1989年11月の雪のニューヨーク。
ミッドタウンの西にある“ロードハウス”というライブハウスでスティーリーダンのリーダーであるドナルド・フェーゲンが数年ぶりにライブを行うというので、友人を誘って行くことにした。
ロードハウスというライブハウスは当時(というのは、それっきり行ってないので、今はどうなっているのかさっぱりわからない)ステージの高さが20センチくらいしかなくて、ステージ前の中央は演奏だけを聞く人達のために広々として、回りには食事ができるようにウェスタン調のテーブル並んでいた。
行ってみると、他の友達も数人来ていて合流することになり、初めてみるドナルド・フェーゲンの演奏を間近に見ようと、ステージの台の真ん前に早々と場所を確保していた。そして、そこでの会話はこうだった。
「ねえ、ドナルド・フェーゲンてどんな顔してるか知ってる?」
『いや、知らないけど、知ってる?(と別の友達に聞くと)』
「いいや、見たことないもん。」
『ソロアルバムに写ってるてるけど、あれじゃあ、わかんないしねえ』
結局、そこに来ていた友達6人全員が、ドナルド・フェーゲンの本当の顔を知らなかった。
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私が唯一知っているドナルド・フェーゲンは、このソロアルバムのジャケットの姿だけで、これを見る限り、なかなか渋くてカッコイイような感じがしていたのだが...。
余談ではあるけど、このアルバム。
結局、スティーリー・ダンと何がちゃうの?ってな感じを受けたのだった。
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さすがに数年ぶりのライブとあって、だんだんとフロアーにも人が集まり始め、私はステージの中央の真ん前に座り込んでいた。始まるまで立っていると疲れるからだ。
さて、前座が終わり、どうやらドナルド・フェーゲンの登場。
ところが、どの人がドナルド・フェーゲンなのかわからない。
友達も全員「あの人じゃない?」『この人かも』「あんな所にいる人じゃないだろうしなあ」...etc.
結局、私の真正面でギターを弾きつつ歌っているのがドナルド・フェーゲンであるということが、声を聞いてわかった。その姿は...非常に、なんというか、こう、イメージと違うというか、小柄なユダヤ系アメリカ人そのもので、私の公認会計士にそっくりだった。
スティーリー・ダンがそうであるように、ドナルド・フェーゲンの音というのは、緻密に計算された上に構成されているようなところがある。それが「ナマ」でどれくらい再現できるものか楽しみだった。
ところが、そういう楽しみを通り越して、真正面に本人がいて、目線の高さもほぼ同じで(何しろステージらしい高さがないのだ)、その距離わずか1.5メートルほど、という状態で、じーっと見るのもお互い気まずい感じがするし、見合って見合ってという訳にもいかず、ものすごーく落ち着かなかった。どこを見てればいいの?と。
“かぶりつき”席が割と好きな私であってもこれにはマイッた。
そういう状況で、約30分ちょっとで彼はひっこんだ。
確かにドナルド・フェーゲンの「音」だったし、別の意味で忘れられないライブになった。
粉雪の舞う氷点下のマンハッタンのストリートに出て、友人達とバラバラに別れて歩きつつ『あの人だったとはねえ』と、もっぱら演奏云々よりも幻の人物像の実物を見たような感想ばかりが続いた。
次は“B.B.King Live
Story”です。
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