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一緒に歩こうよ。~特別養子縁組しました。~

特別養子申請にあたって

同居人ではなく我が子へと


特別養子縁組の申請用紙をネットからダウンロードして
いろんなことを考えつつ記入した。
なぜ縁組を希望するのか。
とても長くなりそうなので
治療歴も合わせて別紙3枚ほどに書き込んで
それも添付することにした。
実母さんの住民票・戸籍謄本
ラオウの戸籍謄本
ぱんだとプリンの戸籍謄本
それから収入印紙と切手。
申請するのは物の5分で説明を受けて終了した。
これで一歩が始まった。
今は同居人
でも将来ウチの長男になってくれたらそれでいい。
頑張るしかない。

申請してちょうど一カ月目に
面談の連絡が届いた。ちょうどお盆のさなかだった。
義母の初盆でいろいろと忙しかったのだが
ぱんだもお仕事がお休みだったので
2人そろってラオウをベビーカーに乗せて家裁に
出かけることにした。
ちょっとはやめの時間に着いたのだけど廊下を
うろうろしていたら
「もしかしてぱんだ家さんですか?」と若い女性から
声がかかった。
「そうですけど・・」
「今回担当させていただく○○と申します」と言われ
面談室に案内してくれた。
ラオウはベビーカーでぐっすり寝ていた。
ぱんだとプリンは用意してきた書類をテーブルにだして
調査員が部屋に入ってくるのを待った。

「お待たせしました」
男女2人の調査員が入ってきた。
それからはいろんなことを話をした。
出会い・結婚・不妊治療のこと。
こどもとめぐり合えたこと・・いろいろ。
1時間くらい二人で話をしてその後夫婦片方ずつの
面談になった。
「旦那さんの育児はいかがですか」
そう聞かれた。
ぱんだはそのころとても忙しかったが
土日できるだけ時間を作って
どこに出かけるでも抱っこをするのはぱんだだった。
自分が平日は抱っこもできないからと
真っ先にだっこしてかわいがっていたことを伝えた。
今は不幸もあり少し大変だけど
落ち着いたらもっと育児に参加してくれることも話をした記憶がある。

その後プリンが席をはずしてるときに
ぱんだも同じような質問をされたらしい。
2時間ほどで面談は終わりその場で次の家庭訪問の日時を
決められた。
面談から一週間後という話だった。
9月になったら実母さんの面談をする予定ということも
お聞きした。
家庭裁判所を後にして
「来年はウチの子になってくれているのかな?」
とぱんだがつぶやいた。
「きっと大丈夫だと思うけど」
そう答えながら
来年・・それより今をがんばって育てていかなくっちゃいけないなぁ
なんて思うプリンなのだった。


一週間後
家庭訪問に調査員が現れた。
我が家のペットが気に入ったのか
なぜか犬の話も交えながら
我が家の様子を見ていかれた。
マンションの間取り図は提出してあった。
寝室とリビングを主にみて帰られた。
そのころは生後2カ月過ぎのラオウの育児日記や
沢山撮った写真。
病院でいただいた育児アルバム
おもちゃやベッド・・
気に入った写真をTVのところに飾って置いたりした。
私達が親としてふさわしいかどうか・・
それだけが心配だった。

そのころ
養子あっせんに協力してくれた彼女に泣きごとを言ったことがある
「私はこの子の親としてふさわしくない・・・
この子は私達なんかが親でかわいそうだ。もっともっと
立派な人がいたんじゃないだろうか・・」と
その時彼女はこう言ってくれた。
「この子はあなたたちを親として選んで産まれてきたんだ。
あなたたちのために産まれてきてくれたんだよ。
親としてふさわしいんじゃなくって
自分たちでふさわしい親にならなくっちゃ」
親になる・・・
子供に親にしてもらう。
親として子供と一緒に成長していく・・・。
どれも私達には難しいかもしれないけど頑張るしかないんだし
もうこの子を手放すことだけはどうしてもできない。
あとは毎日しっかり育てていこう。

児童相談所の家庭訪問も次の週に行うことになった。


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