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漫画家・写真家玉地俊雄 紫煙のゆらぎ

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漫画文化研究所(山… 漫画文化研究所さん
2009.05.20
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カテゴリ:紫煙のゆらぎ







                   日本漫画家協会総会会場で

    手塚先生と僕とは20才年齢が やなせたかし先生とは10才離れていた頃の写真












         手塚治虫伝 86 手塚治虫先生人生最大の収穫手塚悦子さんについて













     「 僕がネ 漫画を描くのはアニメの兵隊たちを養うためなんです 」

この言葉の通り虫プロ時代の原稿料はほとんど全てアニメに消えていった。


     「 漫画は女房みたいなものでアニメはいわば愛人だな
       金ばかりかかってどうしょうも無い 」

ともおっしゃっておりました。

この、家庭を守り子供を育ててくれた奥様であり、同時に愛人のような生活に耐えた、
終生感謝し、頭の上がらなかった奥様についてすこし。

手塚さんの父 ゆたか 氏と悦子さんの母 速女・はやめ さんは、
兄弟のように親しい親戚づきあいの間柄。
その頃の習慣として手塚家にも手渡されていた一通の釣り書。

そして、仕事にいつもの行き詰まりを感じて、
ひどいノイローゼを患っていた手塚さんに神経科の医者が申す。


     「 かなり重症ですな 3年ほど仕事を止めて山で暮らしたほうがいい    
       それから独身はいかんネ結婚することです
       なに、33?
       遅いね あのほうに欠陥はないのでしょうな 」


と言われたのがきっかけで、手塚さんは母親の 文子 さんと一緒に悦子さんの家、
旧知の岡田家へとやって来た。

僕の場合は28才で、苦労人故の、生きながらに解脱なされた弥勒菩薩の如き奥様を得、
精神内科医との付き合いは20年以上になる。

こうしておとなしいおぼっちゃまんみたいだったという手塚さんと、
岡田悦子さんはしばらくおつきあいすることになったんだそうです。




















社団法人日本漫画家協会会員・参与

                              玉地 俊雄



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最終更新日  2009.05.24 15:39:12



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