察に入る以前に、分類の罠にかかってしまいそうな気配がしています。 そこで、「原初のフェスとは何か」について問う前に、僕らが「フェス」であると認識するに足る催し物が共通して持っている要素は何か? ということから考えてみたいところです。 「展示or演目がある」 「食べ物の即売がある」 「人が集まる」 「なんとなく共同体っぽい」 こんなところでしょうか。 さて、こうした構成要素は何に似ているか? というと、神社でやっている祭りであり、さらにその原型であろうところの縁日、楽市楽座などではないかと思うわけです。 かつて、所有によって霊性が付着した状態のモノを、神社という舞台において切り離し、通貨を媒介とした流動性を発生させるための装置として「市」が催されました。それは決められた日に催され、人が集い、カネとモノが交換されたわけです。 商業の黎明期にあったこのカタチに、「フェス」が似るのは、ある程度やむを得ません。興味深く感じられるのは、かつて「市」はヒトとモノを切り離して流動させることであったわけですが、現在「フェス」に求められる機能がモノを媒介としてヒトを集めることであったります。 地域共同体は既に崩壊し、選択的に構成される共同体に似たカタチ。それが資本主義的な方向から照射された場合に「フェス」が投影されるのではないか。 そんな予感を頼りに、考えを進めて行きたいところです。「フェス」の歴史については追々調べます。

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